パラオの曙   作:瑞穂国

22 / 144
戦闘が始まらない・・・

主力部隊が到着します。そして榊原の同期も登場


朋アリ遠方ヨリ来タル

攻略艦隊第二陣の到着は、第一陣到着から五日後のことだ。規模は、第一陣とは比べるべくもない。まさしく、トラック攻略艦隊―――連合艦隊の主力、威風堂々たる艨艟たちの群れだ。

 

戦艦三、空母五を中心とした大部隊は、パラオ泊地に所狭しと錨を下ろした。

 

三隻の戦艦は、連合艦隊司令長官東郷源八郎大将直率で、全艦横須賀に所属する。海軍の象徴であり、世界のビッグセブンと謳われる二隻の四一サンチ砲戦艦、“長門”と“陸奥”も加わっていた。

 

空母部隊は、二隻の正規空母と三隻の軽空母から構成されている。指揮官は、塚原二四郎大佐。横須賀所属で、角田大佐とは同期とのことだった。

 

その他、多数の護衛艦艇、さらには潜水艦までいる。

 

艦だけではなく、人もすごい。旗艦となる“長門”には連合艦隊司令部が設けられ、多数の参謀たちが集っている。海軍の頭脳だ。

 

この艦隊が、まさしく連合艦隊の総力ともいえる。

 

そして榊原にとっては、嬉しい来客もあった。司令部付きの将校に、彼の同期を見つけたのだ。

 

「久しぶりだな、相模」

 

「おう、お前も元気そうだな!」

 

同期―――相模篤少佐は、最後に会った時と変わらない、陽気な返事で手を上げた。

 

「驚いた。まさか、お前と会えるなんてな」

 

「こっちもビックリしたぜ。なにせ突然のことでな」

 

苦笑いしながら、相模は言った。元は、現在の相模の上司である広瀬武雄少将が司令部に同行するはずだったのだが、直前に急遽相模になったとのことだ。なんでも、広瀬直々の申し出だったらしい。

 

「多分、前線を見とけ、ってことなんだろう。本土にいる俺たちにとっては、前線の雰囲気ってのはなかなか掴み難いものがあるからな。油断大敵、そういうことだと思う」

 

「そうか」

 

戦場に置いて最も恐れるべきは、仲間の中での温度差だ。戦線が伸びれば伸びるほど、中央には前線の熱が届きにくくなる。熱を循環させなければ、鍋の中の水は、ある時突然沸騰して暴発する。

 

それを避けるために、今のうちから前線を知っておけ、そういうことなのだろう。

 

―――そういえば、俺も中央のことはあまり知らないな。

 

今まで、この泊地を動かすことで精一杯だった。だが真に彼女たちのことを想うなら、これからはもっと視野を広く、そうしたことにまで気を付けなければならないのかもしれない。

 

まあ、そうした話は、また後だ。

 

「せっかく会えたんだ。どうだ、久々に一杯」

 

そう言った相模は、右手で酒を飲む仕種をした。本土から、手土産に持ってきたらしい。

 

「いいな。そうしよう」

 

榊原も笑って、親友の申し出に頷いた。

 

 

 

「・・・で?あんたら馬鹿なの?」

 

パラオ泊地の秘書艦は、容赦ない言葉を二人の若い将校に浴びせかけた。呆れた溜息を吐きながら、コップに汲んだ水を二つ差し出す。榊原も相模も、それをありがたく受け取った。

 

夕食後、静かに酒を酌み交わしていた若い将校を、災難が襲った。彼らの先輩にあたる横須賀所属の女性将校―――もとい酒豪が、美味しそうな酒の匂いを嗅ぎつけてきたのである。散々飲まされた結果、彼女の同期兼お守り役である塚原大佐が引き摺って行った際には、すでにご覧の有様となっていたわけであった。

 

二人とも、決して酒に弱い方ではなかったのだが、角田の酒豪っぷりは凄かった。酒に関するエピソードには事欠かないという。そしてそれを収めるために、毎回塚原が駆り出されているとのことだった。

 

塚原の苦労が窺えた。

 

「あたしはもう寝るから。クソ提督もさっさと寝なさいよ」

 

「ああ、わかった。おやすみ」

 

「おやすみ」

 

そう言い残して、曙は食堂を後にした。残された榊原と相模は、コップを傾け、冷たい水を一気に呷る。火照った体に、流れ込む冷気が心地よい。

 

「・・・いい娘だな」

 

空になったコップをいじりながら、相模が言った。榊原も頷く。

 

「俺なんかにはもったいないくらいの初期艦だ」

 

「もったいない、なんてことはないだろ?第二席様」

 

からかうように言った相模に苦笑する。そういう相模も、なんだかんだで第七席だ。

 

「そうだ相模」

 

「なんだ、改まって」

 

「きちんと礼をしてなかった。例の件、色々と助かった。ありがとう」

 

例の件というのは、機密書類持ち出しの件だ。パラオに来て以来、その件については彼に頼りっきりだった。

 

「ほんとだぜ、ったく。いい加減、広瀬さんが気付くかと思ったぞ」

 

「お前はそんなへましないだろ」

 

「それとこれは別問題だ。『IF作戦』同行の辞令を持って来た時なんか、ついにばれてクビになるのかと思ったわ」

 

「クビにならなかったんだから、ばれてないってことだろ。よかったじゃないか」

 

「いいわけあるか」

 

苦笑を滲ませて、相模が言った。

 

「ともかく、助かった。今後とも、何かの時はお願いしたい」

 

「あー、それなんだがな。ちと、難しくなりそうだ」

 

「どういうことだ?」

 

榊原の問いに、相模は咳払いをして居住まいを正した。何やら重大な案件みたいだ。

 

「まだ正式に辞令があったわけじゃないが、この作戦が終わったら、ルソンの警備隊に行くことになりそうだ」

 

「そうか!」

 

嬉しそうに言った相模に、自然と榊原の相好も崩れる。

 

ルソン警備隊は、艦隊規模こそ小さいものの、日本の交易航路を守る重大な部隊だ。それに、現地には日米合同の基地航空隊もおり、同盟国アメリカとの架け橋の役目もある。この先は、米軍のBOB艦隊も配備されるようになるはずだ。太平洋が、日本とアメリカ、どちらか一方で平定するには広すぎる以上、これから二国間での協力は欠かせない。

 

「それじゃあ、ルソンで提督に?」

 

「ああ。中央で手取り足取り教えてる暇はないんだと」

 

「俺と一緒だな」

 

榊原は苦笑する。本来は、本土で半年ほど実習をしてから、各地へ配属になるものだ。相模はそれを現地でやる。榊原に至っては、全てすっ飛ばされた。

 

―――そういえば、俺はなぜ、いきなりパラオの配属になったんだ?

 

この二か月、忙しさのあまりまともに考えてこなかった。ぶっつけ本番にもかかわらず、パラオ泊地が機能しているのは、所属する艦娘たちの技能によるところが大きい。

 

「まあ、期待されてる、と思っていいんじゃないか?」

 

「・・・そうだな」

 

単純にそれだけではない気がしたが、今は詮索のしようがない。

 

「てわけで、俺はルソンに行くから、これからは機密情報を持ち出すお仕事はできませーん」

 

相模がおどけて言う。その仕種に苦笑いしつつ、榊原は腕を組んで考えた。

 

「誰か、別の人を見つけないとなあ」

 

「機密情報を持ち出さないって選択肢は無いんだな」

 

相模は呆れた様子で言う。それに対して、榊原はさも当然のように答えた。

 

「俺たちは提督だ。艦娘たちを守る義務がある。知りうることは全て知っておきたいし、手に入れられるなら手に入れるべきだ」

 

「お前らしい。相変わらず、変な方向に真面目だな」

 

「他人のことは言えないだろ」

 

「まったくだ」

 

榊原が相模に機密情報の持ち出しを依頼したのには、はっきりとした理由がある。相模は、ギンバイの名手だったのだ。それに、上官との付き合い方も同期の中では群を抜いて上手かった。おまけに大事なところでは口が固いので、非常に信頼のおける友人だ。相模がそういう男だからこそ、機密情報の持ち出しという、軍法会議ものの依頼をすることができた。

 

「だが、お前の考え方には賛成だな」

 

相模は言う。

 

「俺も提督として、艦娘を守ろう。そのための協力は惜しまない」

 

力強く誓った。酒気で頬は赤いが、その瞳には熱い炎が宿っていた。榊原も負けじと、大きく頷く。

 

「少し早いが、ルソンでも元気でやれよ」

 

「何言ってんだ。寒くなきゃ、俺はいつでも元気だよ」

 

ひらひらと手を振って笑う。確かに、相模の元気っぷりは、筋金入りだ。というか、実際には寒くても元気そのものである。教官からは、「元気と無茶がそのまま服を着てる」と呆れられたほどだ。

 

「初期艦は、もう決まったのか?」

 

「ああ。その娘も、俺のルソン行きに合わせて転属する。それともう一人、新しく着任した娘も、一緒に基礎錬成中だ」

 

「新任艦娘?」

 

「瑞穂、って言ってな。水上機母艦だ。まあ、俺とは同期みたいなもんだな」

 

同じ艦娘を教官としている、そういう意味だろう。

 

「初期艦は、今回の作戦には?」

 

「横須賀で留守番だ。連れてけ、って騒いでたよ」

 

その時を思い出したのか、相模が小さく笑う。

 

「いい娘みたいだな」

 

「ああ、いい奴だ。俺にはもったいないくらいに、な」

 

「謙遜だな、第七席様?」

 

先ほどの相模を真似た言葉に、どちらからともなく吹き出した。

 

「あー、ダメだ。やっぱり酒が抜けてないな」

 

「ああ。笑いの沸点が低くて困る」

 

腹を抱えて笑い合った二人は、涙の滲んだ目元を拭って、席を立つ。引いた椅子の立てる音が、ガランとした食堂に響いた。しかしそれも、今の気分には心地良い。

 

誓いを立てた二人の、新たな立ち上がりだ。

 

「俺は、もう一度風呂に入ってくる。士官用の方はまだ開いてるだろ」

 

「ああ。この時間でも開いてる」

 

「お前は?一緒に来るか?」

 

友人の申し出に、榊原は首を横に振った。

 

「俺はいいよ。曙に言われた通り、早々に寝るとするさ」

 

「いい感じに、尻に敷かれてるなあ」

 

そんな軽口を叩きながら食堂を出て、廊下を庁舎と官舎の方へと歩いていく。相模にあてがわれたのは官舎の一室だが、榊原が寝泊まりする提督私室は、庁舎内の執務室横にある。非常時に、迅速に指揮を執れるようにだ。

 

「そういえば、」

 

辿り着いた官舎の一室、扉のノブに手を掛けた相模は、思い出したように榊原を振り向いた。

 

「清水も来てたぞ。知ってたか?」

 

「あいつも来てたのか」

 

清水―――清水隆之。榊原たち第五期生の首席で、連合艦隊司令部への配属になっていたはずだ。連合艦隊司令長官―――ひいては、連合艦隊司令部が直接指揮する今回の作戦に同行していても、何ら不思議はなかった。

 

冷静沈着をそのまま絵に描いたような冷血漢、に見える。どちらかと言えば、ただシャイなだけなんじゃないかと、薄々気づいているのは、多分同期の中でも榊原と相模ぐらいだ。

 

「俺も知ったのは、こっちに着いてからだけどな。まあ、あっちからわざわざ声をかけてくるような奴でもないし」

 

相模はノブを捻り、扉を開く。タオルを取ってから、士官用の小浴場に向かうらしい。

 

「どうせ、明日の最終打ち合わせでは顔を合わせるんだ。そん時にちょっとつついてやろう」

 

さも可笑しそうに言った相模と「おやすみ」と言い交わして、庁舎の方へと戻る。官舎と庁舎の間で見上げた空には、日本とは違う星たちが、朗らかに輝いていた。




ちなみに、相模は提督志望でしたが、中央の配属となっていました

ルソン警備隊には、トラック戦後に色々と動いてもらうことになりそうです

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。