連動作品ではすでにいくらか語られていますが、二段階か三段階の作戦という予定です
どっちにするかは、作者だけが知っている状態
建造ノ条件
榊原がパラオ泊地に着任して、一月が経った。
最初の襲撃以来、深海棲艦の接近は起きていない。代わりに潜水艦の出現が増えているが、過去の各泊地のデータを鑑みるに、常識の範囲内と言えた。現在の任務は、もっぱらこの潜水艦の掃討と、輸送船や連絡船の護衛だった。ルソンを経由してやってくるこれらの船と護衛艦を迎えに行くのだ。
泊地は、すでに本格的な稼働を始めている。工廠部の稼働は二週間前、食堂部も同時に着任し、やっと自炊生活から解放された摩耶は涙を浮かべて喜んでいた。
工廠部が稼働を始めたことで、各種兵装の開発も進められていた。当面の目標は、全艦に配備する分の三式水中探信儀と三式爆雷投射機の開発だ。
開発は、建造の装備版と言える。主砲や対空砲、魚雷といったBOBに最初から備わっている基本装備とは別に、オプションとなる装備を製作し、必要に応じて艦体に組み込むことができた。つまり、やろうと思えば、駆逐艦に戦艦の主砲を搭載することも、理論上は可能なのだ。
ただ、それをやったところで、駆逐艦は海に出た瞬間沈んでしまうのが関の山である。BOBとて船なのだ。過剰な武装は重心の上昇と復元力の低下をもたらす。
軍艦というのは、あらゆる無駄を省いて設計されている。戦艦を例に取れば、主砲と射撃指揮装置、装甲が絶妙なバランスをもってその艦体の上に配置されているのだ。そのバランスを崩す―――主砲の換装等は、すなわち艦体の再設計を求められることとなる。
また、開発・装備できるものにも制限があった。人類製の現代兵器は開発することも、装備することもできなかった。理由はよくわかっていないが、BOBが拒絶反応を示すのだ。丁度、血液型の合わない人間から輸血を受けた時のように。
これらの理由があり、BOBは基本的に元となった軍艦が装備していた主兵装をそのまま使用し、その他の補助装備―――対潜兵器や電探、機銃の増設等については、重量バランス等を鑑みながら、ある程度制限を設けて搭載することとしていた。
さて、そうした換装の方法だが、至ってシンプルだ。艦体に乗っけて、精神同調と接続するだけである。もっとも、簡単に言っているが、これをやるにはブルーアイアンを扱うことのできる妖精が必要だった。人類はいまだに、ブルーアイアンの技術に関してはノータッチなのだから。
パラオ泊地の工廠部主任は、夏川明美技師。常にぼさぼさ頭の女性だ。ここに、開発したい装備に合わせて、各BOBから十数名の妖精が加わって開発を担当する。現在は対潜兵装の開発を推進しているため、“木曾”と“曙”から六人ずつが派遣されていた。
見てくれはアレだが、夏川の腕は本物だ。失敗し、無為に資材を捨てることも多い開発において、彼女のチームはすでに全艦が配備する分プラス予備の九三式水中聴音器を製作し、三式についても三隻分を揃えていた。現在は、対潜哨戒に当たるBOBがこれを交代で使っている。
対潜哨戒の精度は、確実に上がった。
そんな、順風満帆なパラオ泊地であったが、問題がないわけではない。航空兵力が足りないのだ。
バベルダオブ島には、使われなくなった空港がある。ここに、第一二航空戦闘団が着任していた。所属機体は人類製であるが、敵艦載機を落とすだけなら、人類製の最新鋭ジェット戦闘機でも可能だ。
ただ、装備類が圧倒的に足りなかった。元々、国防に当てられるお金も資材も、日本はあまり多くない。今でこそ、非常時ということでそれなりに便宜を図ってもらえているが、それでもBOBを運用するので手一杯だ。深海棲艦に対して有効打を与えられない、高価な現代兵器は、細々と生産されているだけで、それも本土防衛の部隊に回すのが精々となっている。
第一二航空戦闘団も、あまり満足のいくものではない。所属機体は練習機を改造したT-4や、F-4であり、レシプロ機と変わりない性能の深海棲艦艦載機に対しては十分に優位であるが、装備的に恵まれているとは言えなかった。
艦娘の航空戦力はどうなっているのだろうか。パラオ泊地にも、機動部隊に力を入れる呉から、軽空母が一隻配備される予定だった。着任が遅れているのは、改装による新装備の調整と、慣熟を行っているからとのことだ。件の軽空母には、海軍で初めて開発できた装備が組み込まれており、今後のためにもそのデータを取っているのだという。
最新装備を持った軽空母を優先的に回してもらえるということから、パラオの重要性が窺えた。
◇
執務室に詰める榊原は、数日前からある書類とにらめっこを続けていた。初期の嵐のような書類たちが去り、今はいくらか落ち着いている。この際に、まだ読み込んでいなかった資料に手を付けようとしたところ、ある書類に目が留まったのであった。
扉がノックされたのは、そんな時であった。榊原が答えると、ゆっくりと扉が開かれ、群青の長髪をサイドテールにしたパラオ泊地秘書艦が入ってきた。
「・・・何読んでるの?」
入るなり、曙は半目で尋ねた。読んでいたページに指を差し入れたまま、榊原は資料の表紙を掲げる。
『建造資料』
無機質な活字で表紙にそう書かれているのは、秋山が持たせてくれた、過去の建造に関する記録であった。
「建造の資料を、ね」
「ふーん」
曙は興味なさげに生返事をする。
「ねえ、それで」
話題を転換するべく、彼女は早速本題を切り出した。
「執務が終わったってのに、わざわざあたしを呼び出した理由は、何?」
時刻は、まだお昼には早い。今日の執務はかなり早く終わったので、榊原はこうして資料を読みふけることができた。
「それなんだがな」
ひとまず資料を閉じて、秘書艦の目をまっすぐに見据える。澄んだ蒼を微かに帯びる、大きな瞳がそこにはあった。
「建造を、やってみようと思う」
そんな事だろうと思った、とでも言うように、曙は盛大に溜息を吐いて、腕組みをする。これが、彼女がものを考えるときの癖だというのは、最近わかってきたことだ。
「最初に言っとくけど、クソ提督その資料は全部読んだんでしょ?」
「もちろんだ」
「じゃあ、この一年、建造で新たな艦娘との邂逅がなされていないのを知っててなお、建造をするっての?」
確認する曙に、榊原は無言で頷いた。
建造は、『開発資材』と呼ばれる霊媒とある量の資材を憑代として、船魂の片鱗を召喚する儀式だ。召喚された片鱗は、言わばパズルの一ピースであり、これを基にして船魂を顕現が可能となるまで集める。この作業にかかる時間は『建造時間』と呼ばれ、大型艦の船魂であるほど長くなる傾向があった。
ただし、この建造も、開発と同じくいつも成功するわけではなかった。召喚された片鱗が、すでに顕現した船魂のものであることがあり、その場合は、集めるべき船魂がすでに形を持っているため、顕現を行おうとしても、わずかばかりのブルーアイアンになるだけだ。これは、工廠部などで研究開発のために利用されている。
海軍が各鎮守府、泊地での建造の成果についてまとめた『建造資料』によれば、日本ではここ一年、建造による新たな艦娘との邂逅には成功していなかった。まるで何らかの制限がかかったように、どんな資材配分にしても、新規艦が召喚されることはなかったのだ。
榊原は、それに挑もうとしている。
「説明して」
資材を無駄にしかねない自らの指揮官に、曙も有無を言わさぬ口調で問い詰める。『建造資料』を執務机に置いた榊原は、この数日間考え続けた内容を説明し始めた。
「艦娘の邂逅の方法としては、海域での邂逅がパッシブ、建造がアクティブという認識で間違いないよな?」
「妙な言い回しね。でも、それで間違いないわ」
「船魂から呼び掛けてくるのを待つのではなく、こちらからコンタクトを試みる。それが建造だ。だが、そこになぜ、制限がかかるのか。俺なりの仮説を考えてた」
「その仮説を、検証してみたい?」
理解の早い秘書艦に微笑む。今日も彼女は冴えている。
「そういうことだ」
肯定すると、曙が続きを促す。
「建造に制限があるのは、船魂の眠りに二つの段階があるからじゃないか?」
「と、言うと?」
「浅い眠りと、深い眠り。浅い眠りの船魂は、こちらからの呼び掛けに気付いてくれるが、深い眠りの船魂は、気付いてくれないんじゃないかと思ってな。いや、眠りより封印と言った方がいいか?」
曙の目が見開かれた。冷静な瞳の光に、自然と榊原の思考も落ち着く。
「面白い考え方ね。確かにそれなら、建造に制限がかかる理由も納得いく。でも、海域での邂逅はどう説明するの?」
「そっちは、元々建造と方法も条件も違うから詳しくは言えないが、何らかの条件があって、船魂の方からこっちに接触してくるんだ。おそらく、外部への発信器官のようなものが、作用しているんだと思う」
「なるほど。続けて」
何とも不躾な物言いだが、彼女にとってはこれが平常運転だ。むしろ落ち着くと思ってしまう自分は、マゾではないと思いたい。
「太平洋戦争に参加した軍艦で、まだ顕現していない艦がいるだろ?例えば大和や、大鳳といった」
「戦艦と空母に関する制限って、露骨よね」
曙の言った通りだった。現在世界の海に浮かぶ戦艦のうち、一六インチ級の砲を搭載するのは、第二次世界大戦以前に竣工した『ビッグ7』と呼ばれる七隻だけだ。英国の“キング・ジョージ五世”級や、独国の“ビスマルク”級などと同時期に建造された“大和”型や米国の“ノースカロライナ”級といった一六インチ以上の砲を積む戦艦は、顕現されていなかった。
空母にも似たようなことが言えた。“大鳳”や“雲龍”型、米国の“エセックス”級や“インディペンデンス”級、英国の“イラストリアス”級の後期型等は、やはり顕現できていない。駆逐艦などより余程制限が露骨だった。
「それで?結局クソ提督は何がしたいわけ?」
「深い眠りの方を、建造してみたい」
「具体的には、どうするの?」
「単純に、コンタクトを取るためのシグナルを、強くしてみようと思う」
榊原が言うのは、開発資材のことだ。ようはこれが、船魂へ呼び掛ける通信機のようなものであり、シグナルを強くしたければ、その分開発資材の量を増やせばいい。榊原はそう考えていた。
「言うならば、大出力船魂召喚儀式―――大型建造とでも呼ぼうか」
説明を締めくくった榊原は、曙の方を窺う。表情を変えず、ただじっと、見定めるような視線でこちらを見つめていた曙の双眸が、フイッと外れた。それから、溜息混じりに口を開く。
「開発資材を増やすってことは、それだけ消費する資材の量も増やすわけね?」
「その通りだ」
「・・・今の備蓄量なら、三回が限度よ。それで実績が上がらなかったら、検証は中止。それでいいわね」
曙が頭の中で導き出したであろう回数は、図らずも榊原の出した結論と同じだった。
「それが妥当だな。夏川技師には、俺から相談に行ってみる」
考察中も、彼女には色々アドバイスをもらった。最終的に、可能か否かを判断するのは、工廠部主任であり建造も取り仕切る彼女だ。
方針は決まった。大型建造の実施。果たしてそれは、吉と出るか凶と出るか。艦娘との邂逅における、転換点となりうるのか。
太陽が真上から少し西に傾く頃、お昼を告げるチャイムが、執務室にも聞こえてきた。
建造について、実にメンドクサイ設定を作ったな、と自分でも思ってます
なぜ、一六インチ以上の主砲を持つ戦艦が封じられているのか
さて、どうしてでしょうねえ・・・?
(あれ、なんでだっけ?)