パラオの曙   作:瑞穂国

106 / 144
水着回です

今回は大和さんのターン

トラック沖でも大活躍の予定です


青イ空、白イ雲

その日のパラオは、目を見張るほどの快晴だった。

 

どこまでも果てしなく蒼い空と、それを映したかのように透き通った海は、水平線の彼方でその境界を溶け合わせている。漂う真っ白な雲も少なく、南国らしい太陽光線が燦々と降り注いでいた。その景色を、鳥たちが優雅に飛び回る。

 

絶好の海水浴日和と言えた。

 

「綺麗に晴れたわね。よかった」

 

隣に立つ曙が、空を見上げてそう言った。普段着ているセーラー服ではなく、白いゆったりとしたワンピースだ。つばの小さい麦藁帽子が、花の飾りがついた髪留めとよく合っていた。華奢な体つきもあって、どこからどう見ても、育ちのいい、清純な美少女だ。

 

「・・・何よ」

 

榊原の視線に気づいたのか、曙が目元を険しくして尋ねる。幾度となく繰り返してきたやり取りのおかげで、その表情が意味するところはわかっていた。

 

「なんでもない。よく似合ってるよ。可愛いって、思ってた」

 

「かわっ・・・!」

 

榊原の言葉に、曙の顔が一気に沸騰する。噴き出した蒸気で、帽子が飛んでしまうのではと思えるほどだ。目線をぐるぐるとひとしきり泳がせた後、曙はゴニョゴニョと、言葉にならない呟きを繰り返す。紅潮した顔が、こっちを向いて一言。

 

「そ、そういうところがクソ提督なのよっ!」

 

だが、その後に小さく続けられた、「ありがとう」の台詞も、榊原はしっかりと聞き取っていた。

 

今日は『NT作戦』前に与えられた、最後の休暇である。パラオ泊地艦隊は、全員でコロール島のビーチへ、海水浴に行くことにした。

 

『IF作戦』前に行ったことを話したところ、卯月が「うーちゃんも海水浴したいぴょん!」と言いだしたことで、今回も全員で海水浴という結論になった。

 

例のごとく、泊地の方は港湾部に任せて、何かがあったら榊原か清水に連絡を入れてもらう。

 

「待たせたな、提督、曙」

 

そう言って、摩耶が現れる。それから続々と、集合場所である庁舎の玄関前に、パラオ所属艦娘たちが集まり始めた。霞と陽炎は、釣掛から昼食と飲み物の入ったクーラーボックスを受け取ってきている。

 

榊原と清水で、クーラーボックスを抱える。とはいえ、それなりの大所帯となったパラオ泊地全員分の食料品を運ぶのは、さすがに無理というものだ。そこで今回は、“大和”所属の内火艇で、ビーチ近くの桟橋まで行くことにした。

 

「それじゃあ、行くとするか」

 

榊原の掛け声で、パラオ泊地艦隊が動きだした。

 

 

 

白い砂浜は、相も変わらず、貸し切り状態だ。かつては観光客で賑わっていたであろうここも、今は人影がない。日本海軍が進出して半年以上が経過したとはいえ、パラオはいまだ、のん気に観光に来られるような場所ではなかった。

 

桟橋につけた内火艇からの荷下ろしが終わり、しばらくすれば陣地作りも終了した。広げたパラソルの下、各々の荷物がレジャーシートの上に並ぶ。

 

「俺が荷物を見ておくよ。先に着替えてきてくれ」

 

荷物番を引き受けた榊原を残して、全員が更衣室に向かう。残った榊原は、白波が打ち寄せる波打ち際を眺めて、誰かが戻ってくるのを待つ。おそらくは、清水が一番早く戻ってくるはずだ。

 

と、その時。

 

サクッ。サクッ。小気味よく砂を踏む足音が、後ろから近付いてきた。振り返るとそこには、日傘を差して大和が立っていた。榊原に微笑む。

 

「提督。大和も一緒に、荷物番をしますよ」

 

「・・・そうか。じゃあ、よろしく頼む」

 

特別追い返す理由もなく、榊原はそう返す。そのまま、大和は榊原の右隣に立って、同じように海の方を見た。日焼け対策なのか、薄手の長袖を着ている。

 

「えっと・・・こうして、二人きりなのも、久しぶりですね」

 

言われてみれば、その通りだった。言い訳をするつもりはないが、ここのところ、忙しさと思考にかまけて、まともに彼女たちと接していなかったかもしれない。

 

「せっかくだ。皆が戻って来るまで、少し雑談しないか?」

 

「は、はい。ぜひ」

 

榊原の提案に、大和が嬉しそうに頷く。雑談をするのに、わざわざ誘うのもどうかと思うが。

 

「いつもは、海で戦ってばかりだからな。たまにはこうして、全力で遊ばないと。せっかく、これだけ綺麗な海があるのに、もったいない」

 

「とても綺麗ですよね、パラオの海。私は、この海の色しか知りませんけど。それでも、この海が、一番好きです」

 

「同感だ」

 

提督としてパラオに着任するまで、海外旅行の経験などなかった。だから、比べる対象といえば、日本の海になってしまうのだが。やはりこちらの海は、抜群に美しい。

 

この海で経験した色々なことが、より一層に、海を美しく思わせるのかもしれない。

 

波間にきらめく光たち。

 

透明な海には、魚たちが行き交う。

 

海底に広がるのは、珊瑚の草原だ。

 

そのどれもが、ここだけの美しさだ。

 

「大和は、艦娘として生まれ出でた海が、このパラオであったことが、とても嬉しいです。それに・・・こうして、素敵な提督にも出会えましたし」

 

南国の花がごとく、麗しい大和の笑顔は、こちらが照れてしまうほどだ。気温とは別の意味で熱くなった顔を誤魔化すように、榊原は頬を掻く。

 

「・・・買いかぶりすぎだよ。俺はまだまだ未熟だ。君たちの隣に立つだけで、精一杯だよ」

 

「確かに、未熟かもしれませんけど。提督は自分を卑下し過ぎですよ。大和は・・・いえ、皆、貴方の隣にいることを、貴方と共に戦えることを、誇りに思っています」

 

「そうか・・・」

 

ますます照れる結果となってしまった。

 

大和の真っ直ぐな瞳が、その中心に榊原を映して、細められている。かつての不安げな色が、そこには見えない。彼女は、海軍最強の戦艦を預かる艦娘として相応しいだけの、威厳と実力を備えるに至った。

 

その瞳に映る俺は、果たして成長しているだろうか。

 

提督は、単に艦隊を指揮するだけの人間ではない。常に艦娘と共にあり、彼女たちを導く存在でもある。

 

彼女たちと共に立つ俺は、明確に道を示せているだろうか。

 

暗闇に航路を示す灯台として、その役目を十分に務めているであろうか。

 

「・・・ありがとう。信じてみるよ、俺自身のことも」

 

「はい。そうしてください。だって貴方は、私たちの提督なんですから」

 

自信にあふれたその声に、背中を押されているような、そんな気がした。

 

再び海の方を向いた大和が、可笑しそうに声を漏らす。

 

「ふふ、何だかくすぐったいです。提督にこんなこと言ったの、初めてかもしれません」

 

海を見つめたまま、口に拳を当てて、コロコロと笑う。彼女自身も、言っていて恥ずかしかったのかもしれない。

 

波の音が混じる。くるぶしまで届こうかという大和の髪は、木々を揺らす風に乗ってなびく。桜のかんざしも、そよそよと踊っていた。

 

「あの・・・提督?」

 

「どうした?」

 

「一つ、お願いがあるんですけど、いいですか?」

 

大和の口から出た「お願い」という珍しい単語に、首を傾げる。了承しない理由はなかった。

 

「手を、繋いでいただけませんか。前みたいに」

 

思い出すのは、トラック沖での、砲撃戦のこと。初めて経験する砲撃戦に緊張する大和の手を、榊原が握ったことがあった。

 

「俺の手でよければ」

 

差し出された手を握る。白くて細い手は、以前のように不安で震えてはいない。こちらが握れば、しっかりと応える。優しい温もりを包むような手だ。

 

「提督の手は・・・暖かくて、やっぱり安心できます」

 

「・・・そうか」

 

そう言われるのは、満更でもない。

 

と、その時。後方から迫って来る足音―――否、駆け足が。

 

「てやっ」

 

そんな声と共に、繋いでいた二人の手を、何者かが手刀で強制解除する。その正体にある程度の予測がついている榊原は、ゆっくり後ろを振り向いた。

 

予想通りだったのは、長い黒髪を揺らす祥鳳が飛び込んできたことだ。

 

予想外だったのは、水着に包まれていた祥鳳の大きな胸が、たわわに揺れていたことだ。

 

「お待たせしました、提督」

 

「い、いや。それほどでもないぞ」

 

若干の動揺を押し殺しながら、答える。祥鳳は、大和と反対側に立った。

 

二人の間に、強烈な電圧がかかって、空中放電現象が起こる。

 

「随分と早かったんですね、祥鳳さん」

 

「ええ、提督をお待たせするわけにはいきませんから」

 

そう言いながら、祥鳳が榊原の左腕を取り、引き寄せる。張りのいい、瑞々しい果実が、二の腕を包み込む。

 

―――・・・ナムサン。

 

「それより提督。どうですか、私の水着は?」

 

「あ、ああ。とても似合ってると思うぞ」

 

「本当ですか?ありがとうございます、嬉しいです」

 

その時、反対側の大和が、対抗するように右腕を引っ張った。超弩級の名に恥じぬ、大きくて柔らかいそれが、二の腕に当たっている。

 

―――・・・ガッデム。

 

この状況を、両手に花と思えれば、どれほどよかったことか。

 

前に海水浴に来た時も、同じような状況になったことを思い出す。

 

「祥鳳さん。提督は水着に着替えるんですよ。その手を離してください」

 

「大和さんこそ。どうぞお先に、着替えてきてください」

 

双方ともに沈黙。アーク放電の渦中に放り込まれた榊原は、両側からの強烈な圧力を感じていた。このままでは命に係わる。

 

そもそも、アーク放電が生じるような状況というのは、船の発電機にとって致命傷である。

 

「・・・随分楽しそうだな、少佐殿」

 

今回、このどうにもならない状況から救い出してくれる救世主は、曙ではなく清水であった。

 

楽しそうに見えるなら代わってくれ。

 

「荷物番は、俺と祥鳳が交代する。榊原と大和は、早く着替えてきたらどうだ」

 

清水の言葉に、ようやくアーク放電が収束する。解放された榊原は、そのまま着替えを持って、更衣室に足を向けた。もちろん、大和を連れだってである。

 

途中、着替え終わった曙とすれ違った。フリルのついた可愛らしい水着の上から、いつぞやと同じパレオをしている。目が合うなり、

 

「二人とも、早くしなさいよ」

 

と言い置いて、足早に砂浜へ向かっていった。

 

更衣室からは、続々と着替え終わった艦娘たちが出てくるところであった。彼女たちと入れ替わるようにして、榊原と大和が更衣室に入る。もちろん、男女別々だ。

 

「それでは提督。また、後ほど」

 

そう言って、大和は更衣室の中へ消えていった。

 

榊原も更衣室へ入る。海水浴はこれからだ。




ということで、まだ続きます水着回

次々回から、いよいよ本格的に『NT作戦』の話になります

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。