パラオの曙   作:瑞穂国

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手に汗握る航空戦。ジュラルミンに覆われた半日が始まります


攻撃隊、発艦セヨ

「見つけたか!」

 

トラック沖を進む航空母艦“翔鶴”の艦上に、南雲の声が響いた。

 

電信室からの報告を上げるなり、前のめりになる南雲に、艦娘の翔鶴は苦笑を浮かべる。この提督は、このまま“烈風”に飛び乗って、出撃してしまいそうだ。

 

「どうされますか?」

 

「決まってるだろう。攻撃隊の発艦準備を急がせるぞ」

 

「はい。わかりました」

 

威勢のいい南雲の声に、翔鶴はチラリと飛行甲板を見遣る。格納庫で準備を終えていた攻撃隊は、昇降機によって次々と飛行甲板に引き出され、暖機運転に入っていた。濃緑に塗られた猛禽たちが、ズラリと翼を並べる様子は、壮観の一言に尽きる。

 

整備を担当する妖精が機体の状態を確認し、搭乗員妖精に交代する。自らの愛機が万全の状態にあることを確かめて、搭乗員妖精が親指を突き出した。飛行帽をかぶる彼らに、翔鶴は微笑を浮かべる。

 

“翔鶴”率いる二機艦は、三個機動部隊の中でも、練度、装備、共に最高レベルにある。特に艦載機は、『NT作戦』に参加する機動部隊の中で、最も優遇されていた。

 

戦闘機は、次期主力戦闘機として配備が進み始めた“烈風”。零戦に比べて大型の機体は、カタパルト運用に耐えられるよう改良がなされており、暫定的に二一型と呼ばれている。火力では“紫電”改二に劣るものの、機動力、格闘性能、航続距離、制空戦闘機として必要な能力を高い次元で備えた機体だ。

 

攻撃の要として搭載されているのは、艦攻と艦爆の統合機である“流星”。細身の胴体に、W字の逆ガル翼が特徴的な機体だ。「誉」発動機が、大直径の四翔プロペラを回す。雷撃はもちろん、急降下爆撃もこなす。そのために頑丈な機体は、カタパルトでの運用にも十分対応していた。

 

二機艦が用意している第一次攻撃隊は、この二機種で構成されている。“烈風”四十機、爆装“流星”四十機、雷装“流星”五十六機。合計で百三十六機の攻撃隊だ。

 

時刻は間もなくお昼を迎える。翔鶴は、今日中に出せる攻撃隊を、二回と想定していた。多少の無理をすれば第三次攻撃を実施できなくもないだろうが、収容が日没後になる可能性が高いことと、明日以降も戦闘が続くことを考慮すれば、しなくてもいい無茶だ。

 

発艦指揮所の妖精が、全機の準備が整ったことを報せた。それに頷いて、翔鶴は艦の舵を艦橋の妖精に渡す。任せろ、と言いたげに、艦橋の妖精が舵を握る。

 

「行ってきます」

 

「うむ」

 

艦橋で仁王立ちする南雲は、翔鶴に軽く頷いただけだった。それが何よりの信頼の証と感じて、翔鶴は頬を緩める。

 

甲板横の発艦指揮所は、艦の前進に伴う猛風が吹いていた。翻る銀髪を押さえながら、翔鶴は辺りを見回す。輪形陣中央、複縦陣を敷く四隻の主力空母たちだ。“翔鶴”の右舷には、妹の“瑞鶴”が、それぞれの後ろに“蒼龍”と“飛龍”が付き従う。その周りを囲むように、護衛艦が輪形陣を敷く。

 

敵攻撃隊への備えとして、艦載機による上空直掩と、回避運動に重点を置く日本海軍の機動部隊は、深海棲艦に比べて編成されている艦艇が少ない。ゆえに、その輪形陣もあまり大きくない。それでも、十二隻のBOBが整然と陣形を保ち、大海原を駆ける様は、壮麗な雰囲気を醸し出していた。

 

鉢巻きを締め直し、弓を握る。もう間もなく、南雲が「攻撃隊発艦始め」を下令するはずだ。

 

甲板の遮風柵が倒される。暖機運転が完了している先頭の“烈風”が、ゆっくりと甲板の前に運ばれ、左舷側のカタパルトに接続された。発艦準備は完了している。

 

チラリ。艦橋を見遣る。そこに立つ南雲と目が合った。おもむろにマイクを取った彼が、厳かに告げる。

 

『攻撃隊、発艦始め』

 

「第一次攻撃隊、発艦始め」

 

弓に矢を番え、引き絞る。張力の一杯まで張りつめた弦の反発を、確かに感じる。手を離せば、解放された弦が矢を勢いよく放った。

 

ひょうふっ。矢が宙空に消えるのを合図にして、カタパルトが起動し、最初の一機が甲板上を駆けていく。揚力を得るのに十分な速さに達したところで、機体が甲板前縁から海上に放られた。「ハ四三」発動機を猛々しく唸らせ、四翔プロペラで確かに空気を掴んだ“烈風”は、ほぼ中天の太陽に銀翼を主張しながら、高空へと駆けていく。

 

“瑞鶴”、“蒼龍”、“飛龍”でも、同じことが行われている。一番機の射出が終わると、早くも二番機の準備が進められ、再度カタパルトが起動して“烈風”が飛び立つ。

 

カタパルトによる発艦作業は迅速だ。全機が発艦し、上空で編隊を組んで進撃を開始するのは、三十分前後であろう。

 

自らの世界へその翼を伸ばした猛禽たちを見送り、翔鶴は環境へと戻っていった。

 

 

ある程度予想はできていたことだった。

 

“彩雲”から「敵艦隊見ゆ」の電文が入るのとほとんど同時に、“五十鈴”搭載の二一号電探が、一機艦に接近する機影を捉えた。反応が小さく、おそらくは単機。深海棲艦の偵察機であることは、容易に察せられた。

 

しかし、距離五万での発見は、あまりにも遅すぎた。

 

直掩隊が急行したが、撃墜の前に電文を発したことが確認された。

 

これで、一機艦は敵機動部隊に発見されたことになる。

 

甲板上で進む第一次攻撃隊の収容作業を見守りながら、塚原も赤城も表情を曇らせていた。

 

「・・・来るな」

 

「・・・来ますね」

 

それは、つい今しがた発見した機動部隊(「乙イ」と呼称)からかもしれない。あるいは、まだ見ぬ別の機動部隊からかもしれない。ともかく、少なくとも二時間以内には、この一機艦に敵攻撃隊がやって来ることになる。

 

「各艦とも、迎撃の準備は整っています」

 

すでに直掩隊は増やしている。さらに、電探が敵編隊を捉えれば、直ちに追加で発艦できるよう、格納庫内で準備も進んでいる。

 

「攻撃隊収容の進捗状況は?」

 

「半分が終わりました。後三十分ほどで完了する見込みです」

 

敵攻撃隊がやって来るには間に合いそうだ。

 

春島への空襲を成功させ、帰還した第一次攻撃隊だが、損害は大きかった。特に敵戦闘機による迎撃が熾烈であったと、報告が上がっている。飛行場から迎撃に上がってきたのは、タコヤキ型の新型機だったという。

 

今もまた、“天山”が一機、“赤城”の飛行甲板に着艦する。着艦制動索にフックを引っかけて前部昇降機付近で静止した“天山”は、傍目から見てもわかるほどに損傷している。主翼や胴体側面に穿たれた弾痕が、戦闘の激しさを物語る。

 

搭乗員が下りた機体に、すぐ整備妖精が取り付く。スパナを背中に背負った彼は、しかしその首を横に振る。損傷が激しく、修復は不可能と判断されたらしかった。

 

妖精たちがワラワラと集まり、一斉に“天山”を押し始める。舷側方向へ横滑りした“天山”は、やがてその主脚を脱落させて、海面へと落ちていく。海中投棄された機体に、妖精たちが手を合わせていた。

 

そうした作業が、何度か繰り返され、やがて全機の収容が完了した。前部昇降機が次々に第一次攻撃隊を格納庫へ降ろしていく一方、中部と後部の昇降機は、直掩増勢のために発艦させる“烈風”や零戦を引き出す。

 

暖機運転の爆音が轟く中、彼方から迫りつつあるジュラルミンの嵐に、二人は身構えていた。

 

 

 

『電探に感あり!敵味方不明航空機多数、接近中!』

 

スピーカーを震わせる“五十鈴”からの報告に、一機艦の緊張感は一気に高まった。

 

『方位三五〇、距離六〇〇(六万メートル)』

 

一機艦は現在針路を一五五に取っており、攻撃隊は艦隊の左舷後方からやって来ることになる。

 

「対空戦闘用意!飛行甲板上の直掩機は直ちに発艦!」

 

報告を受け、塚原は直ちに下令する。慌ただしく艦橋を後にした赤城が弓を放ち、カタパルトが起動して直掩隊を増勢する。

 

各艦の対空砲には、砲員の妖精が取り付いて、高射装置や機銃指揮装置からの指示を待つ。“赤城”の両舷でも、ヘルメットをかぶった妖精たちがそれぞれの高角砲、機銃に取り付き、やって来る空からの脅威に備えていた。

 

「一挺艦の“武蔵”に繋いでくれ」

 

「はい」

 

対空戦闘の準備が進んでいくのを見守りつつ、塚原は赤城からマイクを受け取る。呼び出した一挺艦は、一機艦からわずかに二十五海里しか離れていない位置を航行中だ。

 

「一機艦“赤城”より、一挺艦“武蔵”。聞こえますか。どうぞ」

 

『こちら“武蔵”。感度良好。どうぞ』

 

“武蔵”座上の栗田からは、すぐに返答があった。

 

「敵編隊が我が艦隊へ向かっています。これより、対空戦闘に入ります。どうぞ」

 

『了解した。こちらから増援は送れない。貴艦隊の健闘を祈る。どうぞ』

 

「ご期待に沿えるよう、最大限の努力をします。終わり」

 

通信を終えるのと、最後尾の“烈風”が飛び出すのは同時だった。

 

『“利根”より一機艦各艦。これより、防空戦闘の指揮を執る』

 

六直艦旗艦“利根”座上の近藤が、防空戦闘の指揮を執る旨、各艦に伝える。『IF作戦』の際も、機動部隊の直衛として指揮を執った提督だ。塚原も信頼している。

 

『敵編隊、距離五〇〇!』

 

『“赤城”隊、“加賀”隊は、準備出来次第攻撃始め。“千歳”隊、“千代田”隊、“飛鷹”隊は、艦隊上空で待機』

 

“利根”から直掩隊に指示が飛ぶ。発艦し、高度を稼いだ“赤城”と“加賀”の戦闘機隊が、スロットルを全開にして、迫りくる敵編隊へ突撃していく。唸る「ハ四三」発動機と「金星」発動機の轟音が、ここまで聞こえてきそうだ。

 

「方位からして、先ほど発見した『乙イ』からの攻撃隊でしょうか」

 

精神同調を終え、艦橋中央に立つ赤城が、塚原に言った。

 

「その可能性が高いと見るべきだろうな」

 

「そう上手くはいきませんね。他の機動部隊も釣れるのではと、期待していたのですが」

 

帰還する攻撃隊を追跡すれば、その母艦を発見できる。もしも、発見した「乙イ」以外から出撃した攻撃隊であれば、その後に索敵機をつけることで、別の機動部隊を発見できたかもしれない。

 

「まずは、目の前の敵と対峙しろ。そういうことでしょうか」

 

「・・・そういうことにしておこう」

 

次の瞬間、四万メートル離れた空域で、戦闘が始まった。敵攻撃隊から分離した制空隊が、“烈風”や零戦と激しく銃火を交える。機銃弾に引き裂かれた彼我の機体が、黒煙を引きずって落ちていく。

 

「各高角砲、機銃、全て配置完了しています」

 

“赤城”自身の対空戦闘準備も完了したことを告げる。それに軽く頷いて、塚原は空を睨んだ。

 

これからの半日、これまでにない激闘が予感された。




航空機の戦いって、必ずしも先に見つけた方が勝つわけではありませんよね

色々な要素が絡み合って、最終的に相手方の戦力を削り切った方が勝つ。砲撃戦とはまた違った楽しさがあります

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