パラオの曙   作:瑞穂国

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どうもです

そろそろ書き溜めが尽きそう

ていうか、題名に「パラオ」って入ってるのに、未だにパラオ泊地に着任すらしてないし

いいのだろうか、これで


提督南洋航海記

本土に比べて日差しが強く反射する南洋の海面を、鋭い艦首が切り裂いていく。乾舷の低さを補うためにかけられた強いシアーの向こう側で白い水飛沫が散り、舷側を艦尾に向けてゆらゆらと漂う。前方から流れる風にかぶった軍帽を飛ばされないように押さえながら、榊原広人少佐は羅針艦橋横の見張所に立っていた。

 

榊原の乗る艦は今、一路フィリピンを目指していた。艦の名は、駆逐艦“曙”。艦娘である曙が操る。艦橋内に立つ彼女は、登山用のリュックサックより二回りは大きいだろうかという“艤装”と呼ばれるものを背負って操艦にあたっていた。

 

潮風に吹かれつつ、榊原はここに来るまでの間に読んだ、中将からの資料を思い返す。

 

 

 

艦娘が彼女たちの艦―――BOB(青い海の戦艦)を操るとき、精神同調という技術が使われている。この技術は、人類も主に遠隔操作式人型ロボットの操縦システムとして研究していたため、理解にさほど苦労はなかった。俗にブレイン・ハンドシェイクやドリフトと呼ばれるこの技術を、艦娘は艤装に籠められた「遠き日の軍艦の魂」を引き継ぐことによって可能にしていた。だから艦娘は、かつて太平洋戦争を戦った軍艦の記憶を持っている。

 

BOBを構成するのは、ブルーアイアンと名付けられた未知の金属だ。自己増殖するこの金属は、まるでプログラムが組み込まれているかのように、損傷したBOBの艦体をもとの形状に修復する。破孔を塞ぎ、歪みをリセットして復元し、もとの通り戦闘ができるようにするのだ。

 

が、この金属について、人類の技術者はなんの答えも得られず、ついに両手を上げた。ナノマシーンの一種ではないか、という仮説が一番しっくり来たが、それでは細胞のように増殖する原理が説明できない。

 

そもそも、こんな金属がいったい地球のどこに存在していたのか。わかっていることは、深海棲艦もまた、同じ金属で船体を構成していること、そしてBOBも深海棲艦も、使用する火器で相手の自己修復機能を奪えること。人類製の兵器が深海棲艦に通用しなかったのは、この能力を持たなかったからだ。

 

そして、何よりも重要なことは、人類は自らの手で艦娘、そしてBOBを造り上げることができないということだ。

 

もちろん、建造というシステムで艦娘とBOBの基となる船魂を召喚することは可能だった。ただしそれには、艦娘と妖精の手助けが必要だ。

 

だから人類は、BOBとその指揮を執る艦娘を、簡単に失うわけにはいかなかった。幸いにして、BOBは艦娘と精神同調している間は、余程のことがない限り沈むことはない。同調のレベルを高めることで、ブルーアイアンを強制的に活性化できるからだ。この能力を使えば、沈没するほどの被害を受けても、迅速な対応で最低限の復旧が可能だった。

 

が、問題点もある。深海棲艦によって奪われた修復能力を無理矢理活性化させるので艦娘本人の負担が大きく、復旧しても戦闘を行うことは難しい。再び戦闘を行うには、整備が必要だ。

 

 

 

研修課程の講義からある程度想定はしていたが、全くもって信じ難い技術だ。榊原は、自らが手をついている見張り所の縁を見つめる。白手袋越しに伝わる生暖かい感覚も、軍艦色の下に秘められた金属光沢も、彼の知る鉄なんかと何ら変わらない。

 

―――すごいな、これは。

 

榊原は“曙”の艦首から艦尾までを流し見る。駆逐艦独特の細く滑らかな艦体は、鉄とリノリウムによく似たブルーアイアンで覆われ、三基の一二・七サンチ連装砲と、同数の六一サンチ三連装魚雷発射管が軸線上に並んでいた。特Ⅱ型―――綾波型らしく、主砲はB型改で発射管にはシールドが取り付けられている。いつだったか、祖父の持っていた写真集で見たものと瓜二つだった。

 

「本当に・・・駆逐艦“曙”なのか」

 

「そうだけど・・・それがどうかした?」

 

榊原の呟きに答える声があった。紺の襟をしたセーラー服に膝上でスカートを穿き、長い髪を花飾りのついた髪止めで一つにまとめた少女―――曙は、羅針艦橋と見張り所を隔てる扉を開けて、榊原の隣に頬杖をつく。

 

「いや、少し感傷に浸っていただけだよ。気にしないでくれ。それより、操舵はいいのか?」

 

「オートナビゲーションよ。さすがに何日間も艤装を背負ってらんないわ」

 

曙の言う通り、彼女が先程まで背負っていた艤装は、羅針艦橋内に据えられたままだった。

 

「まあ、それもそうだよな」

 

納得した榊原は、もう一度海に目を遣ろうとして、自らに視線を向ける暫定秘書艦に気がついた。いわゆるジト目と言うやつでこちらを見る横顔に目をしばたく。

 

「・・・ジトー」

 

ご丁寧に擬音までついてきた。何かしたか、と思い返しても思い当たる節はなく、無意味に頬を掻く。

 

「・・・どうかしたのか?」

 

「・・・別に、なんでもないわよ」

 

ぶっきらぼうに答えた曙は、プイとそっぽを向いてしまう。この年頃の娘はよくわからない、とまるでいい歳をした父親のような感想を浮かべた榊原は、内心で苦笑しつつ、海と、そして艦の後方に目を向けた。

 

“曙”の後ろには、十隻ほどの船団が続いている。パラオ泊地に行くにあたって立ち寄る、フィリピンはルソン島への生活物資を乗せた輸送艦は、帰り道には南方からの資源を本土へ持ち帰ることになっていた。これを護衛するのが、“曙”を含めた四隻の駆逐艦だ。“曙”はこのままパラオへ向かうが、残りの三隻―――“長月”、“黒潮”、“浦風”は復路の船団護衛も担う。

 

静かに洋上を航行する船団に目を細めていると、金属の扉を開く音がした。曙は、その中に半分ほど身を入れたところでこちらを振り向き、なぜか冷めた目線で口を開いた。

 

「ほら。そろそろ昼御飯にするわよ、クソ提督」

 

「おう・・・うん?」

 

聞き間違いかと思って首を傾げる榊原を急かすように見つめる曙は、至って自然体だ。

 

「曙、今“クソ提督”って・・・」

 

「言ったけど?」

 

それが何?みたいな顔を向けられ、榊原の困惑は増すばかりだ。

 

「なんで“クソ提督”・・・俺が何かしたのか?」

 

「さあね。自分の胸に手を当てて考えてみたら?」

 

とりつく島もない。羅針艦橋の中へと姿を消した曙の背中を見つめ、軍帽を取って頭を掻く。やはり、この年頃の娘が何をどのように考えているのか、榊原にはよくわからなかった。

 

被り直した軍帽の位置を確かめ、榊原も扉に手を掛ける。一先ず、今にも鳴り出しそうな腹の虫を鎮めるために、腹ごしらえをしなくては。

 

 

 

消耗品や本土からの書類を積み込み終わり、出港準備の整った“曙”の前で、榊原は積み込みを担当してくれた港湾部員に敬礼を送った。半袖半ズボンの作業着に身を包んだ彼も同様に答礼する。

 

「積み込み作業、感謝します」

 

「ご無事の航海を」

 

短く言葉を交わし、榊原が甲板に降り立つのと同時に、錨鎖を巻き上げる金属のこすれる音が聞こえだした。アンカーが定位置に固定されると、いよいよ艦体が埠頭を離れ、微速前進を始める。先ほどまで出港準備を手伝っていたであろう、小さな妖精たちも、ひょこひょこと艦内に入っていった。

 

妖精は、この通りBOBの乗組員的役割を果たしている。艦娘ではカバーしきれない、艦の細かな作業を担当するのが彼らだ。

 

彼らは、基本的に不死身とみられている。例えば、艦載機を操る妖精は、乗機が撃墜されてもいつの間にかもといた艦に戻っていた。曰く、彼らは船に憑く精霊の類であり、艦体が無事な限り消えることはないのだという。

 

それはともかくとして。彼らもやはり海の人(?)、働き者という点では、人間の海の男たちにも引けを取らない。艦娘の手となり足となり、戦闘から整備、ダメコン、さらには海難救助までを手掛ける彼らは、神話の世界に登場する小さき働き者、ドワーフさながらだ。

 

彼らの作業の邪魔とならぬように、駆け足でラッタルを昇りきった榊原は、手狭な羅針艦橋の中へと入っていった。いくつかの大型双眼鏡と各種計器、使いどころがあるのかは懐疑的な伝声管以外は何もない、殺風景な艦橋内には、当然のように曙が、艤装を着けて立っていた。

 

「両舷半速」

 

微速からわずかに速力を上げるよう彼女が指示すると、すぐに半鐘のような音がして、主機が出力を調整する。“曙”はルソン島を離れ、最終的な目的地であるパラオへと向かい始めていた。

 

腕組みをして艦橋に立つ曙は、次第に遠ざかる島の影をちらと見やって、榊原に口を開く。

 

「なかなか筋のいい敬礼をするのね、クソ提督」

 

―――その呼び方は決定なんだ。

 

結局、原因のわからずじまいな初期艦の“クソ提督”呼びに、どこか達観の境地に至った榊原は、曙の珍しい褒め言葉に首を傾げる。

 

「そうか?自分ではよくわからないんだが・・・」

 

「クソ提督は、軍人じゃないでしょ?」

 

「その通りだ」

 

提督は、一般公募―――という名の強制召集によって集まった有資格者の中から選出されるが、それは最近の話。いわゆる初期組と呼ばれる第〇期生と第一期生は、元も含めた軍人の中から選りすぐられていた。十日組(第二期生募集が七月十日からだったため)と揶揄される第二期生からは、軍人よりもそうした経験のまったくない一般人が多くなっている。

 

「どーもへなちょこな敬礼をするのが多いのよ、軍人じゃないと。もちろん、戦う中で精錬されていくんだけど」

 

「そういうもんなのか?」

 

「そういうもんなの。ちなみにクソ提督みたいに、最初からキビキビ動く奴には可愛げのないのが多いから」

 

よく覚えときなさい。何故かダメ出しをされて戸惑う。曙の顔を窺うが、彼女は波飛沫の先を静かに見つめているだけだった。

 

「それは、今の俺に可愛げがないってことか?」

 

「・・・あると思ってんの?」

 

「ないな」

 

即否定した榊原を、曙は流し目で見遣った。やがて心底可笑しそうに、初めてその表情を崩した。

 

「あはは、何それ?自覚アリなの?」

 

可愛らしい笑い方に、ほう、と感心する。こういう顔もできるのか。というより、こっちが素なのかもしれない。

 

「大の大人に可愛げを求められてもなあ」

 

「それもそうね」

 

曙はそれだけを言って、また前を向いた。

 

「そういう曙はどうなんだ?」

 

「あたし?」

 

会話を続ける意思はあるらしい。どこかドキリとした声色で、曙は答えた。

 

「あたしは、別に・・・」

 

彼女には珍しく、曖昧で控えめな言葉だった。基本的に気が強く、思うことはズバズバ言ってきていた彼女だが、こと自分のことについて話すのは、苦手なのかもしれない。自信なさげなその様子が、榊原には微笑ましい。

 

「結構可愛いと思うぞ」

 

こんなところで嘘をついても仕方がない。榊原は、至って自然に、自分の思ったことを口にしていた。

 

「・・・そういうことを言うから、クソ提督なのよ」

 

しばしの沈黙の後、不機嫌そうに、でも力の抜けた声で、曙はぼそりと呟いた。ついとそっぽを向いてしまった顔からは、最早感情を読み取ることはできなかった。

 

外洋に出たところで、航行がオートナビゲーションに切り替えられる。艤装を脱いだ曙は、陽光の差し込む窓に向けて大きく伸びをした。微かに声が漏れる。

 

「さ、ご飯にするわよ。今回はクソ提督の番でしょ」

 

曙からのリクエストで、榊原も食事当番をすることになっていた。昨日までは、曙や妖精たちが作っていた。

 

「ああ、任せてくれ」

 

「ん、期待してる」

 

メニューを考えながら、二人一緒に艦橋を後にする。これでも、料理はできる方だ。二人の妹によくせがまれて、オムライスやビーフシチューを作っていた。

 

仲良く羅針艦橋から出ていく二人を、大型双眼鏡に取り付いていた妖精が微笑ましげに見送っていた。




次は戦闘があるから・・・(震え)

結局パラオには着かないし

先行き不安だわ・・・

話の流れは決まってるので、できるだけ間を開けずに投稿したく

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