パラオの曙   作:瑞穂国

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どうもです

そろそろ一日目の航空戦の終わりが見えてきた・・・かな

まだまだ飛ばして頑張ります


三時間

「戻せ!」

 

両舷で迸る高角砲から、硝煙の匂いがここまで漂ってきた。鼻をつく匂いが、戦場の激しさを如実に物語っている。それでもなお、長一〇サンチ砲は砲声と共に砲弾を撃ち出した。

 

赤城は叫ぶ。

 

「面舵一杯!」

 

艦の針路が安定するや、すぐさま舵を反対に切る。とはいえ、四万トンの“赤城”がすぐに頭を振ることはなく、惰性でしばらく直進し続ける。

 

塚原は、頭上から迫りつつある機影を見つめる。翼を翻し、急降下に入るのは、少数編隊の敵爆撃機だ。

 

敵は戦術を変えてきた。その狙いもわかっている。わかっていても、それ以上何かをすることはできない。目の前の敵機を避けることだけだ。

 

一機艦の各所では、同じように散発的な、少数編隊による急降下爆撃が繰り返されていた。右から、左から、あるいは正面から。それらに各艦が反応し、取舵や面舵を切って回避運動を試みる。

 

現時点で、確認されている被弾は三つだけだ。少数編隊による攻撃だから、当然と言えば当然だ。命中率は高くない。

 

それでも痛かったのは、“飛鷹”への一発だ。沈没するほどの被害ではないが、艦首甲板を叩き割った敵弾一発により、“飛鷹”は現在発着艦不能の状態だ。おまけに、この一発でカタパルトがやられたため、仮に強制活性化で破孔を塞いでも、大型機の運用は困難となる。

 

しかし、これはほんの序の口に過ぎない。

 

急降下爆撃による爆弾が降り注ぐ中、塚原は輪形陣外縁に目を遣る。そこには、こちらの様子を窺う敵雷撃機の姿があった。

 

連続した回避運動で、輪形陣は乱れている。その間隙をついて、輪形陣中央、空母を狙うつもりなのだろう。爆撃機はそのための囮だ。

 

―――空母をよくわかっている。

 

これが戦艦なら、話は違っただろう。しかし空母は、どうしても急降下爆撃を避けなければならない。たった一発でも爆弾が命中すれば、空母の攻撃力の源泉たる航空機を、運用することができなくなってしまう。それは、今の“飛鷹”が如実に示している事実だ。

 

通算四度目となった回避運動から、“赤城”が直進に戻る。さすがの赤城も、額に汗を浮かべていた。

 

「骨が折れますね」

 

適切な回避運動のおかげで、今のところ“赤城”に被弾はない。それでも、何度か至近弾が生じて、その爆圧が艦底から突き上げてきた。飛び散る飛沫は舷側を濡らす。

 

「爆撃機はあらかた片付いたか?」

 

「そのようですね」

 

上空を見上げる。散発的な爆撃機編隊は、随分と少なくなっていた。となれば―――

 

「っ!敵雷撃機、動きだしました!」

 

「来たか・・・っ!」

 

外縁で飛行していた敵雷撃機が、一斉に身を翻し、輪形陣への突入を開始した。その機首は、明らかに五隻の空母へと向けられている。

 

雷撃機の進入を阻もうと、輪形陣各艦から対空砲火が伸びる。しかし、陣形が乱れている今、その射撃にはどうしても濃淡が生じてしまう。

 

“利根”、“秋月”、“浦風”の射撃は輪形陣左翼、“筑摩”、“谷風”、“浜風”の射撃は輪形陣右翼、それぞれの方向から侵入を試みる敵雷撃機に対して行われる。

 

「塚原大佐、方位〇二五の敵機に、射撃を行います」

 

針路を一〇〇に取っている一機艦の、ほぼ正横から突っ込んでくる編隊だ。間違いなく、狙いはこの“赤城”。塚原が頷く。

 

それまで上空に向けられていた高角砲が仰角を落とし、今度は低空の雷撃機に狙いをつける。連続射撃の影響で、長一〇サンチ砲の砲身が過熱していた。立ち上る陽炎が、艦体を照り焼きにしている。

 

「撃ち方始め!」

 

赤城の号令で、左舷高角砲が射撃を再開する。高角砲の発砲に伴って、オレンジ色の炎が舷側に向け沸き起こり、蒼い海面に反射している。砲口から硝煙の匂いが流れ去る暇もなく、再度発砲。およそ一千メートル毎秒の初速で放たれた口径一〇サンチの砲弾が、海面の上を、敵雷撃機に向けて飛翔していく。

 

時限信管がその仕事を果たし、宙空に真っ黒い花を咲かせる頃には、“赤城”の高角砲は第四射を放っている。

 

高角砲弾が、敵雷撃機を押し包む。右に左に、次々に炸裂しては、爆風と弾片をまき散らす。

 

同じ編隊を、“秋月”も狙っている。二艦合わせて七基十四門の長一〇サンチ砲が、猛烈な勢いで弾幕を形成していた。

 

編隊のほぼ中央で炸裂した砲弾が、同時に二機の雷撃機を叩き落とす。

 

弾片に推進器を撃ち抜かれたのか、形状を綺麗に留めたまま、海底へと行先を変更する機体もある。

 

対空砲火はなお一層苛烈になっていく。距離が近づくにつれ、発砲から炸裂までの時間差が縮まっていった。

 

“秋月”の対空砲火に、機銃が加わる。それから数秒もせず、

 

「全機銃座、撃ち方始め!」

 

赤城が下令した。増設された“赤城”の機銃が、海面付近の敵雷撃機めがけて一斉に火を噴く。

 

とはいえ、手動で動かしている機銃が、高速で動いている航空機を、そう簡単に捉えられるはずがない。

 

曳光弾のシャワーの中を、敵雷撃機は突っ込んでくる。それを機銃座が追いかけるが、なかなか捉えきれない。

 

「取舵一杯!」

 

赤城が号令する。艦尾に平行にして取り付けられた舵が左舷方向に切られていく。舵角指示器の針が一杯まで振り切れ、艦を直進させる流れに逆らって左向きのモーメントを生じさせようとする。

 

この時点で、敵雷撃機との距離は三千メートルになろうとしていた。

 

“秋月”の艦尾を通り抜けた編隊は、真っ直ぐに“赤城”へと突っ込んでくる。その腹でギラリと輝く鈍い魚雷の色が見えた気がした。

 

“赤城”の艦体が、ようやく艦首を左に振り始める。しかし、正横の敵編隊に対して艦首を向けるのには、それなりの時間が必要だ。じりじりとした時間の中、塚原は敵雷撃機の機首を睨む。

 

“赤城”が回頭していることに気づいたのだろう。敵雷撃機が、接近するコースを修正する。この時、距離は二千メートル。

 

最後の足掻きとばかりに、“赤城”の高角砲と機銃が咆哮する。が、急速回頭中という不安定極まりないプラットフォームから放たれた射弾に精度など望むべくもなく、空振りを繰り返す。

 

やっとの思いで一機を撃墜したその時、敵雷撃機との距離が一千メートルを割った。

 

―――来る・・・っ!

 

塚原が身構えたその瞬間、赤城が叫んだ。

 

「敵機投雷!」

 

“赤城”に迫る十二機の敵雷撃機の腹から、漆黒の鉄槍が海中に降ろされた。沈み込み、姿が見えなくなった魚雷だが、数秒後には調定された深度まで浮上してきて、真っ直ぐに“赤城”へと向かってくる。放出される窒素が泡となって、航跡を引いていた。

 

仕事を終えた敵雷撃機が、“赤城”の甲板すれすれをフライパスする。黒々とした異形の機体が、艦橋内の二人を嘲笑うように離脱していった。

 

「戻せ!」

 

魚雷に正対するまで回頭していた艦体を、赤城が止めにかかる。やはり惰性で取舵を切り続けようとする“赤城”に対して、反対側に当て舵を切り、艦の針路を真っ直ぐに安定させる。

 

その正面から、真っ白い尾を引きずって、魚雷が接近していた。

 

―――当たってくれるなよ・・・!

 

やれることはやった。最早後は、運を天に任せる他ない。ゴクリ。隣の赤城が生唾を飲み込む音がした。

 

“赤城”はなおも直進を続ける。主機は相変わらず艦体に推進力を与え、グングンと魚雷の方へ近づけていった。

 

みるみるうちに魚雷との距離が縮まっていく。艦首方向、飛行甲板前縁の向こう側から、何条もの白線が伸びてきた。

 

斜めに差す陽光が、海面下の暗殺者を青白く照らす。その姿を睨みつける。最早その距離は、目と鼻の先だ。

 

魚雷の航跡が、甲板の前縁と重なる。消えて見えなくなったその影の行方を、固唾を呑んで見守る。

 

しばらくは、何も起こらなかった。魚雷命中の衝撃も、つんのめるような感覚も、何も起こらない。“赤城”は直進を続け、艦隊各艦は他の雷撃機に射撃を続けている。

 

「成功・・・した?」

 

赤城が呟いた次の瞬間。

 

“赤城”の艦体が、それまで感じたことのない衝撃で打ち震えた。地震大国日本もかくやというほどに激しく揺れる艦橋に、塚原も赤城も両足を踏ん張る。重心を低くした体勢のまま、塚原は艦橋の前を見た。

 

そこには、幻想的な輝きを放つ白い巨塔が、天をも突かん勢いでそそり立っていた。水滴がキラキラと太陽に反射し、先端がこちらを見降ろしている。激震が襲う艦橋の中にありながらも、あまりに壮麗な光景に一瞬言葉を失った。

 

魚雷命中の水柱は、海面から二十メートルもの高さにある“赤城”の飛行甲板を易々と越えて、海上にその姿をさらしていた。重力に逆らっていた海水たちは、やがて一斉に崩れ去り、海面へ戻ろうとする。大粒の水滴が、舷側の機銃座とまとめて、飛行甲板をバラバラと打った。

 

“赤城”はついに被雷したのだ。

 

「両舷停止!ダメージコントロール、急いで!」

 

被雷の苦痛に顔を歪めながら、赤城が指示を飛ばした。応急修理を受け持つ妖精たちが、すぐさま駆けていった。

 

「格納庫の安全確認!非常用海水ポンプ始動準備!」

 

火災への備えまで行ってから、赤城が塚原に向き直る。

 

「左舷中央部に被雷。バルジの防護箇所でしたので、被害はそこまで大きくならないはずです。いざとなったら、強制活性化を使います」

 

そう言い切って笑う。痛みがあるのだろう、額に汗を浮かべながらも、赤城は気丈に笑っていた。

 

「これくらいで、私は沈みませんから」

 

その宣言に、塚原は無言で頷いた。日本海軍機動部隊の長、共に歩んできた彼女のことは、誰よりも信頼している。彼女が大丈夫と言っているのだ。まだ、やれる。

 

応急修理中の妖精から、報告が上がって来る。浸水箇所の隔壁を閉鎖し、補強材で固めている。赤城の指摘通り、バルジ装着箇所ということもあって、被害はそれほど深刻ではなさそうだ。浸水による傾斜はあるだろうが、それも反対舷への注水で解決する。

 

しかし、それで全てが終わったわけではなかった。

 

「っ!“飛鷹”被雷!」

 

“赤城”に付き従っていた中型空母の右舷に、水柱が二本生じていた。艦の前部と後部、二か所に命中した魚雷のせいで、“飛鷹”が大きく左に仰け反ったように見えた。

 

“飛鷹”の基となった船は、商船だ。北太平洋航路に就役予定の頑丈な船だったとはいえ、軍艦には及ばない。

 

二本の魚雷を受けて、無事で済むとは思えなかった。

 

さらに―――

 

「“五十鈴”被雷!」

 

一航艦最後尾の防空巡洋艦の姿は、“赤城”の艦橋からは見えなかった。それでも、五千五百トン軽巡である“五十鈴”にとって、魚雷の命中は致命的であることはわかる。

 

「・・・艦隊各艦に、被害の集計を命じてくれ」

 

「・・・はい」

 

艦橋の空気は重い。帰途につく攻撃隊の様子を見つめていた妖精が、不安げにこちらを窺う。

 

その時。

 

『“赤城”、こちら“加賀”。索敵機の即時発艦と攻撃隊の発艦準備を具申します』




イベント告知ありましたけど・・・

さて、今回はどうなることやら

それまでに話をどこまで進められるか

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