パラオの曙   作:瑞穂国

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投稿ペースを取り戻しつつある作者です

今回も長い話が続きます。ていうか、しばらく続きます

過去最高に書き方に悩んでいますが、少しずつ、この物語の核心へと近づいていくことになります。・・・多分


異端者、先駆者

少し考えれば、わかることだ。

 

BOBも深海棲艦も、艦体を構成しているのは同じブルーアイアンだ。そして艦娘は、精神同調によってブルーアイアンと接続され、艦体を自らの手足のように動かすことができる。で、あるならば。深海棲艦もまた、艦娘と同じような存在を持っていると考えるのが妥当だ。

 

「艦娘、そして深海棲艦の起源に迫る探究。そのために私たちは、“イレギュラー”との接触を続けています」

 

舞はそう言って、ゆっくりとお茶に口を付けた。

 

「接触を・・・受け入れてくれるのですか?」

 

「“イレギュラー”は変わっています。自分たちを“異端者”だと、名乗っていました。そしてどうやら、彼女たちの目的は、私たち『T・T独立艦隊』と同じであるようです。ですから、私たちと“イレギュラー”との間では、意思疎通、情報交換が可能です。まあ、やり方は少し乱暴ですけどね」

 

驚くべき事実だ。深海棲艦は、これまで一切の呼びかけに応じてこなかった。故に人類は、深海棲艦には人類に相当する意思がない、あるいは対話の意思はないと判断して、一切の対話の手段を排除して戦闘を行ってきた。

 

―――それもおかしな話だ。

 

深海棲艦には、確かな行動ロジックと明確な戦術、戦略が存在した。それは、意思を保有していなければ成し得ないことだ。

 

我々は、物事を自分の都合のいいように解釈しすぎていたのかもしれない。

 

「・・・皆さんの目的については、理解しました。まだ、信じ難い部分はありますが」

 

「そう、ですよね。正直なところ、私自身も、まだまだ消化しきれていないところがあります」

 

舞もまた、困ったように苦笑を浮かべていた。

 

「これまでの話を聞く限り、」

 

今度は相模が口を開く。愛用のメモを取り出している彼は、塚原からこの件に関して依頼された時と同じ表情をしている。鋭い眼光の奥にも、溢れんばかりの好奇心が見て取れた。

 

「舞ちゃんは、俺たちと共同戦線を張ることについては、慎重ってことでいいかな?」

 

相変わらず、真剣な時ほど口調が軽くなる相模であった。

 

「そういうことです」

 

堅かった舞の表情に、年相応の穏やかさが戻る。こういうところ、自分にはない才能だと思いつつ、榊原は舞と相模の話に耳を傾けた。

 

「トラック沖での作戦行動について話があった時も、判断を保留にさせてもらいました。優柔不断だとは思いますが、それでもやっぱり、皆を・・・この艦隊の仲間を衆人の目にさらすのは、憚られます」

 

“イレギュラー”と同様、『T・T独立艦隊』の面々もまた、“本来存在するべきではない軍艦”たちだ。その存在が公になった時、世界に与える衝撃は想像もつかない。

 

「そっか。舞ちゃんにとってこの艦隊の皆は、何よりも大切な存在なんだね」

 

微笑んだ相模に、舞は一瞬驚いたように目を見開いた後、相好を崩した。海面に覗いた朝陽のような笑顔だった。

 

「はい。私にとっては、唯一無二の家族みたいなものですから」

 

この、磯崎舞という少女に、何が起こったのかはわからない。なぜ彼女が、この艦隊の提督となったのかも。それでも少女は、強く生きている。

 

「話が逸れちゃいましたね。今も言いました通り、私たちは基本的に、このZ海域から出るつもりはありませんでした。おそらくこれからも、もう二度と、出ることはないと思います。ただ、」

 

舞の表情が引き締まった。

 

「トラック沖に出撃したことで、状況に変化が訪れたのも事実です」

 

「変化、ですか」

 

「先日・・・二週間ほど前ですけど、初めて“イレギュラー”側から接触がありました」

 

「っ!!」

 

「今まで彼女たちは、こちらから接触しなければ、決して意思の疎通を図ろうとはしませんでした。その辺りは普通の深海棲艦と変わりません。トラック沖の出撃後、深海棲艦の上位意志が立てた計画に狂いが生じたとの理由で、あちら側から対話を望んできました」

 

対話のためにタウイタウイへやってきたのは、“イレギュラー”―――否、深海棲艦の中でもかなりの上位であると目される『艦娘』であったらしい。

 

「計画、というのは?」

 

「さすがにそこまでは。“彼女”―――ミヤコワスレの寄港目的はあくまで“報告”でした。自らの意志がどこにあって、何をしたか、何をするか。それだけです。最低限教えてくれたことは、“イレギュラー”、そして私たちが探しているBOBと深海棲艦の“起源”は、元々一つであったらしいこと。ミヤコワスレは、今なお行方をくらましている“起源”の存在を知っているということ。計画を立てたのは、その“起源”自身であること」

 

そこまで言い切ってから、舞は何やら考えるようにして、さらに続けた。

 

「こうも言っていました。ミヤコワスレたちが“大いなる先駆者”と呼んでいる“起源”は、人類に一つの“鍵”を渡した。その“鍵”は、ある時二つに分かれてしまった。計画に狂いが生じた結果、“大いなる先駆者”は、近いうちに二つの“鍵”を一つに戻す必要に迫られた」

 

キーワードは揃っている。しかし、繋がりが見えない。まるで謎かけのような言葉だ。大の男二人も唸ってしまう。

 

「“鍵”、“大いなる先駆者”・・・何か厨二臭いネーミングだな」

 

「一つ一つに意味はあるんだろうが・・・それだけでは、何か掴むことは難しいな」

 

「だが、ある程度は絞れるぞ」

 

相模が愉快そうに笑う。

 

「“鍵”が二つに『割れた』、ではなく『分かれた』ということは、“大いなる先駆者”が俺たちに与えたものは、物理的な何かではないということだ。おそらくは精神的なもの、あるいは考え方だ。それと、重要なのは、“鍵”そのものよりもその先にある・・・仮に“門”とでも呼ぼうか、そっちの方だな。でなければ、わざわざ“鍵”なんて言い回しをする必要はない」

 

「・・・すごいですね、その通りです。ミヤコワスレもそう言っていました」

 

舞が心底驚いた様子で言った。

 

「相模さん、何者なんですか?」

 

「ただの、ギンバイが得意な情報屋だよ」

 

相模が華麗なウインクを決める。

 

「もしかして、その先まである程度予想できたりしますか?ミヤコワスレは、それ以上のことは答えてくれなかったので」

 

「そうだな・・・。『二つに分かれた』ってことは、その“鍵”が何らかの拍子で存続の危機に立たされたとき、自由に動けなかったってことだ。だから保険として、自らを二つに分け、最低でもどちらかが存続するように仕向けた。この考えだと、“鍵”には持ち主・・・拠り所が必要になるな。人類側に“鍵”を渡すとして、拠り所になり得るのは、艦娘かBOBしかないだろう。そして、“大いなる先駆者”が“鍵”を与えるとしたら」

 

「・・・最初の艦娘、吹雪しかないってことか」

 

「そういうこと。あくまで、俺の仮説な」

 

筋は、通っている。もちろん、情報が少ないゆえに、色々と粗削りな部分はある。結局、“鍵”が何なのか、そこには辿り着いていない。

 

それでも、大きな前進と言えるだろうか。

 

「・・・確かに、一応、筋は通りますね」

 

「そう。あくまで『一応』だ。何の拍子に、吹雪を拠り所としていた“鍵”が二つに分かれたのか。分かれた“鍵”のもう片割れはどこへ行ったのか。説明の着かんことは山ほどだな」

 

相模の大胆な仮説を聞き届け、榊原は湯呑みに手を伸ばす。湯気を立てていたお茶はいつの間にか冷めて、唇を湿らすには丁度良かった。

 

「“鍵”・・・“門”・・・結局、最後には何が待っているんでしょうか?」

 

静かに話を聞いていた紀伊が、鈴の音のように澄んだ声で尋ねる。各人が考えるような間があった後、榊原はゆっくりと慎重に、その口を開いた。

 

「BOBと深海棲艦、二つの存在の、“起源”としか・・・」

 

深海棲艦の“起源”―――“大いなる先駆者”の考えが読めない。

 

そもそも、“大いなる先駆者”は、本当に深海棲艦なのか?他の深海棲艦とは、あまりにもその目的が違い過ぎている。

 

それはあたかも、戦いを望んでいるかのような策略。敵であるはずの人類に、わざわざ“鍵”を送り付ける不可解な行為。

 

いや・・・果たして“大いなる先駆者”には、人類と戦っている意識はあるのか?

 

「“起源”と言えば、」

 

どん詰まりになりかけた話を転換するように、相模が軽い口調で切り出した。頭の切り替えが早い悪友の存在が、今回は非常にありがたい。

 

「『T・T独立艦隊』の皆は、どうやって建造されたのかな?」

 

「・・・確かに、気になるな」

 

自分でも難しくなっていたのがわかる顔を、意識的にほぐし、榊原も舞たちの方を見る。向かい合った二人も少しだけ表情を緩め、冷めたお茶に手を付けた。話を始めたのは紀伊だ。

 

「私たちは、一人を除いて建造の儀式を行うことができません。ですからこの泊地の艦娘は、全員彼女が―――軽巡洋艦娘の三瀬が建造しています」

 

三瀬、と聞いて、榊原は先ほど埠頭で見た艦影を思い出す。

 

軽快そうな細身の艦体は、軽巡洋艦らしい鋭さに満ちている。その艦上に、これでもかと据えられた五基の一五・五サンチ三連装砲塔、二基の四連装魚雷発射管、四基の高角砲。イメージとしては、軽巡時代の“最上”型と“阿賀野”型を足して二で割った感じだろうか。

 

「彼女が泊地最古参です。前任の提督と共に着任しています」

 

「なるほど。それじゃあ、三瀬がお母さんで、後は皆姉妹みたいなものか」

 

「そうなりますね」

 

相模の言葉に、紀伊がクスリと笑う。

 

「三瀬が邂逅者となって建造を行った結果、私たち“本来存在しない”軍艦が生まれました。そして全員、邂逅者としての資格を持ちません」

 

「・・・つまり、三瀬さんだけが、新しい艦娘と邂逅できるということですか」

 

「はい。それに、今はもう。建造を彼女だけに頼ったために、かなりの負荷がかかっています。三瀬も、もう二度と、建造や邂逅はできません」

 

―――・・・ちょっと待てよ。

 

三瀬が邂逅者となったことで、本来存在しない軍艦が建造された。それでは、

 

“三瀬”自身は、誰が建造したんだ?

 

旧帝国海軍艦―――のみならず、世界中のどこにも、軽巡洋艦“三瀬”に該当するような軍艦はない。“三瀬”自身もまた、本来存在しない軍艦だ。

 

“三瀬”が“三瀬”と邂逅したのでは、それこそ鶏と卵どころの話ではない。

 

つまり、本来存在しない軍艦である“三瀬”と邂逅した艦娘がいるはずだ。

 

「・・・三瀬自身は、どうやって生まれたんですか?」

 

努めて何となしに訊いたのだが、紀伊はその口をつぐんでしまった。しまった、と思った時にはもう遅かった。

 

「それは・・・」

 

紀伊は口を開きかけ、また止める。その目が舞を見た。

 

「すみません、榊原中佐。それに関しては、軍機指定です。さすがの私でも答えられませんよ」

 

舞は唇に人差し指を当て、片目を瞑りながらおどけて言った。どこか相模に似たその仕種に、榊原も紀伊もホッと胸を撫で下ろす。

 

磯崎舞とは、何とも不思議な少女だ。

 

「女性の出自を気にするようじゃ、まだまだだな広人」

 

相模も笑いながら、榊原の背中をバシバシと叩く。そんな二人の様子に苦笑した舞が、柔らかな表情のまま再び口を開く。

 

「ちなみにですけど。お二人は『刃櫻会』について、聞いたことはありますか?」




いかがだったでしょうか?

今回は色々と新しい用語が増えました。異端者、大いなる先駆者、起源、鍵、門、そして刃櫻会。作者のなかでも整理が追いついてません(おい)

すべての疑問は、トラック攻略戦へと繋がっていきます

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