基本的に、こっちのタイトルふざけてますよね
これからはもっとふざけていくつもりです
・・・なんで前書きで、タイトルの話してるんだろう
降り注ぐ弾雨の中、“木曾”以下駆逐艦四隻の水雷戦隊は、その時を待ち続けていた。
ヘ級からの牽制射撃は続いていた。速射性能の高い六インチ砲が咆哮を上げれば、まるでミシン目のように海面が沸き立つ。その中を、“木曾”は的確な転舵の指示で掻い潜り、敵艦隊との距離を保っていた。
時が来れば、いつでも突撃できる位置だ。
「再び命中弾!」
リ級に噴き上がった火柱を見つけて、曙が叫んだ。前方の“木曾”だけを見つめている榊原は、彼女の報告にコクリと首肯した。
「これで、十二発か」
リ級と撃ち合っているのは、パラオ泊地随一の火力を誇る重巡洋艦の“摩耶”だ。第三射で夾叉弾を出した彼女は、すぐに斉射に移行し、これで七度目。約二十秒おきに八門の二〇・三サンチ砲の斉射音が轟き、リ級へ射弾を浴びせかける。当のリ級は、すでに激しく炎上し、満身創痍の状態だ。
「そろそろ、ね」
その様子を見たであろう曙も、ぼそりと呟く。
リ級を沈黙させれば、“摩耶”はその砲口をヘ級へと向けるはずだ。その時が狙い目だ。“摩耶”の砲撃が始まり次第、全艦が突撃を始める。
“木曾”の右舷に水柱が上がる。六インチ砲弾のそれがバラバラと降り注いでは、沸騰した海水が白濁の摩天楼となる。
―――至近弾・・・!
敵弾に空を切らせ続けている“木曾”の操艦だが、いよいよ敵の精度も上がってきている。このままでは、遠からず命中弾が出るだろう。軽巡として大きい部類ではない“木曾”では、ヘ級の連続斉射は命取りになりかねない。
焦りによる冷えた汗が、額に浮かぶ感覚がした。
『待たせたな!』
そんな思いを断ち切るような、頼もしく明るい声がスピーカーから聞こえた。
『敵重巡沈黙。目標を軽巡に変更!』
『やっと来たか!』
摩耶の意気に応えるのは、今も転舵を続ける木曾だ。その口角が挑戦的に歪められる様が、ありありと想像できた。
轟々と炎を噴き上げ、行き足を止めているリ級への射撃はすでに止んでいる。“摩耶”の主砲は、新たな獲物に対して、その牙を突き立てんと欲していいた。
再び六インチ砲弾が落下する。今までで一番近い。崩れた水塊が、バラバラと“木曾”に降り注いでいた。だが、逃げるのはここまでだ。
「“摩耶”、再び発砲!」
曙の言った通り、沈黙していた“摩耶”が測距を終えて、再びその砲口に火焔を躍らせた。観測用の交互射撃が始まり、およそ二十秒後に弾着の水柱を上げた。ヘ級の左舷側海面が大きく持ち上がる。“摩耶”の照準は、二番艦のヘ級へと移ったのだ。
『者ども、続け!』
それを確認したように、木曾が叫んだ。途端、回避運動が止まり、脇目も振らず全速力で突撃を始める。三四ノットの速力が水雷戦隊に与えられ、さながら戦国の騎馬の如く、一本槍となって真っ白な航跡を引いていった。
「距離は?」
迷うようにした後、結局“摩耶”に向けて発砲したヘ級の様子を確認しながら、榊原は曙に尋ねた。
「一〇〇(一万メートル)。投雷までは四、五千ってとこね」
曙に返答を受け、榊原は素早く計算した。三四ノット―――およそ六十キロ毎時の水雷戦隊が、四千の距離を縮めるには、単純計算で四分がかかる計算だ。そこに、微妙な転舵や敵駆逐艦の妨害が入ってくるから、実際には五分か六分。
『駆逐艦は、こっちでなんとかするぞ。投雷は五〇』
“木曾”以下の動きには一切の乱れがない。雷撃戦距離を指示されても、その返答は短く端的なものだ。何を言わずとも、通じているところがある気がした。
“摩耶”は、ヘ級へ砲弾を撃ち続けている。至近弾は与えているが、命中弾はまだだ。一方、ヘ級の砲もまた、その射撃精度を詰めてきている。
「前方、敵駆逐艦!」
瞬間、榊原は意識を目の前に戻した。双眼鏡を向ければ、ヘ級の斜め後ろ―――こちらから見て手前側に、四隻の駆逐艦が見える。種別はロ級とハ級だろうか。綺麗な縦列を組んでおり、こちらの投雷を防がんとしていることは火を見るより明らかだった。
『取舵二〇』
木曾が転舵を指示する。彼我の巡洋艦の射弾が行き交う下を、お互いの軽艦艇が入り乱れていた。こちらの転舵に合わせるように、敵駆逐艦も一斉転舵する。“木曾”が逆に艦首を振れば、またそちらへと転舵した。こちらの動きにピタリと付いてくる、厄介だ。
―――敵駆逐艦の距離は・・・目測で七千か?
現在の二隻の敵巡洋艦(とは言っても、リ級はすでに沈黙しているが)との距離は、先より縮んで八千。その手前に着かず離れずだから、およそその程度だ。砲撃で蹴散らせるような距離ではない。
『・・・しつこいやつだ』
若干イラついたような声の後、“木曾”が転舵を止めた。もう小細工なしで、正面から突破するつもりだ。
―――とはいえ、厄介だな。
敵艦隊を雷撃で屠るのだとすれば、あの駆逐艦の存在は邪魔でしかない。投雷点に取り付こうとすれば、妨害の弾幕が張られる。さて、どうしたものか。
一つの方法は、酸素魚雷の超長射程を生かした遠距離での雷撃だ。敵駆逐艦と六千程度距離を取っておけば、さすがに妨害を受けることはない。ただ、これだとそもそも魚雷の命中率が悪すぎて、何隻か取り逃がす可能性が高い。
それでも問題なさそうだが・・・この艦隊は偵察艦隊だ。こちらの詳しい情報を持っていかれるわけにはいかない。だからこそ、全艦を撃沈する。
そうなれば、取れる方法は一つ。何としてもあの妨害を突破して、駆逐艦諸共、海の藻屑に変える肉薄雷撃を試みるしかない。
その意思を示すがごとく、五隻の水雷戦隊は韋駄天となって突き進む。駆逐艦など、はなから眼中にないかのような、堂々とした様だ。榊原は込み上げる武者震いと共に、自然とその背筋が伸びる心地だった。
大丈夫だ。彼女たちならやれる。俺は指揮官として、堂々と立っていればいい。
『投雷のタイミングに変更はない!あんなちんけな野郎どもなんか、気にすんじゃねえぞ!』
木曾の檄が飛ぶ。
「さっきまで逃げ回ってたやつの言葉とは思えないわね」
『さっさと投雷点に取り付きなさいよ、遅いったら』
『早くしないと、昼食作る時間がなくなるじゃない』
軽口にしては、いささか口の悪い駆逐艦たちの答えも変わらない。木曾の呵々とした笑いがスピーカーを震わせ、心なしか“木曾”の艦体も小刻みに震えているような気がした。
『六〇!』
次の瞬間、“木曾”が発砲する。前部に指向可能な前甲板と艦橋両脇の一四サンチ単装砲が咆哮し、陣取る敵駆逐艦を牽制する。射角の取れない“曙”以下四隻の駆逐艦は、砲戦準備だけは入念にして、じっとその様子を見ていた。
「・・・全砲塔右舷三十度へ」
曙が指示すると、機械の駆動音が機関の轟々たる音に交じり、艦橋に響く。前部の連装砲一基、そしておそらく、後部の二基も、曙の指示した方角へと、その砲口を向けているはずだ。
『五〇!取舵三〇、右砲戦、右雷撃戦用意!』
木曾の指示のもと、それまで一直線に突き進んでいた五隻は、単縦陣を維持したまま鋭くカーブを描く。まもなく投雷点だ。
『撃ち方、始め!』
撃ち方であるから、砲撃の指示だ。木曾はまだ、魚雷を放つつもりはないのだろう。
「てーっ!」
真っ先に発砲したのは、すでに砲塔を指向し終えていた“曙”だった。曙の甲高い号令の後、六門の主砲が一斉に火を噴いた。反動が細長い艦体を揺らし、ビリビリと艦橋の窓を震わせる。駆逐艦とはいえ艦砲。その衝撃波は凄まじいの一言に尽きた。
“曙”に続くようにして、“木曾”や、他の駆逐艦も発砲する。一方で、こちらを妨害せんとしていた敵駆逐艦も一斉に発砲し、彼我の砲弾が海面の上で交差した。
太鼓を打ち鳴らすような、小気味いい連続斉射。ここでも曙の練度は高い。牽制弾幕のはずなのに、わずか二射で敵駆逐艦の二番艦に命中弾を与え、斉射の度に一寸刻みに被害を与えていく。
『投雷用意!』
そこで、初めて木曾から魚雷発射準備の号令がかかった。敵味方の小口径砲弾が入り乱れる中、全艦の魚雷発射管が敵艦隊へ指向される。
『投雷始め!』
「一番から三番まで、投雷始め!」
木曾の号令一下、五隻が次々と魚雷を放つ。箱型の発射管から圧搾空気によって放出された魚雷は、小さな飛沫と共に海面に飛び込むと、予め調定された深度で驀進を始めた。“曙”は通常魚雷だが、それに続く三隻の駆逐艦は、全て酸素魚雷に対応した発射管を持つ。そこから放たれた魚雷は、海面に飛び込んだっきり、一切航跡も残すことなく、深い海の青に消えていった。
『しばらく粘るぞ!撃ちまくれ!』
木曾の指示は単純だ。全艦が激しい弾幕を張り、決して敵艦には投雷を悟らせない。全艦を一網打尽にするための、明快な戦術。
榊原は、チラとストップウォッチを見遣る。投雷した瞬間から計っているものだ。これで、敵までの到達時間を計測する。魚雷が到達するまでは、およそ四分といったところか。
そこで榊原は、“摩耶”とヘ級の戦闘に意識を移した。見れば、その戦闘は、すでに決着がついたと言ってよかった。“摩耶”が健在な姿で洋上にその姿を浮かべているのに対し、ヘ級の方は全体に満遍なく被弾し、どす黒い煙を引きずっている。それでもなお、行き足を止めず砲撃をする様は、敵ながら哀れに見えなくもなかった。
だが、それももうしばらくだ。
『もう十分だろ。離脱にかかる』
いいだろ提督。牽制は十分と判断した木曾が問いかける。榊原も異存はない。
それまで射弾を浴びせかけていた五隻のBOBは、同時に取舵を切り、離脱にかかる。右に見えていた敵艦隊が後ろへと流れ、やがて艦橋の陰で見えなくなった。敵弾はなおも降ってくるが、それらが“曙”たちを捉えることない。
「・・・そろそろだ」
ストップウォッチの秒針を見つめていた榊原は、静かに呟いた。魚雷の到達時間が来る。もう間もなく、馳走していた魚雷たちが敵艦隊に到達し、その横腹を喰い破るはずだ。
「見張り員、戦果確認」
曙が、マストに陣取る見張り妖精に命じる。
曙の魚雷の航跡は、敵からもくっきり見えるはずだ。それに気付いたのか、敵駆逐艦がにわかに慌ただしくなった。ただし、曙によって多数の一二・七サンチ砲弾を被弾した一隻だけは、フラフラと覚束ない航行を続けている。
敵艦隊の回避行動は、遅きに失した。
五隻から放たれた鋼鉄の魚たちは、自らの獲物に全速力で突撃、その横腹に食いつき、喰い破った。
盛大な水柱と火柱がほとんど同時に上がった。艦首と言わず、艦尾と言わず、小柄な駆逐艦には過剰過ぎるほどの炸薬が威力を発揮するたびに、まるで木製の小舟か何かのようにその艦体が浮き上がり、竜骨がへし折れて弾火薬庫の誘爆を起こす。
あっという間の出来事だった。四隻の敵駆逐艦は、あっという間に澪標となってしまったのだ。
が、それだけでは終わらなかった。一分ほどが経った時、今度はヘ級の左舷に二つの瀑布が生じた。“摩耶”の砲撃によってすでに満身創痍だったヘ級には、それだけで十分だった。
燃え盛る艦体は、その真ん中から真っ二つになり、急速に浸水を拡大して沈みゆく。炎で熱された艦体が海水に触れて、濛々たる水蒸気が立ち上っていた。
見張り員からの報告を、曙が読み上げる。榊原は首肯した。
「・・・重巡の方は、どうなってる?」
榊原が尋ねると、曙はすぐに見張り員に確認を求めた。リ級もまた、甲板の火災地獄が収まる気配はなく、すでに左舷への傾斜を大きくしているとのことだった。
「撃沈確実ね」
曙がチラッとこちらを見遣った。トドメはどうするか、訊いているのだ。
「・・・霞」
『何よ』
呼びかけには、すぐに返事があった。
「万全を期したい。魚雷を再装填後、雷撃処分してくれ」
できれば曳航して、調査などしてみたいものだが、さすがにあの状態のものを曳いていくのは無理というものだろう。それに、パラオの設備は、そこまでできるほど整ってはいなかった。
『・・・何も、そこまでしなくても』
「万が一にも、この泊地の詳しい情報を持って帰られたら厄介だ。強攻偵察部隊が全艦撃沈となれば、深海棲艦もそうそう手を出そうとは思わなくなるはずだ」
『・・・わかった』
若干不服そうであったが、霞は素直に従った。反転し、海上に取り残されているリ級へと向かう。霞が備える次発装填装置には、もう一斉射分の酸素魚雷が詰められていた。
やがて、後方から轟音が聞こえた。どす黒い煙が天へと消え、海上から焔が消えた時、パラオ沖の戦闘は終焉を迎えた。
なんというか、ここまではチュートリアルみたいな話となりました
それと、戦闘ではないですが、もう一話、チュートリアル的な話になりそうです
それでは、また