パラオの曙   作:瑞穂国

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ここのところ不定期投稿になりつつあって、反省中の作者です

色々、忙しくなってきまして・・・

物語の終盤に向けて、頑張っていきます


火矢ノ雨

第五射に伴う反動で揺れる艦橋に、大和は足を踏ん張っていた。交互撃ち方によるたった三門の射撃でも、世界最大の四六サンチ砲が放たれた時の衝撃は凄まじいものがある。ビリビリと震える窓の向こうを、大和は睨みつけた。

 

“大和”と同航するようにして進む巨艦。二万三千メートルの距離を保って進む敵二番艦の艦上には、いまだ新しい発射炎は生じていない。

 

不気味な沈黙の意味は、何を言わずともわかる。先の第四射で“大和”に対して命中弾を得た敵二番艦は、全十二門の一六インチ砲による全力斉射に移行しようとしているのだ。

 

高高度からの弾着観測を用いている二隻の戦艦棲姫は、すでに両艦とも有効射を得ている。対して“大和”と“武蔵”は、夾叉弾すら出していない。完全に諸元修正で後れを取った形だ。

 

―――この第五射で、何とか。

 

今の大和にできることは、淡々と自らの射弾の結果を待つ以外になかった。

 

次の瞬間、敵一番艦が、“武蔵”に対する第二斉射を放った。めくるめく閃光が海上に走り、巨大な砲炎が吐き出されている。重量一トンにもなる巨弾が十二発、音速の二倍の速度で大気を切り裂き、“武蔵”へと迫る気配がした。

 

それに遅れること数秒。今度は“大和”が相手取る敵二番艦の艦上で、同様のことが起こった。

 

戦艦らしく、がっしりとした印象を受ける艦上構造物が、真っ黒な雲に覆われて見えなくなる。十二門の一六インチ砲が、砲弾に初速を与えるために必要とする火薬の量は凄まじい。そのことを如実に物語っていた。

 

チラリ。大和は眼下の前甲板を見遣る。“大和”各砲塔の中砲では、新たな射撃の準備が進められていた。今第五射を放ったばかりの左砲も冷却が行われ、開かれた尾栓から一式徹甲弾と装薬が装填される。

 

その間に、遥かな高空で、お互いの巨弾が交錯した。

 

すれ違った砲弾は、それぞれが目標とする敵艦に向かって、何の疑いもなく、ただまっしぐらに突撃していく。

 

先に弾着したのは“大和”の第五射だ。位置エネルギーを完全に消費した四六サンチ砲弾は、終端速度に達して海面に突き刺さる。三本の水柱がそそり立った。

 

「よしっ」

 

大和は両の拳を握り締め、ガッツポーズを作る。砲弾の行方を観察していた見張りの妖精から、夾叉の報告が入ったのだ。

 

命中弾こそなかったものの、“大和”はついに、敵二番艦を射界に捉えたのだ。

 

「次より斉射!」

 

高らかに宣言する。これを受けて、各砲塔がにわかに慌ただしくなった。全力斉射に備えて、各砲塔で準備が進んでいるのだ。

 

だがその前に、敵二番艦の第一斉射がやって来る。

 

被弾の衝撃は、またしても後方から襲ってきた。連続して二回。衝撃自体は大きくないが、被弾には変わりない。すぐに、妖精の応急修理班が動き始める。

 

大和が確かめるのは、各種射撃関係の機器だ。電路が寸断された様子はなく、各砲塔とも射撃指揮所からの統制が継続されている。斉射に支障はない。

 

同時に、嬉しい報せも入った。

 

『これより弾着観測の任につく』

 

その旨の報告が、上空の観測機から届いたのだ。

 

防空指揮所の見張り員から続報が入る。どうやら、“祥鳳”の艦載機隊に加え、一機艦の“赤城”から戦闘機が救援に駆け付けたらしい。

 

―――赤城さん・・・。

 

上空を支配しつつある銀翼に、日本海軍機動部隊旗艦の覚悟が、込められている気がした。

 

その覚悟に、応えなくては。

 

主砲発射を告げるブザーは、どこか心の高鳴りを抑えるように、鳴り響いて、やがて途切れる。それが、反撃の始まりを意味していた。

 

「てーっ!」

 

号令する大和の声にも、自然と力がこもる。

 

次の瞬間、それまでとは比べ物にならない爆轟音が、“大和”の甲板を支配した。

 

あらゆる艦上構造物には、四六サンチ砲の暴力的な爆風に備えたシールドが施されている。それでも、九門の巨砲が咆哮する衝撃の前には、そんなものなどお構いなしに、艦上のありとあらゆるものが吹き飛ばされるのではとさえ思えてくる。

 

これが、私に与えられた力。世界最強戦艦としての実力だ。

 

トラック環礁の解放は、全てこの四六サンチ砲にかかっていると言っても過言ではない。

 

見張り員からは、前方の“武蔵”もまた、斉射に移行した旨が報告されていた。“武蔵”も、“大和”と同様に敵艦を射界に収めたのだろう。

 

―――これで、負けはしない。

 

条件はお互いに五分だ。後は、どちらが先に音を上げるか。

 

北東水道の入り口は、後方へと流れていく。決着が長引けば、それだけ部隊の再編と環礁への突入に時間がかかる。それを狙っているから、戦艦棲姫たちは針路を東に取ったのだろう。

 

できる限り早急に決着をつけたいが、こればかりはどうなるかわからない。

 

大和にできることは、自らの四六サンチ砲の威力を信じることだけだ。

 

彼我の斉射弾は、ほとんど同時に海水を沸騰させた。さすがの“大和”も、至近弾の爆圧に艦底部が持ち上げられ、敵弾が当たった装甲が異音を上げる。今度の被弾は一発。

 

これまでの被弾による被害が集計されて、報告が上げられた。最初の一発は、後部航空作業甲板に命中し、軌条を破壊していた。それ以降の被弾は、どれもバイタルパート内に命中しており、“大和”の分厚い装甲が弾き返している。被害は増設した機銃二基が凪ぎ払われたくらいだ。

 

艦の運行―――航行にも、戦闘にも、全く支障はない。

 

斉射を放ったばかりの砲身が下げられ、次弾の装填が急がれる。砲塔内の妖精たちが、弾火薬庫から上げられてきた砲弾と装薬を尾栓から押し込む。

 

巨弾ゆえに、作業は遅い。駆逐艦なら六秒に一回というハイペースで射撃ができるが、戦艦ではそうもいかなかった。ジリジリと時間が経過していく。

 

―――っ!

 

先に装填を終えたのは、戦艦棲姫の方だった。仰角をかけられた十二本の砲身からは、先と変わらずに豪快な炎が沸き起こっている。観測機から命中弾二発の報告が入っていたが、どうやら戦闘能力を奪うには至らなかったらしい。

 

斉射の間隔はおよそ三十秒。他の深海棲艦の戦艦と変わりない。手数では、完全に“大和”が劣っている。

 

それがなんだというのだ。

 

ボクシングで例えれば、手数の多さはジャブに似ている。一発で効果がなくとも、何発も叩き込めば相手をノックダウンさせることができる。

 

“大和”という艦は、ジャブにめっぽう強い。排水量が大きいということは、そういうことだ。

 

逆に、“大和”が放つ一発は、重いストレートだ。たった一撃でも、相手をノックダウンさせる能力を与えられている。

 

装甲と排水量にものを言わせて、自らの拳が相手ののど元を抉るのを待つ。それが“大和”の戦い方だ。

 

敵二番艦から十秒ほど遅れて、“大和”は新たな斉射を放つ。一六インチ砲弾三発を被弾しても、艦は何の痛痒も感じさせない。要塞のように屈強な三基の主砲塔は、先と変わらずに、三発ずつの四六サンチ砲弾を撃ち出す。

 

水圧機が受け止めきれなかった反動は、三十九メートルにも及ぶ艦体が吸収した。それでも全ての衝撃を相殺できたわけではなく、艦橋が仰け反るほどの横揺れが“大和”を襲う。

 

長い轟音の余韻が収まる頃、艦の揺れも沈静化へと向かう。一瞬の平穏が訪れた艦上では、下げられた砲身の冷却作業と砲弾の再装填が急がれていた。

 

その静寂を切り裂いて、巨弾が降り注いだ。

 

連続して水柱が噴き上がり、舞い上がった海水が容赦なく甲板を打つ。正面に生じた水柱へ艦首からもろに突っ込み、艦首甲板から第一砲塔にかけてがびしょ濡れになる。

 

海水が打ち付けた砲身から、ジュッという音と濛々たる蒸気が立ち上った。

 

今回の被弾は一発。第二砲塔の正面防盾で火花が散るのが見えた。六百ミリにもなる主砲塔の正面防盾が、一トンの巨弾を弾き返したのだ。

 

絶対に砕けることはない、鋼の拳。そんな印象を受けた。

 

だが、それで敵艦が砲撃をやめることはない。懲りることなく、四度目の斉射を放つ。巨龍が咆哮するかの如く、巨大な炎が海面をオレンジに染めていた。

 

“大和”の装填作業はまだ終わらない。揚弾機を上がってきた砲弾がようやく尾栓から押し込まれ、今度は薬嚢の装填が行われている。これから尾栓を閉め、仰角を上げなければならない。

 

ようやく装填作業が完了し、極太の砲身が鎌首をもたげる。かすかに煤汚れた砲口の鈍色が、ギラリと輝いた。

 

「てーっ!」

 

三度目の斉射を告げる号令。九門の四六サンチ砲は全てが健在で、右舷へと炎の塊を吐き出す。放たれたのは、一トン半という凄まじい質量を誇る火矢だ。鋭く尖った先端は、自らの持つエネルギーであらゆる装甲を貫くことができる。

 

艦の前進に伴って黒い砲煙が後方に流れ、視界が開かれる。次の瞬間、新たに視界を覆われた。

 

続いて、これまでで一番大きな打撃音、破壊音。何かがひしゃげる、嫌な感覚。

 

「っ!」

 

今度は、艤装を通じて、確かな痛みが大和に伝わった。痛みがあれば、ある程度であるが、被弾した場所や、破壊された場所もわかる。

 

―――副砲がやられた・・・!

 

同じ砲塔でも、主砲に比べて装甲の薄い副砲が、一六インチ砲弾に押し潰され、叩き割られたのだった。

 

被害報告は、右舷側の二番副砲が爆砕されたというものだった。大和はすぐに、海水ポンプを作動、弾火薬庫に注水する。万が一の誘爆を防ぐためだ。

 

気にするような被害ではない。どうせ副砲では、戦艦の装甲を貫けない。

 

すぐさま、敵二番艦は新たな斉射を放ってくる。“大和”の第三斉射はまだ飛翔中だ。二万メートルを超えて敵艦を叩く巨弾は、じれったいほどに、届くのが遅い。

 

砲弾の到達時間を計るストップウォッチの数字を追いかける。弾着までは、後三秒。

 

「だんちゃーく、今っ!」

 

掛け声と同時に、敵二番艦を特大の水柱が押し包んだ。その合間から、はっきりと爆炎が見て取れる。目を凝らせば、細かな破片が舞っている様も確認できた。

 

確かな手応え。実感が湧きずらいのが、戦艦同士の砲戦の難点だが、今回ばかりは確かな感触があった。

 

四六サンチ砲は、間違いなく効いている。

 

観測機から報告された命中弾は一発。水柱が崩れた時、敵二番艦の後甲板からは、うっすらと黒煙が立ち上っていた。

 

思わず、拳を握る。今日確認された中では初めての、被害らしい被害だ。

 

新型戦艦に対しても、“大和”の四六サンチ砲は有効だ。そのことが、たった今示されたのだった。

 

新たな斉射の準備が整ったことで、射撃に備えたブザーが鳴らされる。その合間に、甲高い飛翔音が混じった。

 

第四斉射の発砲。同時に、敵二番艦からの五度目の斉射が“大和”を包み込んだ。

 

沸騰する海水。艦首で割れる水柱。異音と共にひしゃげる艦上構造物。

 

唇を噛み締め、大和は戦艦としての本分を全うせんと、更なる闘志を燃やしていた。




後二、三回で砲撃戦が終わるといいのですが・・・

あ、春イベお疲れさまでした。とりあえず、一番のお目当てだった神威が手に入って満足です

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