パラオの曙   作:瑞穂国

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いよいよ本作も後半戦突入です

摩耶様のフラグを回収した後、トラック攻略に向けての準備を進めて参ります


マリアナ急行

清水麾下のパラオ艦隊第一陣がマリアナ沖に到着したのは、そろそろ正午を回ろうかという時だった。

 

最初の方こそ、オートナビゲーションを使用しての航行であったが、戦闘海域が近づいた朝方からは艦娘たちが艤装と精神同調を行い、操舵を行っている。

 

最大戦速を発揮しての連続航行は大きな負担ではあったが、今はとにかく時間が惜しかった。

 

艦上をごうごうと走り抜ける風の音を聞きながら、摩耶は電探の観測結果を気にかけつつ、全速航行を続けていた。すでに敵艦載機の爆撃可能圏内、いつ敵機を捉えてもおかしくなかった。

 

―――間に合ってくれ・・・!

 

願わずにはいられない。

 

マリアナからは、朝を迎えてすでに二度の空襲を受けた旨の報告があった。どちらもマリアナの基地航空隊と軽空母“龍鳳”の艦載機隊が迎撃したが、すでに限界が近く、港湾施設や滑走路に投弾を許してしまったとのことだ。在泊艦艇にも被害が生じ、港外への退避が間に合わなかったタンカー一隻が撃沈され、輸送船二隻が敵弾を受けている。

 

第三次空襲があった時、これを凌げるとは思えなかった。そのために、“摩耶”たちは急いでいる。

 

「出たぞ」

 

海図室から現れたのは、徹夜明けにもかかわらず、白の第二種軍装をキッチリと着こなす清水だ。夜中、摩耶が仮眠を取っている間の当直を務めてくれていた彼は、彼女が艦橋に戻った後も仮眠を取るでもなく、海図室に籠っていた。何をしているのか、気にはなっていたところだ。

 

「何が出たんだ?」

 

「敵艦載機の残存戦力だ」

 

そんなものが計算できるのか?自分でも怪訝な表情になるのがわかった。その疑問に答えるように、清水は説明を始める。

 

「敵戦力の分析は、深海棲艦が現れた当初から行われている。特に空母は重点的にな。俺も、中央にいた頃はその辺に関わっていたから、各種データを手に入れるのは簡単だった」

 

そういえば、この提督は元々、連合艦隊司令部付きの将校であったと、摩耶は思い出した。

 

「空母の戦闘能力、すなわち搭載数は、格納庫容積と甲板の面積、敵航空機の大きさから導き出せる。ヲ級なら、通常型とeliteで定数七十機、露天駐機を使えば八十機。flagshipで定数七十六機、露天駐機を使えば八十八機。ヌ級なら、どの形式でも定数四十機、露天駐機を使えば四十四機といったところだ」

 

スラスラと並べられる数字。摩耶はそれを黙って聞き続ける。

 

「今回確認されている敵機動部隊は、ヲ級が二隻、ヌ級が二隻。はっきりした形式は判明していないが、その艦載機総数は二百二十機から二百六十機といったところだ。ここから、撃墜された機体を差し引く」

 

「待て。撃墜された敵機の数なんて、どうやって調べるんだよ」

 

「使用された弾薬の量だ」

 

言われてハッとする。

 

自衛隊時代からの名残で、日本の三軍は、使用した弾薬を銃弾、薬莢の一つに至るまで、克明に記録し、公表している。今朝からの分はともかく、少なくとも昨日の三回の空襲を防いだ戦闘の際の使用弾薬量は、すでに計算を終えて、中央に報告されているはずだ。

 

元司令部配属の清水ならば、多少のコネがあれば、それを入手することは可能なはずだ。データ自体は、海図室の液晶パッドに送ればいい。民生品と違い、軍の仕様であるそれには、たとえ洋上であろうともデータを送ることが可能なはずだ。

 

どこから入手したかは、聞かないでおくのが得策であると、摩耶は判断した。

 

「マリアナの中継所が生きていてよかった。あそこがやられたら、入るデータも手に入れられない」

 

清水が言う。

 

「昨日使用された弾薬の量から、残弾と、指揮官の使用傾向がわかる。今日行われた二回分は、そこから割り出した予想使用量で補うしかないが、これで現在の敵機動部隊残存戦力がわかる。どれほど多く見積もっても、総数で百二十機。作戦続行はギリギリなはずだ」

 

少数とはいえ、現代戦闘機とBOB艦載機、地対空ミサイルの迎撃を受ければ、やはりそれ相応の被害を受けるのだ。

 

「普通の指揮官なら、これだけの被害を受けて現場海域に留まり続けることはあり得ない。作戦中止、即帰投か攻撃方法を変更する。ところが深海棲艦には、今のところその選択肢を取ろうとする素振りは見えない」

 

清水が言わんとしていることを掴みかね、摩耶はさらに続きを促す。

 

「何が目的かは知らないが・・・この状態でも、航空機による攻撃を続行しようとするならば、選択肢は二つ。往復距離を短くするために接近するか、さらに他の空母を呼ぶか」

 

「・・・手っ取り早いのは、前者だな」

 

「ああ。そうなった場合、昨日の敵機動部隊の位置から、現在の大体の位置と、攻撃隊の侵入経路がわかる」

 

そう言った清水は、おもむろに“摩耶”の左舷を―――北マリアナ諸島の主要島、サイパン島を見た。海図上での距離は三万ほど。

 

摩耶の横を離れた清水は、艦橋前面中央に位置するリピータコンパスに歩み寄る。ジャイロコンパスの母機と連動しているそれに手を当て、片目を瞑ってサイパン島の方を見た。どうやら方位を測っているらしい。

 

この提督の考えていることをすべて理解することは、まだ摩耶には難しかった。

 

代わりに、その指示を一言も聞き漏らすまいと、意識を集中する。発せられる命令に瞬時に反応し、その意図を汲み取ろうと、神経を尖らせる。

 

やがて、清水がゆっくりと、その口を開いた。

 

「減速、第一戦速」

 

「減速、第一戦速!」

 

清水の指示は、すぐに第一陣全艦に通達された。“摩耶”が速力を落とすのに合わせて、後続の駆逐艦四隻と“木曾”も減速する。

 

「なんで減速したんだ?このまま警備艦隊と合流するんじゃなかったのかよ」

 

「いや、ここでいい。必ず、ここを通る」

 

「・・・わかった」

 

断言した清水に、摩耶は頷く。減速して、艦の動揺がいくらか落ち着いているので、この機会に各部の確認作業をする。これから始まる対空戦闘に、万が一にも支障があっては困る。

 

主砲、高角砲、機銃。各部から異常なしの報告が上げられ、摩耶は満足げに頷いた。今、この艦は最高の状態にあると言っていい。

 

その時。

 

「っ!対空電探に感あり!敵編隊、真っ直ぐこちらに向かってくる!」

 

二一号電探が、接近する機影を捉えたのだ。清水が言った通りであった。

 

「方位一〇三、距離五万」

 

「マリアナの基地航空隊に動きは?」

 

「機体の出撃は確認できない」

 

答えた摩耶は、ゆっくりと敵編隊が迫る方角を見遣った。その姿は、いまだゴマ粒ほどでしかない。しかし確かな存在感を放って、摩耶たちに迫ってきているのだ。

 

ゴクリ。生唾を飲み込む。普段なら、これほど緊張などしない。

 

出撃した時と同じように、背中を汗が伝う。清水を乗せて一日が経ち、人間を乗艦させるという状況に慣れたと思っていたのだが、やはり戦闘となると訳が違うのか。

 

それでも、もはや引き返せない。

 

踏み出した一歩を下げるつもりは、摩耶にはなかった。

 

清水と共に戦う。それが今の、摩耶にできることだ。

 

―――死ぬなよ。

 

行き場を失った不安が口をついて出そうになり、それを無理やり噛み殺す。その言葉は、今必要ない。

 

「対空戦闘用意。摩耶、一応警報を出しておいてくれ」

 

清水の指示が第一陣全艦に伝えられるとともに、“摩耶”から飛んだ電波がマリアナの基地航空隊と警備隊に敵編隊接近を報せる。もっとも、基地航空隊の保有するレーダーの方が性能はいいはずなので、すでに補足している可能性の方が高いが。

 

それでも戦闘機が上がってこないということは、まだ燃弾補給が終わっていないのか、あるいは出撃できる状態にないのか。

 

ともかく、その辺を考えるのは後だ。

 

対空戦闘用意を受けて、各機銃や高角砲を担当する妖精たちが配置につき、戦闘の準備を進める。ベルト給弾方式を採用していない機銃座では、予備弾倉を目一杯に抱えた妖精が控えていた。使用済みの弾倉を素早く交換するためだ。同じようなことは、高角砲の揚弾機前でも行われている。

 

各部から配置完了の報告が寄せられ、摩耶は全配置の完了を確認した。同様の報告が、“曙”、“霞”、“長波”、“卯月”、“木曾”からも上げられた。第一陣は、いつでも対空戦闘を行える準備が整った。

 

「距離四〇〇」

 

摩耶が敵編隊の距離を読み上げた時、警備隊旗艦の“龍鳳”から通信が入る。

 

『こちらグアム警備隊、“龍鳳”。パラオ泊地艦隊、応答願います』

 

摩耶が差し出したマイクを、清水が受け取る。スイッチを入れ、清水が落ち着いた声で龍鳳に答えた。

 

「パラオ泊地提督、清水隆之少佐です」

 

『清水少佐ですね。グアム警備隊の指揮権を預かっています、龍鳳です。提督の初瀬少佐が、退避船舶誘導にあたっているため、私から状況をお伝えします』

 

「お願いします」

 

『“龍鳳”航空隊は燃弾補給を終えたばかりです。出撃には少なくとも十分かかります』

 

その間に、敵編隊は“摩耶”たちの上空に到達する。

 

『基地航空隊の戦闘機隊も似たような状況です。ですのでそれまで、対空砲火のみで応戦をお願いします』

 

「わかりました。こちらで、時間を稼ぎます」

 

清水が通信を切る。その間に、敵編隊との距離はさらに縮まった。およそ三万五千メートル。

 

「陣形はこのまま。注意をこちらに引き付ける」

 

摩耶たちは単縦陣を維持したままだ。それもそのはず、輪形陣を敷いて守るような大型艦はいないのだから。それならば、艦隊運動が取りやすく、片舷の対空砲火をフルに使うことのできる単縦陣の方が、かえって効果的だ。囮としても、こちらの方が目を引く。

 

「一五〇で対空戦闘を開始する」

 

まず口火を切るのは、“摩耶”の主砲だ。そこにはすでに、対空戦闘用の三式弾が装填されている。もっとも、今回は敵編隊の動きをそこまで制限できるわけではないので、効果のほどはお察しだ。それよりも、三式弾を撃つことによる敵編隊の散開を、摩耶は狙っていた。

 

「距離三〇〇」

 

じりじりとした時間が過ぎる。敵編隊はその綺麗な陣形を保ったまま、高度三千メートルを飛行し続ける。それを睨む“摩耶”たちの高角砲もまた、まだ撃たない。

 

静かな時間が、かえって摩耶の緊張感を増す。心臓が早鐘のように打ち、額を汗が伝った。

 

機数にして七十機そこそこの編隊が、まるで数百の大航空機集団であるかのような威圧感を覚えた。

 

このまま、自らの艦ごと圧し潰されてしまうのではないか。そんな錯覚すら覚えた。

 

「距離二〇〇」

 

それでも、その時は確実に迫ってくる。双眼鏡を覗いた清水が、厳かに命じた。

 

「撃ち方用意」

 

トリガーを引く準備はできている。後はそこにかけた指に、ほんの少しの力を加えるだけ。加わった力は、電路を伝って装薬に点火し、砲弾を放つ。

 

やがて、その時がやってきた。

 

「距離一五〇」

 

「撃ち方始め」

 

「てーっ!」

 

摩耶の号令に、右舷を指向していた八門の二〇・三サンチ砲が咆哮した。仰角がかけられた砲身から飛び出すのは、内部にたっぷりと子弾を詰め込んだ三式弾。

 

反動が艦を左舷へと仰け反らせる。衝撃は等速度的に広がって、海面を、艦上構造物を叩く。濡れ雑巾でひっぱたかれたような感覚だ。数百もの大太鼓を打ち鳴らしたかのごとき轟音が艦橋内に木霊する。

 

摩耶の戦いが始まった。




清水と摩耶様の戦い

マリアナを守るため、艦娘たちは奮闘します

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