パラオの曙   作:瑞穂国

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「馬鹿な、新しい敵だとっ!?」

っていう話ですよ


接近

敵編隊が引き上げた一機艦では、トラック諸島の空襲から帰還した第一次攻撃隊の回収作業が進んでいた。

 

事前に決めた通り、損傷箇所をブルーアイアンの強制活性化によってなんとか塞いだ“隼鷹”には、損傷が激しく、再出撃が不可能な機体が降り立つ。それ以外の機体は、“隼鷹”所属機も含めて三隻の空母に着艦した。

 

その様子を、“長門”艦橋に立つ東郷源八郎大将は横目で見遣った。健在な三隻の空母には、第一次攻撃隊参加の零戦や“彗星”、“天山”が次々に着艦し、燃弾補給と整備のために格納庫へと下ろされていく。

 

「危ない賭けをする男だ」

 

二制艦旗艦に目を止めて、東郷は呟く。その声に答える者があった。

 

「だが、結果として“隼鷹”の艦載機を出せたではないか。それに、敵の第二次攻撃を受ける前に、敵艦隊を攻撃できる」

 

艦橋中央に腕組みして立つのは、艦娘の長門だ。引き締まった体躯に、凛々しい顔立ち。まさに連合艦隊旗艦たる威厳に満ちていた。

 

長門と、僚艦の陸奥は、横須賀に籍を置いている。だが実際には、連合艦隊司令部直属の向きが強く、横須賀艦隊からは半ば独立した指揮系統を持っていた。司令部においては、艦娘側のオブザーバーとして参加することが多く、東郷は二人を参謀の数に入れている。

 

「結果論だな」

 

長門の意見に、東郷が短く返答した。

 

「回避運動を取れば、空母の被弾がゼロになったかもしれない」

 

「それは・・・そうだが」

 

長門が顔をしかめる。

 

「まあ、塚原大佐の指揮にとやかく言うつもりはない。彼に機動部隊の指揮を任せたのは、他でもないこの私だ」

 

東郷はそこで話を切る。元々、塚原の執った指揮に何か言うつもりは、東郷にはなかった。

 

もしも、東郷が塚原と同じ立場なら、同じ判断をしたかもしれない。だが、今の東郷は提督ではない。連合艦隊司令長官という立場だからこそ見えてくるものもある。

 

「今日は、第三次攻撃が精一杯だな」

 

上空を仰いだ長門が呟く。艦載機の回収や補給作業を勘定すると、こちらも敵も、攻撃隊は第三次攻撃が今日一日で出せるギリギリだろう。

 

「三直艦の防空戦術は、予想以上にうまく働いている。粘れるはずだ」

 

むしろ問題は・・・。

 

二制艦とは別に、先ほど一制艦から放った水上偵察機。彼らの探し物は、まだ見つかっていなかった。

 

トラック攻勢において、障壁となる二つの深海棲艦艦隊。機動部隊と、もう一つは戦艦部隊だ。

 

―――まあ、実際にはさらにもう一つ。

 

ルソン警備隊の“秋津洲”に所属する二式大艇が撮影した写真では、遊撃艦隊のようなものがトラックの南方に展開しているのが確認できた。こちらは、別働艦隊が抑えてくれるはずだ。

 

ともかく、一制艦が本来の相手と想定する、トラックの戦艦部隊は、いまだにその姿をくらましたままだった。

 

機動部隊方面―――つまりトラックの北西方面への索敵で見つからなかったということは、トラックを挟んだ反対側、南西方面にいる可能性が高い。

 

そこで一制艦は、敵の空襲が終わった時点で各艦に搭載されていた零式水上偵察機―――零水偵を発艦させ、トラック南西方面への索敵に当てていた。

 

“長門”、“陸奥”、“金剛”からは一機ずつ。“大和”からは四機。さらに、“摩耶”からも二機出ていた。

 

一制艦にはもう一機種、零式水上観測機―――零水観が搭載されているが、こちらは砲撃戦時の弾着観測に使用する機体のため、足が短い。索敵にはあまり向かなかった。

 

「“瑞鳳”直掩機の第二陣が、発艦を始めた」

 

索敵機の行き先に思いを馳せていた東郷を、長門の言葉が引き戻した。見れば、艦隊後部に位置取る防空用の軽空母から、直掩の零戦が飛び立つところだった。発艦作業が終わり次第、“瑞鳳”には現在上空に張り付いている直掩隊の第一陣が着艦して、燃弾補給を受ける手はずだ。

 

「“祥鳳”の方はどうか?」

 

“長門”の艦橋からは死角になって見えない位置にいる、もう一隻の軽空母の状況を尋ねる。長門が見張り所に確認し、すぐに答えた。

 

「燃弾補給を終えた機体から、順次発艦させている」

 

“祥鳳”は、直掩機の第一陣に、搭載する全零戦を参加させていた。“祥鳳”に所属する二十四機の零戦は、空襲終了後、未帰艦の六機を除いて全機が“祥鳳”に着艦、燃弾補給を受けていた。

 

本来空母は、出撃する全機を並べ、昇降機を上げて甲板を真っ直ぐな一枚の板にしなければ発艦作業を行うことができない。だが、“祥鳳”が装備するカタパルトを使えば、燃弾補給を終え、暖気運転の完了した機体から、順次発艦させることができた。

 

「全機の発艦まで、後十分ほどだ」

 

「そうか」

 

長門の報告に、東郷はやはり短く答えた。

 

このまま、敵の第二次攻撃に備えることになりそうだ。東郷がそう思った時だった。

 

「っ!索敵機より入電、『敵戦艦部隊見ゆ』!」

 

長門が声を張った。もう一つの主力艦隊を、零水偵の一機が捉えたのだ。

 

「どの機体だ?」

 

「“大和”三号機からだ」

 

“大和”三号機の割り当ては、方位一三〇だった。すなわち、現在の艦隊進路から五〇度ほど南寄りということになる。

 

索敵機からの報告は続いた。

 

「本艦隊よりの距離、五十海里。戦艦四、駆逐二。速力一八ノット」

 

「近いな」

 

速力がそのままなら、接敵まで二時間といったところか。

 

「艦隊は動かせないな。風が東から吹いている以上、戦艦部隊に接触されるのも時間の問題だ」

 

索敵機からの情報を、冷静に精査するように、長門が言った。

 

一機艦の速力は、最も遅い“飛鷹”型の二隻と第一潜水隊に合わせれば、二三ノットということになる。対する深海棲艦戦艦部隊は、二七ノットが発揮可能だ。さらに、空母は発艦作業中風上に向かう必要があるので、一定時間の進行方向が限定される。これらを勘案すると、一機艦が戦艦部隊の追撃を振り切ることは不可能だった。

 

高い攻撃能力を誇る機動部隊だが、近距離戦闘の能力は皆無と言っていい。空母にとって最悪の事態は、敵の水上部隊に捕捉されることだ。

 

これを防ぐ方法は、現在の一機艦には一つしかない。

 

「二制艦と敵機動部隊の戦力は互角だ。新たに、戦艦部隊を叩く余力はあるまい」

 

東郷はそう断じた。

 

「では?」

 

「一制艦をもって、これを迎え撃つ」

 

東郷は淀みのない声で決断を下す。今、敵戦艦部隊と満足に戦えるのは、一制艦しかいないのだ。

 

「下の参謀連中は、また騒ぎそうだな」

 

長門が苦笑する。艦橋基部の下には、参謀たちが控える作戦指揮室が設けられていた。

 

元々、連合艦隊司令部の参謀たちは、連合艦隊旗艦の“長門”が出撃することに反対だった。出撃するにしても、司令部は本土、あるいは前線基地のパラオに置いて、そこから指揮を取るべきだと主張していた。

 

それを一蹴して出撃したのは、他でもない東郷だった。

 

「何とでも言えばいいさ」

 

特に気にする風もなく、東郷が呟く。長門の苦笑が、益々大きくなった。

 

「それでは、参謀の意味がないではないか」

 

「彼らは所詮、戦術の専門家だ。戦略に口を出せるほど、達者ではない」

 

「それもそうだ」

 

長門はそれ以上なにも言わなかった。代わりにマイクを差し出す。受け取った東郷は、スイッチを入れて、機動部隊を指揮する提督を呼び出した。

 

「塚原大佐」

 

『はっ』

 

横須賀所属の機動部隊戦の名手は、相変わらずの落ち着いた声で答えた。

 

「偵察機が敵戦艦部隊を発見した。一制艦でこれを迎え撃つ」

 

『了解しました。こちらの指揮はもらいます』

 

「任せた」

 

やり取りは簡潔に終わった。一制艦は、一機艦の指揮系統から離脱し、東郷の指揮下で敵艦隊と相対する。東郷に万一のことがあれば、指揮権はそのまま塚原に移されることとなった。

 

「一制艦各艦に通達。『一制艦転針、針路一三〇』」

 

「一制艦転針、針路一三〇」

 

東郷の命令を、長門が一制艦の各艦に伝える。他の提督たちとは違い、東郷が自ら号令することはまずなかった。

 

「おーもかーじ!」

 

独特の抑揚をつけて、長門が号令する。数十秒後、四万トン近い“長門”の艦体が、緩やかにカーブを描いて右に艦首を振った。

 

 

東郷からの通信の後、しばらく黙考していた塚原は、着艦作業と燃弾補給を指揮する赤城の横で、盛大に溜め息を吐いた。

 

「どうかされましたか?」

 

「・・・いや」

 

―――非常に気が進まない。

 

一制艦が抜けた以上、長期戦はこちらに不利だ。だから、できるだけ早く、決めたい。幸い、塚原には切り札があったし、彼女ならやれると思っている。だが、それとこれとは別問題だ。

 

それでも、やるしかない。他に選択肢はなかった。

 

「赤城、角田に繋いでくれ」

 

「あ・・・了解です」

 

その一言で、赤城は溜め息の意味を察してくれたらしかった。すぐに、機動部隊の前方を進む遊撃部隊の旗艦、そしてそこで指揮を執る彼女に回線を開いた。

 

「こちら二制艦、塚原。角田、聞こえるか」

 

しばらくして、能天気な声が返ってきた。

 

『誰かと思えば、塚原じゃないか。感度良好だよ、用件はなにかな?』

 

もう一度吐きたくなった溜め息を、塚原は強靭な精神力で呑み込んだ。

 

「敵戦艦部隊が接近している。今、一制艦が迎撃に向かった」

 

たったそれだけで、角田は全てを理解してくれた。

 

『なるほど。つまり、決着を早くつけるために、僕たちに北へ六十海里ほど爆走しろと、塚原はそう言いたいんだね?』

 

―――腹立たしいやつだ。

 

腹立たしいくらい、俺の考えを理解してくれる、全くもって可愛いげのないやつだ。

 

遊撃艦隊の北六十海里には、一機艦が相手取る敵機動部隊がいた。元の作戦計画では、これを一機艦だけで叩くつもりだった。が、たまたま敵機動部隊が遊撃艦隊の近くにいてくれたのは好都合だ。

 

「その通りだ」

 

塚原は肯定した。

 

「五遊艦の砲火力で、これを叩いてほしい」

 

機動部隊にとって最悪の事態は、近距離での戦闘に巻き込まれること。それは、敵も味方も関係ない。

 

五遊艦と四水艦に所属するBOBのうち、最も遅い“比叡”でも三〇ノットが発揮できる。敵機動部隊に突撃を敢行することは十分に可能だ。

 

敵機動部隊の護衛艦に、戦艦は含まれていない。重巡が二隻と、後は軽巡と駆逐艦だ。戦艦一隻と重巡三隻を擁する五遊艦なら、火力で圧倒できる。

 

『それはつまり、大暴れしてこいって、そういう意味でいいのかな?』

 

「・・・非常に気が進まないが、そういうことだ」

 

こいつに自由を与えたら、何をしでかすかわかったもんじゃない。

 

案の定、角田は殊更嬉しそうにして、塚原に切り返した。

 

『そっかそっか。それじゃあ、全速で突っ込んで来るとするよ。どうせ陸上攻撃じゃ徹甲弾は使わないし、この際撃ち尽くすぐらいのつもりで』

 

―――本当にこいつは。

 

通信を切ろうとする角田に、塚原はポツリと付け加える。

 

「無茶はするなよ」

 

『あはは、無茶ってなんのことさ』

 

やはり能天気な笑い声の後、通信は切れた。

 

―――こっちの気も知らないで。

 

それまで溜めに溜めていた溜め息を一気に吐き出した塚原に、赤城が気の毒そうな苦笑を漏らした。




いよいよ大和さんの出番♪

ようやくここまで辿り着いた

次回から(作者が)大暴れしますので、ご期待くださいませ

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