パラオの曙   作:瑞穂国

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今回も対空戦闘です。この作品、対空戦闘多いな・・・

果たして摩耶は、マリアナを敵の空襲から守りきれるのか


摩耶、奮闘

空中に、八つの火炎が沸き起こった。まるでススキ花火のように細い火箭が、漏斗のような円錐形に広がる。その一つ一つが、三式弾の子弾だ。

 

“摩耶”から放たれた八発の三式弾は、調定された時間で一斉に炸裂していた。ただ、予想していたように、敵機は散開して三式弾の危害半径を逃れており、撃墜されたのはわずかに二機。

 

敵編隊の概算は、六十機と摩耶は見積もっている。うち戦闘機を差し引けば、四十数機が攻撃機ということになるだろうか。

 

“摩耶”の三式弾による射撃を散開によってやり過ごした敵編隊は、再び集結を図りつつ、サイパン島への進撃を続行する。その途上に位置取ったパラオ艦隊を気に留める様子はない。

 

島嶼攻撃のために、おそらく全ての機体が爆装を施されている。在泊艦艇の退避も終わっているため、サイパン港内の輸送船を攻撃する必要もないだろうから、魚雷を積んでいるとは考えにくかった。逆に言えば、パラオ艦隊を攻撃する手段に乏しい。ここは無視を決め込み、あくまでサイパン島の港湾施設や基地を叩くことを目的としているのだろう。

 

―――もし襲いかかってくるとすれば。

 

上空を進む敵編隊を睨みながら、摩耶は考える。上げられる可能性は、二つ。爆撃機による急降下爆撃と、攻撃機による水平爆撃。

 

「タダで通すな」

 

横に立つ清水が、双眼鏡を覗き込んで状況を確認しながら、低い声で告げた。

 

あの敵編隊をサイパンに向かわせるな。彼の指示には珍しく具体性に欠けるが、その分勢いはあった。

 

摩耶の闘志に火がつく。いつぞやの記憶と重なる。

 

普段の清水は豪快とは程遠いが、今はその横顔がどこか挑戦的な表情のように見えた。

 

「・・・駄賃はしっかり払ってもらうぜ」

 

“摩耶”の主砲が、二度目の斉射を放つ。今度の弾種も三式弾だ。その発砲に合わせるようにして、敵編隊が再び散開する。

 

その時を待っていた。

 

「各艦、対空戦闘始め」

 

「対空戦闘始め!」

 

清水の指示を摩耶が復唱する。第一陣各艦に飛んだ通信に呼応して、搭載された一二・七サンチ砲が一斉に撃ち始める。

 

“摩耶”右舷の高角砲群からも、小太鼓を打ち鳴らすような砲声が聞こえてきた。主砲に比べて速射性能がよく、数秒おきに爆音と火炎が生まれる。自らの艦が上げる重厚な旋律を、摩耶はしっかりと聞いていた。

 

散開した敵編隊それぞれの周囲で、一斉に高角砲弾が炸裂する。逃げた先に待ち構えていた罠になす術もなく、まとまって四機が撃墜された。

 

もっとも、そううまくいくわけではない。第一陣参加のBOBで、まともに高角砲を装備しているのは、“摩耶”と“木曾”の二隻。“曙”と“長波”、“霞”搭載の一二・七サンチ砲は高角砲架ではなく平射砲であり、“卯月”に至ってはそもそも主砲による対空戦闘が絶望的である。

 

それでも、各艦は砲火を上げ続ける。三隻の駆逐艦は、平射砲ゆえに若干間延びした射撃となっているが、それでも猛烈な勢いで砲弾を撃ち上げる。その砲撃は驚くほどに正確だ。

 

即席ではあるが、各艦の対空射撃能力を向上させるべく、曙が考案した手法。それは戦艦の統制砲撃にヒントを得た、高射装置の諸元共有戦術だ。唯一高射装置を搭載している“霞”が目標と旋回角、俯仰角を指示し、それを“曙”と“長波”でも共有する。

 

もちろん、統合射撃装置と言った類いの豪勢なものは駆逐艦に搭載されていないから、諸元の伝達も発射タイミングの指示も、全て口頭だ。先ほどから、三隻の駆逐艦の間では、まるで怒号のように通信が行き交っており、さすがに摩耶はスイッチを落とした。一方、対空射撃に参加できない“卯月”は、さもつまらなそうに、敵機が機銃の射程圏内に入るのを待っている。

 

摩耶は東南東の空を見た。

 

まとまって炸裂した高角砲弾にもろに突っ込んで黒煙を噴く機体。

 

弾片が推進機を破壊したのか、形を保ったまま落ちてくる機体。

 

搭載していた爆弾が暴発して、跡形もなく消し飛ぶ機体。

 

一機、また一機と、深海棲艦の機体が落ちていく。

 

―――さあ、どうする?

 

心の中で問いかけた摩耶に答えるように、敵編隊が新たな動きを見せた。

 

三式弾の回避と対空砲火から逃れるために散開して、いくつかの小編隊に分かれていた敵編隊。そのうちの一部が、突然速力を上げて、“摩耶”たちに接近を図ってきたのだ。

 

そこに、明確な攻撃意志を、摩耶は感じ取っていた。

 

必ず来る。水平爆撃か、はたまた急降下爆撃か。ともかくあの小編隊は、島ではなく“摩耶”たちを、攻撃目標に選んだのだ。

 

狙い通りであった。三式弾による対空射撃は、これを狙ったものだったのだ。

 

三式弾に対して有効な回避方法は、とにかく散開して危害半径から逃れること。危害半径外へのダメージが非常に限定的なものとなる三式弾には、これだけで十分だ。

 

しかし結果として、敵編隊はいくつかの小規模な編隊に分かれることとなった。戦闘中において、分裂した各編隊が統一意志をもって動くことほど難しいことはない。盛んに対空砲火が放たれているとしたら尚更だ。

 

激しい対空砲火に耐え切れず、目標を変える編隊が現れるはず。それが、摩耶たちが三式弾による射撃を選択した意図だった。

 

案の定、その予想は当たっていた。

 

「動きからして、急降下爆撃機だな」

 

清水が冷静に呟く。その言葉からは、相変わらず一切の感情が読み取れない。けれどもそれが、摩耶の戦闘指揮と操艦術への、確固たる信頼のように感じられた。そう信じていた。

 

何よりも摩耶は、今の自分を信じることにした。

 

もう誰も死なせない。そんな決意は、今までもずっと、これからもずっと、胸の内から出すつもりはなかった。

 

「撃ちまくれ!」

 

それだけ、腹の底から叫んで、摩耶は上空に迫る爆撃機の動きを見測る。

 

艦体の大きい“摩耶”が敵弾に対して適切な回避運動を取るには、何よりもタイミングが大切であった。

 

各艦からの対空砲火が、接近を図る敵編隊に集中する。真っ黒な花が咲き乱れ、敵編隊を押し包む。上と言わず、下と言わず、あらゆる方向で炸裂する高角砲弾は、衝撃で敵機を揺さぶり、容赦なく鋭い弾片を浴びせかけていた。

 

鼻っ面で高角砲弾が炸裂し、機首を下に向けて真っ逆さまに落ちていく機体。

 

弾片が機体を貫き、白煙を引いた機体は次第に速力と高度を落としていく。

 

「敵降爆(急降下爆撃機)、概算で十五機!」

 

艦橋上部に設けられた露天の防空指揮所から寄せられた報告を、摩耶が読み上げる。

 

―――距離四〇。

 

高角砲弾は数多の真っ黒い雲となるが、その全てが効果的な射弾とはなり得ない。むしろ空振りに終わることがほとんどだ。

 

それでも、さらに一機が撃墜された。

 

「対空機銃、撃ち方始め!」

 

次の瞬間、無数の曳光弾が“摩耶”の艦体各所から敵編隊に向けて伸びた。パラオ泊地が改修を施した二五ミリ機銃、その初陣だ。

 

密度は、『IF作戦』時に比べて遥かに濃い。三連装、あるいは連装の銃架は、その全てが同時に発砲し、濃密な弾幕を形成していた。弾倉の取り換えは多いが、妖精たちは忙しなく動き、それらの交換作業を担う。

 

真っ赤な火箭に包み込まれ、一機が撃墜される。

 

さらにもう一機、集中砲火を浴びた機体がずたずたに引き裂かれ、ぼろ雑巾のように落ちていく。

 

―――すごい・・・!

 

実戦で初めて試す改修型二五ミリ機銃の威力に、摩耶は目を見張る。機銃そのものに手は加えていない。ただ、発砲の仕方を少し変更しただけだ。

 

艦上スペースの消費範囲をさほど増やすことなく、“摩耶”たちは大幅な対空火力の向上に成功したと言ってよかった。

 

それでも、敵機全機の撃墜などというのは、夢のまた夢である。高速で移動する航空機に対して、機銃が対応可能な時間はごく短い。敵機はあっという間に投弾地点に到達する。

 

“摩耶”の上空に辿り着いた敵機は、次々に機体を翻すと、急降下に入った。どちらかというと横陣に近い体形を取るのが、深海棲艦艦載機の急降下爆撃の特徴であった。

 

避けるのは比較的容易い。だが投弾の妨害は難しい。横に広いため、的を絞りにくいのだ。

 

二五ミリ機銃が振りまく弾丸をものともせず、敵機は突っ込んでくる。

 

機銃弾を機首からまともに受けたのか、コントロールを失った機体が、射線を外れていく。

 

機体の左側に集中して弾痕が穿たれた機体は、錐揉みとなって編隊から落伍する。

 

狙いは、この“摩耶”で間違いない。何せ重巡洋艦。第一陣の中で最も大きく、目立つのだ。それに、対空砲火も一番盛んである。目障りな相手と思われても、何ら不思議はない。

 

「面舵一杯、針路一〇五!」

 

頃合い良しと判断した摩耶は、回避運動に入る。なおも激しい対空砲火を撃ち上げる“摩耶”、一万三千トンの艦体がすぐに艦首を振ることはない。舵角指示器が面舵一杯を表示しても、艦が横方向の力を得るには、それなりの時間がかかった。

 

そうこうするうちに、敵機の腹部から、黒々とした弾頭の爆弾が投下された。そのまま、敵機は機体の引き起こしをかける。機体の影に隠れていた爆弾が、太陽に照らされて鈍い輝きを放った。

 

ここにきて、ようやく“摩耶”の舵が利き始めた。艦首が右に振られ、航跡が急な円を描く。一度曲がり始めてしまえば早い。すぐに艦首が方位一〇五を向き、適正な当て舵によって針路を固定する。

 

次の瞬間、艦橋右舷の海面が、にわかに沸き立った。投下された敵弾が、到達し始めたのだ。

 

間髪を入れず、二発目が落下する。今度も艦の右舷側だ。先ほどよりも近く、飛び散った海水が舷側と甲板を強かに打つ。

 

三発目は左舷に落ちた。音だけは聞こえてきたが、視界には入らず、衝撃も小さい。おそらくは、艦後部からさらに距離のある位置へ弾着したのだろう。

 

このまま乗り切れるか。そう思った摩耶だが、ことはそううまくは行かなかった。

 

四発目が弾着する。瞬間、艦の後部で至近弾炸裂とは明らかに異なる異音がした。衝撃も直に伝わる。そして何より、精神同調した艤装を通して、若干の痛みが摩耶を襲ったのだ。

 

被弾した。

 

「被害状況報せ!」

 

摩耶が応急修理の妖精たちに命じる間も、敵弾は降り注ぐ。右、左と伝わってくる至近弾に混じって、命中弾の炸裂音が聞こえる。それでも、重巡洋艦である“摩耶”の艦体は、よく耐えていた。

 

最終的な投弾数は十一発。うち三発が命中弾となった。

 

精神同調に異常は見られない。同調率は高いままであり、痛みもない。損害は大したものではなかったらしい。

 

敵編隊は、なおも摩耶たちを目指してくる。すでに大規模な編隊としての統制意思はなく、小編隊が各々の判断で攻撃を行おうとしている、そんな印象を受けた。

 

「艦隊針路〇四五」

 

単縦陣のまま、第一陣参加BOBは舵を切る。まだまだ、摩耶たちは敵機を迎え撃つつもりであった。

 

その時。

 

「上空、“龍鳳”戦闘機隊!」

 

見張り員がさらに報せた瞬間、上空から十数機の零戦が敵編隊に襲いかかった。猛禽を思わせるスラリと獰猛な翼に発射炎が見えたかと思うと、数機の敵機が火達磨になる。

 

摩耶たちは、どうにか時間を稼ぐことに成功したらしかった。

 

味方機を誤射しないようにと、撃ち方待てが下令される。各艦の艦上で止むことのなかった対空砲火の砲声が、ぴたりと止まった。

 

それでも、各高角砲や機銃は高空を睨み続ける。“龍鳳”戦闘機隊の零戦は残存がたった十六機であり、敵編隊全機を防ぐことなど到底不可能だろう。深海棲艦戦闘機が零戦を相手取る間に、残った機体が、摩耶たちやサイパンを狙おうと考えるかもしれない。

 

摩耶は両目を細めて、空戦の状況を見守り続ける。やがて、攻撃を諦めた敵編隊が、元来た方角へと退避していくまで。




マリアナ戦、まだ続きます

それと、今年も秋刀魚頑張ります

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