パラオの曙   作:瑞穂国

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明けましておめでとうございます。そして、お久しぶりです!まさかの三か月オーバー・・・

忙しくしていたとか、最早言い訳のしようがない・・・

と、とにかく、頑張って結末までは持っていきますので!何卒、これからもよろしくお願いいたします


激浪ノ御楯

三万メートルを超える長距離での砲撃ともなると、いくらマッハ二を超える砲弾と言えども、弾着まではそれ相応の時間がかかる。

 

ただし、砲雷長が伝えてきた六十秒という時間は、小回りが利くとはお世辞にも言えない船にとって、あまり長い時間ではないことも事実だ。

 

旗艦と思しき大型戦艦が第一射を放った様子は、第一護衛隊群の五隻全艦が把握している。砲口から飛び出した砲弾を一番先に捉えたのは、“はぐろ”のレーダーとレーダーマンだ。

 

そこからさらに数秒。砲弾の予想軌道と落着点が算出される。そこから散布界も導かれた。

 

第一護衛隊群の五隻は、一斉に舵を切る。理想は散布界から完全に抜けきってしまうこと。そうすれば、砲弾に当たることはまずない。予想落着点から離れるだけでも、かなり違う。

 

第一護衛隊群に所属する現代軍艦たちは、厚い装甲を鎧っていない分、見た目の大きさの割に排水量が小さい。最大の“はぐろ”でも、重巡に近い大きさながら、排水量は一万トンに満たない。

 

それでも、舵を切ってから実際に艦が針路を変えるまでには、十秒ほどのタイムロスが存在する。

 

転針を始めてから弾着までは、四十秒ほどしかない。

 

「一斉回頭、面舵一杯!針路一三〇!」

 

「面舵一杯、針路一三〇!」

 

「おもーかーじ、いっぱーい!」

 

伊藤の指示を杉浦が復唱し、それをさらに操舵手が復唱する。かつての船に比べて遥かに小さくなった銀色の舵輪を操舵手が一杯まで回し、舵を傾けた。

 

しばらく惰性で前進していた“はぐろ”だが、舵が利き始めてからは速い。鋭い艦首が、夜を反射する波を切り裂きつつ、右へ右へと振れていく。

 

後続の四隻も同じくだ。ほとんど同じタイミングで右に舵を切り、ウェーキのカーブを綺麗に描いていく。上空から見れば、五隻の艨艟が芸術品のような航跡を残す様がはっきりとわかったことだろう。

 

その頭上から、最初の巨弾が降り注いだ。

 

夜闇を押し分ける轟音を背負って、砲弾が迫る。レーダーが捉えたその数は四。これが観測を目的とした交互撃ち方なら、敵艦には四基の主砲が据えられていることになる。

 

―――つまりは、最低でも八門の砲を積んでいることになる。

 

それも、日本海軍最強の、四六サンチ砲より強力な砲を、だ。

 

『弾着まで五秒!』

 

CICのレーダーマンが叫ぶ。その場の全員が、生唾を飲み込み、グッと丹田に力を込めた。

 

次の瞬間、第一護衛隊群の左舷側に、天をも突かん神の鉄槌が下された。沸騰する海水、丈高く伸びる水柱。海をも割らんばかりの衝撃が、一万トン弱の護衛艦をまるで木の葉のように揺さぶる。

 

『て、敵弾、左舷正横後四ポイント三百メートルに弾着!』

 

ウィングに立つ見張り員が、声をわななかせながら報告する。

 

肝が冷えるとはまさにこのことだ。

 

深海棲艦と砲火を交わした経験はある。戦艦の砲撃を受けたことも、一度だがある。

 

だが、これは。この圧力は。

 

―――今までのそれとは、明らかに違う。

 

伊藤は奥歯を噛み締める。あの砲弾一発で、装甲のない護衛艦など、粉微塵に消し飛んでしまうのだろう。

 

『敵艦、再び発砲!』

 

レーダーマンの叫びが艦橋に響いた。彼我の距離は、いまだに三万メートル近い開きがある。五インチ砲の射程には入っているが、有効な射撃を行える位置にはついていない。せめて二万五千メートルまで近づき、五隻の護衛艦で集中砲火を浴びせたいところだ。

 

「群司令、牽制砲撃開始予定時刻まで五分を切りました」

 

「わかった。それまでに砲撃可能な位置へつけられるか?」

 

「善処します」

 

答えた杉浦は、算出された弾着位置をもとに、再び転舵を指示する。五隻の護衛艦は同じような弧を描き、艦首を振っていった。

 

今日二度目の砲撃が降り注ぎ、水柱が上がる。今度もまた、衝撃は艦の後方からやって来た。艦尾を突き上げるような爆圧がかかり、“はぐろ”が前のめったような錯覚すら受ける。

 

―――遠いな・・・!

 

たった五千メートルだ。海里で言えば二海里半ほど。三十ノットを発揮可能な護衛艦なら、ものの五分で踏破できる距離でしかない。地球を半周することだって珍しくない船にとっては、取るに足らない距離であるはずなのだ。

 

その五千メートルが、果てしなく遠いものに思える。それほどまでに敵戦艦からの圧力はすさまじく、水柱のカーテンは分厚い。

 

だが。その壁を突破しなければ、敵艦隊に日本本土への接近を許すことになる。

 

チャンスは限られている。そしてそれをものにできるか否かは、第一護衛隊群の奮闘にかかっているのだ。

 

三度目の回避運動に入った時点で、彼我の距離は二万九千メートル。敵戦艦は常に全砲を使用できるよう、艦の横腹をこちらに向けている。ゆえに、なかなか距離が縮まらない。

 

だがさらに言えば、敵戦艦の砲撃にも、当たる気配はない。いかな巨砲と言えど、三万メートル近く先の敵艦に照準をつけることができなければ、ただの筒と変わらない。砲弾は届いていても、弾着位置さえ見極めれば十分回避できる範囲だ。

 

再び四発の巨弾が飛来する。左舷側にまとまって弾着した砲弾が海を割り、盛大に飛沫を飛ばして白濁の巨柱を突き上げる。“はぐろ”のメインマストよりも高い水柱に、身もすくむ思いだ。あそこには、想像を絶するほどの運動エネルギーと、化学エネルギーが溜め込まれている。

 

―――一発でお釈迦か。桑原桑原。

 

あんなものとは、まともにやり合いたくない。

 

『敵艦、再び発砲!四度目です!』

 

すぐさま、四度目の砲撃が始まった。今度の砲炎は、転舵した位置の関係から、ほとんど正面に見えていた。朝焼けと見紛うほどに染まる水平線。だが、その下からやって来るのは、希望へと繋がる朝陽ではなく、死と破壊をもたらす鋼の塊だ。

 

「距離二八〇!」

 

『「ランサー」、作戦高度で接近中。現着まで三分』

 

二つの声が重なる。伊藤は頭の中で二つの情報を新しく書き換え、この先の作戦展開を思い描く。

 

―――多少の無理が必要か。

 

いまだ弾着位置は遠い。暗闇に浮かび上がった水柱をチラリと見遣って、伊藤は確信した。

 

「自由回避やめ。陣形再編後、二五〇まで突っ切る」

 

「直進ですか!?」

 

伊藤の指示を聞いた杉浦が、素っ頓狂な声を上げて聞き返す。敵弾降り注ぐ海域を、真っ直ぐに突っ切ろうなどと自殺行為だ。そんな意見が、言外に読み取れる。

 

「敵艦の誤差修正はまだ終わっていない。チャンスは今をおいて他ないのだ」

 

「り、了解しました。取舵一〇、針路〇九〇、敵戦艦へ肉薄します」

 

杉浦の指示で針路が修正され、第一護衛隊群の五隻は再びきれいな単縦陣を形作る。波を砕く艦首の先には、再度咆哮を上げる敵戦艦の姿があった。光源の中に巨大なその影を映し、こちらを威圧する。

 

額を一滴の汗が伝った。今が夜でよかった。焦燥と不安で流した汗など、部下には見せられない。

 

この判断が正しくなかった可能性も十分にある。回避運動が功を奏して被弾を免れていただけであり、直進を続ければ、たちまち命中弾が出てしまうかもしれない。たった一発のまぐれ当たりでも、こちらは致命傷になり得るのだ。

 

直進を続ける“はぐろ”の艦底付近で、ガスタービンエンジンが唸る。小型高出力のタービン機関は、燃焼室で生成された燃焼ガスを作動流体として、タービンを超高速で回転させる。産み出された回転は減速機を経た後、主軸へと伝えられ、船尾管を越えて艦外の可変ピッチプロペラを回した。その翼角は、最大戦速の位置で固定されている。

 

航跡を引きずって驀進する五隻の現代軍艦。その頭上から、いかにも旧時代的な徹甲弾が降り注ぐ。敵戦艦から放たれた四発の砲弾だ。

 

甲高い飛翔音。ガスタービンの高鳴りすら圧迫せんとする死の旋律。その音が途切れた時、一瞬の静寂が訪れる。嵐を告げるような、不気味な静寂だ。

 

来る。“はぐろ”の誰もが身構えた次の瞬間、今日五度目の衝撃が、“はぐろ”の右舷海面から襲ってきた。巨大な海水の塊。天を突くほどの勢いで立ち上る水柱を、何か途方もないものを見るように見上げる。近い。そんな気がするのは、こちらの心持ちゆえだろうか。

 

「距離二七〇!」

 

その声とほぼ同時に、敵戦艦が六度目の砲炎を瞬かせる。もはや脳裏に焼き付いた光景だ。オレンジ色の炎が、カメラのフラッシュのごとく、敵戦艦の姿を浮かび上がらせる。不気味な黒い影が海面に反射する様に、誰かが唾を飲み込んだ。

 

CICからは何も言ってこない。であれば、この砲撃は直撃コースに入っていないということだろう。

 

―――そんな、論理的な理由付けで安心できるなら、世話はないか。

 

結局、どこまでいっても、人間は動物だ。

 

砲撃目標距離まで千メートルを切るのと、第六射の弾着はほとんど同時だった。直進に戻したからか、その砲撃はそれまでよりも精度が上がっている。とはいえそれは、ほんの少しと呼べる部類だ。後二、三射で直撃弾が出るとは思えない。

 

「砲撃準備。“はぐろ”、“こんごう”、“あきづき”目標敵戦艦。“あさひ”、“あけぼの”目標敵駆逐艦」

 

この一射を凌げば、いよいよ砲撃開始となる。各艦への目標の指示は済ませた。あとは伊藤の指示で、一二七ミリ砲が一斉に火を噴く。目標は高角砲や機銃の類、目的は対空火器減殺による『ランサー』の支援だ。ミサイルを使わないのは、本土防衛艦隊が保有する対艦ミサイルの数が少ないこと、連続して対空火器を潰し続けなければならないことを考慮してのことだ。

 

その『ランサー』隊は、もうすぐそこまで来ている。作戦開始の時刻は近い。

 

―――やるぞ・・・!

 

「距離二五〇!砲撃開始予定距離です!」

 

「全艦逐次回頭、」

 

伊藤が発しようとした指示を、大質量落下に伴う大波が薙ぎ払った。“はぐろ”がまるで木の葉のように揺れる。

 

「右舷に至近弾!」

 

―――ここにきて・・・!

 

敵戦艦が搭載する火砲の決戦距離に近づいてきたからだろう。今までで一番精度の高い砲撃が降ってきた。この位置から確認することはできないが、バラバラと水滴が激しく甲板を打つ音が聞こえる。

 

―――一刻も早く、叩く。

 

「全艦逐次回頭、針路一二〇。左砲戦用意」

 

「面舵一杯、針路一二〇。左砲戦用意」

 

杉浦が冷静に復唱する。しばらくして、“はぐろ”は右へと一気に艦首を振った。正面に見えていた敵戦艦の姿が、左舷ウィングの方へと流れていく。

 

それと同時に、前甲板で動きがあった。軽快な駆動音を響かせて、“はぐろ”に唯一門備えられた一二七ミリの主砲が旋回する。日本海軍が現在の主力とするBOB戦艦群が搭載する主砲塔に比べて、その姿はどこか滑稽なほどにひ弱な印象を抱かせる。ステルス性の向上を図ったためにこのようなデザインとなっているが、その性能はすさまじい。威力こそ、口径相応のものしか備えていないが、戦艦と張り合える射程と、圧倒的な速射能力、そして何より良好な精度を誇る現代砲だ。

 

今回の任務には、最も向いている。

 

一方的に撃たれる時間は終わった。ここからは、こちらの番だ。

 

「“あけぼの”、回頭しました。全艦、本艦に続行中」

 

『データリンク完了。全艦砲戦準備完了』

 

ウィングとCIC、二つの報告を受け、確認を求めるように杉浦が伊藤を見た。

 

「作戦第一段階を開始する。第一護衛隊群、砲戦開始」

 

陽動、支援。これを目的とした、オペレーション『グランド・オーダー』の第一段階。その開始を宣言する。

 

杉浦は静かに頷くと、灰色の救命胴衣の下から、声を張り上げた。

 

「砲戦開始!うちーかたーはじめ!」

 

『うちーかたーはじめっ!』

 

次の瞬間、前甲板で閃光が走った。光が収まるや否や、次なる砲炎が吐き出される。薬莢が砲身下部から放出され、甲板上に転がった。

 

第一護衛隊群による、支援砲撃が始まったのだ。




約二年前、はいふりを見た時もそうでしたが・・・

やはり!現代軍艦と第二次大戦の軍艦が有視界戦闘で殴り合うのは楽しい!そうジパングのように!

はい、大丈夫です。第一護衛隊群には頑張ってもらいたいですね・・・

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