パラオの曙   作:瑞穂国

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『IF作戦』までに回収しておかなければいけないものが色々・・・

今回は、吹雪の方を少し

ちなみに、吹雪の年齢設定は十八歳前後を想定しております。そのつもりで読んでいただけると

おっぱいはほとんど育たなかったけどn(カットイン)


悩メル夜ニ

第一陣が到着したことで、パラオ泊地の食堂はいつも以上に賑わっていた。元々パラオ泊地は、各地から選りすぐられた艦娘たちが所属しており、第一陣として馳せ参じた艦娘たちの中にも顔見知りが多い。

 

呉出身の霞と陽炎が、長波を連れて綾波と敷波と話し込んでいる。若干緊張気味だった長波もうまく打ち解けて、駆逐艦娘として先輩である二人の話に聞き入っていた。

 

それ以外でも、方々で様々な会話が交わされる。普段は泊地の姉御役である摩耶も、久々の姉妹との会話は年頃の少女そのものだ。時々漏れる笑い声が、いつになく微笑ましい。

 

頬が緩みそうになった榊原は、ふと、入口の辺りでこちらを窺う視線に気づいた。食堂の入り口から、隠れるようにして―――実際には全然隠れていないのだが、長い髪が揺れていた。大和だ。

 

チラリ。榊原と目が合った。が、途端にそ知らぬふりで躱されてしまう。何かしら、悩んでいるのはわかった。

 

食堂に並んだ机のうち、一か所を見る。今日入港してきた艦隊の指揮を執る女性将校が、彼女の腹心と談笑―――もとい、一方的にちょっかいを出しながら食事を楽しんでいた。

 

―――・・・大和のためだ。

 

「はい、榊原提督。今日の定食です」

 

「ありがとうございます」

 

食堂部を取りまとめる釣掛美穂部長から夕御飯が乗った膳を受け取り、身を翻す。席に着く前に入口へ向かい、そこで隠れているつもりの大和に声をかけた。

 

「大和」

 

「ひゃいっ」

 

また噛んでいる。大和の顔が真っ赤に染まった。

 

「一緒に食べないか?」

 

「えっ」

 

「いや、嫌ならいいんだ。でも、そこにいても仕方がないだろう?」

 

「い、嫌なんてことはありません」

 

ご一緒させてください。大和はそう言って、自分の分の夕御飯を受け取りに、食堂のカウンターへと小走りで向かっていった。釣掛部長からトレーを受け取ると、上に載った料理をこぼさないように注意して、榊原のもとへと戻ってくる。

 

「どちらに座りましょうか?」

 

先ほどとは打って変わって、いい笑顔だ。自分と食べることを、そんなに嬉しく思ってもらえるのなら、悪い気はしなかった。

 

榊原は、最初からある席に目星をつけていた。少しでも、彼女の緊張が和らげばいいのだが。

 

「角田大佐」

 

比叡にちょっかいを出し続ける角田に、榊原は声をかけた。

 

「およ?榊原君?」

 

どうしたの?そんな視線でこちらを見ている。その隙に、比叡が彼女の手を離した。

 

「相席、いいですか?大和も一緒に」

 

「ふえっ?」

 

小さな悲鳴を大和が上げた。

 

角田は一瞬真剣な光を帯びた後、思いっきり相好を崩した。榊原の短絡な考えなど、お見通しのようだった。

 

「いいよ、いいよ。さ、座って」

 

比叡も頷く。遠慮なく、榊原は角田の向かいに腰掛け、大和にも着席を促した。

 

「し、失礼します」

 

再び緊張気味の様子となった大和が、恐る恐る比叡の前に腰掛ける。榊原の方を不安げに窺った後、若干俯き気味にチョコンと座っていた。

 

「なにかね榊原君。僕に興味があるのかね?」

 

可笑しそうに笑う双眸に、榊原は苦笑する。

 

「からかわないでください」

 

「あはは、まだまだ若いねえ」

 

そう言う角田も随分と若く見えるが、それについては何も言わなかった。

 

いただきます。榊原と大和は手を合わせ、食事の挨拶をする。箸を取り、真っ先にほうれん草のお浸しに手を付けた。

 

「ね、ね、大和」

 

真っ先に口を開いたのは比叡だった。外に跳ねた髪が、ピョコピョコと動きそうな、楽しげで明るい声だ。気圧されながらも、大和が答える。

 

「は、はい」

 

「パラオの海って、とっても綺麗なんだねっ」

 

「そ、そうですね」

 

戦艦娘同士の会話を、二人の提督は何気ない風を装って聞いていた。

 

「作戦発動までに泳いでみたいなあ」

 

「・・・近くにビーチ、ありますよ?」

 

「ほんと!?」

 

身を乗り出した比叡が、ズズイと大和に迫る。

 

「先週末に、特別休暇を使って、提督と行きました」

 

「えっ、榊原少佐、もしかして職権濫用・・・?」

 

「違うっ」

 

半目の比叡の言葉に、まるで自分が艦娘たちとの海水浴を強要した、みたいなニュアンスを感じて、榊原は即否定した。

 

「いいなー。あ、そうだ、作戦前に行こうよ、ヤマちゃん」

 

「や、ヤマちゃん?」

 

終始比叡のペースだが、二人の間に会話が生まれている。先ほどは緊張した様子だった大和も、いくらか解れて、比叡と話している。相槌の合間に、微かながら笑みも見受けられるようになってきた。

 

「君の読み通りだね」

 

そう言っているような角田のウィンクに、榊原は頬を緩める。

 

大和に必要なのは、同じ戦艦の先輩だ。できれば、気兼ねなく話せるような、そんな娘が。その相手として比叡に目星を着けたのは事実だが、それでもここまで進展したのは、やはり彼女の持つ親しげな雰囲気があったからだろう。比叡の才覚、と言える。頭の下がる思いだ。

 

二人の会話を聞きながら、箸を進める。沢庵にも匹敵する、ご飯が進む会話は、最終的に一緒にお風呂に入るところまで発展した。

 

 

 

夜も更けた泊地。しかし食堂には、まだ明かりが灯っていた。先ほどまでの喧騒はなく、中には二人の人物がいるのみだ。

 

榊原は、ついに目的としていた人物と、一対一で向き合うことができた。

 

机の向かい側、榊原の淹れたコーヒーを、吹雪は啜っていた。

 

「わざわざ、すみませんでした」

 

何となく、彼女には敬語になってしまった。吹雪は笑って、カップを置く。

 

「いえ、お気になさらず。私も、榊原少佐とは一度お話ししてみたかったので」

 

笑顔のままの吹雪と向き合い、榊原が切り出した。

 

「ビックリしました。まさかあなたが来るとは」

 

「角田大佐にも、似たようなことを言われました」

 

「なぜ、ですか?あなたは横須賀の秘書艦では?」

 

うんうんと頷きながら話を聞いていた吹雪は、しばらくの間を置いて、微笑を湛えたまま答えを示した。

 

「司令官―――秋山中将は、今回の作戦に大きな関心を寄せています。トラック環礁の攻略戦は、海軍にとって大きな転換点になりますから。ですが、今回に関しては、秋山中将が直接出てくるわけにはいきませんでした」

 

「・・・今回は、司令長官が直接指揮をなさるから、ですか」

 

「そういうことです。横須賀は最古参の鎮守府であり、秋山中将は最古参の提督です。必然的に、持っている権限も大きい。連合艦隊司令部に何かがあった時は、秋山中将が臨時に指揮権を引き継ぐことになります。ですから、東郷長官と秋山中将が、同時に作戦に出ることは避けるべきと判断したんです」

 

妥当だ。軍隊に置いて、指揮系統の乱れは命取りに繋がりかねない。優先順位の第一、二指揮権は、同時に失われるようなことがあってはならないのだ。

 

「そこで、代わりとして私が参加することになりました。この戦いを、見届けるために」

 

吹雪は言った。

 

「角田大佐では、ダメだったのですか?それに他にも、横須賀から参加される提督はいるのでは?」

 

「角田大佐と、塚原大佐のことですね。ですが、二人には務まりません。二人は、各々が信じるところに従って、提督として戦っています」

 

その信念は、曲げるべきでも、否定するべきでもありません。吹雪は微笑みを絶やすことなく、きっぱりと言い切った。

 

見届ける。一体、吹雪は―――そして秋山中将は、何を見届けようというのだろうか。榊原にはわからない。推測するには、あらゆる情報が足りていなかった。これ以上の詮索は無意味だろうと、榊原は判断した。

 

代わりにもう一つ、訊いておきたいこと。最高機密にすら残っていなかったと、中央の友人が音を上げた、彼女自身のこと。

 

「吹雪さんは、“元”艦娘だと聞きました」

 

「はい。“元”艦娘です」

 

突然の話題の転換にも、吹雪は特に表情を変えない。容姿よりも幾分か大人びて見えるその笑顔は、昼間であればまさに太陽の如く映ったのかもしれない。だが夜である今は、不釣り合いな神々しさを感じさせた。

 

「私の艦体は、すでに轟沈しています」

 

「復旧はしなかったのですか?時間はかかりますが、例え轟沈しても、艦娘が健在なら艦体を再構築することは可能なはずです」

 

BOBは、艦娘がいれば失った艦体を再構築することができる。建造と同じようにして、轟沈によって散り散りになった船魂の片鱗を集め、形を与える。かかる時間は、駆逐艦でも二、三か月と長いが、やる価値は十分にあるはずだ。

 

しかし、吹雪は首を横に振った。

 

「復旧できなかったんです」

 

「復旧・・・できなかった?」

 

ここからは、あくまで私の推測です。吹雪はそう前置いて、話を続けた。

 

「艦娘こそが、船魂の本体なんです。ですから本体が無事である限り、艦体を復元することができる。ところがある拍子で、艦娘から船魂が抜け落ちたとしたら。どんな要因なのかはわかりませんが、今の私はそういう状態だと考えられるはずです」

 

根拠はないが、妙な説得力があった。

 

艦娘が、遺伝子的には人類―――ホモ・サピエンスと全く変わりない生命体だということは、初期の段階からわかっていた。では、艦娘を、艦娘たらしめているものは、一体何なのだろうか。

 

その答えが、船魂の有無だとしたら。

 

「まだまだ考察を重ねる必要はあります。今後のためにも」

 

轟沈と、船魂の欠如、その因果関係。少なくとも、今のところそうした特殊例は、吹雪だけなのだろう。

 

だが、それとは別に。榊原の中で繋がったものがあった。二週間ほど前に、パラオ泊地秘書艦が見せた表情。沈黙と覚悟を滲ませた横顔。夕陽の中のその表情の意味は、あるいは吹雪と繋がっているのかもしれない。もしくは、彼女の性格そのものにも。

 

「・・・その轟沈と、曙との関係は?一体その時、何があったのですか」

 

若干声が堅くなったのが、榊原にもわかった。

 

吹雪は、一瞬だけ驚いたように、目を開いた。しかしすぐに、元の―――それまでよりもさらに頬を緩めて、答えにならない答えを返した。

 

「鋭いですね。秋山中将が見込んだだけはあります」

 

それから、しばらく黙考する。人差し指を唇に当て、上を向いて考え込む仕種。やがて困ったように、細く整った眉をハの字に下げた。

 

「今、私から言えることはありません」

 

「・・・そうですか」

 

―――結局、何も得られなかった。

 

一人の軍人としては、目の前の少女の方が二枚も三枚も上手だ。そのことがわかっただけでも、収穫と言うべきだろうか。

 

「でも、これだけは言わせてください」

 

内心の落胆をできるだけ隠して、榊原はなおも吹雪と向かい合う。わずかに上体を傾けた吹雪は、打って変わった真剣な目で、榊原の瞳を捉えていた。澄んだ色に、言葉を失う。

 

「時が来れば、曙ちゃんは必ず、全てを榊原少佐に話します。その時は・・・」

 

その時は、どうか、

 

 

 

「どうか、曙ちゃんを受け止めてあげてください」




秋山中将、吹雪、そして東郷司令長官。各々が『ある問題』を考え、それぞれの意思を持っています。その辺のことは、またいずれ

大和と比叡の組み合わせは、個人的に見てみたかったものです。大和型のテストベットが、比叡でしたからね

さて、また次回。今度はさらに提督が増えます。それと連合艦隊司令長官も

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