パラオの曙   作:瑞穂国

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撃ちたかっただけです(正直)


最強ノ矛、最強ノ盾

一制艦は不利だった。

 

“長門”型戦艦は、確かに強力な戦艦だ。走攻守のバランスが整っており、ビッグセブンでも最強の艦だと言っていい。だがその性能をもってしても、eliteとは互角、flagshipには分が悪かった。

 

“陸奥”は善戦している。先に命中弾を得、斉射に移行した彼女は、およそ四十秒ごとに八発の四一サンチ砲弾を放ち、確実に敵二番艦―――ル級eliteの戦闘力を削いでいく。

 

だが、“長門”はそうもいかなかった。お互いに、斉射を始めたタイミングはほとんど一緒。ただし、“長門”の斉射能力が四十秒に一回なのに対し、敵一番艦―――ル級flagshipは三十秒に一回。しかも、攻撃力も防御力もelite以上だ。斉射を繰り返す度に、分が悪くなるのは“長門”の方だった。

 

状況は“金剛”も似たようなものだ。四一サンチ砲を搭載しているとはいえ、もとは三六サンチ砲搭載の巡洋戦艦だ。強化された装甲も、一六インチ砲に耐え得るものではない。

 

全体を見て、一制艦が押されているのは、明らかだった。

 

ただ一隻。榊原の乗り込む“大和”を除いては。

 

「“長門”被弾!」

 

夾叉弾を得たことで、斉射へと移行する準備を進める“大和”の艦橋に、大和の悲鳴に似た報告が響いた。お互いが斉射を放った一制艦と敵艦隊の一番艦は、被弾に耐えながら再び斉射を実施する。一発や二発の被弾では、どうということはない。

 

敵四番艦の第二斉射も、“大和”を押し包む。今度も命中弾が生じるが、やはり衝撃は小さなものだった。

 

「射撃準備完了!」

 

“陸奥”の三度目の斉射、そして“長門”と“金剛”の第二斉射を見届けた後、大和が知らせた。艦上に主砲発射を告げるブザーが鳴る。

 

「第一斉射、撃て!」

 

大和の号令から一拍。右舷に指向した全九門の四六サンチ主砲から、雷鳴のごとき爆轟音が響いて、榊原の聴覚を支配した。こちらの方が、敵弾弾着などより余程衝撃が大きい。艦橋の窓が割れんばかりにビリビリと震え、水圧機が吸収しきれなかった反動が艦体を揺らす。それだけのエネルギーを得た九発の四六サンチ砲弾は、音速の二倍を超えて敵四番艦へと飛んで行った。

 

「敵四番艦斉射!」

 

艦橋からもよく見えた。“大和”と同じ九門の主砲を振り立て、紅蓮の炎を産出する。四六サンチ砲弾は確かに強力だが、たった一発程度では大した損傷を与えられるはずもなかった。

 

―――だが、斉射に移行すれば、話は別だ。

 

発砲遅延装置を搭載する“大和”は、一度に多数の命中弾が望める。それに、こちらが敵弾に対して十分な防御力を持っているのに対し、敵四番艦―――ル級の通常型の装甲は、対四一サンチ砲防御としては十分とは言えないことがわかっている。決戦距離で撃ちこまれる四六サンチ砲弾に耐えられる道理がなかった。

 

そうこうしているうちに、第一斉射が落下した。榊原は双眼鏡を覗き込み、二万五千メートル彼方の海面に白濁したカーテンがかかるのを見た。

 

敵四番艦のマストを遥かに凌ぐ巨大な水柱が多数、その姿を覆い隠す。命中弾があった気がするが、その様子も水柱に隠されてよく見えなかった。

 

これが、艦上からの限界だ。だが、上空から見ている零水観は違う。

 

「観測機より、命中弾二」

 

大和が読み上げるのを見計らったかのように、海水の仕切りが崩れて敵艦が姿を現す。後部甲板から、細いながらも黒煙が尾を引いていた。

 

しかし、その様子を長く観察することはできなかった。今度は逆に、敵弾が“大和”に降り注いで、命中弾炸裂の閃光と衝撃を伝える。被弾箇所が艦橋に近かったのか、今回は確かな揺れを感じた。

 

「大丈夫です。損害軽微」

 

大和の表情に変わりはない。聞くところによれば、BOBの被害は、艤装を通じて精神同調をする艦娘にも痛みとして伝わるらしい。その大和が平然としているのだ。本当に、大した被害ではないのだろう。

 

被弾に耐えた“大和”は、第二斉射を放つ。横方向の反動が七万トン近い巨艦を揺さぶった。

 

敵四番艦も同じタイミングで発砲する。相手の主砲は、約三十秒で装填を完了するのだ。若干ではあるが、発射速度は深海棲艦の方が速い。

 

超音速の大重量物が、大きな弧の頂点付近で交差し、それぞれの目標へと急落下を始める。衝撃波を振り撒く砲弾が、二隻の巨艦に突入した。

 

「あうっ・・・っ!」

 

大和の表情が、一瞬苦悶に歪んだ。被弾の衝撃は後部から来ている。

 

「大丈夫か?」

 

「は、はい。問題ありません。ちょっと、非装甲区画に当たったみたいで」

 

大和は気丈に笑っていた。

 

被弾箇所は後部航空作業甲板だった。バイタルパート外のこの区画には、満足な装甲が施されていなかった。

 

それでも、戦闘航行に支障はない。非装甲区画に被弾したところで、舵や推進機系を破壊されるか、艦首に大穴でも開かない限り、艦の運行そのものには何ら影響がなかった。

 

「観測機より、命中弾二」

 

上空の零水観がもたらした観測結果を大和が報告する。今回も二発が命中弾となった。

 

―――これで、計五発。

 

これまでに敵四番艦に与えた命中弾を数える。被害のほどはわからないが、第二斉射を受けた敵四番艦からは、所々黒煙が漂っていた。

 

「その調子だ」

 

「はい!」

 

今度の斉射は、敵四番艦の方が早かった。黒煙を噴きながらも、九門の主砲は変わらずに咆哮を上げ、爆風が黒煙を吹き飛ばす。奴の砲戦能力は、まだまだ健在だ。

 

「第三斉射、撃て!」

 

敵弾が飛翔する最中、大和ももう一度発砲を指示した。万雷すら圧倒する爆音が轟き、艦の右舷へと巨大な火球が現出する。その中から超音速で飛び出す砲弾を、榊原の目は捉えることができなかった。

 

主砲塔内で次の斉射に向けた準備が進む中、敵弾が落下する。連続的な炸裂音が榊原の鼓膜を震わせた。

 

「被弾二。右舷高角砲二番大破」

 

“大和”の高角砲にはシールドが取り付けられているが、それはあくまで“大和”自身の主砲の爆風に耐えるためのものだ。一六インチ砲弾の直撃を受けては一たまりもない。

 

“大和”を押し包み、榊原から視界を奪っていた水柱が崩れ去る。それを見計らったかのように、今度は“大和”の第三斉射が敵四番艦に襲い掛かった。

 

多数の水柱が噴き上がり、敵艦の甲板にぶつかった徹甲弾は、その信管を正常に作動させる。今回も後部に二本、水柱に紛れて火柱が生じていた。

 

―――どうだ・・・?

 

水柱が崩れ去り、敵四番艦が再び姿を現すのを、固唾を呑んで見守る。ほどなく、天を突かんばかりの白い巨塔が倒壊し、その向こうの敵四番艦が確認できた。

 

浮いている。だが、その様子は先程までとは大きく違っていた。艦後部が、物凄い量のどす黒い煙で覆われているのだ。甲板には、チロチロと踊る炎まで見える。

 

“大和”第三斉射の二発は、敵四番艦に有効打を与えた可能性が高かった。

 

「次弾装填急いで!」

 

砲身を下げ、第四斉射の準備をする三基の砲塔を、大和が鼓舞する。

 

その間、敵四番艦が再び発砲した。だが、その様子は明らかに違う。主砲発射の炎は、艦前部だけで上がったのだ。後部にある三連装砲塔は、黒煙の向こう側で沈黙を保っている。

 

「敵艦、第三砲塔沈黙!」

 

大和が喜色を滲ませて報告した。命中した四六サンチ砲弾は、その威力を存分に発揮して、敵四番艦から三分の一の火力を奪い去ったのだ。

 

装填の完了した各砲が、ゆっくりと鎌首をもたげる。信じられないほどに分厚い正面防盾を持つ“大和”の主砲は、その全てがいまだ健在だ。

 

四度目の斉射が放たれる。火球は衝撃波を伴って発生し、海面にできたクレーターに赤々と反射する。状況に似合わず、美しくさえある光景だ。

 

敵四番艦の斉射が落下する。五本の水柱が立ち上り、残った一発が第二砲塔の基部辺りに命中する。頑強なバイタルパートは、その衝撃によく耐え、一六インチ砲弾を弾き返した。

 

入れ替わるようにして、“大和”から放たれた九発の四六サンチ砲弾が、敵四番艦の頭上から落下する。丈高い水柱が林立した。

 

観測機が報告した命中弾の数は一発。艦上構造物の脇にある高角砲群に飛び込んだらしく、水柱の合間に箱型の物体が散り散りに舞うさまが見えた。それ以外に、敵艦の上を飛び越えたらしい砲弾の一発が、太い煙突の上半分をごっそりと削っていた。煙突部分の装甲が薄すぎて、四六サンチ砲弾の信管が作動しなかったらしい。

 

黒煙の量はさらに増えている。どす黒い雲が敵四番艦の後部を飲み込んでしまったかのようだ。一見、相当な被害を受けているように見える。

 

「敵艦、再び斉射!」

 

―――しぶとい・・・っ!

 

大和の報告に、榊原は感嘆にも似た呻きを上げる。性能は深海棲艦戦艦部隊の中で最も低いとはいえ、戦艦であることに変わりはない。四六サンチ砲弾八発を被弾してもなお、敵四番艦はさらなる射弾を送り込んできたのだ。

 

たまたま当たり所が致命傷となるところを外していたのか、あるいは深海棲艦は想像以上に堅牢な造りをしていたのか。それを知ることは、榊原にはできなかった。

 

ともかく、目の前の事実として、敵四番艦はまだ戦える余力を残しているのだ。

 

「第五斉射、撃て!」

 

“大和”が五度目の咆哮を上げるのと数秒違いで敵四番艦からの斉射が弾着した。今度も一発が命中弾となる。が、またしても“大和”のバイタルパートが、その規格外の性能を発揮して弾き返す。被害は軽微だ。

 

「何だか・・・不思議な感覚です」

 

当の大和がポツリと呟く。彼女にしても、自らのこの耐久力には、驚きを隠せていない様子だった。

 

第五斉射が飛翔している間に、敵四番艦はさらにもう一度斉射を放った。何ともしぶとい敵艦だった。

 

その気合いを押し潰すかのように、“大和”の砲撃が降り注いだ。

 

命中弾は三発。今回は榊原の双眼鏡からもよく見えた。艦前部に二発、中央に一発が命中し、火柱を噴き上げた。

 

のたうつ炎はもはや止まりようがない。容赦なく甲板を焼き、黒々とした煙が天を燻らせる。艦上は正に地獄絵図であった。

 

その主砲塔に、再び主砲発射の焔がきらめくことはない。実に十一発の四六サンチ砲弾を受けては、さすがの敵戦艦も、その主砲を放つ能力を喪失してしまったのだ。

 

最後に放たれた敵艦の斉射が“大和”を包み込む。だが、生じた一発の命中弾では、“大和”の戦闘能力が削がれることはなかった。

 

―――トドメをさすか?

 

今一度か二度の斉射で、敵四番艦は完全に復旧不能になるはずだ。しかし、大和の叫びが、その迷いを一瞬にして吹き飛ばした。

 

「“金剛”被弾、炎上中!速力低下、落伍します!」

 

双眼鏡で覗くまでもない。当初一千メートル以上あった“大和”と“金剛”の間隔は、いつの間にか五百メートルを切ろうとしていた。その艦上は、これ以上ないほどに燃えている。最後部の四番砲塔は、ありえない方向へ砲身を捻じ曲げて擱座していた。

 

指示を。そう言っているような大和の瞳に、榊原は一切躊躇なく応えた。

 

「目標を敵三番艦に変更」

 

たった今あげた初のスコアを喜ぶ間もなく、“大和”は次なる目標へと測敵を始めた。




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