パラオの曙   作:瑞穂国

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お久しぶりです。のんびり投稿モードの作者です

この作品終わるんですかね、大丈夫ですかね


刺シ穿ツ死棘ノ槍

長砲身に由来する高初速の砲弾が、それでも数十秒をかけて敵戦艦に到達する間に、“はぐろ”はすでに十数回の砲撃を繰り返していた。

 

射撃指揮装置と連動したその砲撃に、一瞬の迷いもない。引き金を引く砲雷長も、この日のために研鑽を積んできている。万に一つも、外すことはない。

 

響く砲声。走る閃光。その頭上を、一際甲高い音が走り抜けていく。どこか“はぐろ”のガスタービンに似た音。“ランサー”の戦闘機が上げるジェットエンジンの音だ。新鋭戦闘機のF-35、そして支援戦闘機F-2。編隊を組んだそれぞれの機体が、今まさに第一護衛隊群が撃ち合っている、敵旗艦と思しき巨大戦艦へ向かっていく。

 

深海棲艦に通常兵器は通用しない。正確には、通常兵器ではブルーアイアンの自己再生能力を奪うことができず、被弾による被害や破孔は、しばらくすれば復旧されてしまう。

 

ではいかにして、敵旗艦を足止めしようというのか。

 

二〇一七年、旧航空自衛隊は対地攻撃能力の保有を決定した。その一環として、航空機搭載の地中貫通爆弾を導入している。今回F-2には、それを空軍が改良した対BOB攻撃用爆弾、イ号弾が搭載されていた。

 

狙いは何か。ブルーアイアンで構成される深海棲艦、その艦体で唯一、修復に多大な時間を要する箇所がある。精密な部品が多く、さらに高い圧力の蒸気を必要とする、深海棲艦の主機、及びボイラーだ。ここだけは、他の箇所よりも修復に時間を要することがわかっている。破壊の程度にもよるが、一、二時間の間、動きを封じることができる。

 

すなわち、イ号弾の狙いは、機関へと直接繋がる煙突である。

 

本作戦の問題点として、イ号弾が赤外線誘導であることが挙げられた。対空砲火減殺のために第一護衛隊群が砲撃を行っている以上、そのせいで生じた火災に爆弾が誘導される心配があった。

 

その対策として、F-35が事前に爆撃を行う。搭載した誘導弾を煙突へ叩き込み、特定の温度を発する。その赤外線を強く検知するよう、イ号弾の誘導装置を設定しておけば、間違いなく煙突へと吸い込まれる。

 

煙路防御が施されている可能性はあるが、それもイ号弾であれば貫通可能だ。

 

深海棲艦は不死身に見えるし、実際通常兵器では倒せない。それでも心臓が弱点であることに変わりはなく、そこを穿てば一時的に敵戦艦を弱らせることが可能だ。

 

人類が苦心の末に編み出した、ささやかな反抗の手段であった。

 

とはいえ、実戦での成功例はただ一度。それも相手は戦艦ではなく、巡洋艦だった。二年も前の話である。

 

今回はその時以上の苦難が予想された。

 

第一護衛隊群の牽制砲撃によって対空砲火が減殺されれば、火箭によるパイロットへの圧力が減る。それだけ攻撃時の負担を減らせるはずだ。

 

そのために、第一護衛隊群は戦っている。

 

『「アーチャー(第一護衛隊群のコードネーム)」、こちら「ランサー1」。支援感謝する』

 

「ランサー」の第一次攻撃隊を率いるF-2から通信が入る。答える伊藤の言葉は一つ。

 

「『ランサー1』、こちら『アーチャー』。貴隊の幸運を祈る」

 

砲撃だけは続けている。無論、敵戦艦からの砲撃も続いている。たった今など、艦橋からもはっきりと見えるほどすぐ近くに水柱が立ち上っていた。いつ命中弾が生じてもおかしくはない。

 

CICでは、今もレーダーマンが神経を尖らせている。命中コースの敵弾は、見つけ次第迎撃するようにと指示してある。

 

『「ランサー1」が突入します』

 

CICのレーダーマンが報告する。『ランサー1』の機体は、敵旗艦の上空を一航過したのち、旋回して艦尾方向から突入を計っている。

 

―――砲撃の成果は、どうだ?

 

第一護衛隊群の牽制砲撃が、そのまま対空砲火の減殺に繋がる。だが、ここからでは、どの程度破壊できたのかは確認できない。

 

仮に破壊できていたとしても、それはこちらを向いている敵艦の左舷側だけに限った話だ。右舷側は無傷で残る。現用兵器に劣るとはいえ、まぐれの一発が『ランサー』を捉えないとは限らない。

 

そんな伊藤の心配をよそに、『ランサー1』の先頭に位置していたF-35が攻撃を始める。四機のうち二機が敵旗艦の上空に到達すると、わずかに機体を傾け、緩降下に入った。ここからでは確認できないが、ステルス性など無視してこれでもかと積み込まれた誘導弾が、敵旗艦の煙突を狙っているはずだ。

 

そのF-35を目掛け、対空砲火の火箭が伸びる。敵旗艦と単縦陣をなす二隻の戦艦、それを囲む六隻の駆逐艦。それぞれが高角砲を振り立て、機銃を差し向け、「稲光」の異名を持つ最新鋭ステルス戦闘機の行く手を阻まんと試みる。

 

だが、その火箭もまばらだ。第一護衛隊群の護衛艦たちが約三秒に一発放つ一二七ミリ砲の猛射は、高角砲を穿ち、機銃を薙ぎ払い、レーダーを叩き折る。その効果は、今ここに示された。

 

後は―――

 

何度目になるかわからない衝撃で艦橋が揺さぶられる中、伊藤はそれを確かに見る。

 

緩降下を続けていたF-35の腹から、何かが切り離される。次の瞬間、推進器を点火したミサイルが数発、真っ直ぐに飛び出した。それを確かめたのか、F-35が引き起こしをかけ、敵旗艦の艦上をフライパスする。ジェットエンジンを吹かしたその離脱はほんの一瞬だ。

 

緩降下によってギリギリまで引き付けたことで、誘導弾の熱誘導装置も、煙突の排熱以外には目もくれなくなっている。端から見ていても美しいほどに真っ直ぐ進んだ推進器の光は、そのまま迷うことなく、敵旗艦の煙突へと吸い込まれる。

 

あれだけの巨艦だ。当然機関の出力は大きいだろうし、その分排熱も多く、煙突は太い。そのど真ん中に、F-35二機分の誘導弾が叩きこまれる。

 

大きな火焔は見えない。煙突の中で爆発したからか、弾着と思しき炎が上がることはなく、妙な静寂が流れる。

 

―――状況はどうなっている・・・?

 

伊藤がさらに目を凝らそうとしたその時だ。

 

前甲板で、それまでとは比べ物にならない炎が上がった。それをかき消すような大量の煙。文字通り、前甲板が白煙の絨毯で覆われたのだ。

 

艦橋の誰もが息を飲む。

 

“はぐろ”の前甲板に六十四セルが埋め込まれた垂直発射装置―――VLSから飛び出したのは、艦対空ミサイルであるSM-2。夜間であり、航空機が飛び交っていない今、このミサイルが使用される目的は明白だ。

 

『敵弾二発、本艦への命中コース!対空戦闘開始しました!』

 

事後報告がCICの砲雷長より挙げられる。命中コースにある敵弾を捉えた時点で、砲雷長は対空戦闘を始めたのだ。

 

空中に飛び出したSM-2は姿勢制御の後、マッハ二でこちらへと迫ってくる敵弾へと向かう。

 

イージスシステムやSM-2は、本来音速を遥かに超えるミサイルや弾道弾を十二発同時に迎撃できるだけの能力を備えている。マッハ二の戦艦主砲弾二発は十分に迎撃可能だ。

 

ただしそれは、あくまでカタログスペックの話。どこまでいっても、結局機械を扱うのは人間であり、イージスシステムもまた同じであった。

 

『敵弾との交錯まで十秒!』

 

残ったF-35二機が緩降下に入る中、砲雷長が叫ぶ。迎撃に成功すれば、空中で二度の爆発が起こるはずだ。

 

―――頼んだぞ・・・!

 

前甲板でさらなる砲声が響く中、艦橋の誰もが固唾を呑んで祈る。砲雷長が一発でも外せば、その時点でこの艦はお終いだ。

 

『五・・・四・・・三・・・二・・・一・・・今!』

 

瞬間、夜闇を切り裂く太陽に似た光が、高空の二か所で生じた。艦橋をオレンジ色の光線が貫き、誰もが目をすがめる。

 

『敵弾迎撃成功!』

 

歓喜よりも安堵に近い声色で、砲雷長が報告を寄越す。命中コースに入っていた二発の敵弾。“はぐろ”は見事、それを迎撃して見せたのだ。

 

「よくやった!」

 

杉浦が砲雷長に声をかける。これからも気張ってくれ、そんな声が混じっているようにも思えた。

 

―――とはいえども。

 

事態は楽観できない。命中弾こそなかったが、残った二発は相変わらず至近弾となっている。

 

しかも。

 

艦橋から見えるのは、艦首右舷、五十メートルもない位置に生じている水柱。さらに、見張り員から、左舷百メートルの位置に弾着した旨、報されている。夾叉だ。“はぐろ”は敵戦艦の射界に入ったことになる。

 

次から降ってくるのは、強力な戦艦の斉射だ。

 

暗闇に目を凝らす。敵艦の姿はほとんど見えない。墨染の海に浮かび上がるのは、五インチ砲弾多数によって抉られ、小火災を起こしている、その光だけ。イカ釣り漁船か何かのように、ぼうっと漆黒の中に浮かび上がっていた。

 

不気味な沈黙を保つ敵戦艦。その静寂の意味するところは、伊藤もしかとわかっていた。

 

『F-2、突入します!』

 

始まった。第二波攻撃だ。高高度を保ったまま、洋上迷彩を施された翼が、夜闇を割く。パイロンには、各機二発ずつ、イ号弾が搭載されていた。弾頭は固く、あらゆる装甲を穿つことを目的としている。元々は、分厚いコンクリートの壁を貫通することを想定しているのだ。艦船の装甲を貫けないはずがない。ただ、それが戦艦の煙路防御にまで有効なのかは未知数だ。

 

先のF-35による攻撃に対し、敵戦艦は堪えた様子を見せていない。ということは、放たれた誘導弾は、全て煙路に施された装甲によって弾かれたのだ。

 

機関室を破壊するには、この煙路防御を突破する他ない。

 

F-2一番機のパイロンから、イ号弾が切り離された。

 

慣性の法則と万有引力の法則に従って弧を描いたイ号弾は、弾頭を下に向け、真っ逆さまに落下していく。先端に取り付けられたセンサーが赤外線を感知し、目標とする熱源へ到達するよう、方向舵を動かす。

 

弾着の炎は、“はぐろ”からも確認することができた。赤外線が別の目標を捉えてしまったのだろう。一発は舷側付近で盛大な炎を上げた。復旧途中にあったブルーアイアンが再び炎で炙られ、薙ぎ払われる。

 

だがもう一発は、狙い通り煙路へと突入し、煙路の装甲とキスをしたらしかった。

 

一番機に続いて、二番機以降のF-2も投弾する。四機合計で八発。うち、煙路に突入したのは五発。

 

―――どうだ・・・?

 

巨艦に目を凝らす。激しく燃え上がる黒鉄の城。煙突に五発も叩き込んだのだ。普通の軍艦なら、無事では済むまい。

 

しかし。

 

『敵戦艦行き足変わりません!』

 

レーダーマンの驚愕が、艦橋までありありと伝わってくる。

 

「馬鹿な、五発だぞ!地中貫通型を改良した爆弾を、五発もまともに受けて、まだ航行してるのか!?」

 

―――当たりどころがよくなかったか・・・?

 

奥歯を噛み締める杉浦が、伊藤の内心すらも代弁してくれる。恐ろしいほどに堅牢な軍艦だ。一撃必殺、それぐらいの精度で撃ち込まなければ、機関部を破壊することもままならない。

 

「砲撃止め」

 

第一波攻撃が終わったことで、伊藤は支援砲撃を一度やめさせた。現代砲は、装填時間が短い分、弾薬の消費も激しい。頼みの綱となる第二次攻撃まで、温存する必要があった。

 

もっともそれは、第二次攻撃隊到着まで、第一護衛隊群が生きていられればの話だが。

 

それまでに倍する圧倒的な光が、水平線を真っ白に染め上げた。ついに準備を終えた敵戦艦が、全主砲を用いた斉射に踏み切ったのだ。見たこともない大きさの火の玉が、海上を照らし出し、砲煙が巨大なその姿を覆い隠す。戦闘が新たな局面へと突入したことを告げるゴングだった。

 

さらに。

 

『敵戦艦二、三番艦も発砲!』

 

―――ついに来たか・・・!

 

頃合い良しと見たのか、残った二隻の敵戦艦も、第一護衛隊群に牙をむいた。天を覆う弾雨は、より一層その濃度を高めようとしている。

 

「各艦自由回避、全火器使用を許可!」

 

一発の被弾も許すな。最悪の状況を回避するよう指示を飛ばし、伊藤はCICに確認する。

 

「『ランサー2』の到着までどれくらいだ?」

 

その問いに対して、レーダーマンは実に短い言葉で、絶望を告げた。

 

『あと十分です』




今更だけど、表題のことは気にするなよ☆

まだまだ続きます、横須賀沖迎撃作戦!

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