パラオの曙   作:瑞穂国

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どうもです。

いよいよ、トラック攻略戦の幕開けとなりました

パラオ泊地には、各地(主に横須賀)から続々と個性豊かな艦娘、そして提督が集まってきます


第一次トラック沖海戦
攻略艦隊到着


トラック攻略作戦―――『IF作戦』と名付けられた作戦の概要が届いたのは、特別休暇から三日後のことだった。

 

一読した榊原は、黒い表紙の書類の束を机に置き、鍵を取り出す。執務机に三つある鍵付きの引き出しのうち、作戦資料などを入れる引き出しを開いて、その中に厳重に仕舞い込んだ。ないとは思うが、深海棲艦のスパイに見られてはことだからだ。

 

それから別の鍵を取り出し、もう一つ引き出しを開く。そこには、連絡船で一緒に届いた、中央勤めの友人からの贈り物を仕舞い込む。ファイルされたわずか数枚の資料だが、本来はここにあってはいけない代物だ。

 

―――さすがに、わからないか。

 

帽子を脱いだ榊原は、背もたれに体重を預ける。疑問は結局解決されていなかった。

 

榊原が届けさせた贈り物というのは、最高機密であるところの、艦娘の詳しい戦歴書だ。どの作戦に参加し、どういう役回りをしたのか、そういった軍事上のことも含めて、かなり詳しく書かれている。

 

なぜ、摩耶が艦隊旗艦を断ったのか。結局、その理由はわからずじまいだ。作戦発動前にはっきりさせておきたかったが、摩耶本人はあれこれと誤魔化すばかりだ。そこで強く押せない自分も、提督としてはまだまだなのだろうか。

 

―――だが、やはり無理やり聞き出すっていうのは・・・。

 

さすがによろしくない。もしかして、彼女の戦歴を見れば何かしらがわかるかと思ったが、そんなことまで書いているはずもなかった。

 

とにかく、摩耶には、艦隊旗艦を拒む何らかの理由があるということなのだろう。ならばそれを、できる限り尊重してやりたい。

 

「摩耶本人が話してくれるのを待とう」

 

榊原はそう決めて、取り敢えずこの件については、頭の隅に仕舞い込んだ。

 

まずは、目の前の『IF作戦』だ。これからパラオは忙しくなる。作戦参加艦艇が各地から続々と集まる。作戦時に必要な資源を輸送する船団も増える。そして発動前には、対潜哨戒も密にしなくては。

 

この時に備えて、艦娘用の寮が随分と大きく造られていたのだ。そちらの管理もしなくてはならない。

 

最初に入港予定の艦は、四日後。横須賀から、十二隻。そして二人の将校も一緒とのことだ。それから一週間ほどをかけて、四十隻を超えるBOBがこのパラオ泊地に集まる。

 

これからは多忙を極める。特別休暇を取っておいて正解だったと、榊原は痛感していた。

 

 

輸送船団を伴って入港してくる艦隊を、榊原は港湾施設に立って出迎えた。

 

『IF作戦』参加艦艇の第一陣が到着した。事前の連絡によれば、内訳は戦艦一、重巡三、軽巡一、駆逐七とのことだ。全艦がコロール沖に停泊する。

 

指示した位置に投錨したBOBのうち、戦艦から内火艇が降りて、各BOBに立ち寄る。それぞれの艦娘を乗せ終えたらしい内火艇は、小さな飛沫を散らして、榊原の待つ埠頭へと走ってきた。その艇首には、巫女服のような制服を纏った女性と、第一種軍装を着込む将校が並んで立っていた。

 

―――将校は二人じゃなかったのか?

 

榊原が疑問に思っているうちに、内火艇が埠頭に横づけて止まる。次々に上がってきては、榊原の前で一列に並んだ。

 

サッと右手を上げた榊原は、彼の目の前に立った将校に敬礼する。

 

「パラオ泊地提督、榊原広人少佐です」

 

相手の将校も答礼する。随分と様になった敬礼だった。

 

「横須賀鎮守府提督、角田治美大佐だ」

 

目の前の将校―――角田治美と名乗った彼女は、端正な顔をさらに凛々しくして、右手を下げる。それに倣って榊原も敬礼を解いた。

 

途端、角田の相好が崩れる。後に残ったのは、人懐っこい笑みを浮かべる女性の表情だった。

 

「君が榊原君かあ」

 

「は、はあ」

 

口調まで変わっている彼女に生返事をすると、肩を思いっきり叩かれた。痛い。

 

「噂は聞いてるよ。一般からの募集なのに、五期生の中で二位だったんだって?」

 

提督候補生となる『有資格者』は、第二期募集以降ほとんどが一般から取られている。軍人の割合は一割ほどだ。しかし、元々そうした分野に疎い一般募集生が上位に食い込むことは難しい。結果、百名前後の候補生のうち、成績上位の十人は、半分以上が軍出身だ。実際、榊原の同期も、榊原を除いた七位まで全員が軍人だった。

 

もっとも、成績がよければ提督に選出されるというわけでは必ずしもないらしく、榊原と同じく提督志望だった三位と四位は、提督ではなく中央勤務になっていた。

 

「そんなに珍しいことなんでしょうか」

 

「珍しいも何も、過去に一般募集で上位五人に入ったのは、たった二人だけだよ」

 

二期生から五期生まで、計二十人いる上位者のうち二人。割合は一割だ。この数字が珍しいと言える部類なのかどうかは、榊原にはよくわからない。

 

「ちなみに、別の一人は僕のことね」

 

角田はニコニコとそう言って、自分のことを指差した。いまいち掴みどころのない、女性将校だ。

 

「もう一人将校がいらっしゃると聞いたのですが、ご一緒ではなかったのですか?それに、艦娘も一人いないようですが」

 

榊原が尋ねる。角田は海の方を振り向いて、すぐに答えた。

 

「ああうん、すぐに来ると思うよ。沖で鯨を見つけたらしくて、一狩りしてくるって」

 

「鯨、ですか」

 

「潜水艦のことだよ。どうやら偵察に来てたみたいだね」

 

もう一人の将校も、一緒だという。

 

「応援を出しましょう」

 

「ああ、大丈夫だよ、あの二人なら。こーゆーの慣れてるし」

 

すでに撃沈の報告が来ていたらしい。周辺を哨戒してから、こちらへ向かってくるとのことだ。

 

「・・・あのー、司令。いい加減、私たちもご挨拶したいんですが」

 

一人で喋っていた角田を遮るように口を開いたのは、先ほど彼女と並んで内火艇に立っていた巫女服の女性だった。すらりとした立ち姿が様になっていて、外側にはねた短髪が印象的だ。角田の腹心らしく、今も艦娘たちの中で彼女に一番近い位置に立っている。

 

角田の両目が可笑しそうに細められた。艦娘の腕に抱き着くと、思いっきり頬擦りをしようとする。が、それは彼女によって阻止された。

 

「もー、比叡ちゃん、さては嫉妬してるなー?」

 

「してません、そんなんじゃありません」

 

「照れなくてもいいのに。僕は比叡ちゃん一筋だよ」

 

「やーめーてーくーだーさーいーっ」

 

艦娘―――比叡は、必死に抵抗する。他の艦娘たちが、それを苦笑いで見ている辺り、日常茶飯事なのだろう。比叡の苦労が窺えた。

 

角田を力づくで引き離した比叡は、肩で息をしながら彼女との距離を取る。逆に角田の方は、ネコ科の猛獣のように、その間合いを詰めようとしている。完全に獲物を狙うハンターの姿勢だ。

 

「とりあえず!とりあえず、挨拶させてください!いつまで榊原少佐を待たせるつもりですか!」

 

「・・・よかろう。この続きは、また後でね」

 

お互いに野生の生存本能を治めた角田と比叡が、格闘中に乱れた衣服を整える。それから、比叡が艦娘たちの中で最初に敬礼をする。それに続くように、全艦娘が敬礼した。

 

「比叡です。お世話になります」

 

挨拶が続く。比叡に続いたのは、重巡洋艦娘の三人、高雄、愛宕、鳥海。いずれも摩耶の同型艦だ。さらに七人の駆逐艦娘、白雪、初雪、深雪、叢雲、磯波、綾波、敷波。

 

「ようこそパラオへ。提督の榊原広人少佐です。当泊地の艦娘たちとは、夕食で顔合わせを予定しています。寮へは食堂部が案内するから、そちらの指示で部屋をもらってください」

 

はい。返事が重なる。すぐに控えていた食堂部が、寮への案内を始めた。埠頭には榊原と角田が残される。

 

「角田大佐の部屋は、官舎の方に」

 

「ん、りょーかい」

 

角田は変わらずに軽い雰囲気で答える。

 

「榊原君は?ここで待つのかな?」

 

「はい。そのつもりです」

 

「そっか。それじゃあ、先に部屋に行かせてもらうね」

 

そう言った角田もまた、食堂部の案内で、官舎に用意された士官用の部屋へと向かって行く。軽やかな足取りは、海軍内で猛将と言われるイメージからは、かけ離れているように見えた。

 

「あ、そうだ」

 

角田の行動は、何をするにしても唐突だ。足を止めてこちらを振り向いた彼女は、悪戯っぽい笑みを軍帽の下に覗かせて、口を開く。

 

「その将校見て、驚くんじゃないよ」

 

「・・・はあ」

 

角田の言の意味を計りかねたが、尋ねる間もなく彼女は身を翻す。改めて引き留めるわけにもいかず、榊原は再び、埠頭から海を見つめて立っていた。

 

パラオの海は静かだ。今日は風も緩やかで、波も立っていない。透明度の高い海面が、高い位置にある太陽の光を受けてきらめいていた。

 

―――さっきのは、どういう意味だ?

 

角田の言葉に首を捻る。何か、もう一人の将校に関して、驚くようなことがあるのだろうか。

 

穏やかな波の先、水平線に新しい艦影が見えた。最初は細いマストだったが、みるみるうちに大きく、はっきりとした輪郭を持ち始める。艦形は非常にシャープで、いかにも素早そうだ。箱型の艦上構造物は、どこか“木曾”に似ているような気がする。

 

―――軽巡洋艦か。

 

パラオにまだ入港していなかった艦だ。

 

軽巡の艦影は随分と大きくなった。目測で一キロほどだろうか。微速で進む軽巡が舵を切ると、その艦形がよりはっきりとわかった。じょうろのような単装砲を持つ前甲板、物見櫓のような艦橋、屹立した四本の煙突、後部甲板のカタパルト。五千五百トン級の最終型、“川内”型軽巡洋艦の一隻だ。

 

投錨した軽巡が、沖合に停泊する。煙突からの排煙が止まり、機関が完全に停止した。

 

しばらくの後、艦上から海面に内火艇が降ろされた。ラッタルを二人の人間が降りていくのが、遠目にも分かった。軽巡の艦娘と、角田の言っていた将校だろうか。

 

軽巡から離れた内火艇は、独特の音を響かせて埠頭へと接近してくる。その接近に伴って、榊原は背筋をしっかりと伸ばした。

 

件の将校を見る。背格好はそれほど大きくない。隣に並ぶ軽巡艦娘よりも少し高いくらいだろうか。制服のディティールからして、女性であることは間違いないはずだ。

 

“比叡”から降ろされた内火艇の手前に横付けた内火艇から、真っ先に艦娘が飛び降りた。元気一杯といった表情で、開口一番こう名乗る。

 

「川内参上!」

 

上に腕を突き上げる。川内と言った彼女は、それから取り繕うように敬礼した。

 

―――軽巡洋艦娘は、皆はっちゃけてるものなのか?

 

パラオの泊地にもいる軽巡洋艦娘を思い出して、榊原も答礼した。

 

「パラオ泊地提督、榊原広人少佐です。わざわざの参上、痛み入ります」

 

「おー、ノリのいい提督だね!」

 

川内は満足げに大きく頷いた。二つに結んだ髪が跳ねる。

 

それを待っていたのか、もう一人、一緒に乗っていた将校が前に進み出た。線は細い。紺の軍帽の下には艶やかな前髪が覗いて、風に揺れた。どこか幼いその双眸には、柔らかな笑みが湛えられている。とても澄んだ瞳の色だ。

 

否。榊原はこの将校を知っている。いや、最初にあった時は将校ではなかった。

 

彼女は、横須賀の秘書艦だったはずだ。

 

前に垂れる二房の髪の間で、彼女がコロコロと笑ったように見えた。

 

「お久しぶりです、榊原少佐」

 

少佐の徽章をきらめかせる彼女―――吹雪は、唖然とする榊原をよそに、鮮やかな敬礼をきめた。




『IF作戦』の読みは「アイエフ」です

ちなみに何の略かというと、「いすゞ・ふそう」です

・・・トラックだから、ほら、ね?

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