サイタマは暗い空間の中にいた。
上下左右、立っているのか座っているのかも分からなくなりそうなほどの暗闇。
唯一、テレビ画面のようなものがポツリと浮かび上がっている。
そこに写し出されていたのは、髪が宿っていた時期の、まだサイタマが今ほど強くなかった頃のものだ。
怪人のボコボコにされ、病院に行った数は100を超えてから数えてはない。
松葉杖をつくような怪我を負っても、トレーニングはかかさずやっていた。
ランニング10km、腕立て伏せ、スクワット、上体起こしをそれぞれ100回。
トレーニング中や怪人と戦っている時、度々この世界にやって来ることがあった。
「懐かしいなぁ。いつぶりかな、この感覚は」
走馬灯。
サイタマ本人は気づいていないが、かなり差し迫った状況をなっている。
1歩間違えば、あの世に行くであろう寸前。
暫くすると、白い光が差し込んで来る、暗闇に染まった空間にガラスを割ったようなヒビが駆け巡り、それが砕けると同時に目を覚ました。
そして、ーーー最強は更なる壁を超えた。
サイタマは文明の息吹く惑星ど真ん中で倒れ伏せていた。
周りは独特のデザインのビルや空飛ぶ車など、近未来を彷彿とさせる。ここが幻影の世界で無ければ、ボロスの宇宙船の中にいた宇宙人がひしめき合っていただろう。
『ゲート』
どこからともなく威圧的な声が聞こえると、空間がブラックホールのように歪み、そこから幻影の王が降り立ってきた。
『念の為に首は切り落とすか』
そう呟くと、幻影の王は手元に斧を作り出す。
重量感の溢れる、光を反射するような鋭い刃をサイタマの首に振り下ろした。
だが、響いた音は肉の裂ける音ではなく、金属が握力で砕かれる音だった。
『ーーーなっ!?』
驚きで顔を歪める。サイタマはゆっくりと立ち上がり、動揺する幻影の王の腹部を拳で強打した。
風船が破裂するように肉と骨が吹き飛び、鮮血が散る。周囲を建物を破壊しながら弾丸のように幻影の王は吹き飛んだ。
『クソがッ!図に乗るなよ!』
すぐさまエネルギーを集中させ、傷を修復させる。
記憶を掘り起こし、次の一手を打つ。
『十影葬×流影脚』
音速のソニックがサイタマに見せた10に分裂する残像と、閃光のフラッシュが見せた残像が繋がって見える特殊な歩行を組み合わせた、気が狂いそうなほどの影を生み出す。
10の残像は蛇のように動き回り、サイタマの周りを動いて撹乱を狙っていた。
『ガーハッハッ! お前にこれが捉えられるか!』
サイタマは無言で立ち止まり、1つ残像だけを目で追い続けた。
狙いを定めると、直接は殴らず、拳を振るった拳圧だけで本物を吹き飛ばす。
『馬鹿なッ!』
なんとか踏みとどまるも、予想外の出来事に幻影の王は理解できないでいた。
ならば。
幻影の王は地面を強く踏み込み、サイタマの前に降り立つ。
『神殺瞬拳』
瞬きを許さぬ、全てを超越した超連打。
小細工なしの全力。
サイタマはそれを見ると、両手の拳を強く握り、それに対応する。数秒間炸裂音が響き渡り、異次元の攻防が行われた。
『グッ』
競り勝ったのサイタマだった。1度拳を受けてしまうと、そこから瞬く間に数百を超える連撃をモロに浴びてしまう。
幻影の王は四方八方に爆裂し、血しぶきを巻き上げなら原型を無くす勢いでダメージを受けた。
すぐさまエネルギーを注ぎこみ、再び再生する。
「もう、お前じゃ俺に勝てない」
サイタマはいつになく真面目な顔でそう告げた。
『ふざけたことを言うな! 俺様は全ての怪人の頂点に立つ存在だぞ!』
幻影の王自身も薄々気付いていたが、それを認めたら本当の意味で負けてしまう。
何故だろうか。力を手に入れても、勝つビジョンが浮かばない。
『幻影武装・魔剣グラム』
石や鉄を容易く切り裂くと言われた、神話を元にした武器を取り出す。
『アトミック斬!』
再び連撃を入れる、視界にいくつもの線が……切り刻まれることはなく、サイタマの手刀で魔剣グラムは容易く砕かれた。
まるで玩具のように。
『何故だ……』
『ぐはぁ』と口から吐血をする。いつの間にか腹部には穴が出来ていた。
いつ殴られたのか、それすらも理解出来ない。
先程の優勢は幻影なのか? と疑ってしまう程、いつの間にか埋めようのない格の差が広がっていた。
「俺は努力して強くなった。それに対してお前は人から盗んだ力を利用している。それが俺に勝てない理由だ」
『そんなことがある理由ねぇだろ! この俺様が……』
「お前は俺の記憶を覗いたんだろ? 何も分からなかったのか?」
幻影の王は暫く押し黙り、サイタマの記憶を掘り返していった。それだけでなく、今まで出会った全ての人々の記憶を。
そして、ある一つの共通点を見つけた。
「人ってのは、死ぬ気で頑張れば強くなれる。魔法だがなんだが知らないが、そんなもので遊んでる内は俺に勝つことはできない」
ランニング10km、腹筋100回、上体起こし100回、スクワット100回。一般的なトレーニングだと皆は言うが、サイタマにとっては熾烈を極めた。
筋肉の繊維が千切れても、意識が飛んでも、それを辞めることは無く。怪人との戦いで¨死にかけた¨日もあったが、その日もかかさずトレーニングを続けた。
例えば、S級ヒーローであるタツマキは、研究所で怪人に襲われたことをキッカケに覚醒した。
例えば、ガロウもヒーローや怪人に幾度となく死闘を繰り広げ、死の淵に何度も迫った事で覚醒した。
トップクラスの彼らでさえ、数える程しか体感したことない死の淵を、サイタマは数百回以上は経験した。
それはサイタマが最初は弱く、怪人に対して何度もやられていたから、普通のトレーニングさえ過酷に感じたからこそ、いまがあるのである。
そしてサイタマは先程、再び死の淵を経験し、また1歩最強に歩み寄った。
何度も何度も経験した為に体のリミッターは外れ、僅かな経験でも多大な成長力を発揮するようになっている。
それ故に、サイタマは地球での幻影の王の戦いから既に成長を初めていたのだ。
幻影の王は、力は吸収したが、それは過去のサイタマである。今目の前に立つそれは、とっくの昔に過去の強さを乗り越えていた。
「最後くらい、他人の力は借りずに、全力で俺にぶつかってこい」
サイタマは笑いながらそう言った。
それを聞いた幻影の王は少しの間顔を伏せると、手元に杖を作り出し、上空へと飛んだ。
『ならば見せてやる!俺様の全力を!』
ブツブツと長い呪文の詠唱を読み上げていく。空には赤、緑、水色、黄色、紫色、と合計5つの羅針盤が出現する。その大きさは惑星すら上回る、超特大魔法陣だ。
『プラネットイーター』
炎、風、氷、光、闇、5つの属性を持った5体のドラゴンが出現する。
その大きさは、瞳だけで星を超える程の巨体、サイタマは空を見上げながら体全体すら見えない規格外ぶりに、素直に「すげぇ」と声を漏らしていた。
『飲み尽くせ』
全てのドラゴンが、星を砕くために大口を開けた。サイタマはそれに対して跳躍を開始する。
右腕をグルグルと回し、その拳を天に放った。
「HEROパンチ!!」
サイタマの振るった、万物を、常識を、概念を貫く渾身の一撃。
拳圧が全てのドラゴンを粉みじんに粉砕し、それをまともに浴びた幻影の王は少しずつ消滅していき、周囲にある惑星も余波で塵となっていく。
『幻影は尽きない、いつか再び俺様は蘇ってみせる。その時は、必ず貴様をーーー』
余りの威力に、幻影の世界にヒビが入る。サイタマが見た暗闇と同じく、空間がガラスように砕けちっていき、そこから光が差し込んできた。
2人の最強の戦いは、サイタマの勝利で幕を閉じた。
初めて執筆したのですが、いやはや難しいこと難しいこと。
ワンパンマンって基本殴り合いだから私の力量不足でどうしても描写が単調になってしまう。他の作家さんの凄さを痛感しますね。
何か参考になる書籍とかないですかね?|´-`)チラッ
次の後日談で一応終わりですが、次に新しい物を書く時とは本をもっと読み込んでから挑戦してみます。
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