パラオの曙   作:瑞穂国

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今回で一制艦の戦いも一段落となります


逆襲ノ砲火

“金剛”と敵三番艦―――ル級eliteは、ほぼ同時に夾叉弾を得て、斉射へと移行した。だがここでも、やはりモノを言ったのは、ル級eliteの頑強さだった。

 

“金剛”の命中弾にしぶとく耐える敵三番艦に対して、装甲で劣る“金剛”は徐々に劣勢に立たされていった。

 

その限界が訪れたのは、実に七度目の斉射が二発の命中弾を生んだ時だった。後部甲板に命中した二発の一六インチ砲弾は、黒煙を引いていた“金剛”の艦上を、もはや止めようのない状態にした。さらに運の悪いことに、砲弾が水線下にも命中して破孔を開き、速力の低下と右舷への傾斜をもたらす。

 

艦の傾斜が大きくなると、揚弾機が動かせず、主砲の射撃が困難となる。“金剛”は、最早砲戦に参加することが不可能だった。

 

「測敵完了!」

 

その代りに。敵三番艦にその砲口を向けようとしている艦影があった。

 

“金剛”の後方に位置取っていた“大和”が敵三番艦への測敵を終えたのは、落伍した“金剛”を正に追い抜こうとした時だった。

 

―――はやく、こちらに砲撃を向けさせなければ。

 

大和の報告に頷きながら、榊原は敵三番艦を見遣る。その後方にいた敵四番艦は、すでに火災の勢いが激しく、戦線からの離脱にかかっていた。

 

現状、一番避けたいのは、敵三番艦の砲火が“長門”や“陸奥”に向くことだ。そのためには、敵三番艦に“大和”を重大な脅威と思わせなくてはいけない。

 

―――大和には苦労をかけるな。

 

横に立つ長身の彼女を想う。その大和は、各砲塔に諸元を入力し、右砲での観測射撃に入ろうとしている。

 

「皆守るって、誓いましたから」

 

主砲発射を告げるブザーの合間に、そう呟く声が聞こえた。

 

号砲一発。鎌首をもたげた各砲塔の右砲が、新たな目標に対する観測射の第一射を放った。

 

「大和。上空の観測機から、敵三番艦の様子は見えるか」

 

できれば、その動きが知りたい。

 

大和は、上空を旋回しながら弾着観測を続ける零水観の妖精に問い合わせる。

 

『ほくろの数までわかる』

 

というのが、妖精からの返答だった。

 

「戦艦のほくろって、何でしょうね」

 

受けた大和も、そう言って苦笑していた。

 

第一射が落下する。全弾近。三発の四六サンチ砲弾は、その全てが敵艦の手前に落ちている。

 

零水観から、弾着位置のずれが報告される。それをもとにして、“大和”の射撃諸元に修正が加えられていった。

 

それともう一つ。

 

『敵三番艦、“大和”に砲口を向ける』

 

通達が入った。“大和”の観測射を受けた敵三番艦は、その新たな目標に、一六インチ砲を指向したのだ。

 

「先に命中弾を得ます!」

 

意気込んだ大和が第二射を放つ。測敵を終えていないのか、敵三番艦はまだ撃ってこなかった。

 

結局、敵三番艦の第一射は、“大和”の第二射が弾着してからとなった。三本の砲身を振り立てて、その砲口に褐色の砲炎をきらめかせる。

 

負けじと、“大和”も第三射を放つ。左砲が強烈な唸りを上げ、一トン半もの徹甲弾を宙空へと放り投げた。

 

お互いの砲弾が遥かな高みで交錯し、落着する。盛大な水柱が噴き上がった。

 

「右舷に至近弾!」

 

大和が叫ぶ。正確な射弾に、艦橋の二人は唸った。たった一射で、敵三番艦はここまで誤差なく撃ってくるのだ。

 

だが、その点では“大和”も負けてはいなかった。むしろ今日二隻目の敵艦ということもあって、大和も主砲の諸元修正には慣れていた。

 

観測機が知らせてきた弾着は、近弾二、遠弾一。なんと“大和”の第三射は、敵三番艦を夾叉していたのだ。

 

「次より斉射」

 

報せる大和の声は、喜色が見えても落ち着いていた。彼女の緊張は、少しずつ和らいでいる。

 

各砲塔が逆襲の斉射を準備する間に、敵三番艦の第二射が落下する。噴き上げた水柱は再び右舷に三本。その衝撃が艦をわずかに動揺させる。相当に近い位置に落ちたはずだ。

 

だが、至近弾程度では、“大和”から射撃の機会を奪うことはできない。

 

時は来た。今日何度目になるか、艦上に鳴り響くブザー音は、どこか高鳴りを抑えているかのような雰囲気だった。

 

「金剛さんの仇です!」

 

“大和”の主砲九門が、一斉にその砲声を奮わせた。

 

天地が鳴動するとは、まさにこのことを言うのだろう。

 

艦が横方向に揺れる。それだけの反動を産み出す恐ろしい火砲が、“大和”の四六サンチ砲だった。

 

その圧倒的暴力に抗おうとするかのように、敵三番艦は再び砲炎を上げた。第二射があれだけの精度だったのだ。命中か夾叉される可能性が高いと、榊原は予感していた。

 

先に弾着するのは、“大和”の第一斉射だった。位置エネルギーを全て消費した砲弾は、空気との摩擦で若干のエネルギーを失いながらも、十分過ぎる威力を持って敵三番艦の装甲に突き刺さった。

 

堅牢なル級eliteの装甲は、“金剛”の放った四一サンチ砲にもよく耐えていた。しかしその装甲厚をもってしても、距離二万から撃ちこまれる四六サンチ砲弾には紙と同義であった。

 

命中弾は三発。うち、バイタルパートに突き刺さったのは二発。重要防御区画として厳重に守られているだけあり、そこには艦の運行や戦闘行動に関わる機能が集中している。四六サンチ砲弾は、それをいとも簡単に喰い破った。

 

榊原の双眼鏡からも、まるで敵三番艦そのものが激震したかのように見えた。巨大な火柱が噴き上がる。

 

「命中弾三!」

 

その報告とほぼ同時に、敵三番艦の第三射が降り注ぐ。林立した水柱が崩れ去るとき、まるでスコールのように、水滴がバラバラと甲板を叩いた。

 

敵弾は、やはり“大和”を夾叉していた。次からは、“金剛”を落伍へと追い込んだ敵三番艦の斉射が、この“大和”に向けられることになる。

 

「第二斉射、撃て!」

 

そうはさせない。そんな意志のこもった第二斉射が、厳かに放たれた。

 

音速を突破した砲弾が飛翔していく。その軌跡を追うことは叶わなかったため、代わりに敵三番艦を見つめる。

 

敵三番艦の艦上に、先ほどよりも巨大な炎の塊が現出する。“大和”に遅れたとはいえ、敵三番艦もまた、斉射へと移行したのだ。

 

もちろん、砲弾の到達は“大和”の方が早い。九発の一式徹甲弾が、その貫通能力を遺憾なく発揮して、敵三番艦の装甲を喰い破った。

 

命中弾は二発。艦中央部に、二本の火柱が上がった。抉り取られた艦上構造物の破片と思しきものが、宙空を舞っている。

 

入れ替わりに、今度は敵三番艦の射弾が弾着の水柱を上げる。艦橋の後ろ、そう遠くない位置で炸裂音が響き、衝撃が襲い来る。金属同士が擦れるような異音だ。

 

「三番副砲のバーベットに異常、旋回不能です!」

 

右舷側の三連装一五・五サンチ副砲塔を支えるバーベットが、被弾の衝撃で歪んだらしい。それ以外に、艦内電路がいくらか断絶したが、幸いすぐに復旧できるとのことだ。

 

今日だけで、“大和”はすでに一六インチ砲弾十発以上を被弾していた。にもかかわらず、まだまだ戦闘を行える余力を残している。恐るべき防御能力だ。

 

再装填を待っていた三基の四六サンチ砲塔から、装填完了の報告が上がる。諸元に基づいて砲塔が旋回、砲身も仰角を上げる。敵三番艦に対する三度目の斉射が発射されることを告げるブザーが、甲高く艦上に鳴った。

 

「第三斉射、撃て!」

 

三度、“大和”の四六サンチ砲九門が咆哮する。衝撃波に艦橋が揺さぶられ、榊原は足を踏ん張る。微かにだが、硝煙の匂いが鼻をついた。

 

敵三番艦も新たな斉射を放つ。こちらも“大和”に劣らない、全九門の斉射だ。敵三番艦の艦上には黒煙と炎が燻っているが、それをものともしない砲撃だった。爆風がその黒煙をまとめて吹き飛ばしている。

 

ここまで、敵三番艦の被弾は“金剛”の四一サンチ砲弾八発、“大和”の四六サンチ砲弾五発。“大和”も大概だが、敵三番艦もなかなかに堅牢だ。被弾数だけで言えば、むしろ敵三番艦の方が多い。

 

―――eliteでも、これだけ堅いのか。

 

より高い性能を持つflagship―――現在“長門”が相手取っている敵艦は、一体どれほど頑丈な戦艦だというのだろうか。

 

ゴクリ。一制艦旗艦が直面している危機に、榊原は生唾を呑みこんだ。

 

“大和”の第三斉射が弾着し、敵三番艦を押し包む。瞬間、眩い閃光が敵三番艦の艦上に生じて、急速に拡大していった。

 

敵三番艦の一番砲塔が、まるで段ボールか何かのように、宙に浮かび上がっていた。さっきまで主砲塔が乗っていた砲座では、地獄の窯がその口を開けている。

 

紅蓮の炎が溢れた。さながら巨大な龍の如く、火焔が甲板をのたうち、巨大な破壊力をもって敵三番艦を押し潰さんとする。

 

榊原と大和が目を見開く。その視界から自らを隠そうとするかのように、敵三番艦の一六インチ砲弾が、艦橋の近くに水柱を噴き上げた。

 

被弾による損傷は軽微だった。そして崩れた水柱の向こう、それまで海上を爆走していた敵三番艦は、その原形を留めることなく、ただ海面を漂う鉄塊と成り果てていた。

 

一番砲の天蓋を破り砲塔内へと突入した四六サンチ砲弾は、その内部で爆発エネルギーを開放した。砲塔は非常に気密性の高い密室だ。その内部で生じた熱は逃げ場を失って周囲のものを巻き込む。周囲のもの―――すなわち、戦艦の中で最も可燃性の高い、砲弾という劇薬。

 

着火点に達した百発を超える砲弾が、一時に誘爆を起こす。分厚い装甲で覆われた弾火薬庫の中で、爆発エネルギーの逃げ場は上しかなかった。

 

第一砲塔を持ち上げたのは、その爆発エネルギーだった。だが一部に過ぎない。上に逃げてみたところで、そのエネルギーが満足するはずはなかった。

 

爆発は、ついに頑丈な弾火薬庫の装甲を、内側から吹き飛ばした。それがとんでもない圧力をキールにかける。艦体を支える一本の柱が、その重圧に負けた時、敵三番艦の運命は決していた。

 

第一砲塔付近から真っ二つになった敵三番艦は、波間に漂い沈没を待つだけの澪標となってしまった。これが、水柱が崩れ去る間に、敵三番艦に起こっていたことの顛末だ。

 

「提督!敵残存艦、撤退していきます!」

 

大和が報告した。双眼鏡を移すと、先ほど撃破した敵四番艦、“陸奥”の相手取っていた敵二番艦、“長門”の相手取っていた敵一番艦、三隻の敵艦が、駆逐艦に守られて退避を始める。もっとも、無事なのはル級flagshipのみだ。“大和”が撃破した敵四番艦も、“陸奥”の相手取っていた敵二番艦も、火災炎は収まる気配がなく、黒煙で艦上が包まれている。“大和”同様、“陸奥”も多数の命中弾によって、敵二番艦を戦闘不能に追い込んでいた。

 

―――もう一押しだ。

 

まだ余力のある“陸奥”と“大和”なら、速力の落ちている敵艦隊を追撃し、少なくとも炎上中の二隻を仕留めることはできるはずだ。榊原はそう踏んでいた。

 

「っ!長門より、『逐次集まれ』です!」

 

「何!?」

 

―――追撃をしないんですか!?

 

“長門”艦橋の東郷に、心の中で問いかける。

 

「どうしますか・・・?」

 

大和が迷いを滲ませて尋ねた。榊原もまた、迷いを見せつつもゆっくりと答える。

 

「・・・追撃はしない」

 

「・・・了解です」

 

加熱した砲身が下げられる。各部では、損傷の具合と応急修理の状況が集計され始めた。

 

這う這うの体で戦場を後にする敵艦隊。その様子を尻目に、一制艦もまた、集合を始めた。

 

 

 

過去最大の砲撃戦は、撃沈一(ル級elite)、撃破二(ル級elite、ル級通常型)、被撃破二(“長門”、“金剛”)で、一制艦の辛勝と言える結果で幕を閉じた。




トラック沖海戦も、決着へと向かっていきます

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