パラオの曙   作:瑞穂国

124 / 144
ようやく一日目が終わろうとしている

が、ただでは終わらせない!

完全に作者が悪役・・・


闇夜カラ迫ル影

トラック沖には、ようやく夜が訪れていた。

 

ジュラルミン製の怪鳥たちが支配していた空は今、墨汁で塗り潰したような深い黒に染まっている。漆黒を映し出す海面には、半月と星々の瞬きが反射していた。

 

そんな、静かな海を、軍艦の集団が航行していた。端からは勇壮に映るその姿だが、敵弾に傷つき、硝煙で煤汚れているものが少なくない。さらに見れば、陣形の所々に明らかな穴があるのもわかる。

 

夜航海のために灯火を落としている“赤城”艦橋で、塚原は黙って正面を見つめていた。

 

艦橋には当直中の彼と妖精だけだ。赤城は仮眠室で横になっている。三度の空襲で激しい回避運動を続けていた彼女には、さすがに疲労が溜まっていた。

 

当直と言っても、これといってやることのない塚原は、ふと“赤城”の周囲を見回す。

 

航行しているのは、一機艦の各艦。しかし、その数は今朝よりも二隻減じている。三度の空襲を受けた代償だった。

 

「乙ロ」への攻撃隊を放った後、一機艦には三波目の深海棲艦攻撃隊が襲いかかった。損傷が重なり、処理能力は限界に近かったが、とにかく上空直掩の戦闘機だけは展開できた。

 

戦闘機隊は奮闘した。敵攻撃隊に喰らいつき、引き裂き、叩き落す。手負いの一機艦を守らんと、その銀翼をきらめかせる。

 

だが、完璧な防空を望むことはできなかった。

 

攻撃隊に戦闘機を割いたため、第一波の時のような、完璧な体制での防空戦術の展開はできなかった。戦闘機の壁を突破し、弾幕の中を突っ切った敵攻撃隊が、爆弾や魚雷を次々に投下する。

 

一機艦各艦は、必死に舵を切り、回避を試みる。しかし、全弾を回避することは困難だった。

 

真っ先に餌食になったのは、魚雷によって速力を失っていた“飛鷹”だった。十数機の雷撃機と爆撃機に狙われた彼女は、満足な回避も叶わず、被弾した。魚雷三本、爆弾四発を受けて、無事でいられる道理はなかった。

 

ほとんど同時に、輪形陣右翼でも轟音が生じていた。そちらは“谷風”が被雷し、爆沈した音だった。“筑摩”を狙った雷撃をかばった結果であった。

 

かくして、一機艦は二隻のBOBを喪失する結果となった。“飛鷹”と“谷風”の艦娘は無事に救助されたのが、幸いだろうか。

 

被害はそれだけではない。沈没こそしていないものの、ほとんどの艦は被弾や至近弾で少なからず被害を受けていた。

 

それでも、何とか一日目を凌いだ。最低限の役割を、一機艦は果たしたことになる。

 

この時点で、反転するという選択肢もあった。これ以上敵の攻撃に晒されれば、一機艦は文字通り壊滅する。それは塚原の望むところではない。だが、状況がそれを許してはくれなかった。

 

―――『トラック南西方面に、敵機動部隊を見ず』

 

日没ギリギリに送られた電文は、三機艦からのものだった。十時間以上の捜索にもかかわらず、三機艦は最後の機動部隊―――暫定呼称「乙ハ」を発見できなかったのだ。

 

トラック南西には、敵機動部隊がいなかった。つまり深海棲艦は、トラック北方の守りを固めたのだ。こちらの作戦を、ほぼ読み切られたことになる。

 

それ以上の電文を井上は寄越さなかったが、おそらくは夜のうちに、北上してくるつもりだろう。

 

二機艦が「乙イ」を壊滅させたとはいえ、こちらも一機艦がほぼ戦闘力を喪失している。残った「乙ロ」、「乙ハ」、そして陸上基地を相手取るには、三機艦の参加が不可欠だ。

 

二、三機艦が機動部隊との戦闘につきっきりになる以上、環礁への突入を目指す一挺艦のエアカバーは、一機艦がやるしかない。

 

―――皆には、苦労をかけるな。

 

それを決して口に出しはしない。そんなことを言うのは、全てが終わった後で十分だ。

 

まあ、帰ったらおいしいものでも奢ってやらなければ。

 

「起きてましたか」

 

塚原がそんなことを思っていると、艦橋に顔を出す声が後ろから聞こえてきた。

 

暗順応ができている目で見れば、灯火を落とした艦橋内でも、艶やかな黒髪を見つけることができる。仮眠室から出てきたところなのだろう、肩にブランケットをかけた赤城が、顔を覗かせていた。

 

「・・・寝ててよかったんだぞ」

 

眠そうに眦を下げている赤城に、塚原は声をかける。それに屈託なく笑った赤城は、無言で首を横に振る。そのままゆったりと歩いてきて、塚原の隣に立った。

 

「もう、十分寝ましたから。それに、やはり戦闘中は、どうしても寝付けなくて」

 

「・・・そうか」

 

それ以上を、お互いに話すことはない。日本機動部隊を預かる二人は、静寂に身を任せて、目の前の黒々とした海を見つめるのみだ。

 

戦闘の合間の、凪とでも言えばいいのだろうか。そんな一時が、“赤城”の艦橋に満ちていた。

 

 

『当直交代前の引継ぎを行います。どうぞ』

 

「願います。どうぞ」

 

スピーカーから聞こえてくる声に清水が答えると、ほどなく、相手が引き継ぎ事項を読み上げ始めた。艦隊針路、速力、風向、潮流、即応待機状態(オートナビゲーション未設定)の艦娘、それらを一通り聞き終わって、質問等無い旨を伝える。

 

『それでは、当直を交代します。どうぞ』

 

「交代しました。終わり」

 

そこで、“曙”座上の榊原との通信は終了した。マイクを置き、後ろを振り返る。

 

オートナビゲーションを設定せず、艤装を装着している摩耶が、腕を組んで立っていた。

 

「状態はどうだ」

 

「全く異常なしだぜ。ピンピンしてる」

 

「そうか」

 

短く頷いて、清水は再び前に向き直った。

 

“摩耶”の艦首で、夜の海が割れている。白い飛沫が月明かりに照らされて、キラキラと輝いた。穏やかな海に、呼吸を落ち着ける。

 

“摩耶”は、一挺艦の最前を進んでいる。帛式防空陣形で要となる彼女の能力は、この位置で最も効果的に発揮されるからだ。

 

同時に、夜間の早期警戒も“摩耶”が担う。昼間は“祥鳳”の艦載機が上空直掩と警戒を担当していたが、夜間はそうもいかない。頼りになるのは電波の目だ。

 

諸々の警戒を摩耶に一任する。「任せろ」とばかりに、摩耶は片目を瞑ってみせた。

 

電探の動向を摩耶が見守る中、清水は妖精たちに混じって周囲を警戒する。もっとも、夜間見張り員の訓練など受けていない清水に、妖精たちほどの働きができるとは思えなかったが。

 

目の数は多い方がいい。清水の目でも、無いよりあった方がいいに決まっている。

 

大型双眼鏡に取り付く妖精の横で、自前の双眼鏡を覗き込む。海面のきらめきに混じる影がないか、目を凝らす。

 

後ろから、視線を感じた。

 

摩耶が、何を言うでもなく、ただジッと清水の方を見ていた。視線が合うと、ツイと逸らされてしまう。

 

「なんだ?」

 

「い、いや・・・」

 

何でもない、わけがない。

 

摩耶は観念したように、モジモジとらしくない様子で口を開く。

 

「少し、話さないか?」

 

清水は暗闇の中で目を見開く。それから、気の抜けたような息が漏れるのを感じた。

 

「怖いのか?」

 

「茶化すなって。んなわけねーだろ、あたしの柄でもない」

 

そう言いながら髪をいじる仕種の方が、よっぽど柄ではないと思うのだが。

 

「なんていうか・・・。今日一日、結局何もなくて・・・拍子抜けした、っていうか」

 

「・・・なるほどな」

 

確かに、それはそうだ。三個機動部隊がトラック沖には展開していたのだ。一機艦のエアカバー下にあるとはいえ、一挺艦が空襲される事態は十分に考えられた。しかし敵機動部隊は、あくまで機動部隊同士での戦いを挑んできた。近くにいながら、一挺艦は特に攻撃を受けることなく、トラック沖を北東水道に向けて進撃していた。

 

「戦略上の価値は、空母の方が高いと判断したんだろう。それ以外には考えられない」

 

「そういうもんか」

 

「ああ」

 

どこか納得いかない様子で、摩耶は眉間にしわを寄せている。快活な彼女には、あまり似つかわしくない表情だ。

 

スッ。

 

「っ!?」

 

摩耶が驚いたように顔を上げる。それには構わず、清水は差し出した手で、眉間の辺りを揉んでやった。暗闇の中でもはっきりとわかるほど、摩耶の顔が赤くなる。

 

「な、何すんだよっ!」

 

「そんな顔するな。らしくない」

 

散々眉間のしわを伸ばしてから、手を離す。おでこの辺りを手で押さえ、非難の視線を寄越す摩耶に、清水はこれと言って表情をこぼすことなく、語りかける。

 

「何があろうと、俺たちが守り抜くだけだ。そうだろう」

 

「・・・そう、だよな」

 

ポツリ、答えた摩耶が、ジッと清水を見つめる。軽く頷いて、清水は周囲の警戒と当直業務に戻った。

 

ただし、今度は、摩耶の隣で、だ。

 

艦橋に並んで立つ二人と、妖精たち。夜航海は続いていた。

 

 

 

それが現れたのは、当直交代から一時間ほど後だった。最初に気づいたのは、言うまでもなく、摩耶だ。

 

「対空電探に感あり!」

 

「対空電探だと?」

 

予想だにしない報告に、清水は摩耶の方を振り返る。彼女もまた、困惑した様子で、更に報告を続けた。

 

「あ、ああ、間違いない。感があったのは対空電探だ。方位一九〇、距離四五〇(四万五千メートル)」

 

一挺艦は針路を真東に取っているから、その右舷に感があることになる。

 

現在、味方機が飛行しているとの情報はない。とすれば―――

 

「深海棲艦の夜襲か・・・?」

 

これまでには見られなかった戦術だ。

 

無数の電子の目を備えた現代戦闘機にとって、夜の空は昼間とさして変わらない。しかし、そんなハイテクな代物ではないBOBや深海棲艦の艦載機は、話が別だ。夜間の攻撃は、非常に難しいものになる。

 

ましてや、陸上の基地などの静止目標ではなく、洋上航行中の軍艦となれば、尚更。

 

夜間攻撃でネックとなるのは主に二つ。目標の視認が困難であることと、着艦作業の難易度が格段に上がることだ。

 

昼間とは違い、遠くから目標を確認できない夜間では、近距離に接近するまで、まともに狙いを定めることもできない。さらに海面も見えない可能性が高いから、飛行は高度計頼みとなる。これを克服するには、専用の航法員を増やすか、機載電探で補うしかないが、そうなれば当然機体は大きくならざるを得ず、空母での運用は不可能となる。

 

さらに、飛行甲板を視認できないことから、着艦作業も困難を極める。こちらは着艦誘導灯と艦尾の誘導員の指示に頼るしかない。仮にそれらがあったとしても、着陸する先が見えないということは、機体の傾きを制御するタイミングも計れないということになる。

 

これらのリスクが効果に釣り合わないことから、今までBOBも深海棲艦も、夜間攻撃には踏み切らなかった。否、踏み切れなかった。

 

だが今回、深海棲艦はそれをやって来た。

 

考えられる可能性は一つ。

 

「基地に降りるつもりか。・・・いや、基地航空隊そのもの、か」

 

今朝破壊された春島の飛行場が、その復旧作業を終え、陸上機による攻撃を仕掛けてきたのだろう。陸上運用であれば、多少大型になることを覚悟のうえでオプションをつけ、夜間攻撃が可能な機体にすることはできる。

 

ともかく、考えるのは後だ。

 

捕捉した影がこちらに向かってくるかはわからない。それでも、備えは必要だ。何せ今は、艦隊を敵機から守ってくれる戦闘機が、上空にいないのだから。

 

「一挺艦全艦に警報。敵編隊捕捉。対空戦闘用意」

 

一挺艦の防空指揮艦も兼ねる“摩耶”から、新たな敵の襲来を告げる電文が飛ばされた。




夜間襲撃って、初めてな気がする

基地が復活したとなると、さらにめんどくさいことに

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。