パラオの曙   作:瑞穂国

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いつも通りに、暑苦しいくらい濃厚な砲撃戦を書いていきます!

(このところ投稿が遅くなりがちなのは大目に見てね)


頂上決戦

二万三千メートルの彼方へ四六サンチ砲弾が到達するまでは、初速が八百キロ毎時近くあろうと三十秒以上の時間がかかる。戦艦同士の砲戦距離というのは、それほどまでに長大だ。

 

転針後に再開した観測射の第一射を見送る大和は、しかし次の瞬間にはそのことを頭の隅に押しやる。彼我共に、現状で観測機は機能していない。諸元修正を終えるにはそれなりの時間と射撃回数が必要だ。第一射から命中弾が得られるなどと、楽観的なことは考えていない。

 

冷却作業が進められる左砲が下がり、入れ替わりに右砲が持ち上がる。新たな砲弾も装填済みだ。たった今の射撃を見て諸元に修正を加え、続いて撃つ。

 

―――何としても、先に命中弾が欲しい。

 

“長門”と“陸奥”の劣勢は明らかだ。環礁前の門番となっている「甲イ」を突破するには、ここで“大和”と“武蔵”が二隻の戦艦棲姫を撃破し、しかる後に反転してル級flagshipとの砲戦に加わらなければなるまい。

 

そのためには、先に命中弾を得ることがどうしても必要だ。

 

第一射が弾着する。水平線の近くで三本の水柱が立ち上り、海水を湧き立たせた。今回の作戦では、同型である“武蔵”との同時砲戦が想定されていたので、搭載する一式徹甲弾の風帽内には緑の染料が仕込まれている。

 

「大和は 国のまほろば たたなづく 青垣山ごもれる 大和し 美し」の歌のごとく、緑色に染め上げられた海水が敵二番艦の姿を覆う。

 

水柱の向こう側に艦影が隠れたことで、轟沈したような錯覚を覚えるが、そうはならない。数秒後に水柱が崩れると、敵二番艦は健在な姿を現す。

 

“大和”の第一射は、敵艦を夾叉することもなく、手前に落ちて終わっていた。

 

逆に、敵二番艦の射弾が“大和”に降り注ぐ。長砲身一六インチ砲から放たれた高初速の砲弾が四発、まとまって右舷海面に激突し、丈高い水柱を噴き上げた。だが、まだ距離がある。目測で四百メートルといったところであり、こちらも諸元修正には時間を要しそうだ。

 

至近距離に落ちたわけでもなく、“大和”の艦体は何の痛痒も感じさせない。衝撃で艦底が揺さぶられることもなく、平然と航行を続けていた。

 

諸元修正が完了し、第二射の発砲を告げるブザーがなった。

 

「てーっ!」

 

右砲が巨大な砲声を上げた。四六サンチ砲の衝撃は極太の艦体をもってしてもすべてを受け止めることはかなわず、確かな揺れとなって艦橋を左舷側に仰け反らせる。

 

三十九メートルの横幅に由来する復元力が働き、傾斜はすぐに戻される。砲身が冷却され、陽炎が甲板の景色を歪めていた。

 

二万三千メートルの彼方、敵二番艦もまた、新たな射弾を放っていた。艦の前後、計四か所から褐色の炎が生じて、こちらを威圧している。巨大な黒雲に変わった砲炎が流れ去ると、“大和”に似てスッキリとまとめられた艦上構造物が姿を現した。

 

先に放った“大和”の第二射が弾着する。天をも突かん勢いで立ち上る三つの瀑布は、今回も敵二番艦の手前に生じていた。“大和”の射弾は、今回も空振りに終わっていたのだ。

 

―――そう上手くはいかない、か。

 

観測機があれば、二、三射で大きく諸元を詰めることができる。上手くすれば三、四射で命中弾が得られる算段だ。

 

観測機のない砲戦は、それだけで難しいものであった。

 

―――とにかく今は、少しでも射撃の精度を高めないと。

 

上空の制空権さえ確保できれば、観測機を使用できる。“祥鳳”の戦闘機隊は奮闘していた。少しずつではあるが、敵戦闘機を艦隊上空から引き剥がしつつある。

 

大和の思考は、敵二番艦からの第二射到達によって中断された。

 

弾着は、またしても全て右舷側だ。衝撃は小さく、各所から被害報告が寄せられることもない。

 

―――・・・あれ?

 

だが、何か。ちょっとした違和感を、大和は感じていた。

 

その正体を探る間もなく、第三射の準備が完了する。ブザー音の後、各砲塔の中砲から爆炎と衝撃波、大音声が吐き出された。

 

“武蔵”もまた、“大和”とほとんど同じタイミングで射撃を続けていた。遠雷のような砲声が“大和”の艦上にも届く。

 

巨大戦艦姉妹に対抗して、二隻の戦艦棲姫も相次いで発砲した。長一六インチ砲を奮い立たせ、派手な砲炎を躍らせる。

 

ここでも、小さな違和感。だがやはり、その正体はわからない。言うなれば、船としての勘としか言いようがないかもしれない。

 

あの砲煙の下に、何かを隠している気がしてならないのだ。

 

“大和”の第三射が飛翔を終え、敵二番艦の手前に弾着する。派手な水柱が三本立ち上る状況は変わらない。諸元を詰めた気配はなく、今回も空振りだ。

 

諸元修正が急がれる。数をこなし、地道に命中まで持っていく他なさそうだ。

 

第四射の準備を進める左砲の仰角は、先よりも心持ち大きくされている。最終的な修正値の算出までは今しばし。

 

その間に、戦艦棲姫からの第三射が到達した。大気を鋭く切り裂く音が間近に迫って来る気配を感じた時、大和の違和感はピークに達した。

 

いや、もはや誤魔化しようがない。違和感でしかなかった感覚は、明確な「嫌な予感」となって襲いかかってきた。

 

「っ!?」

 

弾着の瞬間、“大和”右舷至近の海面が弾けて、大量の海水が舞い上がった。大粒の水滴たちが激しいスコールとなって甲板に降り注ぎ、バラバラと派手な音を立てる。

 

見まがいようのない、至近弾だ。夾叉されるのも時間の問題だ。

 

さらに。前方を行く“武蔵”の状況はさらに切迫していた。

 

“武蔵”周辺に立ち上った水柱は、左舷に三本、右舷に一本。夾叉だ。敵一番艦は、観測機なしにもかかわらず、たった三射で、長一六インチ砲の射界に“武蔵”を捉えたのだ。

 

―――どうして!?

 

口をついて出そうになった言葉を飲み込む代わりに、強く歯を食いしばる。

 

彼我共に観測機はない。この状況で、射撃精度に大きく差が出るようなことはない。

 

敵一番艦だけであれば、単なる偶然や、高い練度と片付けることもできたかもしれない。だが同じことは、二番艦の射撃でも起きている。何か共通する要因があるはずだ。

 

観測機に代わるような、何らかの射撃観測方法。

 

―――・・・いや。

 

本当に観測機はいないのだろうか?

 

第四射を放つ左砲の咆哮を聞き届けながら、大和はふと、頭上を見上げた。天井の向こう、広がる青空では、彼我双方の銀翼が入り乱れ、こちらの観測機隊は艦隊上空からの退避を余儀なくされている。

 

では、敵の観測機は?同じように退避しているのだろうが、それらしい機影は見当たらない。

 

違うのかもしれない。大和は直接、上空の状況を見ているわけではないのだから。

 

程なく、防空指揮所の見張り妖精が、興味深い報告を上げてきた。

 

『上空に陸上機。高度七千』

 

二一号電探の反応の中に、そんなものが混じっていたとは。高度差まで割り出せない二一号電探の盲点を突かれた形だ。

 

高度四千メートル付近で繰り広げられる空戦を睥睨するように、悠々とした飛行を続けている数機の陸上機は、艦隊上空で一点を保って旋回を続けているらしい。

 

大和の頭の中で、一つの仮説が組み上がる。それは、陸上機を用いた、高高度からの弾着観測だ。

 

高度を高くすれば、海面の様子は見にくくなる。しかしそれは、望遠レンズを用いれば解決可能だ。さらに、大型の陸上機であれば、艦載の小型水上機には搭載不可能な大型の観測機器も積み込める。より精度の高い弾着観測が可能になるというわけだ。

 

同様の方法は、空軍や海軍航空隊の機体との間で、日本海軍も研究していた。大和はその訓練を受けたことはないが、話だけは聞いたことがある。

 

同じ方法を、深海棲艦も使ってきたのかもしれない。

 

とはいえ推測の域は出ない。これ以上考えても仕方ないと頭を振り、大和は目の前の戦闘に意識を戻す。

 

丁度その時、敵二番艦が第四射を放った。大和もある程度覚悟はしている。今度の射弾は、こちらを夾叉してくる可能性が非常に高い。

 

一方で、“武蔵”を相手取る敵一番艦は不気味な沈黙を保っていた。その意味するところは大和にもわかる。先の第三射で夾叉弾を得た敵一番艦は、斉射に移行するべく、全砲の装填を待っているのだ。

 

そして、それが始まった。

 

敵一番艦から、それまでとは比べ物にならないほどの圧倒的爆炎が迸った。大気を揺るがす咆哮が聞こえるはずもないのだが、重厚な威圧がここまでひしひしと伝わってくる。“大和”型と同等の艦体をプラットフォームとして、十二発もの一六インチ砲弾が飛び出したのだ。

 

―――武蔵・・・。

 

大和にできることは、“武蔵”の装甲が一六インチ砲弾を受け止め、弾き返してくれることを祈る以外になかった。

 

第五射に備えて、右砲が鎌首をもたげる。第四射の弾着までは、後五秒。

 

―――今っ!

 

カウントダウン通りに、四六サンチ砲弾が落下して、白濁した海水が舞い上がる。硝煙を含んでくすんだ水柱が、陽光を受けて怪しく輝いた。その様子を、まじまじと観察する。

 

「・・・ダメッ」

 

悔しさを滲ませた声が漏れてしまう。“大和”が放った第四射は結局敵艦を捉えることなく、またも三つの近弾を生じただけであった。

 

“武蔵”の射弾も、空振りを繰り返している。“大和”型二隻の砲撃は、命中弾どころか夾叉弾すらも得られず、砲弾を浪費しただけとなった。

 

観測機の有無が、これほどまでに命中精度の差となって現れるとは。

 

―――焦りは禁物。

 

誤差修正が行われる中、一度深呼吸。初実戦となった『IF作戦』時には、誤差修正を完了するまでに実に六射を擁したのだ。それでも、最終的に“大和”は撃ち勝ち、二隻の敵艦を撃沈破している。それだけの実力が、この艦にはあるのだ。

 

だから、今は耐え、着実に射撃精度を上げていくしかない。

 

そんな大和の思考を嘲笑うかのように、敵二番艦からの第四射が降り注いだ。次第に大きくなる砲弾の飛翔音が、それまでと違うことに、大和は直感的に気づいた。

 

来る。身構えた次の瞬間、飛翔音が掻き消え、両舷の海水が重力に逆らって持ち上がる。てっぺんが艦橋から見えない程だ。

 

同時に、鈍い衝撃と打撃音、艤装を通して痛みが伝わる。

 

―――当たった・・・!

 

敵一番艦に続いて、敵二番艦もまた、“大和”を射界に収めたのだ。次からは、全十二門の一六インチ砲による斉射が襲い来ることになる。

 

そしてそれよりも先に、敵一番艦の斉射が“武蔵”に襲いかかった。

 

多数の水柱が同時多発的に生じたことで、巨大な“武蔵”の姿でさえも海水のカーテンの向こうに消えてしまった。その内側で、命中弾炸裂のものと思われるオレンジ色の光が瞬く。

 

水柱が崩れ去れば、“武蔵”は健在な姿を現す。さすがは世界最大の戦艦だ。大抵のものならば、粉微塵に吹き飛ばして欠片も残らなくなるような重量一トンの強烈な一撃を受けても、大して痛痒は感じさせない。むしろ、その闘志を滾らせているようにさえ見える。

 

「負けてなんて、いられないわよね」

 

私たちは、世界最大にして最強の姉妹なのだ。

 

五回目の射撃を告げるブザーが、決意を示すように鳴る。負けるつもりは、微塵もなかった。

 

「てーっ!」

 

彼方の敵に牙を突き立てんと、“大和”と“武蔵”はさらなる射弾を放った。




四六サンチ砲九門と一六インチ砲十二門の対決って、やっぱりロマンですよね

正しく、世界最強をかけた戦いです

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