パラオの曙   作:瑞穂国

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トラック戦が近づいて参りました

もうしばらく、色々と話す予定です


静カナル盾

夜中の十一時だというのに、ルソン警備隊庁舎内の作戦室には、煌々と電灯がついていた。

 

地図と海図が広げられた作戦室中央の台を囲むように、四人が立っている。各々の視線は険しく、引き結ばれた口は何かを言うことはない。

 

ルソン警備隊長の卓己と、秘書艦の由良。その向かいに立つのは、相模と瑞穂。四人が四人とも、『T・T独立艦隊』との関わりが深い。

 

議題はもちろん、日中に舞たちが持ってきた、本土襲撃の可能性についてだ。

 

「・・・まずは、状況を整理しますね」

 

執務中にかけている眼鏡の位置を直し、由良が口を開く。

 

「舞さんが本土襲撃の可能性を示唆したのは、“イレギュラー”から提供された情報を根拠としています」

 

二か月ほど前、舞たちはZ海域内に展開する“イレギュラー”たちの中でも、最上位と思われる“イレギュラー”の艦娘―――ミヤコワスレと会合する機会があった。その際に、彼女が舞にだけ、教えてくれたことらしかった。

 

「・・・つまり、自分と榊原が訪れた時には、すでにそのことを知っていたということですか」

 

相模は唸るように呟く。なぜ彼女が話さなかったのか、なぜ今報せたのか。そして、報せた相手がルソン警備隊だった理由。そのどれも、理解できるつもりだ。

 

「あの・・・私たちの処理能力を、完全に超えている事案ではありませんか?」

 

瑞穂が不安げに発言する。答えるのは卓己だ。

 

「その点に関しては、異論の挟みようがない。そもそもが、警備隊だ。配備されている戦力も、大して多くない。今回の件、対処するにしても、中央の協力が必要になるのは明白だ」

 

ルソン警備隊が現在保有している戦力は、水上機母艦二隻、軽巡一隻、駆逐艦六隻。この他、哨戒艇や警備艇も所属しているが、BOBでないこれらは戦力に換算できない。ここに『T・T独立艦隊』の戦力が加わるとはいっても、それだけの戦力では、本土を襲撃しようとする深海棲艦艦隊を迎撃することは、困難を極める。

 

迎撃作戦には、『NT作戦』に参加しない本土の戦力との連携が不可欠だ。

 

「だがな。事案が事案だけに、どこに報せるか、誰に報せるかが問題だった。結果、最適任は横須賀の秋山中将であると判断した」

 

「・・・異論はありませんね」

 

横須賀の提督長である秋山が、『T・T独立艦隊』の運用に一枚噛んでいることはわかっている。現状、相模と卓己が把握している、最も海軍上層部に近い『T・T独立艦隊』を知る人物だ。

 

「・・・秋山中将は、ご存じだった」

 

「っ!」

 

「二か月前、舞ちゃんはすでに、秋山中将と吹雪さんに報告をしていたらしい」

 

「・・・それでは、なぜ」

 

なぜ、秋山中将は何もしていないのか。

 

「何もできない、というのが実情だろうな。トラック攻略は、既定の戦争計画で、非常に重要な部分を占める。今更中止や延期というわけにはいくまい。それに、例え中止したところで、本土に戦力が集まっていれば、深海棲艦も本土襲撃は取りやめるに違いない。お互いに得るものはなく、トラック攻略だけが遅れる」

 

ただし、秋山も、手をこまねいて、敵艦隊の本土接近を許すつもりはないらしい。

 

「秋山中将は、独自に迎撃計画を練っているらしい。だが、参加できるのはあくまで横須賀の艦隊のみということだ。本土襲撃の可能性を報せることで、『NT作戦』に取り掛かろうとしている艦隊に不安を与えたくないというのもあるだろうが、何よりも情報の出所が出所であるからな。そう易々としゃべれないだろう」

 

「つまり、本土襲撃艦隊を迎撃できるのは、横須賀残存艦隊とルソン警備隊、『T・T独立艦隊』のみということになりますか」

 

心許ないと言わざるを得ない。第一、本土襲撃艦隊がどの程度の規模になるのかも定かではないのだ。

 

「戦力について、話し始めても仕方ない」

 

かぶりを振った卓己が、由良に促す。頷いた由良は、手にした資料をめくり、再び口を開いた。

 

「本土を襲撃してくる艦隊は、ハワイに展開している戦力から抽出されてくることでしょう。それ以外には、考えにくいです」

 

トラックを守る艦隊は、『NT作戦』参加艦艇との戦いで手一杯なはずだ。となれば、本土を襲撃するようなまとまった艦隊を派遣できるのは、ハワイのみになる。

 

「ハワイの深海棲艦には、まだわかっていない部分が多い。編成の情報も曖昧だ」

 

卓己が残念そうに言う。

 

ハワイは、太平洋のほぼど真ん中に位置する島々だ。航空偵察を実施するにしても、その難易度は今までのものとは比べ物にもならない。

 

日本空軍では、民間に残されたボーイング747や787を買い取り、偵察機仕様にしてハワイまで飛ばしているが、成果は芳しくない。マッハ〇・八の巡航速度は、確かに深海棲艦艦載機よりも優速かもしれない。だが、それは必ずしも、落とされないということを意味するものではない。多数機による襲撃を受ければ、いかに速度があろうともただではすまない。所詮は軍用機ではないからだ。

 

結果として、偵察は高高度からのものとならざるを得ない。それでは、ハワイに展開する深海棲艦の詳細までを調べきることはできなかった。

 

アメリカの軍事監視衛星も頑張ってはいるようだが、こちらも詳細を詰めるには至っていない。そもそも、ハワイを拠点とする艦隊が、どこまでをそのテリトリーとしているかがわかっていないのだから、全貌を把握するなど土台無理な話なのだ。

 

ハワイ艦隊の正確な規模を計るには、トラックを攻略するしかない。

 

「そこで、逆算をしてみました。本土を襲撃するためには、どの程度の戦力を必要とするのか。あくまで、試算でしかありませんが」

 

そう前置いて、由良が予想される編成を読み上げる。

 

「本土襲撃に艦載機が有効でないのは、深海棲艦も承知しているはずです。よって、戦艦の艦砲射撃をもって、直接叩きに来ます。戦艦は四から六、空母は防空に特化させて二、護衛に巡洋艦と駆逐艦を入れて、合計ニ十隻を割るといったところでしょうか」

 

「・・・少なく見積もり過ぎではないですか?」

 

「本土を襲撃しようと考えた場合、規模は小さくまとめた方が得策です。その方が索敵網にかかりにくいですから。それに、艦隊規模が大きくなれば、それだけ準備や進撃にかかる時間も長くなります。万が一にも、トラックに行っている艦隊が反転して追いかけてくる、なんてことにはなりたくないはずですから、艦隊規模をできるだけ小さくまとめて、少数の高速艦隊で一点突破をかけてくると考えるのが妥当です」

 

指示棒でハワイから日本本土への線を書きながら、由良は答える。筋は通っている。『NT作戦』によって手薄になった本土の戦力では、この規模の艦隊でも荷が重い。

 

「狙いは横須賀でしょうね」

 

「そう見て間違いないと思います」

 

相模の問いかけに、由良が確信をもって頷いた。

 

日本海軍の拠点の中でも、本土の横須賀、呉、佐世保は、規模や設備面で非常に重要な鎮守府であることは、言うまでもない。この内、呉は瀬戸内海に存在するため、襲撃は困難だ。また佐世保は、九州を回り込む必要が出てくる上に、マリアナと小笠原、二つの索敵網にかかることになる。こちらも考え難い。

 

その点、横須賀は、航路を選べばマリアナの索敵網を回避することが可能であり、直線で襲撃が可能な位置にある。何より、首都である東京から近く、日本政府に与える衝撃は最も大きくなる。横須賀が壊滅するようなことになれば、海軍はしばらく積極的な作戦展開を控えざるを得なくなる。例えトラックを攻略しても、政府の判断によっては、維持を放棄することになるかもしれない。

 

戦略的思考を有する深海棲艦、それも最上位であると目されるハワイ艦隊が立案する作戦となれば、当然横須賀を狙ってくると考えるべきだろう。

 

「小笠原の哨戒隊が発見してから駆けつけていたら、間に合いませんね」

 

仮に、哨戒圏ギリギリの南鳥島沖で発見したとして、そこからルソンを抜錨したのでは、間に合わない。せめて後四時間は欲しい。

 

「沖ノ鳥島沖辺りで待機していて、発見と同時に急行するというのが、妥当でしょうか」

 

「・・・いや」

 

相模の提案に、卓己が首を振った。

 

「それはできない。『T・T独立艦隊』の存在は、できるだけギリギリまで、秘匿しておきたい。それに、イレギュラーを表沙汰にするなら、周りの状況もイレギュラーであった方が、問題も起こりにくい」

 

「なるほど。木を隠すなら森、混乱のもとを誤魔化すなら混乱の中、ということですか」

 

「日常に異常を足せば異常になるが、異常に異常を足したところで異常のままだ」

 

日本海軍の混乱に乗じて、ルソン警備隊と『T・T独立艦隊』が、深海棲艦本土襲撃艦隊を迎撃する。それが卓己の狙いらしかった。

 

「しかし、最低限必要な四時間はどうしますか?こればかりはどうにかしてもらわないと、我々は追いつくことができません」

 

「こればかりは、秋山中将の手腕と横須賀残存艦隊を信じるしかあるまい。報告があった時点で、我々は現場海域に急行する」

 

「・・・わかりました」

 

厳しい条件には違いないが、それでもやるしかない。

 

「だが、手をこまねいて待っているつもりはない」

 

―――卓己中佐のこんな姿を見るのは、初めてだな。

 

どこか肝の据わった眼差しの卓己に、相模はそんな感想を抱く。普段の彼は、どちらかといえば文官といった雰囲気で、ルソン基地航空隊との折衝などに手腕を振るっていたが、艦隊の指揮官という印象は薄かった。

 

何が彼にそんな覚悟をさせたのかはわからない。だが、守るべきものを、全力で守りたいという根幹の部分は、嫌というほどわかる。

 

「『T・T独立艦隊』を動かすわけにはいかないが、ルソン警備隊が動く分には問題ないはずだ。そこで、」

 

チラリ。卓己は相模と瑞穂を順に見て、一瞬の間を設けた。

 

「相模少佐に、頼みがある。“瑞穂”、“秋津洲”、“漣”を連れて、小笠原に行ってくれ。派遣理由は、こっちで何だかんだと付けておく」

 

「時間稼ぎをするためですね」

 

「そうだ。“瑞穂”と“秋津洲”なら、それができる」

 

本来、水上機母艦という艦種は、索敵や哨戒を主任務としており、攻撃能力、特に対艦戦闘能力は無きに等しい。精々高角砲が搭載されているくらいである。

 

だが、“瑞穂”と“秋津洲”は違う。そのことは、相模も承知していた。

 

「わかりました。お引き受けいたします」

 

了承した相模は、隣の瑞穂に目配せをする。緊張気味に背筋を伸ばした彼女は、それでもはっきりと、首を縦に振った。おっとりとしていても、一本芯の通った、強い艦娘だ。

 

 

 

『NT作戦』の開始が近づく中、ルソンでは秘かに、本土を守る「盾」が準備されていた。その全貌が明らかになる時は、そう遠くない日のことだ。

 

戦いの予感を、誰もが感じ取っていた。




冬イベも発表されましたが・・・さて、どうなるでしょうか

おらなんだかワクワクしてきたぞ

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