そろそろ物語が大きく動きだしそうです
政府要人護衛作戦―――『五車星作戦』と呼称される作戦の参加艦艇は、書類が届けられてから数日中に決定された。
パラオ泊地からの参加艦艇は、榊原の旗艦“曙”を筆頭に、“祥鳳”、“霞”、“陽炎”。これに、本土から派遣された“鈴谷”、“熊野”、“睦月”、“如月”が加わることになっている。本土側の派遣部隊を取り仕切るのは、榊原とは同期になる速水淳少佐だ。階級的にも、経験的にも、作戦全体を指揮するのは榊原ということになる。
今回の政府要人移送が、空路ではなく海路になったのには、いくつか理由がある。
第一に、政府要人を移送できるような機体がなかったこと。深海棲艦の出現以後、民間航路は絶えて久しく、そうした会社も機体も残っていない。ルソン島には、日米共同の基地航空隊が置かれているが、所属する機体はいずれも軍用機であり、政府要人機などは用意されていなかった。
政府要人機は、空の官邸などとも呼ばれる。陸から離れた状態であっても、政府としての機能を維持し続ける必要があるのだ。並大抵の機体では、その大役を果たせない。
第二に、護衛の戦闘機の問題だ。ルソン島に展開する基地航空隊は、基本的に対潜哨戒部隊であり、現用戦闘機は小数機しか配備されていない。政府要人は守るべき存在だが、そのためにルソン周辺の民間航路が侵されるような事態があってはならない。両方を守り切るには、いかんせん機体の数が足りなかった。
それに、護衛の引き継ぎの問題もある。ルソンには、前述の通り少数であるものの、F―35といった最新鋭機が配備されている。しかし、その航続距離では、ルソン島からコロール島までの全行程を護衛することはできない。護衛戦闘機の引継ぎが必要なのだ。
パラオに展開する第一二航空戦闘団は、数でルソン航空隊と同等、質では明らかに劣る。政府要人機を十分に守り切れるとは言い難かった。
こうした要因があり、今回空路による移送は断念され、代わりに海路による護衛作戦が策定されたのだ。
「と、いうわけだ。異存はないか?」
夕食の席、全員の前で作戦要綱を読み上げた榊原は、そこに座るパラオ泊地所属の全員を見回して確認する。ラムネを片手に、真剣な面持ちで聞いていた艦娘たちは、取っていたメモを見返したり、互いに顔を見合わせたりしている。
そんな中手を上げたのは、意外にも清水だった。
「一つ、訊いておきたいんだが」
「なんだ?」
確認するような口調の清水は、怪訝な表情で尋ねる。
「・・・この手の話は、ラムネ片手にするものなのか?」
「ツッコむところはそこかよ」
清水の質問に真っ先にツッコミを入れたのは摩耶だ。呆れとも取れるような溜め息が漏れている。
「こんなの、いつものことだぜ」
「仮にも作戦要綱だぞ。然るべき時と場所を選んで報せるべきだ」
「考え方が堅いんだよ、お前は」
摩耶の言葉に、清水はどこかムッとしたような表情を見せる。候補生時代は鉄面皮で有名だった清水だが、このところはある程度表情が見えるようになってきた。いい傾向であると、榊原は勝手に思っている。もっとも、そんなことを当人に言った日には、ブリザードのごとき言葉の嵐が降り注ぐのだろうが。
とにかく。この、よくわかりづらい、捻くれたお人好しは、もっと表情を見せるべきだ。
「ま、これがうちのやり方なのよ」
二人の問答を遮るように言ったのは、榊原の横が定位置になりつつある曙だ。最近は、艦隊の旗艦としての風格―――と言うよりもお母さん属性が付き始めている気がしなくもないのだが、もちろんそんなことを本人に言おう日には、掃海具の代わりに海に投げ込まれること間違いなしなので、榊原は口をつぐんでいる。
「郷に入っては郷に従え、って言うでしょうが。それに、こんな辺境の地で一々雰囲気気にしたってどうもないわよ。緩いくらいがいいの」
「・・・そういうものなのか」
「何度も言わせないで」
「なら、そういうことにしておこう」
清水はある程度納得したように、言葉を切った。
次に手を上げたのは、摩耶だ。
「なあ、提督。今回の作戦は、提督が、“曙”旗艦で、直接艦隊を率いるんだろ?」
作戦参加艦艇の発表時に榊原が言ったことを、摩耶が繰り返す。その確認に頷いて、榊原は続きを促した。
「その間、この艦隊の指揮権はどうなるんだ?」
「もちろん、次席の指揮権を持つ清水に引き継ぐことになる」
摩耶が微妙な表情になった。それについてはひとまず頭の隅に押しやり、榊原は清水の方を見た。
「任せて大丈夫だよな」
「当然だ」
何の問題がある、とでも言いたげに、清水は表情を変えることなく返事をした。
「やることは大体覚えた。書類仕事も、少なくともお前よりは得意だ」
伊達に主席ではないのだ。
「ただ・・・一つ気になることはあるか」
「なんだ?」
清水がわざわざ「気になること」と言うとは、珍しい。榊原の方を真っ直ぐに見つめて、その端正な口元が動く。
「今まで、この泊地の秘書艦は曙が務めていただろう。そうすると、曙不在の間、秘書艦は誰が務める?」
言われてみればそうだった。パラオ泊地は、基本的に秘書艦を曙で固定している。これならば、無駄な引き継ぎ等もなく、また一人があらゆる情報を集約することができる。いわば曙は、榊原と同じ情報を持った、この泊地のもう一人の提督とも言えるわけだ。同じようなことは、横須賀の吹雪にも言えるかもしれない。
反面、秘書艦の入れ替わりがないため、必然的に各艦娘の秘書艦経験はなくなる。こうした、秘書艦が空ける時に、その代わりに入れる者がいないのだ。実際パラオ泊地には、秘書艦業務の経験がある艦娘は二人しかいなかった。
一人は、もちろん曙。そしてもう一人は―――
「摩耶にお願いするのが、妥当だと思う」
ガタッ。摩耶の椅子が、わかりやすく動揺した音を立てた。
「なっ・・・あたし!?」
「まあ、そりゃそうよね」
納得するように、満潮が呟く。
「だって、司令官が着任するまで、書類業務ほとんど一人でこなしてたし」
パラオ泊地に榊原が着任するまでの一か月間―――正確には、警備隊の開設から三週間、この泊地の代表として取り仕切っていたのは、紛れもない摩耶だ。榊原自身、様々な業務については、摩耶から引き継いでいる。また、曙の入院中も、代わりに秘書艦を務めてくれたのは摩耶であった。
「・・・そうか。それなら、摩耶にお願いしよう」
各人からの説明に、清水も頷く。ただしその視線は、摩耶の方を向いてはいなかった。
摩耶もまた、伏し目がちにラムネの瓶を見つめている。
「・・・いいのかよ、あたしなんかで」
おおよそ摩耶らしくない言葉に、清水はゆっくりと口を開く。
「摩耶である必要はない」
紡ぎ出されるのは、いつもと同じ、冷淡な声だ。
「だが現状で、一番秘書艦に適しているのは摩耶だろう。それともお前は、俺と働くのは嫌か?」
それでもその言葉の端々に、生きた人間の温かみを感じられるのは、おそらく榊原だけだ。候補生時代の、歩く猛吹雪だった頃とは、明らかに―――ほんの少しずつではあるが変わり始めている。
清水からの逆の問いかけに、摩耶はフルフルと首を振り、答える。
「別に。お前だから嫌、なんてことはない」
「なら、決まりだな。摩耶、秘書艦を頼む」
「・・・わかった」
その話は、短く畳まれた。
◇
艦隊の出港を告げるラッパが鳴り響いた。旗艦となる“曙”の艦橋に立ち、その音色を聞いた榊原は、埠頭から出港する艦船を見守る人影を見遣る。白の第二種軍装が一人に、長身細身の影が二人、後はセーラー服だ。
その人影が、一斉に手を振った。帽子を持った者は、その帽子を頭上で旋回させ、そうでない者は、これでもかと大きく腕を振る。
榊原も応える。制帽を取り、頭の上でゆっくりと回した。その隣では、艤装を背負った曙が手を振る。しばらくすると、“曙”の艦体がタグボートに引かれて、埠頭から離れた。それを合図とするように、お互いが手を振るのを止める。
「続いて“霞”、離岸するわ」
制帽の位置を定めた榊原に、曙が報告する。見れば、“曙”の隣に停泊していた“霞”が、同じようにタグボートに引かれて、埠頭を離れるところだった。
『“陽炎”、出港準備完了』
『“祥鳳”、抜錨準備完了しました』
残った二隻の準備も完了している。すでに良き相棒となっている双眼鏡でそれぞれの様子を確認した榊原は、再び前を見遣る。タグボートに引かれるうち、“曙”は随分と埠頭から離れていた。
埠頭から完全に離れたところで、前側のタグボートが“曙”の艦首を押し込み、逆に後ろ側のタグボートが艦尾を引っ張る。“曙”の艦体が、その場でぐるりと回り、艦首を港外へと向けた。それを確認して、タグボートと繋がれていたロープが解かれる。
二隻のタグボートに敬礼を送る。右手を下げて、榊原は曙に次の指示をした。
「行こう。両舷前進微速」
「両舷前進微速」
榊原の指示を曙が復唱する。この辺りのやり取りは何度も繰り返してきた。
主機が二軸のプロペラシャフトに接続し、回転を始める。港外に出るまでは、最低限の操舵性を確保できる速度だ。それでも二つのスクリューが力強く水を掻き、艦を前に推し進める。
「半速」
榊原が何も言わずとも、曙が主機の回転速度を上げる。この辺りの間合いも、お互いよくわかっていた。だから、榊原が“曙”の操艦に関して何かを言うことは滅多にない。
曙が艦の操作に集中している間に、榊原は艦隊内の通信を開く。
「港外で陣形を組む。“祥鳳”を中心とした対潜陣形を形成する」
三つの了解が電波に乗って届き、隣でももう一つ了解と返事がある。
「・・・ねえ」
艦首で立つさざ波を見つめていた榊原を、曙が呼んだ。
「あの二人、どう思う?」
どの二人のことかは、すぐにわかった。
「どうだろうな。少なくとも、摩耶の方はかなり歩み寄ろうとしていると思うが。・・・いや、歩み寄るというよりも、自分の中の何かと向き合い始めた、と言った方がいいかもしれないな」
「そういうことじゃなくて」
榊原的には、精一杯分析して答えたはずなのに、曙から返ってきたのは、お叱りとも、呆れとも取れる言葉だった。最後には、おまけのように盛大な溜め息までついてきている。
「・・・もういいわ」
「なんだ、気になるじゃないか」
今の話の中に、そこまで呆れられるような要素を見つけられず、榊原は曙に尋ねる。それに対する曙の答えは、たった一言、短い文言だった。
「クソ提督が鈍感だって話よ」
しばらく電波が繋がる状態が続くと思いますので、その間にもう一話投稿できればと思います
そういえば、夏イベは英国戦艦との邂逅だそうで
個人的にはフッドさんに来てほしいですね。でもウォースパイトさんも捨てがたい
・・・そもそも、作者は夏イベに参加できるのでしょうか・・・?