パラオの曙   作:瑞穂国

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どうもです

今回は、初めて妖精視点を書いてます

色々詰め込んだので、大分忙しい回になりました


ソノ手ハ届カズ

何とか高度を稼いだ零戦隊。まばらな雲間から眼下に見える敵編隊を見遣って、“祥鳳”戦闘機隊長妖精は表情を険しくした。

 

敵編隊は、まだ五十機以上を残している。対するこちらは、二十四機。単純計算で、一機につき二機の敵機を落とさなければならないことになる。

 

しかも相手は、初見参の大型機と来た。こちらは一機を狩るのに、最低でも二機を割かねばなるまい。隊長は四機小隊による攻撃を命じている。

 

パラオまでの距離二十キロを切ると、対空戦闘は最終段階に移る。帛式防空陣形を敷くパラオ泊地艦隊からの対空射撃と、数少ないパラオ防空隊の地対空ミサイル攻撃だ。どんなに頑張っても、それで落とせるのは二十機と見積もっている。

 

最低でも半数。それが、零戦隊に求められるノルマだ。

 

頃合い良しと見た隊長妖精が、手信号とバンクで攻撃開始を指示する。四機ずつでまとまった零戦が、「金星」発動機の猛々しいリズムを響かせて、翼を翻した。一本槍となった機体が、敵爆撃機に向けて突撃する。

 

敵編隊に、直掩機と思しき戦闘機の影はない。全機が大型航空機―――陸上機と思われる機体で、トラックから飛んできたであろう奴らに、追随できる航続距離を持った護衛戦闘機はいなかったようだ。

 

戦闘機の妨害がなかっただけ、ありがたいと思うべきであろうか。

 

敵編隊から伸びる曳光弾の光には目もくれず、零戦隊は急降下を続ける。もっとも、機体構造の限界があるので、その降下はある程度制限されたものとならざるを得ない。

 

発揮しうる最高速度で、零戦隊は敵編隊へ迫る。隊長機が狙いをつけたのは、編隊の先頭集団に位置する一機だ。その機体の動きに合わせて、周囲の機体が動いていることから、指揮官機であると判断したのだ。

 

敵機からも、負けじと機銃が飛んでくる。まるでこちらを殴りつけるかのような機銃弾の嵐を、零戦隊は突き進む。時折主翼や機体をかすめた敵弾が、嫌な音を上げた。

 

隊長妖精は、ただ真っ直ぐに、照準器いっぱいに映る敵機を見つめる。翼端どころか、その丸っこい機体が照準器を埋め尽くすまで、引き付けた。

 

スロットルレバーと一体になった機銃の発射把柄を握る。途端、両翼に備えられた二〇ミリ機銃と一三ミリ機銃が同時に火を噴き、火箭を伸ばす。その効果を確かめる前に、隊長機は敵機の下へすり抜けていた。発射時間はわずかに三、四連射分程度だ。後続の二番機以降も、同じような射撃を繰り返す。

 

高度を五百メートルほど落としたところで、機体の引き起こしをかけ、戦果を確かめた。狙いをつけた敵機は、黒煙を噴き上げて、編隊から落伍しかかっている。やがて、搭載していた爆弾に引火したのか、盛大に爆ぜて無数の破片となった。周囲の機体も爆風に煽られるが、さすがに巻き込まれて落ちる機体はいなかった。

 

他の小隊も攻撃を終えている。確認したところ、撃墜は四機、損傷を与えたのが二機といったところか。

 

やはり、狙った機体全機が撃墜とはいかないようだ。

 

下方からの再攻撃を検討したが、隊長妖精はかぶりを振った。下方からの攻撃では、こちらの機銃の威力が下がる。それに零戦では、その上昇能力に限界があり、撃墜される確率も高くなる。

 

再度高度を稼ぐ。その旨を僚機に伝えた時だった。

 

上空から降り注ぐ人工的なきらめきを、隊長妖精は捉えた。瞬間の判断で僚機に危機を伝え、本能的に翼を翻す。その翼端をかすめて、青白い曳光弾が通り抜けた。冷や汗ものだ。

 

現れたのは敵戦闘機で間違いない。しかしながら、上空から確認した時も、こうして一航過を終えた時も、敵戦闘機の姿は確認できなかった。それが今になって現れるとは。

 

急旋回により回る世界の中、敵機が降ってきた方向を―――敵編隊の方を凝視する。

 

信じられない光景が広がっていた。

 

敵編隊を構成する一部の機体。その下部、本来爆弾槽が設けられているであろう位置から、なんと三角形の物体が切り離されたのだ。それは一瞬重力に従って落下した後、推力を得て加速し、零戦隊に襲いかかってくる。

 

戦闘機母機とでも言おうか。敵機は爆弾の代わりに、戦闘機を運ぶことで、護衛戦闘機をここまで運んできたのだ。

 

といっても、数はそこまで多くない。精々が十数機といったところか。それでも、この敵機を排除するために、零戦隊は戦力の半数以上を割かれざるを得ない。

 

隊長妖精は歯噛みする。すでにあちこちで格闘戦が始まっており、火箭が入り乱れている。優勢なのは零戦隊のようだが、そうこうしているうちに爆撃機の方はどんどんパラオに迫っているのだ。

 

照準器にとらえた敵機に向けて、苛立ち紛れに機銃を浴びせ、撃墜する。僚機の無事を確かめると、急ぎ上昇を指示する。各所で相手取った敵戦闘機を撃墜した小隊も、それぞれで上昇に移っていた。

 

高度を再び稼ぐのに数分。その時間が、実にジリジリとしたものに感じられた。

 

やがて十分に高度を稼ぎ、眼下の敵編隊を望む。残弾を確認。まだ半分以上が残っており、十分すぎるほどだ。編隊左翼の一機に狙いをつけ、降下に入った。

 

再び敵編隊から火箭が伸びてくる。光の雨は重力に逆らって零戦を包み込み、眼前に迫る。その勢いは、先ほどから全く衰えた様子はない。それはそうだ。まだ四機しか落としていないのだから。

 

それでも、隊長機は怯むことなく、敵編隊に肉薄する。先ほどの射撃も、時機はピッタリだったようだ。ならば同じタイミングで撃てばいい。

 

普段相手にしている敵艦上機よりも大きい分、照準器からはみ出るほどに接近しなければ、的確な射撃は望めない。

 

隊長機はタイミングを計り続ける。

 

やがて、一瞬だけ発射把柄を握る。両翼から四本の火箭が伸び、本日二機目の獲物の胴体を的確に貫いた。

 

 

見張り員妖精が知らせる空戦の様子を、摩耶はただジッと聞いていた。零戦隊の奮闘はすでに肉眼でも見える位置まで移動してきており、時たまチラリとそちらを窺う。

 

帛式防空陣形の最前にいる“摩耶”は、すでに対空戦闘の準備を整えていた。四基の二〇・三サンチ連装砲には対空砲弾の零式通常弾が装填され、各高角砲も高射装置からの指示で高空を睨んでいる。艦体各所にハリネズミのように設置された機銃群も同じだ。工廠部が制作した改造機銃座は、その性能をいかんなく発揮しようと構えている。

 

―――この防空陣形も、まだ完全じゃないな。

 

兵装的な意味ではない。がらんとした艦橋の雰囲気を感じて、摩耶は思う。本来ここには、もう一人いるはずだ。いるべきだ。それが、帛式防空陣形を最大限に機能させるために必要なことだ。それができていないのは、摩耶の勝手によるところが大きいことも、自覚している。

 

清水は、“摩耶”の代わりに“祥鳳”に乗艦し、防空戦の指揮を執っている。

 

余計な思考に陥っていることに気づいて、摩耶は慌てて頭を振る。今は目の前の戦闘に集中しなくては。

 

『敵編隊、距離三〇〇。二〇〇で発砲する』

 

丁度その時、清水の声がした。“祥鳳”から、射撃開始のタイミングを指示してくる。転針等の指示はまだないが、おそらく面舵を切ってくる。艦の側面を敵編隊に向けることで、全対空火器を使用できるようにするためだ。

 

―――バベルダオブ島まで、後四万、か。

 

防空戦は、いよいよ大詰めだ。

 

電探に映る敵編隊は、距離二万五千メートルを切った。そろそろ始まる。口火を切るのは、“大和”搭載の三式弾、そして“摩耶”搭載の零式弾になるはずだ。

 

零戦隊が、さらに敵編隊に襲いかかる。一本槍でまとまった銀翼が一航過をすると、被弾した敵機が錐揉みとなり、あるいは黒煙を噴き上げながら落ちていく。逆に、敵爆撃機の機銃に絡め取られたのか、主翼を真っ二つにして燃え盛る零戦もいる。戦況はどちらに有利とも言い難い。

 

それでも、零戦隊の攻撃は、敵編隊の進行方向を制御するのに十分だった。事前に策定した進行ルートを、敵編隊は真っ直ぐに進んでいる。

 

『全艦逐次回頭、針路一七八』

 

来た。清水からの転針指示だ。

 

「面舵、針路一七八」

 

先頭に立つ“摩耶”が、真っ先に回頭を始める。それに続くようにして、パラオ泊地艦隊全艦の回頭が終わった時、ついに敵編隊が、対空射撃の範囲に入った。

 

『“大和”、撃ち方始め。続いて“摩耶”、頃合いを見て撃ち方を始めろ』

 

冷静な清水の声。数秒後、艦隊の後方から百雷にも勝る轟音が聞こえてきた。“大和”の主砲が、三式弾による射撃を開始した音だ。九門の四六サンチ砲が一斉に咆哮を上げ、一トン半の超巨大な砲弾を音速の二倍という信じられない速さで高空へ投げつける。

 

―――頃合いを見て、か。

 

清水の声は静かで落ち着いたものだ。彼が求めているものは、皆まで言わずとも伝わる。この帛式防空陣形を考案したのは、摩耶と清水なのだから。

 

二十秒を過ぎたあたりで、“大和”が放った三式弾が炸裂した。砲弾に込められていた無数の子弾が漏斗状に広がり、敵編隊を包み込む。三式弾の炸裂をもろに受けた敵機は、一時に十機が火を噴き、そのうち六機が墜落していった。

 

炸裂タイミングの難しさからその効果を疑う者もいる三式弾であるが、その大きな理由は、射撃タイミングを悟った敵機が散開、あるいは予想進路とは違う進路を選んだことによるものが大きい。三式弾自体の威力は十分だ。

 

炸裂タイミングを計り辛いのであれば。炸裂する地点に敵機を誘い込めばいい。戦闘機を有効に使えば、それが可能となる。

 

たった今の“大和”の射撃は、それをものの見事に証明したのだ。

 

やれる。戦いようはある。摩耶は確信した。戦闘機と防空陣形を上手く組み合わせた帛式防空陣形であれば、敵機に対抗できる。

 

そして、摩耶の番が来た。

 

再装填を終えた“大和”の主砲が咆哮した時点で、敵編隊の距離は一万メートルに迫ろうとした。“大和”の砲声が治まるころ、摩耶は声を張る。

 

「撃ち方、始め!」

 

八門の二〇・三サンチ砲が、一斉に咆哮と火炎を上げた。戦艦には及ばないものの、その衝撃と反動は大きい。対空兵装等の増設に合わせてバルジを追加していた“摩耶”の艦体も、仰け反るように横方向へ揺れた。艦上を走り抜けた衝撃波が艦橋の窓を震わせる。

 

“大和”に遅れて撃ち出された“摩耶”の零式弾は、“大和”の三式弾が炸裂してから数秒後に信管を作動させた。三式弾が敵の鼻っ面で炸裂するのと違い、零式弾の信管は敵編隊下部で炸裂するよう、タイマーをセットしている。真下から突き上げるように、無数の断片が敵編隊を襲ったはずだ。

 

「高角砲、撃ち方始め!」

 

それに続くようにして、高角砲群が砲炎をきらめかせる。“摩耶”左舷に三基が据えられた一二・七サンチ連装高角砲が、主砲よりも遥かに早い装填速度で対空砲弾を撃ち出す。敵編隊が、真っ黒い花で包まれた。

 

しかし、やはり大型機ゆえか、そう簡単には落ちない。やはり、三式弾の子弾並みの貫通能力と威力がなければ、一撃で落とすのは難しいのだろうか。

 

さらに。現高度を維持するのは危険と判断したか、敵編隊は上昇を始める。高度五千から、やがて六千へ。

 

―――まずいぞ。

 

“摩耶”搭載の―――否、パラオ泊地艦隊が保有する高角砲の主力となっている一二・七サンチ高角砲では、七千を超えるような高度への正確な対空射撃は望めない。高射装置の性能も追いつかない。艦上機を相手取るならそれでも十分だと思っていたが、今はそれが仇となる。一万付近の高度に届くのは、長一〇サンチ高角砲ぐらいだ。

 

“摩耶”の頭をよぎったのは、榊原から説明だけ受けていた、自らの大規模改装試案。そこには、高角砲を長一〇サンチ連装高角砲に換装する旨が書かれていた。

 

今更悔やんでも仕方がない。木曾と同時期に提示されながら、自分はその答えを保留にし続けていたのだから。

 

仰角をさらに増して、各艦の対空砲火が撃ちまくる。しかしながら、高度六千を超えたところで一機を撃墜して以来、敵機に墜落する様子はない。

 

遥かな高空へ、摩耶は手を伸ばす。その手が何かを掴むことはないと知りながらも。

 

『各艦、撃ち方止め。以後は、パラオ防空隊の地対空ミサイルが対処する』

 

“祥鳳”から入った通信で、摩耶は射撃を止める。三十秒ほどがして、ロマン・トメトゥチェル空港に設けられた防空陣地からミサイルが飛来し、敵機を撃墜する。その様子を眺めながらも、摩耶の心中は晴れやかとは言い難かった。




色々詰め込みすぎだよ、さすがに・・・

最近摩耶様出番多いですね

次回はパラオ防空戦のまとめです

それと、ここから動きが増えることになりそうです

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