パラオの曙   作:瑞穂国

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お久しぶりです

電波が繋がるところに来たので、書き溜めておいた分を投稿します


朗報

ルソン警備隊を経由してパラオ泊地に入港した船団を護衛していたのは、“祥鳳”を旗艦とした、“満潮”、“陽炎”、“卯月”の四隻だった。定期便となっているこの船団は、パラオ泊地が消費、及び次期作戦に向けて備蓄している資源の他にも、パラオ諸島各地で消費させる生活必需品なども運んでいる。十二隻のタンカーや輸送船の入港と接舷作業を、榊原は執務室からチラリと見遣った。

 

「ほら、よそ見してないで手を動かす」

 

途端、横から厳しい言葉がかけられる。本日も榊原のお目付け役―――もとい、秘書艦として執務室に詰めているのは曙だ。相変わらず書類仕事は榊原よりも得意で、秘書官机の上に残っている書類は、榊原のそれよりも少ない。

 

「気になるのはわかるけど。どうせ後で報告に来るでしょうが」

 

「まあ、そうなんだがな・・・」

 

もちろん、船団の入港作業の様子は気になる。だがそれ以上に、榊原がその動向に目を遣ってしまうのは、この船団がルソンからやってきたからだ。

 

ルソン警備隊に所属し、ともに正体不明の艦隊を探している相模とのやり取りは、基本的に電文ですると決めていた。それでも、何か電文では送りづらいことを文書で送ってくるかもしれない。そんな、余計な心配をしてしまっている自分がいた。

 

―――まあ、あの相模に限ってそんなことはありえないか。

 

頭からこの件に関しての思考を振り払って、目の前の書類仕事に集中する。執務室には、二人分のペンを走らせる音が木霊するだけとなった。

 

しばらくして、扉がノックされた。残り数枚となった書類の手を止めて、榊原は顔を上げる。

 

「どうぞ」

 

「失礼します」

 

返事と共に、船団護衛を担当していた四人の艦娘が入ってきた。旗艦の祥鳳が代表して報告を始める。

 

「ルソンからの船団護衛、無事に終了しました」

 

「ご苦労様。特に異常はなかったか?」

 

「それは、もう。提督が恋しくて仕方なかったです」

 

満面に、いっそ晴れ晴れしいくらいの笑顔を浮かべて、祥鳳がそう言った。あまりにストレートな言葉に、榊原も苦笑いするしかない。隣の曙は、どこか不機嫌そうに顔をしかめている。

 

「他に、報告はあるか?」

 

「あ、そうでした。提督宛に、文書を受け取りました。非常に重要な書類だったようでしたので、一応事務係の方を通してます。すぐに、こちらに来ると思いますけど」

 

重要な書類。特に思い当たるようなものはない。とにかく、執務が終わっても、祥鳳の言った書類が届くまでは、執務室にいた方がいいだろう。

 

「わかった、ありがとう。丁度おやつ時だから、食堂に行くといい。食堂部にパフェをお願いしておいた」

 

「「「パフェッ!?」」」

 

駆逐艦娘三人の目がわかりやすく輝いた。甘いものが好きなのは艦娘も普通の女の子と変わらない。穏やかな日々が続いているこの頃は、こうして船団護衛任務終わりに、労いのデザートが振る舞われるようになった。

 

「それでは、失礼しますね」

 

祥鳳たちの敬礼に、榊原と曙も起立して答礼する。報告を終えた四人の艦娘は、嬉々として食堂へと向っていった。それを見送った榊原は、再び席に着き、残りの書類に手を付けようとする。と、そんな榊原の方を、曙がジッと見つめていた。すでに彼女の担当分は終了しており、もう上がってもいい頃だ。それなのに、「もう上がるわ」とも言わず、静かに榊原を凝視している。その視線が気になり過ぎて、結局榊原は、書類一枚が終わったところで顔を上げた。

 

「どうかしたか、曙?」

 

問いかけられた秘書艦殿は、目を細めて榊原を見た後、いつものようにプイッとそっぽを向いてしまった。

 

「・・・別に」

 

こういう時の「別に」が、何ともないわけではないことを、さすがに榊原も知っていた。しばらくすると、曙が根負けしたように、口を開いた。

 

「あたしも、パフェ食べたいな・・・って」

 

そう言い終わると、益々顔を背けてしまう。わずかに見えているその柔らかそうな耳たぶが赤い。こうして時折見せる可愛らしさが、何とも言えなく、榊原の頬を緩めてしまう。

 

その時、ちょっとした悪戯心が生まれたのは、なぜだったのだろうか。

 

「パフェは遠征組限定だからなあ」

 

「はあっ!?」

 

曙がものすごい勢いでこちらを振り返った。その頬は、これまでで一番不満げに膨らんでいる。真っ赤な二つの林檎が、さらに榊原の笑いに拍車をかける。

 

「何笑ってんのよ!ていうか、あたしが遠征行ってないのは、クソ提督があたしが秘書艦じゃないとまともに書類仕事できないからでしょうが!」

 

真っ赤になって反論する曙に、榊原は笑いを必死に押し殺しながら答える。

 

「でも、曙だけ特別にあげるわけにはいかないしなあ」

 

「秘書艦!あたし秘書艦頑張ってるでしょうが!それぐらい労いなさい、このクソ提督!」

 

そんなやり取りも微笑ましい。頬が勝手に緩んでくるのに気付きながらも、榊原にはそれを止めることができず、ますます曙は頬を膨らませた。

 

と、その時。扉のノックとほとんど同時に執務室に入ってくるものがあった。言い合っていた二人は、シンクロしたようにそちらを見る。パラオ泊地に所属するもう一人の提督が、半目でこちらを見つめていた。

 

「・・・執務中にイチャつくとは、いいご身分だな中佐殿」

 

「ちょっと待て、今のどこがイチャついてるように見えるのよ!」

 

曙は真っ赤になって反論する。その剣幕にも、清水は特に反応しない。曙の方も、取り敢えず大声で反論ができたことである程度満足したらしく、頬を膨らましてそっぽを向きながらも、それ以上は何も言わなかった。

 

「事務係に寄ったら、お前宛に書類を預かった。渡しておく」

 

「ああ、助かった。その書類待ちだったんだ」

 

清水が差し出した、やけに大仰な封筒に入った書類を、榊原は受け取る。中身は何らかの書類の束らしく、ズシリと重い。これは、夕御飯までに少し骨の折れる作業となるかもしれない。

 

「確かに渡した。俺は少し、作戦室に籠らせてもらう」

 

そう言い残して、清水は執務室を後にした。その背中を見送って、榊原は再び受け取った書類に目を落とす。予想としては、何らかの指令書の類だろうか。それにしても結構な量だ。

 

「さっさと終わらそうか」

 

「・・・ビミョーにパフェの件を誤魔化された気がするけど。まあ、いいわ。手伝ってあげる」

 

諦めたような溜め息を吐く曙に、榊原は少しだけ、私語を続けた。

 

「この間見つけたトロピカルパフェが旨かったんだ。どこかで休暇が取れた時に、一緒に行こう」

 

封筒の口を開きながら言った榊原の言葉に、曙が振り向く。

 

「そっ・・・それって・・・デート・・・?」

 

後半が力なく裏返ったその問いかけに、榊原は一瞬だけ言葉を詰まらせた。封筒の中から書類を取り出す手を止めて、少し考える。

 

「まあ・・・そう、なるのか?」

 

「そ、そう・・・。ふーん・・・」

 

気の抜けた返事の後、何かを消化するように二、三回頷いた曙は、いつもの彼女らしい声音と言葉でこう答えたのだった。

 

「ま、まあ。クソ提督がどうしても、って言うなら、着いて行ってあげないこともないけど」

 

 

 

通信室から榊原に呼び出しがかかったのは、夕御飯も終わった頃だった。内容はもちろん、ルソン警備隊の相模からのものだ。

 

通信室へと向かう廊下で、榊原の脳裏をよぎったのは、夕食前に確認した書類―――指令書の内容だ。非常にうれしいものだった半面、感じる責任もひとしおである。

 

―――とにかく、その件は後で取りまとめよう。

 

書類仕事でもそうだが、榊原には二つの物事を同時並行で考えられるような才能はなかった。

 

通信室に入ると、当直の通信兵が出迎えてくれた。彼からヘッドセットを受け取り、席を外すように指示する。機器の使い方はわかっていた。

 

通信兵が部屋を後にしたことを確認して、榊原は通信機器のスイッチを立ち上げた。保留にされていた秘匿回線が繋がれ、その向こうにいる相模の、相も変らぬ陽気な声を拾っている。

 

『おう、元気にしてるか榊原』

 

「ああ、元気にやってるよ。相模はいつも通りだな」

 

『まあな』

 

ヘッドセットの向こうで豪快な笑みを浮かべているところがありありと想像できて、榊原も頬を緩める。

 

『おっと、秘匿回線使って雑談するわけにもいかん。早速本題に入るぞ』

 

相模の声が、すぐに仕事モードへと切り替わった。それに合わせて、榊原もヘッドセットを心持ち耳に押し付ける。相模が口を開いた。

 

『例の、正体不明の艦隊との接触に成功した。先方との話し合いの結果、近々会談を持つ約束も交わせた。場所はZ海域内、タウイタウイ島だ。そこに、彼女たちの泊地があるらしい』

 

「そうか・・・!」

 

ついに。ついに、相模は見つけたのだ。トラック諸島の謎の、片鱗を。

 

『他に、現在判明している情報は、正体不明の艦隊が『T・T独立艦隊』と名乗っていること。そこまで大きな規模の艦隊ではないこと。提督は、磯崎舞特務大尉であることだ』

 

「特務大尉・・・そんな階級があるのか?」

 

『俺も初めて聞いたよ。おそらくは、独立艦隊を取りまとめる提督の存在を秘匿するために、特別に用意されたものだ』

 

相模の説明に、榊原も一応納得する。まあ、その辺りのことは、本人に直接訊くのが早いだろう。

 

榊原は、手帳をめくるまでもなく、会談が可能な日時を導きだした。丁度近々、フィリピンに向かわなければならない理由が、ついさっきできたところだった。

 

「二週間後、フィリピンに向かう用事がある」

 

『ほう、そりゃまた。どういった用件だ?』

 

「政府要人の護送だよ。ついさっき、指令書が届いた。二週間後に、パラオの政府はコロールに戻って来るそうだ」

 

随分急な話だとも思ったが、元々パラオ政府は緊急避難的に政府をフィリピンに移しただけで、政府施設等はこちらにそっくりそのまま残していたらしい。政府の移転自体もほんの三年半ほど前のことで、引き継ぎもスムーズに行ったとのことだ。それだけ、パラオ周辺の制海権は回復している。ある意味、榊原たちパラオ艦隊の頑張りが目に見える形で現れたと言えた。夕食時に知らせたところ、艦娘たちも大いに喜んでいた。

 

『ああ、あれか。こっちもてんやわんやだよ。めでたいこと、なんだろうけどな』

 

相模も話は聞いていたらしい。

 

「その護送作戦時に、俺はルソンに行く。一週間後くらいに入港すれば、ある程度時間はあるはずだ。そこで、会談を持ちたい」

 

『わかった。先方には、こちらからの要望として伝えておく』

 

「よろしく頼む。塚原大佐には?」

 

『“赤城”宛に暗号電を送っておいた』

 

「そうか。それじゃあ、この件に関しては以上だな」

 

榊原は話を畳みにかかる。いかに秘匿回線と言えども、長い間の通信は憚られた。

 

『ああ、終わりだ。一週間後、また会おう』

 

そう言って、お互いに通信を終了する。ヘッドセットを取り外して通信員と交代した榊原は、すでに暮れている空を見上げた。これから、忙しくなる。そんな予感を抱きながら、護送計画を練るべく、足を作戦室へと向ける。その足音は、心なし高鳴っていた。




また電波が繋がるところに来たら、投稿したく

ああ・・・夏イベの準備が終わってない・・・

ビスコ改二になってない・・・

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