パラオの曙   作:瑞穂国

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どうしよう・・・

前書きに何書こう・・・

(前書きに書くことを前書きで悩むという、本末転倒)


戦艦ノ本分

一機艦から離脱した一制艦は、単縦陣を保って第三戦速で進んでいた。対潜哨戒を担う“霞”を先頭にして、四隻の威風堂々たる戦艦が続いている。

 

すでに一時間、そろそろ会敵してもいい頃合いだ。

 

過去最大の、戦艦同士の砲撃戦に参加することとなった“大和”艦橋の榊原と大和は、やはり緊張した様子で艦首を見つめていた。

 

彼我共に戦艦は四隻、護衛の駆逐艦が二隻。敵の編成について詳しい情報はまだだが、少なくともelite以上が三隻と見積もられていた。

 

『長門より、一制艦各艦。観測機、発艦始め』

 

―――来た・・・!

 

四隻の戦艦のうち、先頭を進む旗艦の長門が、弾着観測機の発艦を指示した。

 

四隻の戦艦には、それぞれ水上機を運用するための航空作業甲板とカタパルトがある。そこに載せられているのが、砲撃戦時に主砲の弾着を確認する弾着観測機、零水観だ。

 

砲戦距離の増大によって、艦そのものからの弾着観測と修正が難しくなった第二次世界大戦前、各国は高空から弾着の様子を観察し、誤差修正を手助けする弾着観測機に着目した。

 

BOBも同じだ。二万をゆうに越える砲戦距離では、弾着の様子を正確に知ることは難しい。やはり、上空の目が必要だった。

 

その役目を果たすべく、各艦一機ずつ計四機の零水観が準備されていた。

 

カタパルトからの射出も、空母と同じだ。風上に向け、一気に加速させる。そうして、発艦に必要な揚力を得るのだ。

 

“長門”後部甲板のカタパルトが、零水観を載せたまま風上に旋回する。“陸奥”、“金剛”もそれに倣った。

 

“大和”でもやることは同じだが、こちらは艦の最後部、艦尾に全ての航空艤装が据えられている。二基あるカタパルトのうち、左舷側のものが旋回し、風上を向いたところで固定した。

 

“長門”の零水観が発艦する。続いて“陸奥”、“金剛”。最後が“大和”だ。

 

「観測機、発艦!」

 

大和の号令で、カタパルトの火薬が点火される。弾けるような音の後、爆発によって急加速された台車が、零水観を海上に押し出した。一瞬沈み込んだ双葉単フロートの機体は、ペラでしっかりと空気を掴み、揚力を得て空へと舞い上がる。

 

「発艦完了」

 

大和が安堵するように言った。カタパルトからの発艦は、一見簡単そうに見えて、実はかなりの技術と忍耐が必要な作業だ。

 

「あの、提督」

 

上空を旋回する零水観を見遣った後、大和が遠慮がちに口を開いた。

 

「どうした?」

 

「えっと、装填済みのものと揚弾機のもの、合わせて三斉射分が三式弾のままですけど、いいんですか?」

 

大和が首を傾げる。確かに、先ほどまで対空戦闘を行っていたため、揚弾機には三式弾が残っていた。

 

戦艦の主砲は、非常に大きく複雑な機構だ。砲弾は砲室の下にある弾薬庫から揚弾機を使って持ち上げられ、尾栓から砲身に装填される。言っていることは簡単だが、これが実にややこしい。

 

揚弾機は、丁度ベルトコンベアのようなものだ。主砲一門ごとに専用の揚弾機があり、弾薬庫から砲弾を選んで乗せ、上部の砲室へと運んでいく。乗せられるのは四発だ。

 

一回撃つと、揚弾機の最上部にあった砲弾が砲身へと装填される。その後ベルトコンベアが動き、二番目の位置にあった砲弾が最上部に移動する。三、四番目にあった砲弾も同じだ。そして、ベルトコンベアの回転によって空白になった最下部に、新しい砲弾が弾薬庫から乗せられる。こうして、揚弾機には常に四発の砲弾が乗っていることになる。

 

さて、ここで問題なのが、すでに揚弾機に乗っている砲弾の換装だ。

 

日本海軍の戦艦には、基本的に三種類の砲弾が搭載されている。対艦用の一式徹甲弾、対空及び軽目標(軽巡や駆逐艦といった、装甲の薄い目標)用の零式通常弾、対空用の三式通常弾だ。これらは当然、信管も炸薬量も全く違う代物である。一式徹甲弾で航空機は落とせないし、三式弾で戦艦は沈まない。だから、目標に応じて弾種を切り替える必要があった。

 

が、ことはそう簡単ではない。何せ、四一サンチ砲弾は一トン、“大和”の四六サンチ砲弾に至っては一トン半もの大重量物だ。動かすのでも一苦労なのに、すでに揚弾機に乗っている砲弾を降ろして交換するのは、さらに手間と時間がかかった。

 

結局、一番手っ取り早いのは、揚弾機に残っている分を撃ってしまうことだ。

 

もちろん、一時間あれば、揚弾機の砲弾を交換することはできる。実際、“長門”、“陸奥”、“金剛”の三隻は、この間に揚弾機に残っていた三式弾を一式弾に換えていた。

 

が、“大和”ではこれを行わなかった。

 

建造から一か月ほどしか経っていない“大和”は、揚弾機の砲弾を取り換える訓練も経験もない。それ以上に、下手に一トン半の砲弾を動かすことは危険だと、榊原は判断したのだ。

 

「換装するよりも、撃った方が早いし、安全だ」

 

「それは、確かにそうですけど・・・。なんだか、無駄撃ちしてるみたいで」

 

―――無駄撃ち、か。

 

艦娘の大和が、どの程度戦艦“大和”の記憶を受け継いでいるのか、それは榊原にはわからなかった。ただ、かつて第二次世界大戦を戦った戦艦“大和”の艦歴は知っている。その生涯で、本分とする主砲射撃を、ほとんど行えなかったことも。

 

「・・・無駄撃ちなんかじゃないさ」

 

榊原は言った。

 

「瞬発信管にすれば、水柱が立つ。その水柱があれば、弾着観測と誤差修正ができる」

 

大和が目を瞬く。緊張した頬を緩めて、榊原は続けた。

 

「最初から斉射だ。斉射を三回も弾着修正に使えるんだ」

 

弾着の誤差を修正する観測射は、通常交互撃ち方―――各砲塔一門ずつの砲撃で行う。弾薬を無駄に消費しないためにだ。

 

だが、当然より多くの砲弾を撃ち込む斉射の方が、観測射としての精度は上がる。練度では他の三艦に及ばない大和でも、早い段階で正確な射撃諸元を得られるかもしれない。

 

命中弾を得るための観測射。それは、決して無駄撃ちなどではない。

 

榊原の言葉に、大和は小さく、それゆえにはっきりした声で「はい」と頷いた。

 

「観測機より、『敵艦隊見ゆ』!」

 

「来たか・・・っ!」

 

静寂は唐突に破られた。視点の上がった零水観が、水平線の向こうから迫り来る敵艦隊を発見したのだ。

 

二人の間に、再び緊張の糸が張られた。

 

『全艦合戦準備』

 

そんな中でも、長門の声音は変わらずに落ち着いていた。

 

「艦隊正面、距離四五〇(四万五千メートル)。戦艦四、駆逐二。単縦陣を敷いて、一八ノットで接近中」

 

「目視まで十分といったところか」

 

―――砲戦距離を、長官はどうするつもりだ?

 

チラリ。単縦陣のために“大和”からは見えない“長門”の方を見遣る。それを待っていたかのように、答えが返された。

 

『二五〇で取り舵、回頭終了後に砲戦開始』

 

砲戦距離は二万五千メートルと決まった。

 

合戦準備の下令を受け、先頭を進んでいた“霞”が舵を切る。戦艦同士の砲撃戦に巻き込まれようものなら、小柄な駆逐艦などひとたまりもない。

 

先頭を離れた“霞”は、そのまま弧を描いて“大和”の後方、もう一隻の駆逐艦“曙”の左隣に位置取った。砲撃戦の間は、下手に巻き込まれないよう、四隻の戦艦から距離を取るはずだ。

 

「・・・提督」

 

砲撃戦に備え、各部が対爆風の準備を進める中、艦橋中央の大和が、不意に榊原を呼んだ。

 

「ん?」

 

「大和、言いましたよね。何があっても、貴方を守る、って」

 

「・・・ああ」

 

作戦開始前の会話だ。当然覚えていた榊原は、静かに頷いて先を促す。

 

「大和は、貴方を守ります。今度こそ、この主砲で。大切なものを守り抜いてみせます」

 

どこまでも純粋に真剣な眼差し。淡い色彩を湛える大和の瞳を、榊原もまた真っ直ぐに見つめた。

 

「大和は・・・貴方のために、戦います」

 

そう言い切った後、大和の頬がみるみる朱に染まり、それを隠すようにして前を向いた。

 

―――ここにも、可愛いやつがいた。

 

そう思うのは、いささか失礼だろうか。

 

「ありがとう」

 

戦ってくれて。守ると言ってくれて。

 

榊原の言葉に、大和はやはり、照れたように微笑した。

 

 

 

「取り舵一杯!針路〇四〇!」

 

気合いの限り、大和が叫んだ。

 

一制艦は、ついに敵艦隊を水平線上に捉えた。以降、互いの距離は見る間に縮まり、長門が回頭点として指定した距離二万五千に、あっという間になってしまった。長門の『取り舵一杯、針路〇四〇』の号令に応えて、大和は艦の回頭を指示したのだ。

 

とはいえ、一制艦に所属する四隻の戦艦は、どれも三万五千トンを超える巨艦だ。そう簡単に舵が利きだすはずもなく、転舵の指示から三十秒が経過しても、艦は惰性で前に進み続けていた。

 

やがて、ゆっくりと舵が利き始める。一度曲がりだしてしまえば早い。特に“大和”は、全長に比して全幅が大きいため、鋭いカーブを描くことができた。

 

全艦の回頭が終わる。これで、一制艦は敵艦隊に対して丁字を敷くことができた。丁度、かの有名な東郷ターンの要領だ。

 

―――さて、敵はどう出てくるだろうか。

 

舵を切ったことで、右舷方向へと流れた敵艦隊を、榊原は注視していた。

 

砲戦距離が短く、艦艇の足も遅かった日露戦争の頃ならいざ知らず、二万以上の距離で砲戦を行い、三〇ノット近い速力を発揮可能な第二次世界大戦級の戦艦同士の戦いにおいて、丁字戦が成立することはまずない。島嶼の地形や軽艦艇をよほど上手く使わない限り、そんなことは不可能だ。

 

そもそも、東郷ターンで有名な日本海海戦にしても、最終的な勝因は、秘匿兵器下瀬火薬を使用した榴弾による火炙りと、執拗なまでの水雷戦隊による追撃があったからだ。東郷ターンは、その過程でとられた苦肉の策にすぎない。丁字戦の効果については、大きな疑問符が着いた。

 

ともかく、深海棲艦がこのままノコノコとやって来るわけはない。必ず、取り舵か面舵を切る。前者なら一制艦からも一機艦からも離れていくことになり、後者なら一制艦との同航戦を戦う腹積もりというわけだ。

 

「敵艦隊面舵!一制艦と同航します!」

 

敵艦隊の反応も迅速だった。深海棲艦戦艦部隊は、一制艦と雌雄を決する構えだ。

 

勝つ自信があるのだろう。一般的に、BOB戦艦部隊が深海棲艦戦艦部隊に勝つことは、非常に難しいと言われている。一六インチ砲で統一されている深海棲艦戦艦部隊と互角に戦えるBOB、すなわち同じように一六インチ級の主砲を搭載しているのは、世界にたった七隻しかいなかった。

 

日本海軍は、変則技で“金剛”型に四一サンチ砲を搭載しているが、防御に関しては十分とは言えない。正面切って殴りあえるのは、やはり“長門”型の二隻しかいなかった。

 

その“長門”型にしても、敵艦隊の先頭を行く、旗艦と思しき戦艦―――ル級flagshipと渡り合うのは厳しい。現在、深海棲艦の戦艦中最大の火力と防御を誇る難敵だ。BOBは、いまだに一度として、この戦艦を撃沈できていなかった。

 

これらを考慮すれば、敵艦隊が一制艦に勝てると判断したことは、あながち間違いとは言えなかった。

 

―――だが、大和は違う。

 

ついに、敵艦隊が回頭を終え、一制艦と同航した。

 

『本艦目標一番艦。“陸奥”目標二番艦。“金剛”目標三番艦。“大和”目標四番艦。測敵始め』

 

「四番艦への測敵、始めます」

 

大和が割り振られたのは、同じように単縦陣の最後部に位置するル級の通常型だった。敵艦隊の中で最も性能が低いとはいえ、一六インチ砲九門を搭載していることには変わりない。油断は禁物だ。

 

「測敵完了、主砲諸元入力」

 

大和の声に呼応して、鈍い機械の駆動音が響いた。巨大極まりない、三基の四六サンチ主砲塔。極太の砲身が鎌首をもたげ、二万五千メートル先の四番艦に、その砲口を向けた。

 

「“長門”発砲!」

 

真っ先に撃ったのは、先頭の“長門”だ。四基の連装砲のうち、左砲のみが発砲、観測射を放つ。

 

“大和”艦上にも、主砲発射を告げるブザー音が鳴り響く。その間に、“陸奥”と“金剛”も撃ち方を始めた。

 

やがて、ブザーが鳴り止む。こちらを窺った大和に、榊原は力強く頷いた。

 

「撃ち方、始めっ!」

 

大和の号令。

 

刹那、強烈な閃光が迸り、轟音と爆風が艦上を走り抜けた。大気を鳴動させる衝撃波が艦橋を揺さぶり、海面に波一つ立たない真円のクレーターを産み出す。爆発的なエネルギーを与えられた九発の三式弾は、巨大なアーチを描いて飛翔を始めた。

 

“大和”という戦艦が、初めて敵戦艦に向けて放った砲撃だった。

 




次回辺りから、作者のテンションが最高潮になって、崩壊していきます

今回の、東郷ターンに関する考察には、作者の私見が多分に含まれていますので、ご容赦ください

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