パラオの曙   作:瑞穂国

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どうもお久しぶりです

リアル航海に出ていたせいで、投稿が遅くなりました

今回でまとまるかなとも思っていましたが・・・

ダメでしたね・・・

そして先に謝らせていただきます。今回はお話の都合上、シリーズで初めて一話が五千文字を越えました・・・


環礁ニ待ツモノ

隊列を再編した一挺艦各艦は、ついに北東水道をトラック環礁内へ進入しようとしていた。

 

時刻は、現地時間で一一〇〇を回ろうとしている。太陽は中天に近い。

 

「観測機の交代をしておいて、正解だったな」

 

上空を飛び交う零水観の群れを見上げて、榊原は呟いた。敵基地砲撃に際し、弾着観測を行う機体だ。

 

元々、足の長い機体ではない。戦艦同士による砲撃戦に一度参加すれば、それで終わりだ。

 

そこで、敵戦艦部隊との戦闘後、部隊収集と再編の間に、各零水観が降ろされ、機体を交代したのだ。

 

交代したのは、観測機だけではない。一挺艦の編成もまた、変更されている。

 

損傷の激しかった“陸奥”、“陽炎”、“長波”が“祥鳳”と共に後方待機となり、代わりに“卯月”と“磯風”が加わった。

 

“長門”、“武蔵”もまた、中破相当と判断される被害を受けていたが、射撃指揮装置が生きていること、少しでも砲火力が欲しいことから、このまま環礁に突入することとなっていた。

 

そんな一挺艦は今、榊原が乗艦する“曙”を先頭とした単縦陣で、環礁内へと北東水道を通過している。

 

見張りの妖精も、操艦する曙も、真剣そのものだ。トラック環礁内外を繋ぐ水道の調査は、ここ数年間行われていない。海図が当てにならないのだ。それに、深海棲艦が機雷を敷設している可能性も考えられる。

 

頼りになるのは、見張り員の目と、艦底部のソナー、そして海の女神の微笑だけだ。

 

「針路修正、面舵〇五」

 

見張り員の報告を受けて、曙がわずかに舵を切る。両舷原速、慎重に水道を通過していく。

 

榊原としては、彼女の経験に頼むほかない。

 

やがて―――

 

「・・・水道を通過」

 

曙が静かに息を吐きつつ、報告した。特に問題を起こすことなく、“曙”は環礁内へと至ったのだ。

 

榊原もまた、額の汗を拭う。

 

「後続艦、水道を通過中」

 

面舵を切った“曙”に続いてくる艦影を、榊原は見遣る。

 

小さな駆逐艦から順に、一挺艦各艦が水道を通過していく。それぞれの間隔を広く取っているため、一隻が通過してから次の一隻が通過するまで、時間がかかる。要の戦艦群は、まだ水道の外だ。

 

「周辺を警戒。特に、敵残存艦や魚雷艇に注意してくれ」

 

見張り員に注意を促した榊原は、改めて環礁内を見渡す。

 

広い。これが、本当に珊瑚に囲まれた海なのかと、疑うほどだ。島は点在しているが、見渡す限りに海一色だ。

 

「ようやく、辿り着いたわね」

 

腕組みをして、曙が呟く。

 

「ああ。ここが、俺たちの目指していた場所だ」

 

日本海軍が求めた地。太平洋の深海棲艦が、一大拠点としていた場所。

 

果てしなく遠くに思えた地に今、日本海軍のBOBたちが進入していく。

 

辺りを見回した榊原は、ふと、青空へ向けて立ち上る黒煙に気づいた。南の方角で、狼煙のように煙が漂っている。海図を頭の中で思い浮かべた榊原は、その正体に思い至った。

 

「春島の飛行場か」

 

米第七方面艦隊の加勢は、榊原も聞いている。ハルゼーらしいと言えば、らしいのだろうか。

 

第七方面艦隊に所属する二空母からの攻撃隊は、基地施設の破壊を目的としていた。その成果が、あの煙の正体だろう。煙の下で、破壊された基地施設が炎を上げているところが、容易に想像できた。

 

「“満潮”、水道を通過」

 

“曙”に続いて水道を抜けたのは、“満潮”だった。水道を抜けるや、“曙”とは逆方向に舵を切り、警戒の任につく。その後には“霞”が続いていた。

 

「まだ当分、時間がかかりそうだな」

 

「全部で十二隻。まあ、仕方がないでしょ」

 

水道を抜けた“霞”を認めて、曙が答える。残っているのは後九隻。しかも後半は大型艦だ。全艦が通過し、再び陣形を構築するには、それなりに時間がかかる。

 

環礁内にはいまだ、深海棲艦の巡洋艦部隊―――「甲ロ」がいる。あちらも「甲イ」が敗れたことは知っているだろうし、一挺艦が北東水道から進入してくることも把握しているだろう。どこかで襲撃をかけてくる可能性が高い。

 

今は、その絶好の機会だ。

 

水道を抜けた駆逐艦たちは、各々に目を凝らし、周囲を警戒する。

 

程なく、それは現れた。

 

「“卯月”、水道を通過」

 

五隻目となる駆逐艦が、北東水道を環礁内へと進入した時だ。

 

『水道出口よりの方位一一五、距離一三〇(一万三千メートル)に小型艇多数確認!高速で接近中!』

 

満潮からの報告だった。おそらくは、魚雷艇か水雷挺だ。環礁に侵入したばかりのBOBたちを、至近距離から魚雷を撃ちこんで足止めしようという目論見だろうか。

 

「左砲戦用意!“満潮”、“磯風”、“卯月”で対応!こちらも今向かう!」

 

「待って」

 

飛ばした榊原の指示を、曙の声が遮った。

 

「新手の小型艇接近!水道出口よりの方位二三五、距離一四〇!」

 

―――挟まれた・・・!

 

敵の狙いは、魚雷の飽和攻撃か。

 

「左右の小型艇群をそれぞれ『丙イ』、『丙ロ』と呼称。『丙イ』は“満潮”、“磯風”、“卯月”、『丙ロ』は“曙”、“霞”で対処!魚雷の射程に入れるな!」

 

榊原の指示を受け、五隻の駆逐艦がほぼ同時に舵を切った。“曙”もまた、面舵を一杯まで切り、小型艇群と距離を詰めていく。お互いに速力が早く、その距離はグングン縮まっていった。

 

「曙、指示は任せる。片っ端から叩いていけ」

 

「了解!」

 

ギラリと瞳を輝かせた曙は、機関の唸りを威嚇の声にして、ネコ科の猛獣のごとく魚雷艇群を狙う。距離は六千メートルを切っていた。

 

「霞!一番近い奴から叩く!目標、一番右の魚雷艇群!弾種、榴弾!てーっ!」

 

矢継ぎ早の指示があって、すぐさま“曙”の主砲が火を噴いた。右舷側に指向した六門の一二・七サンチ砲から紅蓮の炎が沸き起こり、着発信管が設定された榴弾を吐き出す。数千メートル先の目標に対して飛翔する砲弾が到達するまでは、わずかに十数秒。

 

その間にも、“曙”と“霞”は二度目の斉射を放つ。装填時間六秒を切る、駆逐艦ならではの砲撃戦だ。小太鼓を打ち鳴らすような、下腹部を刺激してくる音が、艦上に響いていた。

 

最初の斉射が弾着する。海面に衝突した途端、一二・七サンチ砲弾は素直に信管を作動させ、榴弾としての役目を果たした。徹甲弾よりも炸薬量が多く、無数の断片と爆風をまき散らす榴弾の方が、魚雷艇を面で制圧できると、曙は考えたのだろう。

 

斉射のたびに、海面が弾け、硝煙の色に染まった水滴が飛び散る。艦橋からは見えないが、猛烈な爆風と鋭い弾片の嵐が、魚雷艇を襲っているはずだ。

 

第四斉射の弾着と、距離五千メートルを切るのが同時。いよいよ、砲撃の成果が表れ始めた。

 

爆風に煽られたのか、一番先頭に位置していた魚雷艇が横転する。

 

正面で一二・七サンチ砲弾が炸裂した魚雷艇は、艇首を大きく突き上げられた後、海面に叩きつけられる。

 

弾片に切り刻まれたのか、黒煙を噴き上げて擱座する魚雷艇もある。

 

―――「丙ロ」の残数は、十六隻と言ったところか。

 

猛然と主砲を撃ち続ける“曙”の砲声を聞きながら、榊原は双眼鏡を覗き込む。見つめる先は、海面を切り裂いてこちらへと向かってくる、小さな影たち。横陣に近い陣形で迫りくる魚雷艇。

 

また一隻、“霞”の放った砲弾が直撃した魚雷艇が、オレンジ色の炎と共に爆発四散する。全長が二十メートル程度の小型艇には、豆鉄砲とも揶揄される一二・七サンチ砲弾でも過剰火力だ。跡形も残らないとは、まさにこのことだった。

 

「機銃もばらまけ!ありったけ撃ち込むのよ!」

 

勇ましい曙の声と共に、増設された二五ミリ機銃が火を噴いた。

 

主砲よりも遥かに早い発射速度で、弾丸が撃ち出される。パラオの工廠で密度が増した弾幕が、魚雷艇群を包み込む。三発に一発混じる曳光弾が、光のシャワーとなって海面を舐めていた。

 

主砲に比べて狙いは甘いが、数が圧倒的に多い。海面をミシン目のように這う小さな水柱が、やがて敵魚雷艇に接触した。

 

細かな破片と思しきものが、連続して舞い散った。到達した機銃弾が、魚雷艇の艇体に突き刺さり、抉り取る。蜂の巣にされた魚雷艇が、速力を失って、あるいはエンジンから炎を噴き上げて、ズブズブと波間に沈み込んでいった。

 

「距離三〇!」

 

曙が叫ぶ。魚雷の射程内だ。残存の魚雷艇は七隻。

 

新たな主砲弾が敵魚雷艇を撃ち砕く。

 

機銃弾によってぼろ雑巾のようになった魚雷艇。

 

積んでいた魚雷が誘爆したのか、紅蓮の炎となって海面から消え去る魚雷艇もある。

 

「あと少し!気張って叩け!」

 

曙が霞を鼓舞する。その声に応えるようにして、六門の一二・七サンチ砲が更なる咆哮を重ねた。

 

『“満潮”より“曙”!「丙イ」の制圧、完了したわよ!そっちも、もたもたしてないで、さっさと叩きなさい!』

 

「“曙”より“満潮”!制圧完了、了解!調子に乗るな!」

 

満潮の言葉に、曙が答える。その声は溌溂としたままで変わらない。

 

「丙ロ」も間もなく制圧が完了する。水道を出ようとする味方に、指一本触れさせまいとする気概のようなものを感じさせた。

 

これでトドメとばかりに、“曙”と“霞”が弾幕を集中する。苛烈な砲撃が空気を切り裂き、唸りを上げて魚雷艇に襲いかかる。海が焼けてしまうのではというほどに熱せられた炎の礫が、海水を沸騰させ、断片と爆風をもって魚雷艇を出迎えた。

 

砲撃の時間はそう長くなかった。最後の一隻が海面で火柱を上げる。それを最後に、魚雷艇群の襲撃は終息した。

 

「“曙”より全艦。『丙ロ』の制圧完了。魚雷の航走は確認できず。周囲に新たな艦影なし」

 

曙が額の汗を拭う。環礁に入って最初の戦闘。なし崩し的に始まってしまった迎撃戦だったが、何とか乗り切ることができた。

 

主機の出力を下げ、“曙”たち駆逐艦は再び周辺の警戒に戻る。丁度、“木曾”が水道を抜け、続いて“摩耶”が環礁に入ろうかというところだった。

 

―――これで、「甲ロ」には対抗できる、か。

 

敵は巡洋艦部隊だけではないことがはっきりした。またどこかで、魚雷艇が襲撃を仕掛けてくる可能性がある。

 

油断するにはまだ早い。

 

そんな榊原の予感は、早くも的中した。

 

「っ!聴音機に感あり!」

 

新手の反応を捉えたのは、“曙”艦底部の水中聴音機だった。

 

「また魚雷艇か?」

 

電探に感はない。スクリュー音だけを捉えたのならば、小型で電波を反射しにくい、魚雷艇の可能性が高い。これが外洋なら、潜水艦という可能性が高いが、ここは水深の浅い環礁内だ。潜水艦の可能性は捨てていい。

 

だが曙の言葉は、榊原の予想を裏切るものだった。

 

「違う!海中から聞こえてくる!」

 

「何だと!?」

 

窺った曙の目は、これ以上ないくらいの驚愕で見開かれていた。

 

「なんで・・・これって・・・」

 

一瞬目を瞑り、耳を澄ますようにしていた曙は、艦首を―――その先の海を見遣る。

 

黄金色に光り輝く、誕生の海が、そこには広がっていた。

 

「ドロップか!?」

 

そんなはずはない。この場のどの艦娘からも、魂の片鱗から呼びかけがあった旨の報告はなかった。

 

ではなぜ、今まさに、目の前で顕現が始まろうとしているのか。

 

「・・・ぐっ!」

 

隣に立っていた曙が、突然呻き声を上げた。苦悶の表情を浮かべ、まるで何かから逃れようとするかのように、頭を抱える。

 

「う・・あああああああっ・・・ぐ・・・っ!」

 

「曙!?どうした、痛いのか!?」

 

返事はない。余程激しい痛みなのか、弾のような汗を浮かべて、曙がのたうち回る。その動きを強制的に押さえつける艤装の肩ひもが、ギチギチと嫌な音を上げていた。

 

“曙”の艦体もまた、悲鳴を上げるように軋んでいた。艦娘の痛みもまた、艦体に影響を及ぼすのか。

 

否。

 

次の瞬間、海が割れた。

 

光り輝く海面が急速に沸騰し、膨大な水蒸気で辺りの景色を白一色に染め上げる。その只中に、“曙”は巻き込まれた。

 

同じだ。今まで見てきた顕現と、全く同じことが起きている。

 

―――何かが、来る・・・!

 

息を荒げて悲鳴を上げる曙を抱きかかえ、榊原は前方の海面を凝視していた。

 

海面から、腕が伸びる。太く逞しく、東京のビル一つ分はありそうな、巨大な腕。

 

いや違う。あれは艦だ。とてつもなく巨大な艦の艦底だ。

 

海水をまき散らし、水蒸気を切り裂いて、天高く突き上げられた艦首。かすかに見える陽光が、その先端でギラリと輝いた。

 

何が起こるのか。榊原は全てを悟った。

 

物理法則を思い出したかのように、巨大なその艦は海面へと落ちてくる。丁度、“曙”の真上へと。

 

榊原は目を見張る。世界のすべてがスローモーションのように思えた。舞い散る水滴一つ一つすら、鮮明に見える。

 

腕に力をこめる。抱きかかえた曙だけは、決して離さぬようにと。

 

鼓動が聞こえる。息遣いが聞こえる。潮気混じりの、髪の薫りも。汗で張り付いたセーラー服の感触も。柔らかな肌の温もりも。

 

轟音と共に、艦が“曙”に圧し掛かって来る。空は黒い影で覆われ、ありとあらゆる感覚が、外界から遮断されてしまったかのような錯覚さえ覚えた。

 

その時が来た。

 

それまでのどんな衝撃とも比べ物にならないほどの激震が、“曙”を襲った。艦橋もまた、激しく揺すぶられ、立っているのすらやっとだ。

 

軋み音。崩落音。圧壊音。爆発音。

 

そして、女神の囁き声。

 

ハッと顔を上げる。凛と静まり返った世界。榊原は前を見つめる。

 

しかし、そうした感覚は全て、艦橋が押しつぶされる爆轟音と、流入した海水の音にかき消されてしまった。

 

薄れゆく意識の中、腕に抱いた曙の存在だけが、妙にはっきりと感じられた。




・・・

・・・・・

・・・・・・・

こ、コメントがしづらい・・・

えーっと・・・じ、次回もお楽しみに!(誤魔化した)

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