パラオの曙   作:瑞穂国

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トラック環礁の戦いは、後二話くらいで一旦終わる予定です

アメリカの思惑、そして南水道の戦いの行方は・・・


日米共闘

「第二次攻撃隊、発艦準備完了です」

 

発着艦指揮所に立つ少女が、凛とした声で告げる。

 

「おう」

 

その背中に短く返事をして、ハルゼーは甲板の様子を眺める。飛行甲板上には、発艦の時を待つ航空隊が、暖機運転の轟音を響かせていた。

 

この艦―――“エンタープライズ”が放つ攻撃隊は、その全てがトラック環礁の敵基地及び港湾施設破壊を目的としたものだ。水道前や環礁内で待ち受ける敵艦隊は、日本艦隊とミッチャーが指揮する砲戦部隊に任せている。

 

環礁上空の制空権を確保するには、今基地を叩かなくては。

 

すでに一時間ほど前、ハルゼーたち第七方面艦隊機動部隊は、制空権確保と滑走路破壊を目的とした第一次攻撃隊を放っている。今甲板で用意されているのは、その後を引き継ぐ第二次攻撃隊だ。

 

甲板の前の方に並べられているのは、現在アメリカ海軍が主力戦闘機としている、F6F“ヘルキャット”だ。ずんぐりとした機体は見た目通りに頑丈であり、高い速度性能を活かして制空権の確保に努める。

 

その後に続いているF4U“コルセア”は、逆ガル翼が特徴的だ。じゃじゃ馬っぷりに定評のある機体だが、馬力に余裕もあり、多くの任務をこなせる。今回、“エンタープライズ”搭載の十二機は、対地攻撃用のロケット弾を翼下に吊り下げていた。

 

暖機運転の最後尾は、今回の作戦が初見参となる機体だった。

 

力強い四翔プロペラ。機体の割に小さなコックピット。機体下部には、これでもかと兵装を積み込んでいる。

 

A1“スカイレーダー”。雷撃機と爆撃機、二つを統合した新鋭機は、実に三トンという搭載量を誇る。第二次攻撃隊に参加する“スカイレーダー”は、その全機が、当然のように対地爆弾やロケット弾を装備していた。

 

整備の妖精たちが退避していく。甲板上に並べられた全機が、すでに万全の状態で、発艦の時を待っていた。搭乗員妖精たちが、「いつでも行けますぜ」とばかりに、親指を立てる。

 

パンッ。乾いた音が発着艦指揮所に鳴り響いた。腰のホルスターから拳銃を引き抜いたエミリーが、艦の進行方向に向けて、引き金を引いたのだ。それが、発艦初めの合図だった。

 

カタパルトに接続された一番先頭の“ヘルキャット”が、一気に加速していく。ある速度に達すると揚力が重力に撃ち勝ち、機体を空中へ浮かせる。ふわりと危なげなく浮かび上がった“ヘルキャット”は、「P&W R2800」―――「ダブルワスプエンジン」を目一杯に唸らせて、高空へと昇っていく。

 

発艦作業は連続する。カタパルトから次々に機体が踊り出し、上空へと舞い上がっていった。

 

「“ワスプ”、発艦始めました」

 

後続の中型空母からも、艦載機が発艦し始める。こちらは“ヘルキャット”と、SB2C“ヘルダイバー”の編隊だ。

 

敵基地攻撃においては、より練度の高い“ワスプ”艦爆隊が先陣を切り、対空砲火を減殺。しかる後に、“スカイレーダー”が飛行場や付帯施設、港湾を攻撃する手はずになっていた。

 

「っ!提督、第一次攻撃隊、トラック環礁上空に進入します」

 

「始まったか」

 

先に放った第一次攻撃隊が、トラック環礁に到達したようだ。今頃は戦闘機隊がスロットルを一杯に開き、敵直掩機と戦闘に入る頃合いだろうか。

 

―――しっかり頼むぜ。

 

彼方の空に祈って、エミリーを見遣る。目配せの意味は、そろそろ艦橋に戻ろう、だ。

 

エミリーも頷き、二人して艦橋へと戻っていく。

 

「・・・なんだか、嬉しそうですね、提督」

 

「そうか?」

 

艦橋への道すがら、エミリーが微笑みながらそう言った。

 

「はい。とっても、生き生きしてます」

 

「俺はいつだって、生き生きしてるよ」

 

ただ、まあ、心当たりがなくはない。

 

「・・・ま、困ったときはお互い様、だからな」

 

トラック環礁解放戦への干渉は、上の思惑あってのことだ。

 

アメリカ海軍は、目標としているハワイ解放への糸口を、いまだ掴めずにいる。

 

ハワイは太平洋のほぼ中央に位置する、まさに孤島だ。近くに島などない。米豪航路の確保や、北方海域の解放に成功したのはいいものの、そこから先、肝心のハワイ攻略には踏み込めずにいた。

 

そこでアメリカ海軍が目をつけたのが、日本海軍が解放を目指していたトラック環礁であった。

 

かつての大戦で、旧帝国海軍が一大拠点としていた事からもわかるように、トラックは大艦隊の泊地として十分なキャパシティを持っている。ハワイとの距離はお世辞にも近いとは言えないが、大型機での長距離偵察が容易な距離だ。

 

トラックを基点に、アメリカ主導でハワイを解放する。そのためには、ここで日本海軍に恩を売っておきたい。

 

だが、そんな理屈と思惑だけで、兵隊は動かない。

 

理論と戦術、戦略で動く軍隊だが、そこに所属する人間は頭だけで動くわけじゃない。人間を動かすには、目的と使命が必要だ。

 

一個艦隊を預かるハルゼーも、それは同じだ。

 

確かに彼は、大切な祖国と、平和な海のために戦う。けれども同時に、彼は政治的な曲がったことが嫌いなのだ。

 

日本海軍からトラック環礁をかすめ取るために出撃するのは気に食わない。

 

だから今回、ハルゼーたち第七艦隊は、盟友たる日本艦隊を助けるために、戦うのだ。そう思うことが、皆の士気を高めることになる。

 

それに、あのパラオの艦隊も、この海域のどこかで戦っているに違いない。

 

「間に合ったみたいで、よかったですね」

 

「ああ。あとは、エミリーの航空隊に全てを任せるだけだ」

 

甲板では、発艦作業が続いている。最後の“スカイレーダー”が甲板の前縁を蹴って飛び立ち、第二次攻撃隊の編隊が完成すると、トラック環礁の基地を叩くべく、羽音も高らかに進発していった。

 

 

「被害報告!」

 

衝撃を艦橋のへりに掴まってやり過ごした角田は、たった今の被弾による損傷を確認する。答えは比叡を介して届けられた。

 

「後部航空作業甲板に被弾!火災発生!」

 

「戦闘航行は?」

 

「支障なし!」

 

被弾の痛みがあるだろうに、比叡は気丈に笑っていた。

 

ル級二隻と日米戦艦の砲戦は、佳境を迎えていた。

 

“比叡”は、敵一番艦に対して斉射を繰り返すこと七回。艦上から観察できた命中弾は十一発を数えている。

 

同じ敵一番艦を目標として射撃を行っているのは、二隻の米戦艦のうち、先頭のものだ。米軍の艦型識別表にはない艦型で、細長い艦体は戦艦というよりも巡洋艦に近い。見た限りでは、一六インチ砲を八門搭載している様子だ。“レキシントン”級巡洋戦艦ではないかと、角田は見当をつけている。

 

同艦が与えた命中弾は、八発と見られている。二隻で合わせて、ニ十発近くを、敵一番艦に叩き込んだ計算だ。さすがのflagshipといえども、かなりの被害が蓄積しているらしく、艦体各所からは濛々と黒煙が燻っていた。

 

それでも、戦闘能力だけはしぶとく残っている。敵一番艦が“比叡”に対して放った斉射は九回。命中弾は十二発だ。舷側の高角砲やら機銃やらは、ことごとく薙ぎ払われ、三番主砲も旋回不能に陥っている。限界が近いのは“比叡”も同じだ。

 

一方、“金剛”が相手取っている敵二番艦は、“金剛”の他に“アイオワ”級と思しき戦艦が射弾を送っている。命中弾はそれぞれ、十発と五発。

 

砲戦の決着は近い。次の斉射でどちらが倒れてもおかしくない状態だ。

 

「てーっ!」

 

生き残った“比叡”の四一サンチ砲六門が、猛々しい砲声を轟かせた。艦上を走り抜ける衝撃波で黒煙が振り払われ、“比叡”は勇壮なその姿をさらけ出す。

 

距離は二万メートルを割って、一万七千メートル。到達するまでは二十秒と少しと言ったところだ。

 

もちろん、敵一番艦も座して待っているわけではない。

 

“比叡”の発砲から十秒ほどを置いて、黒煙の中、敵一番艦が新たな斉射を放つ。煙が一瞬薙ぎ払われ、赤々とした砲炎と、煤汚れた艦上構造物が露わになる。甲板が炎で焼かれて、その光がまるで地獄絵図のように艦橋をライトアップしていた。

 

“比叡”の第八斉射は、まだ到達しない。それよりも先に、“レキシントン”級の砲撃が、敵一番艦に降り注ぐ。艦上で閃光が迸り、破片と思しき影が飛び散った。敵一番艦が苦悶しているようにも見える。

 

「だんちゃーく!」

 

十数秒が経ち、第八斉射が到達する時間になる。比叡が声を張った。

 

六本の水柱が敵一番艦を包み込んだ。“比叡”の砲弾に仕込まれている染料は無色透明。海水は正しく白濁のカーテンとなって、敵一番艦の姿を覆い隠した。その内で繰り広げられているであろう惨劇を、ここから窺い知ることはできない。

 

否。

 

崩れかかった水柱の向こうで、一際大きな炎が沸き起こり、海水をオレンジ色に染め上げた。

 

敵一番艦の艦上で、何らかの決定的な出来事が起こったのは、明白だった。

 

―――やったか・・・?

 

窓から敵艦の様子をさらに観察しようとした瞬間、頭上から風切り音が迫ってきた。

 

ハッとして、角田は思わず空を見上げる。一番に信じる彼女の本能が、“比叡”に猛速で近づいてくる危機を報せていた。

 

来る。じっとりと嫌な汗が流れるのを、角田は感じていた。

 

風切り音が途切れた。

 

ふと角田は、目の前から迫る黒い影を捉えた。

 

砲弾だ。音速を超える速度だというのに、どこかその速度は緩慢だった。

 

いや、違う。角田の脳が、時間の流れをゆっくりに感じさせているのだ。

 

不自然に続くスローモーションな映像の中、角田は砲弾を見つめ続ける。

 

影は“比叡”に吸い込まれた。遅延信管が作動するまでの一瞬の間が、永遠に感じられる。

 

海水が沸騰する。弾ける海面。飛び散る水滴。下から突き上げるような衝撃。艦体を揺さぶる異音。

 

震度七などゆりかごに思えるような激震が、“比叡”の艦橋を揺さぶった。ふわりとした浮遊感に、思わず手が艦橋のへりから離れる。

 

「司令!」

 

比叡の呼ぶ声。次の瞬間、後頭部に鈍くも激しい衝撃が襲ってきた。目の前で星が飛ぶ。

 

「司令!」

 

もう一度聞こえた比叡の声は、どこか遠くの世界のものに思えた。

 

頭を打ったのは、理解できた。けれども不思議と痛みはない。

 

―――被害、報告を・・・。

 

“比叡”の現状を確認しようとした角田の意志は、言葉になる前に途切れてしまった。




まあ、角田さんだしね。ダイジョーブでしょ、あの人なら

さて、次回は一機艦のその後と、連合艦隊司令部の話をしようかと

例の、横須賀襲撃の話に絡んでいく予定です

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