ここのところ、書き方に悩み中の作者です
今回で、一応『T・T独立艦隊』編が終わる予定です
早朝のタウイタウイ泊地は、慌ただしい空気に包まれていた。泊地の浮きドックで応急処置を受けた“曙”が出渠、それに伴い、榊原たちはルソンへと帰還することになったのだ。
タウイタウイへ来た時とは違い、今度はルソンへの最短距離を選んでいる。定期的な哨戒と対潜掃討作戦のために、『T・T独立艦隊』の部隊も出撃するらしく、彼女たちに護衛されて、最短の経路でZ海域を抜けることを、榊原たちは選んだ。
「ブレイン・ハンドシェイク」
海水が注入され、沈降していくドック内の“曙”、その羅針艦橋に立ち、曙は艤装との精神同調に入った。その横に、榊原は立っている。
「出港するのは・・・“三瀬”と“九頭龍”か」
埠頭から離れる準備を進めている二隻の軽巡洋艦を認めて、榊原は呟く。前者はタウイタウイ最古参の攻撃型軽巡洋艦、後者は長一〇サンチ連装高角砲六基を搭載した防空巡洋艦だ。両者ともに、対潜能力は非常に高いとのことだった。
これに加えて、“島風”型駆逐艦四隻が出港準備に入っている。こちらは艦影が似通っており、判別をすることはできなかった。
「バラストポンプ始動。両舷バラスト注水、トリム調整」
ドック内の注水が進めば、“曙”の艦体は浮力を生じて台座から浮き始める。その際、艦内のタンクに水を入れることで重心を下げ、艦体が左右に振れるのを防ぐ、これがバラストの役目だ。これに対しトリムは、艦の前後の傾きのことであり、基本的に艦尾側が艦首側よりも低い方がいいとされている。
「甲板員、喫水に注意」
艦橋からでは喫水の状態はわからない。それを確認するのは妖精の役割だ。
やがて、艦体が台座から完全に離れる。一瞬の浮遊感。“曙”は再び、海の上に戻った。
「バラストポンプ停止」
トリムが適切であることを報告され、ポンプが停止する。バラスト水の量は普段と変わらない。
タグボートが“曙”の艦首を引っ張り、ドックから引き出す。ドックから完全に艦体が出たところでロープが放された。この時点で、機関の始動準備は整っている。
「機関始動、両舷前進微速」
羅針艦橋の後ろ、マストを挟んだ位置にある前部煙突から、機関の唸りが響き、煙が噴き上がる。“曙”が真にその姿を取り戻した瞬間だ。
“曙”がそろそろと動き始め、鋭い艦首が静かに海面を切り裂く。それを満足げに確認した曙が、榊原の方を見た。
「よかったの、これで?」
彼女の言わんとすることはわかる。榊原も満足はしていない。けれども、有益な情報を得られたことに間違いはない。何より、直に彼女たちと接することができたのは、大きかった。
「ああ、よかったんだ」
「・・・あっそ。クソ提督がそう思ってんなら、別にいいけど」
それだけ確認したかったらしい。それ以降曙が何か言うことはなく、淡々と操艦を行っている。
通り過ぎようとした埠頭、そこに人影を認めて、榊原は目を移す。舞と紀伊の二人だ。脱帽した舞が、その制帽を頭上で大きく振っている。
艦橋から見張り所に出た榊原も、その帽振れに応えた。白の制帽がタウイタウイの風を捉え、大きく映える。一分ほどそうしていただろうか、どちらからということもなく制帽を被り直す。こちらを見つめる舞と、視線が合った気がした。
―――また、いつか。
再び会う予感を感じて、榊原は胸中で呟く。それから羅針艦橋に戻った。
「両舷前進半速」
丁度その時、曙がさらなる増速を指示した。“曙”の行き足がわずかに速まり、それに伴う波も大きくなる。
“曙”以下、“瑞穂”、“漣”の三隻、そして“三瀬”以下『T・T独立艦隊』の六隻が、港湾を出ていく。最後にすれ違ったのは、巨大な“紀伊”の艦体だ。“大和”よりも一回りは大きいその艦体を見上げる。その横を抜ければ、もう港外だ。埠頭にいた舞たちは、すでに見えなくなっていた。
「出港作業完了。両舷前進原速」
港外へと完全に脱したこと確認し、“曙”の速度がもう一段階上がった。このまま、オートナビゲーションの設定ができる。
付き従う“瑞穂”と“漣”、並走する『T・T独立艦隊』の六隻も原速に移行したことで、曙がオートナビゲーションを設定し、艤装を脱ぐ。榊原も筋肉を弛緩させた。しばらくはこのまま、周辺を警戒しながらの航海になる。
「・・・ねえ」
航海日程を頭の中でおさらいしていた榊原に、再び曙が呼びかける。
普段、艤装を脱いだ直後の雰囲気とは、明らかに違う。榊原よりも低い視線は、真っ直ぐで真剣だった。
「パラオに帰ったら、話しておきたいことがあるから」
「話しておきたいこと・・・?」
「大したこと・・・はあるか。とにかく、クソ提督に言わなきゃなんないことがあんの。今は、それだけ」
言い切った曙は、なおも榊原を見つめ続ける。大きな瞳には、深い海を思わせる蒼が宿っていた。それがさらに、彼女の言葉を重くする。
「わかった」
曙が果たしてどんな話をするのか、榊原には皆目検討もつかない。頷く仕種がどことなくぎこちなかったのに、自分でも気づく。それでも、榊原は曙の視線に応え続けた。
三隻のBOBは、Z海域を切り裂いてルソンへと向かう。『五車星作戦』を遂行し、榊原たちがパラオに帰り着くまでは、まだ一週間しばしの時間があった。
◇
「よく、無事で帰ってきてくれた」
ルソン入港を果たした榊原と相模を、卓巳が迎えてくれた。整然としていた卓巳の執務室だが、今は机の上が資料で少し乱れている。どうやら榊原たちがいなかった間も、様々な記録を引っ張り出し、情報を集めてくれていたらしかった。
「帰ってきて早速ですまないが、報告を聞きたい。いいだろうか?」
「はい」
二人が頷いたことで、卓己がソファを勧める。ありがたく腰掛けると、秘書艦の由良が温かなお茶を出してくれた。一口口付けると、ここ数日の緊張感が一気に和らぐようだ。
「工廠部から報告があった。“曙”の損傷は、二日で復旧可能だそうだ」
「そうですか。ありがとうございます」
ルソン入港と共に、“曙”は再びドック入りしている。元々、タウイタウイで受けたのは軽い応急修理のみだ。本格的な修復は、『五車星作戦』発動前にルソンで行うつもりだった。
被弾したのは駆逐艦の五インチ砲弾のみであり、被害もそこまで大きくない。復旧が早いのももっともだ。
「Z海域が、進入禁止海域に指定されている理由を、理解した気がします。あれだけの練度を持つ深海棲艦と戦い、勝利するのは、非常に困難と言わざるを得ません」
「・・・それほどの難敵か」
卓己が両腕を組み唸る。
「それでその・・・『T・T独立艦隊』とは、会見できたのか?」
「はい。敵駆逐艦との戦闘を援護してくれたのも、彼女たちでした。その後は、短い間でしたが、タウイタウイで情報交換を」
「そうか。それは何より」
辰巳が視線だけで続きを促す。榊原は余すところなく会談の内容を伝えた。
“本来存在するはずのない”軍艦たち。“イレギュラー”と呼ばれる深海棲艦。艦娘と深海棲艦の“起源”。“大いなる先駆者”、そして“鍵”。
『T・T独立艦隊』の目的。
さらに、それに付け加えて、相模が自らの仮説について説明する。
“鍵”、“門”、その先に待つもの。“大いなる先駆者”と、人類が握る“鍵”の持ち主。吹雪との関係。
それらの言葉を、卓己も由良も、ただ黙って聞いていた。
全ての話が終わる頃には、全員分の湯呑みからお茶の香りが消えていた。静寂の横たわる執務室の中、カチコチという時計の針の音だけが木霊する。
「お茶、淹れ直してきますね」
由良が全員分の湯呑みを回収し、給湯室へ向かう。その背中を見送ってから、卓己が重々しく口を開いた。
「・・・相模少佐の仮説、なかなか筋が通っているな」
「まだ、確信はありません」
相模の答えに、辰巳がかぶりを振る。
「そうではない。相模少佐の仮説は、なまじ筋が通っているからこそ、恐ろしい。それに、その仮説によって、説明がつく事柄もある。例えば、艦娘の建造やドロップ、開発に関する研究。最初の艦娘である吹雪との邂逅から、秋山中将が提督として着任して、現在の連合艦隊が始動するまではわずかに二か月。早いと思わないか?」
「確かに・・・。それらを一から研究したのだとしたら、二か月と言う期間は短いかもしれません」
「だが、相模少佐の仮説を用いれば。吹雪の中に、艦娘の生みの親に繋がるものがあるのだとすれば。彼女は最初から“答え”を知っていた可能性もある。それならば、二か月と言う研究期間も納得がいく」
卓己の言葉で、相模の仮説がさらに真実味を帯びてくる。ゴクリ。榊原は生唾を呑みこんだ。
「・・・“時は来た”、そういうことか。この辺りが頃合いかもしれん」
―――時は来た・・・?
卓己の妙な言い回しに、榊原の中で何かが引っかかる。だがその引っかかりの正体に気づく前に、卓己はさらに話を続けた。
「我々は、根本から目を逸らし続けてきた。いや、見えていたが、見て見ぬふりをした。その余裕がなかったからだ。だが、もう三年だ。それも限界にきている。『艦娘はどこから来た、何者なのか』、『深海棲艦はどこから来た、何者なのか』。その命題に、挑まねばならない時が、来たのかもしれない」
戦うしかなかった。
それが、言い訳であるとしても。人類は、そして艦娘は、戦うしかなかった。地球表面積の七割を占める海洋で、自らが生き残るために。
給湯室から戻った由良が、全員の前に湯呑みを差し出す。新しく淹れられたお茶から立ち上る湯気と薫りが、温かい。
「今回の件、私は確かに、塚原から頼まれた。だが、これ以上、首はツッコまない。以後のことは、二人に任せようと思う。その方が、何かと動きやすいだろう?」
確認するような卓己の問いかけに、榊原と相模は顔を見合わせる。今、彼は問うているのだ。艦娘たちの“起源”に迫る気はあるのか、と。
是非もなしだ。
二人して頷く。それに、卓己は笑顔で答えた。
*
先ほど二人の若い将校が座っていた位置には、空になった湯呑みが二つ、残されている。卓己がそれをぼんやりと見つめていると、横から白い手が伸びてきた。
「湯呑み、片付けちゃいますね。提督さんも、お茶、淹れ直しましょうか?」
由良が、まだ残っている、若干冷めた卓己のお茶を見て訊いた。卓己は笑顔で首を横に振る。
「いや、いいよ」
「そう?」
そのまま由良は、卓己以外の湯呑みを持って、給湯室へと入っていった。
執務室に一人となった卓己は、誰もいないのをいいことに大きく息を吐き、背もたれに全体重を預ける。頭上にあるのは、見慣れた白い天井だ。見慣れた、と思ってしまうほどには、卓己はその天井を見上げていた。
そんな卓己の顔に、影がかかる。
「提督さん」
由良が、静かな瞳で卓己を覗き込んでいた。ともすれば吸い込まれそうになる、不思議な魅力。
その眼差しに、つい弱音を吐きそうになってしまう。
「由良・・・俺は・・・」
「いいよ、提督さん。何も言わなくて、大丈夫」
由良の白い手が、卓己の顔の横に添えられる。その人並み以上に整った優しげな顔が近づいて、コツンとおでこがぶつかった。少しひんやりとして、気持ちいい。
「提督さんの言いたいこと、わかるから」
―――本当に。
本当に、この娘は優しすぎる。時にこちらが心配になるほどに。そしてそれに、自らが甘えていることも、わかっているつもりだ。
「大丈夫。提督さんは、“彼女たち”のこと、ちゃんと守ってるから」
「・・・お見通し、か」
卓己の苦笑に、由良は柔らかな微笑みで応える。
「どうなると思う?」
「どうなる、かな。由良にもわからないよ」
ゆっくりと由良の顔が離れる。それが少し名残惜しい。
「でもね、由良は・・・ずっと、提督さんと一緒にいるから」
天井を背景にする由良の顔を、ジッと見つめる。卓己はその言葉に頷き、再び体を起こした。
次回以降はパラオに戻ってからの話になるかと
久しぶりにぼのちゃん以外の艦娘にも登場してもらわないとですし、何より清水提督と摩耶様がどうしてるのかが気になります
中破絵由良さんの浴衣からのぞく生足がたまらn(先制爆雷)