パラオの曙   作:瑞穂国

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遅くなってしまいました

これからのことを考えて、ここからは急展開に次ぐ急展開が待っていることになります

それと、今回の話以降、しばらく戦闘がないかもです


Z海域強行突破作戦

互いの砲火が入り乱れる海戦場を、神速が駆け抜けていく。飛沫を散らす艦首は榊原の号令で同時に動き、二隻の駆逐艦はその俊敏さを遺憾なく発揮していた。

 

「距離六〇!」

 

曙が叫ぶのと同時に、ハ級から放たれた五インチ砲弾が弾着し、水柱を跳ね上げる。榊原も曙も、それに気を留めることなく、ただ前を見つめていた。

 

榊原がマイクを握る。

 

「漣、敵艦隊と右舷対右舷ですれ違う。右砲撃戦、右雷撃戦用意」

 

『ほいさっさー!右砲撃戦、右雷撃戦用意!』

 

復唱する漣の声音には、随分と余裕が見られた。どこか曙に似ているその雰囲気に、頬を緩める。

 

「・・・何笑ってんの?」

 

前を見つめたまま、曙が問う。声でも漏れていただろうか。

 

「大したことじゃないよ。それより、どうだ?」

 

「先頭艦と二番艦に命中弾。ただまあ、今は一番砲塔でしか砲撃できないから、無力化にはまだ時間がかかると思う」

 

「了解。とりあえず今は、牽制でいい」

 

「わかってる」

 

その間にも、“曙”は再び咆哮する。敵艦隊へ指向可能な前甲板の一番砲塔二門の一二・七サンチ砲から生じた砲炎が海面を赤々と照らしだし、波間を揺らした。駆逐艦とはいえ、腹の底に響く砲撃音だ。

 

砲撃を続行しつつ、“曙”はわずかにその位置をずらし、左へと舵を切る。しばらくして、“漣”がその後ろに続いた。

 

「射角に入った!」

 

「二番、三番砲塔撃ち方始め!」

 

針路を変え、右舷対右舷で敵艦隊とすれ違う格好になった“曙”の後部二番、三番砲塔が、その射角に敵艦を捉え、発砲する。

 

もちろん、入れ替わりに敵駆逐艦も全砲で発砲する。それに続いて、後方の軽巡ト級もだ。“曙”と“漣”の周囲に立ち上る水柱の密度が増す。

 

それでも、練度は曙たちの方が高かった。

 

二隻が砲撃を集中していた敵一番艦が、業火に包まれていく。六秒に一回、二隻平均で三秒に一回、一二・七サンチ砲弾六発が降り注ぎ、敵艦の甲板を抉った。

 

敵一番艦の行き足が鈍り始める。炎は収まる気配がなく、月夜の海面を怪しく光らせる

 

「目標を二番艦へ!」

 

榊原が指示するまでもなく、曙が叫ぶ。“漣”と揃って、主砲が沈黙し、砲撃目標の変更に入った。

 

その間、わずかに舵が切られる。相対位置を変え、敵艦の砲撃から逃れるためだ。針路が完全に変わると、再び二隻が発砲。

 

―――さすがの練度だ。

 

着任直後の戦闘を思い出しす。あの時は、“曙”単艦で駆逐艦三隻を屠ったのだ。

 

「漣!」

 

『何かなぼのちゃん?』

 

「雷撃、行くわよ!」

 

『お任せあれ!』

 

曙の声に応え、二隻の駆逐艦が雷撃の準備に入る。今は夜。酸素魚雷でなくても、雷跡を発見するのは困難だ。適切な回避運動はまず取れない。射角を間違えなければ、ほぼ確実に当てられる。まして今回雷撃を行うのは、初期艦に選ばれるような高い練度を持つ駆逐艦二隻だ。

 

「距離・・・二〇!」

 

間もなくすれ違おうかという敵艦隊との距離を、曙が読み上げる。彼我の距離はわずかに二千メートル。この距離で外すはずもない。

 

「投雷始め!」

 

“漣”と合わせて六基十八本の魚雷が放たれる。海面に飛び込んだ鋼鉄の槍が、滞りなく航走を始めたことを、榊原も確認した。到達まではおよそ一分半。

 

「取舵一杯!離脱する!」

 

用件は終わった。こちらが魚雷を撃てるということは、相手も撃てるということ。敵の航跡を確認してからでは、回避運動は間に合わない。今のうちに、被弾面積を最小にしつつ、離脱を図るべきだ。

 

「後方、雷跡!」

 

案の定、魚雷はやってきた。白線の接近を見張り員に知らされた曙は、何やら首を傾げている。

 

「確認できるだけで四本・・・?」

 

―――少ないな。

 

魚雷というのは、数を撃って当てる兵器だ。たった四本では当たるものも当たらない。非常に合理的な深海棲艦が、そんな非合理的な判断を、この状況でするとは思えなかった。

 

何かあるのか。榊原の疑問に対する答えは、迅速かつ明確に示された。

 

「っ!?敵駆逐艦回避運動!?」

 

「何だと!?」

 

―――投雷タイミングを読まれていた!?

 

細かな転舵は続けていたが、“曙”も“漣”も、基本的に敵艦隊とずっと反航していた。そこから、投雷のタイミングを完全に読むことは不可能だ。

 

では、航跡を発見してから転舵したのか?それも考えにくい。“曙”たちは九〇式魚雷を雷速最大にして投雷している。航跡を見つけてから舵を切るのでは、たとえ駆逐艦でも完全に回避することはできない。

 

おどろおどろしい轟音が聞こえてきた。見張り員から報された戦果は、回避運動が遅れたト級への命中のみ。ト級は右舷に大きな浸水を生じたらしく、急速に傾いていった。

 

だが、敵駆逐艦は、まだ二隻が残っている。

 

苦虫を噛み潰したかのように、曙が表情を歪めた。

 

「・・・敵駆逐艦、魚雷を回避。なおも健在」

 

「取舵一杯。再び接近しての攻撃を試みる」

 

「了解」

 

曙はすぐに答え、二隻の駆逐艦が再び舵を切る。魚雷を回避した残存の敵駆逐艦も同じくだ。互いに二隻ずつの駆逐艦が、およそ四千メートルの距離を持って同航している。

 

「砲撃を再開!」

 

転舵が終わると、すぐさま主砲が火を噴く。高速での運動を続ける“曙”と“漣”だが、激しい転舵の後も呼吸はピタリと合っている。前甲板にきらめく砲炎の向こう側にも、“漣”の砲炎が見えた。

 

同航する敵駆逐艦も、砲撃を再開する。艦の前後に据えたじょうろを思わせる単装砲に砲炎が迸り、“曙”たちと同格の五インチ砲弾が飛翔を始める。互いの砲弾が凄まじい速度で交錯し、目標と定めた相手に到達するのに、大して時間はかからなかった。

 

「っ!」

 

榊原は目を見開いた。“曙”の射弾が正確なのはいつもの通りだ。だが、それと比肩するほどに、敵艦から放たれた射弾も正確だった。“曙”の艦首付近に、明らかに至近弾のそれとわかる水柱が上がっている。砲撃の腕は、それまでの深海棲艦とは比べるべくもない。先ほどまで空振りを繰り返していた敵駆逐艦とは思えなかった。

 

「取舵一杯!」

 

次の瞬間、曙が弾かれたように転舵を指示した。どういうことだ。そう尋ねる前に、その答えが目の前に提示される。

 

朧げな月明かりの下、波間には確かに、こちらへと向かってくる白線が多数見て取れた。見紛うことはない、それは正しく、あらゆる艦艇を水底へと誘う、水面下の死神であった。

 

「嵌められた・・・っ!」

 

曙が憎々しげに呟く。あの時と逆だ。接近する魚雷を避けるために、その進路を固定されているのは、“曙”の方だった。

 

魚雷の通過までは、おそらく三十秒近い時間がかかる。その間、“曙”は敵駆逐艦に丁字を描かれ続けることになる。

 

ほどなく、敵駆逐艦から五インチ砲弾が飛んでくる。その狙いは正確だ。命中こそしなかったものの、水柱は“曙”を包み込むように生じており、散布界に捉えられているのは明白だった。

 

「それなりに覚悟してて、クソ提督」

 

いつになく、重く低い声で、曙が言った。次の瞬間、敵艦からの次なる射弾が降り注ぎ、艦が被弾の衝撃に打ち震えた。艦橋から被弾箇所は見えない。おそらくは艦の中央部辺りに命中したはずだ。

 

“曙”も反撃するが、いかんせん、敵艦に対して指向可能なのは前甲板の一二・七サンチ連装砲塔一基二門だけであり、いかに曙の腕が確かであると言っても、効果的な射撃を行うことはできなかった。

 

そうこうしている間にも、敵弾は降り注ぐ。ダビットに直撃した砲弾がそこに吊るされていたカッターを吹き飛ばした。艦橋基部への命中弾が、榊原の足をふらつかせる。探照灯が打ち砕かれ、粉々になったガラスの破片が、キラキラと宙を舞った。

 

「正面、雷跡!」

 

それだけではない。艦橋から見える艦首の先、月光を受けて怪しく輝く細長い影。白い航跡を引きずって、魚雷が接近していた。

 

その行方を、榊原はただ、固唾を呑んで見守ることしかできなかった。曙のとっさの転舵で、被弾面積は最小になっている。後は当たらないことを祈るのみ。

 

雷跡が迫る間も、五インチ砲弾が五月雨式に襲いかかる。前甲板に命中した敵弾が弾け、リノリウムを抉る。艦橋を掠めた敵弾に、窓が震えた。

 

「魚雷通過!取舵一杯!」

 

雷跡の通過を確認して、“曙”はすぐさま艦首を左に振る。同じように回避行動を取っていた“漣”もそれに続いた。二隻の駆逐艦は、自らの身を焦がす敵弾から逃れるように、反航戦の形態へと移行する。だが、そう簡単に逃してくれるはずもなく、敵駆逐艦が急速反転、再び同航戦に移行した。

 

榊原の額を冷たい汗が伝う。現状不利なのは、どう見ても“曙”たちだ。

 

なんとかしなければ。“曙”が再び放った斉射を見つめながら、榊原が思考の海に乗り出そうとした、その時だった。

 

“曙”と相対する敵駆逐艦の周囲に、白亜の巨城を思わせる水柱が、同時に多数立ち上った。本数は八本。沸騰した海水が天を突かんばかりの勢いで舞い上がり、やがて重力に従って倒壊する。ほんの一時の幻想的な光景は、その終焉と同時に、白濁のカーテンの内に隠していた敵駆逐艦を跡形もなく消し去った。

 

何が起きたかは明白だ。どこからか飛んできた砲弾が、その冒涜的な破壊力で敵駆逐艦を貫き、痕跡一つ残すことを許さずに水底へと引きずり込んだのだ。

 

―――一体何が・・・?

 

目の前の状況に呆気に取られているのは、榊原だけではない。隣の曙もまた、臨戦態勢の険しい表情で、今しがた敵駆逐艦が浮いていた海面を見つめていた。

 

「・・・水柱の大きさからみて、今のは多分、三六サンチ級の砲撃ね」

 

それだけポツリと呟いたまま、押し黙る。

 

状況はそれだけでは終わらなかった。先の弾着からおよそ三十秒、今度は“漣”と相対していた敵駆逐艦の周囲に、海水の瀑布が生じる。その後に起きたことは同じだ。水滴のオーロラの向こう側に一瞬だけ赤い光が見えた気がしたが、それを確認する間もなかった。

 

―――たった二射で、駆逐艦二隻を撃沈するとは・・・。

 

驚くべき射撃精度だ。あまりの正確さに寒気すら襲ってくる。

 

「周囲に艦影は?」

 

「今捜索中」

 

敵駆逐艦に指向され続けていた二二号電探が旋回し、周囲にたった今の射撃を行った艦影を探す。程なく、電探に反応があった。

 

「艦影三。方位一九〇、距離二万」

 

―――二万!?

 

すなわち、たった今の砲撃を行った張本人は、夜間にもかかわらず、距離一万五千メートルで初弾から敵駆逐艦に砲撃を命中させたのだ。それも、二回続けて。

 

一体何者なんだ。

 

電信室が、不明艦からの通信を報せる。艦橋へ直接繋げるよう指示して、榊原はマイクを取った。

 

スピーカーから、“彼女”の名乗りが聞こえた。

 

『タウイタウイ泊地より、お迎えに参りました。“雲仙”型超巡洋艦一番艦の、雲仙と申します』




というわけで、ついに謎の艦娘と接触です

彼女らは何を語るのか?Z海域の、そして艦娘の秘密とは?

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