パラオの曙   作:瑞穂国

25 / 144
いよいよ、第一次トラック沖海戦の始まりです

先行する潜水艦隊。そして、機動部隊から航空隊が飛び立ちます


発動!『IF作戦』!

朝焼けに輝くパラオ沖の海面は、揺らめく波のグラデーションがこの上なく美しい。艦形が小柄ゆえに、その波間に揺さぶられることもある潜水艦だが、今日はまさに出撃日和と言えた。

 

潜水艦“伊一六八”の司令塔頂部から海を見つめていた板倉光希中佐は、超が付くほど低い乾舷の艦首で波が割れていくのを確認した。艦隊の出撃に先駆けて警戒任務へと出撃する彼女麾下の潜水艦隊には、すでに微速前進を命じている。

 

泊地を出る四隻の潜水艦、その先頭にいるのが“伊一六八”だ。ただし、艦娘であるイムヤは、艦の操作のために指揮所におり、見張り所には板倉と妖精が三人いるのみとなっている。泊地の外に出てしまえばオートナビゲーションに切り替えられるが、それまでは細かな操作が必要になるので、妖精の報告をもとにイムヤが操艦する。

 

「イムヤ、調子はどう?」

 

マイクを取った板倉は、司令塔直下の指揮所を呼び出す。返事はすぐにあった。

 

『機関は良好。充電も始めたわ』

 

伊号潜水艦が潜航航行をするには、水中で電動機を動かすための二次電池を蓄電する必要がある。これは、大体八時間で完了する。

 

「泊地を出たら、オートナビゲーションに切り替えていいからね」

 

『了解』

 

妖精が停泊する駆逐艦の存在を知らせ、それを受けたイムヤが転針を指示する。“伊一六八”がすぐに艦首を右に振り、泊地の外を目指していく。

 

板倉が率いる第六潜水艦隊―――六潜艦の役割は、トラック沖の戦闘時において、ハワイ方面から敵艦隊が接近してこないか、見張ることにある。

 

横須賀に全艦が集められ、板倉の麾下で行動する潜水艦部隊だが、数は十分と言えない。現状では四隻だけであり、必然的に取れる作戦も限られてくる。

 

そもそも、第二次大戦級の戦術では、潜水艦とは数あってこそ威力が発揮される代物だ。水上でこそ、それなりの速力を発揮しうる伊号潜水艦だが、水中速力は最新鋭の潜水艦と比べるべくもない。潜ってなんぼの潜水艦だが、伊号潜は所詮、まだ『潜水艦』ではなく『可潜艦』の部類だ。水中速力の不足は、数で補うしかない。

 

それに、深海棲艦という敵の存在そのものが、潜水艦の役割を低減させている。通常艦やBOBと違い、深海棲艦には艦を動かすための燃料が必要な素振りは微塵もない。輸送艦の類は、ハワイやトラックからその他の拠点に向けて出撃しているものの、その役割はいまだに不明で、数も少ない。即ち、敵の喉元を絞める潜水艦の十八番、通商破壊が深海棲艦には有用ではないのだ。

 

となると、数少ない潜水艦を生かす方法は、かつて帝国海軍が夢想していた艦隊決戦の前哨戦、漸減作戦ということになる。が、これはそもそも侵攻してくる敵艦隊を迎え撃つための作戦であり、今回の『IF作戦』には使えない。

 

これに対し板倉は、“攻撃的漸減作戦”とでも呼ぶべきものを提案したが、準備期間の不足などを理由に却下された。代わりに、ハワイ方面から来寇するかもしれない増援部隊を見張れとの命令が出た。

 

―――たった四隻で、どうしろって言うのよ!

 

という文句は、板倉と四人の潜水艦娘に共通だが、決まった以上はやるしかない。対策はいくらか練ってきた。

 

これだけの大規模作戦だ。深海棲艦も、パラオに主力級の艦隊が集まっていることは察知しているだろう。とすれば、ハワイから増援部隊が来た際に取る航路は、大体推察できる。そこを中心に、四隻で警戒線を構築するつもりだ。

 

泊地内には、伊号潜とは別の潜水艦の姿も見える。旧海上自衛隊が保有し、現在は海軍の本土防衛艦隊に所属する四隻の潜水艦だ。切れ長の刀を思わせる伊号潜とは違い、こちらは丸っこい葉巻のようなフォルムだ。その艦影の違いは、彼女たちが海の中を本分としていることをありありと示している。

 

そちらに目を凝らしていた板倉は、ふと、潜水艦の艦上が慌ただしくなったのに気づいた。ハッチから乗組員たちが溢れ出て、司令塔と言わず、甲板と言わず、整然と並ぶ。

 

四隻の潜水艦上で、乗組員全員が一斉に敬礼した。一足先に泊地を出港する同志たちを、精一杯送り出そうとしてくれている。

 

―――仲の悪いのは上だけ、ってね。

 

組織というのは、常に軋轢を孕むものだ。こと、深海棲艦の出現後に創生され、現代艦船とBOBを同時に保有する海軍という組織の中での衝突は大きい。すなわち、「自衛隊組」と呼ばれる、旧自衛隊から引き継がれた本土防衛艦隊と、「海軍組」と呼ばれる、唯一深海棲艦に対抗しうるBOBを中心とした連合艦隊との派閥争いだ。

 

前者は旧帝国海軍から続く伝統と誇り、後者はBOBの登場によってここ三年で上げた戦果。お互いの意地がぶつかり合い、火花を散らす。

 

だが、それはあくまで上層部の話。現場レベルでは、むしろ旧自衛隊の人間は、艦娘たちに感謝しているし、強い畏敬の念を抱いている。と言うのは、板倉の同期で、元は海自の潜水艦乗りだったという男だ。

 

その言葉に、偽りはなさそうだ。でなければ、あんな敬礼はできないはずだ。

 

―――艦隊の方を、どうかよろしくお願いします。

 

その想いを込め、板倉も彼らに敬礼する。

 

朝陽をバックにしたパラオ泊地から、潜水艦隊は出撃して行った。

 

 

夜の海は、真っ暗などというものではない。墨汁を厚く塗りたくったような海面の動きは、全くと言っていいほど見えなかった。星の瞬きが、辛うじて海面に反射し、その高低差を可視化してくれている。

 

夜間仕様で、電灯の落とされている航空母艦“赤城”の艦橋。仮眠を済ませて戻った塚原二四郎大佐は、自らの目で海面を見ることを諦めた。代わりに、隣で同じようにして海面を見つめている弓道着姿の女性に尋ねる。

 

「見えるか?」

 

艦娘、赤城は苦笑して首を横に振った。

 

「いいえ、全く」

 

「そうだよな」

 

予想通りの答えに、塚原は相槌を打つ。チラッと、赤城とは逆方向を見遣った。大型双眼鏡に取り付いた妖精は、これといって見辛そうにすることもなく、夜の海面を見張っていた。

 

「視力には自信があるんだがな」

 

塚原は呟く。彼は元戦闘機パイロットだ。

 

「視力が良いのと、夜目が利くのはまた別ですから。それとも、夜間見張り員訓練を受けてみますか?」

 

「いや、遠慮しておこう」

 

かつて海軍が誇った超能力集団は、特殊な訓練によって、夜間にもかかわらず二万メートル先の敵艦を見つけられたという。まだまだ性能的に信頼できるものでなかった当時のレーダーより、ずっと優れた能力だ。

 

ただし、日中は目をやられないように目隠しやサングラスをするなど、色々と制限が多い。

 

話題を切り替えようと、塚原は咳払いをする。

 

「攻撃隊の準備は?」

 

「第一次攻撃隊の準備は、間もなく。第二次攻撃隊は、対艦装備で待機させます」

 

「そうか」

 

塚原は腕時計を見る。日本時間で〇二二〇。時差は一時間早いから、陽の出と同時に攻撃隊を出すなら、そろそろ攻撃隊を甲板に並べなければならない。

 

「・・・始めようか。攻撃隊を甲板に出してくれ」

 

「了解です」

 

赤城が頷く。妖精さんに伝えると、すぐに格納庫で攻撃隊を上げる準備が始まった。通信用の探照灯に取り付いた妖精は、“赤城”に続く第二制圧艦隊―――二制艦の各艦に、攻撃隊の発艦準備を下令した。

 

「ブレイン・ハンドシェイク」

 

塚原の横から離れた赤城は、艦橋の中央に立ち、自らの艤装を背負って精神同調に入った。心なしか、唸る“赤城”の機関音が、そのリズムを変えたような気がした。

 

「精神同調完了。システム正常、舵もらいます」

 

赤城が宣言する。次の瞬間、低いモーターの駆動音が響き始めた。暗闇の中、艦橋右にある飛行甲板に目を凝らせば、三か所設けられた奈落―――昇降機が、ゆっくりと動きだしているのが見えた。艦載機が格納庫から引き出され、甲板に並べられるのだ。

 

赤城に搭載されているのは、零式艦上戦闘機六四型と“天山”艦上攻撃機だ。これには理由がある。今回二制艦を構成する二隻の軽空母、“飛鷹”、“隼鷹”は、“赤城”とその僚艦“加賀”に比べて速力が遅く、重い“天山”を扱うには不安があった。そこで、“赤城”と“加賀”には“天山”を集中的に配備し、“飛鷹”と“隼鷹”には“彗星”艦上爆撃機を搭載していた。

 

艦載機の重量増加は進む。そこで必要となってくるのが、発艦補助装置、つまりカタパルトだ。工廠部は試作品の開発に成功しており、二隻の空母に搭載してデータを取った。すでに、呉では“翔鶴”と“瑞鶴”への搭載が決まり、それに伴う改装に入っていた。

 

その、試験的にカタパルトを搭載した二隻の空母というのは、“赤城”の僚艦である“加賀”と、三衛艦旗艦の“祥鳳”である。

 

「全機引き出すまでの時間は?」

 

「一時間弱です。暖機運転まで含めると、一時間半で攻撃隊の準備が完了します」

 

「丁度ぐらいか」

 

塚原は呟く。

 

「第一潜水隊はどうしますか?」

 

艦隊に付き従う潜水艦は、一二ノットで艦隊外縁部を航行している。航空隊発艦のために、風上に向かって疾走する必要のある機動部隊には、着いてくることはできなかった。

 

「こちらの発艦作業が優先だ。その間は、潜っていてもらおう」

 

発艦作業が終われば、合流はいつでもできる。

 

“赤城”の飛行甲板には、格納庫から引き出された艦載機が続々と並べられていく。第一次攻撃隊に参加する零戦と“天山”は、発動機の暖機運転を始めていた。

 

「三直艦“祥鳳”より発光信号です。『索敵機、発艦準備完了』」

 

機動部隊直衛の任を負った三直艦の旗艦軽空母は、“赤城”たちよりも後ろにいる。搭載機はほとんどが防空用の零戦六四型で、この他少数の対潜哨戒用九七式艦上攻撃機と二式艦上偵察機を搭載している。姉妹艦の“瑞鳳”も同じだ。

 

「加賀さんも準備できたみたいですね」

 

“赤城”の隣を航行する僚艦を見遣って、赤城が付け加えた。

 

「事前に決めた通り、索敵線を形成するよう伝えてくれ」

 

塚原は、先に索敵機を出してしまうことに決めた。本格的な機動部隊同士の戦いは、おそらく第二次攻撃隊以降になるだろうが、敵艦隊の発見は早ければ早い方がいい。

 

三隻の空母が速力を上げる。幸い、風は艦隊のほぼ正面から吹いているので、大きく針路を変える必要はなかった。

 

「“加賀”、索敵機発艦始めました」

 

赤城が報告する。それに続くようにして、後続の防空軽空母からも二式艦偵が次々と飛び立っていった。これが、艦隊の目だ。

 

機動部隊の戦いは、すでに始まっていた。

 

―――だから、勝手に突き進むんじゃないぞ。

 

塚原たち機動部隊の遥か前方に展開し、今日の日没後にトラック諸島へ夜襲をかける予定の高速遊撃部隊。その部隊を率いる向こう見ずのバカ―――もとい、猛将と謳われる同期の女性将校に、届くはずのない懇願を送る。

 

索敵機が飛んで行った空。その先で太陽が顔を出す頃、“赤城”以下四隻の空母から、第一次攻撃隊がトラック諸島に向けて発艦を始めた。




潜水艦の運用の難しさは、ゲームでもこっちの世界でも同じです。なぜなら、数あってこその兵器ですから

攻撃的漸減作戦は、しっかりと訓練を積んだ上で、別の機会に・・・

(榊原少佐の出番が微塵もなかった・・・)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。