パラオの曙   作:瑞穂国

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遅くなって申し訳ありません!

ここのところ色々と立て込んでいましたが、もとの投稿ペースに戻したく


反撃ノ天山

轟音を唸らせて四翔プロペラを回す「火星」発動機。プロペラの残像の向こう側、いよいよ視界に捉えた敵艦隊を、“赤城”艦攻隊長妖精は睨んだ。

 

“赤城”艦攻隊含めた一機艦の航空隊は、敵第二波攻撃の終息後、即時発艦を始めた。これは加賀からの意見具申によるものだ。

 

第一波攻撃隊が去った後、真っ先に発艦したのは、“加賀”の格納庫で準備を終えていた“彩雲”だった。カタパルトから飛び出した日本海軍最速の艦上機は、そのまま敵編隊の後方につき、その出所―――「乙ロ」の位置を探っていた。

 

“彩雲”が「乙ロ」を探している間に、“赤城”と“加賀”、“千歳”の航空隊で、第二次攻撃隊が編成された。格納庫内で急ピッチで整備と補給を終えた戦闘機、爆撃機、攻撃機が、準備ができたものから甲板に並べられる。最終的に全機が発艦し、攻撃隊が進撃を開始したのは、日没の二時間前になってからだ。

 

チラリ。艦攻隊長妖精は機内時計を確認する。現海面の日没時刻まではおよそ一時間。一機艦からここまで飛行してくるのに一時間弱かかった。着艦作業は、日没後になるかもしれない。

 

敵艦隊―――「乙ロ」の上空に、活発な動きは見られない。その理由は考えずともわかる。

 

一機艦の第二次攻撃隊が「乙ロ」に辿り着くまでの間に、一機艦へと向かう敵攻撃隊とすれ違った。「乙ロ」からの第二次攻撃―――一機艦にとっては第三波攻撃となる攻撃隊だ。すなわち「乙ロ」は、現在攻撃隊を出したばかりということになる。

 

加えて、時間的には、引き上げていった第一次攻撃隊の収容作業が終わった直後でもあるはずだ。つまり今の「乙ロ」は、もっとも戦闘機の壁が手薄ということになる。

 

叩くならここしかない。日没ギリギリの攻撃になるが、午前の攻撃以降ただ耐えるしかなかった分、全妖精ともやる気は十分だ。

 

“飛鷹”と“五十鈴”の仇は取る。ここに来られなかった他の二空母の分まで、日本海軍機動部隊の旗艦が、敵空母を叩く。静かな闘志を内に秘め、電信員に通じる伝声管に顔を近づける。そろそろ、攻撃開始だ。

 

「トツレ」が打電され、攻撃隊がにわかに殺気を帯び始める。操縦員は操縦桿に添えた手を握り直し、電信員は後方からの敵機襲来に備える。艦攻隊長妖精の背後からも、後部銃座の安全装置解除と弾倉設置の旨、報告が上がった。

 

数少ない敵直掩機が、攻撃隊を迎撃しようとやって来る。それに立ち向かうのは、制空隊の“烈風”だ。攻撃隊の直掩を零戦に任せ、新鋭の翼たちは動き始める。

 

その動きを目で追いながら、艦攻隊長妖精はもう一度敵機動部隊を観察する。

 

輪形陣はさほど大きくない。もとは太平洋上で通商破壊を含めた海域封鎖作戦を行っていた艦隊だ。行動しやすいように、規模は小さくまとめられていた。

 

それでも、空母の周りは駆逐艦と巡洋艦で隙間なく固められている。熾烈な対空砲火は、自ずと予想できた。

 

そうこうするうちに、“烈風”と敵戦闘機との空中戦が始まる。数はほぼ互角。最初の一航過からすぐさま翼を翻し、お互いの飛行機雲が複雑に入り乱れる格闘戦が始まった。

 

右に、左に、あるいは急降下や横ロールを駆使して、互いに一歩も譲らない。しかし、性能では“烈風”の方が上だ。ドッグファイトが繰り返されるうちに、一機、また一機と敵戦闘機が落ちていく。

 

押し切れるぞ。制空隊の奮闘に、艦攻隊長妖精が目を奪われていた時だった。

 

後部座席の電信員が、敵機の接近を告げる。制空隊を相手取っているものとは別の敵戦闘機が、攻撃隊の後方から、襲いかかってきたのだ。

 

後部銃座が、敵戦闘機に向けて発砲する。「火星」発動機とはまた違った衝撃が機体を伝い、風防を揺する。操縦員は機体を横滑りさせ、敵の射弾をかわそうと試みていた。

 

高速で航過していく敵機の影が、風防のすぐ横を掠めた。黒々としたエイのような機体は、空の彼方の魔界から舞い降りてきたのではと思うほどに禍々しい。炎のように揺らめく紋様が、機体側面にくっきりと映っていた。

 

射弾をかわしきれなかった“天山”や“彗星”が、瞬時にオレンジ色の火球に変わり、あるいは黒煙を噴きながら機首を下げる。しかしながら、それらにいちいち気を向けている暇は、攻撃隊のどの機体にもなかった。次は我が身だ。

 

報復とばかりに、攻撃隊直掩の零戦が、一航過した敵戦闘機に襲いかかる。

 

「金星」発動機が唸りを上げて零戦の機体を前進させる。翼が翻り、憎き敵戦闘機の背中を追いかける。空飛ぶエイが、数秒の後にエイヒレになってしまった。

 

高速で繰り広げられる戦闘機同士の空中戦には目もくれず、攻撃隊はただ淡々と前進を続けていた。もう間もなく、敵機動部隊の輪形陣に突入する。

 

頃合い良しとみて、艦攻隊長妖精は攻撃隊全機に散開を命じる。艦攻隊長妖精直率の“赤城”艦攻隊。“加賀”艦攻隊。“千歳”艦爆隊。三つに分かれた編隊は、それぞれ下降と上昇に転じる。

 

艦攻隊が狙うはただ一つ、輪形陣中央、五隻の空母。ヌ級三隻(通常型二隻、elite一隻)、ヲ級二隻(elite一隻、flagship一隻)。硬い壁の向こう、できればその横っ腹に、一発なりと魚雷を叩きこんでやりたい。

 

“天山”たちが腹に抱えている九一式航空魚雷は、ヌ級なら一発で航行不能に陥れることができる。最も防御能力の高いヲ級flagshipでも、当たりどころがよければ、二発で発着艦不能になるほどの傾斜を生じさせることが可能だ。

 

耐え忍んできたこの一日の分を、魚雷の命中という形で、必ず晴らしてみせる。

 

艦攻隊長妖精が率いる“赤城”艦攻隊は、二十一機を擁していた。うち一機が発動機の不調で引き返し、二機が敵戦闘機の襲撃により撃墜されている。現在は十八機で編隊を組んでいた。

 

敵機動部隊輪形陣の各艦から、対空砲火が放たれる。その狙いは、まず攻撃を始めようとしている、“千歳”艦爆隊に向いていた。敵基地攻撃後、その腕を見せる機会に恵まれなかった十機の“彗星”は、高角砲弾が炸裂する空を、微塵もゆるがない様子で、真っ直ぐに進んでいく。

 

対空砲火による二機の撃墜があったものの、予定していた降下地点に取り付いたらしい“千歳”艦爆隊が、一斉に翼を傾けて、急降下に入った。「アツタ」発動機を積んだ鋭い機首の向かう先を、艦攻隊長妖精は目で追う。そこにいたのは、艦攻隊が突入を目指す輪形陣左翼で最も激しい対空砲火を放つ、ツ級と見られる巡洋艦であった。“千歳”艦爆隊は、その小うるさい高角砲を黙らせるつもりなのだろう。

 

編隊による急降下爆撃でなく、横隊を敷いての連続攻撃。余程腕に自信があるのだろうか。不敵な笑みを浮かべながら、嬉々として操縦桿を駆る“千歳”艦爆隊長妖精の表情が見えるようだった。

 

ギリギリまで急降下していった、鏃を思わせる“彗星”は、その機首が敵艦のマストに突き刺さるのではという高度で引き起こしをかける。誘導索によってプロペラ回転範囲の外から投下された八発の五百番爆弾は、重力に従って落下していく。

 

艦攻隊長妖精の目の前で、連続して爆炎が踊った。派手な炎の中に、細かな破片と、箱型の何かが飛び散る。艦攻隊長妖精は目を見張った。

 

命中の炎は、確認できるだけで四つ。敵巡洋艦の全体に満遍なく、火柱が噴き上がった。

 

急降下爆撃の命中率は、どんなに良くても三割ほどと言われている。八機で急降下爆撃を仕掛ければ、命中弾は二発か、良くて三発。

 

にもかかわらず、“千歳”艦爆隊は四発の命中弾―――命中率五割を達成した。しかも、命中率が低下しがちな、横隊での急降下でだ。それほどに、“千歳”艦爆隊の練度は高かった。

 

艦攻隊の頭上を、艦爆隊がフライパスしていく。先頭を行く隊長機が「どうだ」とでも言いたげに、力強くバンクを振った。

 

こちらも負けてはいられない。

 

もう一度前方を見据える。“彗星”たちが爆弾を叩きつけた巡洋艦だが、沈没には至っていない。深海棲艦の巡洋艦は、基本的に艦体規模が大きく、余剰浮力がある。艦体の四か所から炎と黒煙を噴き上げながらも、なお洋上にその姿を留めていた。

 

しかし、対空砲火が大幅に減じられたことは間違いない。

 

輪形陣との距離が詰まったことで、艦攻隊に対する対空射撃が始まった。輪形陣各所で同時多発的に閃光が走り、局所的な豪雨となって、横殴りに編隊を叩く。右、左で炸裂する高角砲弾の衝撃が、ビリビリと風防を震わせた。

 

やはり、対空砲火の勢いは、減じられている。黒煙を引きずる巡洋艦は、必死に高角砲を放とうとしているが、その火焔は艦の前部でしか生じていない。その照準もバラバラで、効果的な射撃ができているとは言えなかった。

 

それでも、航空機にとって、高角砲弾が脅威であることに変わりはない。残った駆逐艦、さらには空母までもが、備えた全ての砲を振り立てて、“天山”たちを迎え撃つ。

 

深海棲艦の駆逐艦でも、ニ級やハ級のeliteは、主砲を高角砲としている。それらから放たれた砲弾が周囲の空間で炸裂し、襲いかかる弾片が機体にあたって異音を上げた。それも、一度や二度ではない。

 

それでも、艦攻隊が怯むことはない。視界のあちこちで花開く高角砲弾には目もくれず、ただ真っ直ぐ、空母を見据える。操縦桿はピクリとも動かさない。

 

輪形陣外縁まで三千メートル。中央の空母までは五千メートル。対空砲火に機銃が混じり始める。艦攻隊は、さらに高度を下げ、海面すれすれを飛行していく。腹に抱えた魚雷が、波頭に触れてしまうのではないかというほどの、超低空飛行だ。

 

しかし、無傷とはいかない。

 

機銃弾がエンジンカウルに飛び来い、「火星」発動機が黒煙を噴いてその動きを止める。

 

翼をもがれた“天山”は、コントロールを失って、錐揉みとなった。

 

弾雨の中を艦攻隊が突破し、ついに輪形陣内部、空母まで二千メートルを切った時点で、“赤城”艦攻隊の残存機数は十四機になっていた。

 

艦攻隊長妖精が目標に定めたのは、正面で激しい対空砲火を放つ、ヲ級eliteだ。えり好みせず、目の前の敵艦を確実に叩く。

 

鶴翼の陣に近い編隊となった艦攻隊は、最後の根比べを、敵空母と繰り広げる。

 

距離千五百メートル。編隊両翼の“天山”が、ほとんど同時に炎を噴き、墜落する。その様子を横目に確認して、なおも艦攻隊は進んでいく。

 

ヲ級eliteは、こちらに合わせて、回避運動を取り始めた。艦首を魚雷に正対させ、被雷面積を少しでも減らす処置だ。

 

しかし、航空機から見れば、空母の動きなど、カタツムリの行進と変わらない。妨害さえなければ、その未来位置に合わせて、針路を変更することなど朝飯前だ。

 

敵艦の艦首の動きや、波の立ち方に目を凝らし、魚雷の進行方向を修正していく。細かな操縦桿裁きを要求されるこの作業にも、熟練の操縦員は的確に応えてくれた。

 

距離千メートル。それでも、艦攻隊長妖精はまだ投雷しない。たとえ被害が大きくなろうと、ここで確実に仕留める。

 

これが、“赤城”艦攻隊にとって、最後の攻撃機会なのだから。

 

〇八。機銃弾の雨に突っ込んだ“天山”が、機体のそこかしこに穴を開けられ、ぼろ雑巾のようになって落ちていく。

 

〇七。操縦を誤った“天山”のプロペラが海面を叩き、そのまま速力を失って波に激突する。

 

ただ、ただ前を見つめる。風防正面一杯まで迫ったヲ級eliteの舷側を睨みつける。

 

〇六。ついに隊長妖精は、投雷を指示する。投下レバーが引かれ、重量八百キロの魚雷が海面に吸い込まれた。それを確認した操縦員はすぐさま機体を引き起こし、ギリギリのところで空母の甲板上をフライパスする。

 

最早確認するまでもない。艦攻隊長妖精は戦果を確信していた。

 

二十数秒後、ヲ級eliteの左舷に、四本の水柱がそそり立った。海水の塊は、艦首から艦尾にかけて、満遍なく生じている。“天山”が放った鋼鉄の槍は、あらゆる船にとって最大の弱点である柔らかい下腹部を、容赦なく抉り取った。

 

撃沈確実。静かにガッツポーズをした艦攻隊長妖精は、“加賀”艦攻隊が上昇してくる様子を視界に捉える。彼らが狙ったのは、ヌ級eliteであったようだ。

 

ほどなく、その舷側にも魚雷命中の水柱が屹立する。自らの上げた戦果を確認して、艦攻隊長妖精は全機に集合を命じた。




まだ一日目すら終わっていないという恐ろしさ

早く砲撃戦に入りたい

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