パラオの曙   作:瑞穂国

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どうもです

うんうん悩みながら書いた結果、一日遅れの投稿となってしまいました

今回もまだ、Z海域編ですが・・・

どちらかというと、榊原と曙の話になってます


静カナ海、静カナ夜

Z海域という荒海にも、静かな夜はやって来るものだ。月夜が反射するタウイタウイ泊地の波面は優しい光を振りまき、辺りを朧げに照らしている。体に触れる夜の空気を、榊原は肺一杯に吸い込んだ。

 

タウイタウイには、一応士官用の風呂がある。ただ、舞は普段艦娘たちと一緒に入っているらしく、ここしばらくは使われていなかったそうだ。パラオよりは小さいが、細かい内装にこだわりが見られる、趣のある風呂だった。

 

風呂から上がり、手持無沙汰となった榊原は、特に何をするでもなく、タウイタウイの風に当たっていた。

 

舞との話を終えた後、榊原と相模、曙たちはタウイタウイ泊地を案内された。その時のおかげで、ある程度地理はわかる。庁舎を出た榊原の足は、フラフラと埠頭に向かっていった。

 

海から吹く風が、風呂上がりの体に心地いい。日中は暑かったが、こうして風が吹いた時の涼しさは何にも代えがたい。ビールでもあれば最高だ。

 

「舞さん?」

 

ふと、そんな榊原に呼びかける声があった。上の方から降ってきた声に、榊原は辺りを見回す。

 

月光に浮かび上がる人影は、榊原の背後に停泊するBOBの艦橋にあった。軽巡洋艦の“三瀬”。タウイタウイ泊地最古参の艦だ。

 

人影と目が合った。月に照らされるのは、伝説の白蛇を思わせるような、神々しい白髪。柔らかい眼差し。しなやかに揺れる、巫女服の白。

 

「あ・・・すみません」

 

少女も榊原を認めたらしい。しばらく逡巡するような間があった後、少女は予想だにしない行動に出た。

 

なんと、艦橋脇見張り所のヘリを飛び越えたのだ。

 

軽巡とはいえ、“三瀬”の艦橋脇見張り所から甲板までは十メートル近くある。ただではすむまい。

 

脊髄反射で動きだした榊原だが、その行動が実を結ぶ前に、少女は甲板に激突している。否、まるで重力に逆らうかのように、非常に柔らかな着地を決めていた。

 

何が何だかわからない榊原を気にする風もなく、少女は“三瀬”の甲板から埠頭に移ってきた。

 

「失礼しました。こんな時間に出歩くなんて、舞さんぐらいだったので」

 

「は、はあ・・・」

 

物理法則完全無視の事態に関する整理と理解を半ば放棄して、榊原は少女を見た。

 

「自分は榊原広人中佐です」

 

「ルソンからいらしてた方ですね。驚かせてしまってすみません。私は・・・軽巡洋艦“三瀬”です」

 

名乗る時に、微妙な間があった。

 

「貴女が、三瀬さん。舞さんからお話は伺いました。こちらこそ、こんな夜遅くにすみません」

 

「いいえ、気にしないでください」

 

三瀬が微笑する。どこか寂しげな笑みだった。

 

「三瀬さんは、艦内で生活されてるんですか?」

 

「はい。ご飯を食べるのも、お風呂も、基本的には“三瀬”の中ですね。できるだけ、一緒にいたいので」

 

三瀬がチラリと後ろを仰ぎ見る。よく見れば、甲板の上に集団でくつろいでいる妖精がいた。お酒でも飲んでいるのだろうか。微笑んだ三瀬につられて、榊原の表情も和らぐ。

 

「仲が良いんですね」

 

「今の私を預けられる、大切な人たちです」

 

誇るわけでもなく。慈しむような三瀬のその視線は、どこか曙に似たものを感じる。いつだか、榊原に「信じてる」と言ったあの時の、深い蒼の瞳。

 

「榊原中佐は、どうしてこちらに?」

 

「少々手持無沙汰でして。風にでも当たろうかと」

 

「いえ、そういうことではなく。どうして、タウイタウイにいらしたんですか?どうして、危険を冒してまで、来ようと思ったんですか?」

 

「ああ、そういうことですか」

 

こちらを覗き込むような三瀬の質問に、榊原はしばし考える。自分が、この危険な海を渡ろうと思った理由を。彼女たちに会おうと思ったわけを。自分の中で、上手く説明できていなかった部分を。

 

「・・・自分が、提督だから、としか言いようがありません」

 

「どうゆうことですか?」

 

思えば、こういう話を相模以外にするのは初めてだ。

 

「艦娘たちを守れるのは、自分たち提督だけです。彼女たちを導くのが、自分たちの役目です。だから自分は、知り得ることを全て知っておきたい。判断の材料は多いにこしたことはありませんから」

 

「それで、タウイタウイに?」

 

「公式の記録に残らない艦隊。言ってしまえば、非常に異質な存在です。記録に残らないから、その目的も、行動も、知るためには直接来るしかありませんでした」

 

静かにこちらを見ている三瀬の目を、榊原も見つめ返す。

 

「今回ここに来ることで、貴女方に会って、その目的を知ることができました。危険を冒してまで来る意味はあったと思っています」

 

「・・・そうですか」

 

榊原の話を聞いていた三瀬が、何かを噛みしめるように小さく何度も頷く。その深い瞳が、再び榊原を捉えた。

 

「舞さんとそっくりですね。『私は皆の港でいたい』、そんなことを言っていたことがありました」

 

「港、ですか。言い得て妙ですね」

 

「私たち、“本来存在しないはずの”軍艦にとって、舞さんは唯一の“帰るべき場所”なんです」

 

胸に手を当て、三瀬が言う。落ち着いた仕種が、彼女の心の内を示しているようだった。細められた瞳が光る。

 

「・・・榊原中佐は、灯台、でしょうか?艦を導く、明るい光」

 

「それはいいですね」

 

大きく頷いてみせる。

 

「艦娘たちの灯台。そうなれるならば、自分は本望です」

 

はっきりと答えた榊原に、三瀬が微笑んだ。

 

「そろそろ戻らないと。お散歩の途中だったのに、すみません」

 

「とんでもないです。お話が聞けて、本当によかった」

 

三瀬が艦内に戻っていく。その背中を見送った榊原は、改めて“三瀬”を見渡す。

 

―――灯台、か。

 

海征く者の道標。果たして自分に、その大役が務まるであろうか?

 

務まるかどうかでは、ないのであろう。自分がやるしかないのだ。

 

なぜか。榊原が、提督だからだ。

 

 

曙は、遅めの風呂を満喫していた。いつもの通り、体を手早く洗い、長い髪をまとめる。陸にいるため、清水の節約を考えなくていいのがありがたい。

 

タウイタウイの風呂も、パラオと同じく露天風呂があった。岩風呂の横に、アレンジメントとして南方の草花が植えられている。しかもその間から、綺麗な星空が見えた。泊地の灯火が控えめゆえだ。

 

「んっ・・・」

 

その星空に向かって、大きく伸びをする。それから全身の筋肉を弛緩させると、気の抜けた溜め息が漏れた。

 

やっぱり、風呂はいい。

 

そこではっとして、柵の向こう、隣の男湯を窺う。人の気配らしきものはしない。この泊地唯一の男性―――榊原は、そこにはいないらしい。

 

「・・・何を、気にしてんのよ」

 

気にしても仕方のない。

 

「何を気にしてるの?」

 

「ふぇあっ!?」

 

代わりに。人の気配は後ろからした。自分でもわかるくらいの素っ頓狂な声に赤面しつつ、曙は後ろを振り返る。

 

屋内浴室との入口に立っている人影。肩口で髪を揃えた少女は、首を傾げて曙を見ている。磯崎舞特務大尉。このタウイタウイ泊地の提督だ。

 

「隣、いいかな?」

 

「・・・い、いいけど」

 

昼間の、榊原たちを案内していた時のような、かっちりした雰囲気はない。大人びた気配もない。どこか砕けた様子の、一人の少女が立っている。

 

舞はゆっくりと腰を下ろし、曙の横で湯船に浸かる。天に向けて大きく伸びをすれば、歳相応に発育したそれが主張する。曙は思わず、自分の胸に手を当ててしまった。

 

「それで、曙ちゃん。何を気にしてたのかな?」

 

舞がニッコニコの笑顔で訊いてくる。

 

「べ、別に。何も気にしてないわよ」

 

「ふーん?」

 

こちらを覗き込んでくる舞から目を逸らす。明らかに納得していない。というか面白がっている。

 

「榊原中佐には、気の抜けたとこ、見せたくない?」

 

「ぶっ!!」

 

思わぬ指摘に、曙は噴き出し、咳き込んでしまう。ようやく収まったと思った顔の温度が再び上がってくるのを感じて、曙は反論する。

 

「な、何でそうなんのよ!」

 

「違うの?」

 

さらに言われて、言葉に詰まる。

 

自覚がないと言えば、嘘になるだろうか。だけれども、それは当たり前のことだと思っている。

 

なぜならあたしは、初期艦だから。クソ提督の秘書艦だから。前に突き進む榊原広人という提督の、そばにいることができるのはあたしだけだから。

 

気の抜けたところは、見せたくない。

 

「・・・そりゃ、気の抜けたとこ、見せたくないわよ。あたしはクソ提督の初期艦で、秘書艦だから」

 

「そっか」

 

「何よ、文句ある?」

 

舞は笑って首を振った。

 

「曙ちゃんは、好きな人には、かっこつけたいタイプか」

 

唐突に襲ってきた過去最大の衝撃に、曙は一時的に艦種を駆逐艦から潜水艦に変更することで対処した。

 

温度計が振り切れるかと思うほど上がった顔の温度が冷める前に、曙の肺活量が限界を迎え、急速浮上する。再び駆逐艦に戻った曙は、精々の抵抗とでも言うように、水面でブクブクと息を吐く。

 

「話は変わるんだけど」

 

そんな曙の様子を知ってか知らずか、舞は構うことなくさらに話を続ける。

 

「曙ちゃんは、横須賀の所属だったよね?それも、かなり早い頃から」

 

口調は砕けたままだが、雰囲気は違った。榊原と同じだ。この少女は立派に提督だ。

 

「・・・そうよ。それがどうかしたの?」

 

「じゃあ、もちろん吹雪さんのことも知ってるわけだ」

 

曙の中で、チクリと何かが痛んだ。

 

「知らないわけないでしょ。ていうか、あたしの教導が吹雪だったし」

 

「へえ、それじゃあ、曙ちゃんが吹雪さんの愛弟子になるんだ」

 

「正確には“最後の”愛弟子ね。他の艦娘も、基本的なところは全部吹雪が教えてたわけだし」

 

今の曙を作ったのは、吹雪であると言っても過言ではない。

 

「・・・それじゃあ、吹雪さんの轟沈のことも、知ってる?」

 

今度の胸の痛みは、チクリではなくズキリだった。

 

「・・・知ってるわ」

 

「そっか。当時のこと、聞ける人がいなくて。吹雪さん本人も、答えてくれなかったし」

 

「あんたには、教えない」

 

舞を見ることなく。二人で並んで、同じ方向を見たまま、曙はきっぱりと言った。

 

「・・・クソ提督にも話せてないのに、あんたに先に話せるわけない」

 

「そっか」

 

舞の答えは、それまでと変わらず軽かった。

 

「なら、いいんだ。“答え”は私が、自分で探すことにする」

 

「・・・なんで、吹雪が轟沈した時のことを、聞きたいの?」

 

「うーん、」

 

満天の星空へと立ち上っていく湯気の中、舞は人差し指を唇に押し当て、考え込む仕種をする。たっぷりと時間をかけた後、悪戯っぽく笑ってこう言った。

 

「私からは言わない。その理由は、曙ちゃんが、吹雪さんが轟沈した時のことを榊原中佐に話せば、中佐が教えてくれると思うよ」




思えば、ぼのちゃんの入浴シーンって書くの初めてな気がする

そしてやっぱりペッt(魚雷命中)

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