まあ、作者の性格からして、新戦力はアノ艦しかないわけですが
どうぞ、よろしくお願いします
通称を『大型建造』とされた榊原の考えた手法は、夏川によっていくらかの修正をされた後、正式に行うことが決まった。実施日は、それから三日後のことだ。
建造には、邂逅者となる艦娘と、船魂を集めるための妖精が必要だ。これに名乗りを上げたのは、曙だった。
「建造ってのは、普通秘書艦が行うんだから。あたしがやるのは当然でしょ」
彼女は平然と言った。
開発資材は確かに通信機のようなものだが、実際にコンタクトを取るのは邂逅者である艦娘だ。出力の強化は、それだけ負担が増加することも予想された。
一番浮きドックでは、その日の朝から建造の準備が進んでいた。開発資材と、鋼材やボーキサイトといった資材が運び込まれ、妖精や港湾部員が動き回る。建造された艦を引き出すために、タグボートも準備をしている。
「なんか、落ち着かない様子だねえ」
一番浮きドックの管制室で、記録を取るためのパソコンを端末に繋ぎながら、細身の眼鏡をかけた夏川が榊原に言った。髪は相変わらずぼさぼさであるが、目つきは真実を探求したいと願う研究者そのものだ。
「そう、見えますか」
夏川とは、余り実年齢は変わらないはずだ。彼女の方がいくらか老成して見えるのは、まだ自分が幼い青年だからだろうか。
「見えるねえ」
口調は変わらない。繋ぎ終わったパソコンを手隙のスペースに置いて、夏川はその画面とにらめっこをしている。時折キーボードを打つ手つきが異様に早いのは、職業柄ゆえなのだろうか。
「ねえ」
それだけの言葉と共に管制室に入ってきたのは、これから大型建造に挑むパラオ泊地の秘書艦だ。右側で一つにされた長髪を揺らす曙は、キリッと吊り上げられた目を細くして、管制室内の二人に言った。
「準備、できた?」
「ああうん、もうちょっと待って」
夏川がひらひら手を振る。そこからのキーボードを打つ早さは、それまでよりも二割ほど増していた。カタカタという音が連続してメロディーを奏でる。
管制室に入った曙は、夏川に落ち着きがないと評された榊原の横に立って、眼下のドックを見つめた。同じようにしている榊原は、横目でそれがわかった。
「落ち着きなさいよ、クソ提督」
「・・・技師長と同じこと言うんだな」
そんなに落ち着きなく見えるだろうか。
「初めての建造で、しかも実験的建造だってのはわかるけど。ちょっとソワソワしすぎ」
榊原のソワソワした視線は、ドックを見渡して、埠頭からこちらを窺っている人影に気付いた。スケッチブックに、なにやら熱心に書きつけているのが長波。その横で小さな鳥を餌付けしているのは陽炎だろうか。どうやら建造の様子を窺っているらしかった。
―――気になるのは、みんな同じ、か。
「俺が気にしても仕方ないしなあ」
「そういうこと」
成功するかどうかは未知数だ。仮説は仮説で、榊原が都合よく解釈しただけかもしれない。深く眠る船魂は、彼が思う以上に堅い壁の向こうかもしれない。
だがそれを確かめるためには、やってみるしかないのだ。それが、人間が唯一知っている、真実の探求の仕方なのだから。
「成功は約束できないけど。あたしに任せなさい」
自信たっぷりの曙の表情を見ていると、あれこれ心配するのが馬鹿らしくなってくる。それが彼女に勇気づけられているのだと気づけるくらいには、自分は大人だと思っていいだろうか。
「よろしく頼むよ」
榊原の言葉に、曙は満足そうに頷いた。
「これより、建造に入ります。各作業員は退避を」
全ての準備が整ったのを確認した夏川が、マイクを掴んで第一浮きドックへ知らせた。各部の準備をしていた作業員のヘルメットが、ドックから離れていった。
「曙、そっちはどう?」
『いつでもどうぞ』
ただ一人、邂逅者である曙だけが、ドックのど真ん中に資材と共に立っていた。時折吹き抜ける風が長い髪を揺らし、キラキラと輝かせる。静かにたたずむ姿は、しゃんと伸びた背筋と共に、頼もしくもまた神々しくも映った。こうして見ることがなければ忘れてしまいそうな、艦娘独特の雰囲気だった。
作業員が全員退避したことが確認された。夏川がパソコンと端末両方の数値を確かめ、榊原を向く。
「始めるよ」
「はい。お願いします」
榊原もはっきり頷いた。夏川は再びマイクを取る。
「じゃ、始めようか」
チラリ。一瞬曙と目が合った気がした。
普段の二十倍の出力を確保できるという量の開発資材に、曙が手を触れる。瞬間、その周囲の空間が妖しく脈を打ったように、榊原には見えた。記憶を手繰るまでもなく、それがドロップの時に見た船魂の脈動に似ていると、榊原は気づいた。
「発信始め」
夏川がスイッチを入れた。
あの時と同じだ。爆発的な光線は瞬く間にドックを、そして榊原の視界を包み込み、金色というよりもむしろ乳白色で辺りの空間に充満していた。生命の息吹をまとう大きな拍動。大気を震わせる、神秘的なまでのリズム。生きとし生けるもの、それは母なる地球に刻まれたハーモニー。
光は収束へと向かう。幾筋ものオーロラのような、輝く龍たちは、自らの居場所へと帰っていく。あるべき魂の行き場は、それを優しく包み込む曙の手のひらへと吸い込まれていった。
―――綺麗だ。
ありきたりの言葉しか知らないことを悔やむのは、ものを書く人間ばかりだと思っていた。だが今、目の前に広がる絶景を言い表す言葉を知らないことに、榊原はわずかな後悔と寂寥の感を抱いた。
それは表すならば、母なる美しさ。たゆたう海のごとき、大らかな抱擁。光と影、くっきりと分かれた曙の表情は、そこにいるもの全てを魅了する、万物の祖たるもののきらめきだ。今、この時。海は彼女であり、世界は彼女に守られていた。そう錯覚するほどの、圧倒的な存在感が、パラオ泊地を支配している。
集まった光の粒たちは、特大の蛍となって曙の手のひらに包まれている。以前、長波がドロップした時よりは、その光は小さく儚い。魂の片鱗という意味が、今はっきりとわかった。
海へと解き放つには、あまりにもか弱い。
曙が片鱗に口付ける。脈を打った片鱗は、ドック内へと運び込まれていた資材の上にゆっくりと降り立ち、心臓のようにリズムを刻みながらそこに鎮座した。
片鱗は舞い降りた。後は、
―――これが、船魂まで育つかどうか。
仮説はあくまで仮説でしかない。仮説が正しいと立証されるまでは。
「片鱗、着床を確認」
着床か。言い得て妙だった。船魂が大洋に出でて艦娘となるための、成長期間。さしずめドックは子宮であり、資材の山は胎盤であろうか。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか」
「・・・それ、どっちも出たらダメな奴ですよね」
「細かいことは気にしないの」
パソコンの前で構え、夏川は端末を見続ける。そこには『建造時間』の文字とタイマーが映されており、着床した魂の集積が始まると、おおよその時間が表示されるのだ。
タイマーは、一向に時間を示さない。じりじりとした沈黙の時間が流れる。
失敗か?やはり、仮説は間違っていたのか?額を汗が流れた。
「・・・来た」
そう言った夏川の声には、喜色がありありと浮かんでいた。
思わず、管制室の端末を凝視した。それまで、無慈悲なゼロの羅列だったタイマーが、にわかに動きだしたのだ。一秒ごとに数字が切り替わり、船魂の集積が終わるまでの時を刻み始めている。
成功だ。仮説は正しかった。扉は開かれたのだ。
一年もの沈黙を破り、今新たな船魂が、この世に生を受けようとしている。
「・・・やった、んですよね」
「そう。大成功と言っていいわね」
夏川はまた慌ただしくキーボードを叩いている。世紀の大発見かもしれないこの成果を、ひとつも漏らさず記録しようとするその目は、この世の真理を探求しようという光に満ちていた。
『ねえ、どうなったの』
片鱗の放つ光に照らされるドックには、いまだに曙が立っている。慈しむように片鱗を見つめていた曙は、くっきりと浮き上がる人並み以上に整った顔を、管制室の方へと向けた。
打ち込みに夢中な夏川に代わって、榊原がマイクを取った。
「無事、成功だそうだ」
『そう。よかった』
あまりにもそっけないその口調の端に、わずかばかりの喜びと安堵を、榊原は見つけることができた。
『で?建造時間は?』
曙は重ねて訪ねる。言われて、先程ちゃんと見ていなかった、端末に表示される建造時間のタイマーを確認した榊原は、そこに映る残り時間に絶句した。
七時間五十八分二十二秒。
建造時間は、およそ八時間。
『ちょっと。どうしたのよ』
黙ってしまったのを訝しむ曙の声で我に返ると、榊原はとりあえず、ありのままを伝えることにした。
「八時間だ」
『・・・は?』
我が耳を疑うというのは、今の曙のことを言うのだろう。
「建造時間は、八時間だ」
『八時間!?』
普段の彼女からは想像もつかないような、素っ頓狂な声と、それを慌てて取り繕うような咳払い。間違いない、今のは彼女の素だ。
過去に行われた建造において、最長建造時間となったのは、“翔鶴”建造時の六時間だ。現在米国の“ヨークタウン”級や英国の“イラストリアス”級前期型と並ぶ最新鋭大型空母である“翔鶴”を二時間も上回る建造時間ということは―――
―――大和型、あるいは大鳳、雲龍型か。
いずれにせよ、結果如何がわかるのは夕方になってからだ。
興奮状態でも、変なところで冷静な自分に気づいて、榊原は苦笑する。
『もう上がるわよ。八時間も待ってらんないから』
曙がドックからの退場を宣言して、ひとまず建造は終了した。
◇
夕闇―――と言うには少し早いが、西に大きく傾いた陽光の中で、パラオ泊地所属の全艦娘は第一浮きドックに一番近い埠頭に、電線にとまる雀よろしく並んで立っていた。榊原もその中に加わっている。八人分の目線は、そのどれもが第一浮きドック内部の、光輝く船魂を見つめていた。
船魂の集積が終了したとの連絡を受けたのは、十分ほど前だ。すでに今日の課業は全て終えており、こうして全員が集まることになった。
「しっかし、どんな奴が来るんだろうな」
腰に左手を当てる摩耶は、反対の右手を庇にして、ドックの様子を窺っていた。新しい仲間を楽しみにしているのがありありとわかる双眸は、夕陽も相まってキラキラと笑っている。
『ドック、注水開始』
スピーカーから、管制室の夏川の声がした。すぐに浮きドックが沈降を始める。海に浮いて乾ドックとなっていた浮きドック内に、ゆっくりと海水が流入していった。その脇では、艦を引き出すためのタグボートが控えている。
沈降に合わせて、ドック内の水かさが増していく。海面は刻々船魂に接近していった。そして。
本来あるべき海へと触れた船魂が、朝陽を思わせる鮮やかな閃光を放って弾けた。燦々と海面を照らす光と、立ち込める水蒸気。その内側で、巨大な何かが形作られる気配。
ドックの沈降が止まる頃に、劇的な変化は終わっていた。
霧がかった景色が晴れるにしたがって、全員が息を呑むのがわかった。
接近したタグボートが、その艦を引き出すために接近を試みている。水蒸気のカーテンは完全に晴れて、マンモスタンカーも収容できるという浮きドックからはみ出んばかりのその艦の姿が、夕陽の陰影を伴って浮き彫りとなっていた。
誰もが、口を閉じたままだ。沈黙を強要されるほどの、圧倒的な存在感と威容。それは、海洋の覇者たるものにのみ、許されているもの。
なだらかな坂を描く艦首。たっぷりとボリュームのある艦体。自己主張の強い巨大な三連装砲塔。スッキリとまとまった艦上構造物。丈高くもがっしりとした塔状の艦橋。見るからに力強い傾斜煙突。シャープなマスト。
「大和・・・」
曙が呟く。
タグボートによってドックから引き出され、ついにその巨躯を海上に浮かべた史上最大最強の戦艦は、夕陽に映える泊地を背景にして、優雅にたたずんでいた。
さあ、大和さんの着任です
トラック攻略戦に間に合わせたかったのは、もちろん大暴れさせるためです
うん、この展開どっかで見たね。既視感あるね
そろそろ本格的に始まります。多分