サイタマはだらんと体の力を抜くと、手の指を地面につける。
何気ない行動。
だが、周りの空気がズシリと重くなるのをボロスとガロウは感じた。
「不味い……!?」
ガロウの記憶にはまだ新しい、人外が見せた本気。
真っ黒な壁が現れたかと思うと、天地がひっくり返った。
比喩ではなく、文字通りに。
ーマジシリーズー
「まじちゃぶ台返し」
底が見えないほど大地が抉りだされ、宙に浮遊する2人の化物と1人の最強。
ボロスは初見で驚いた様子を見せるが、ガロウの記憶の中に同じ技を使われたことがあるのを思い出すと、すぐに冷静さを取り戻した。
ガロウとボロスは作戦を意思疎通でやり通りをし、すぐさま実行に移す。
2人は近くにあった瓦礫を足場にして、サイタマの視野から逃れるように超高速移動を開始した。3次元的な動きで翻弄し、その速さは、照らし合わせた鏡に光を投影したかのようだった。壁も天井も、大地のように扱う。
サイタマの前にボロスが降り立ち、その背後にはガロウが降り立つ。
「神殺瞬拳!!!」
「砕けちろぉぉぉ!!!」
ガロウの急所を狙った巧みな武術と、ボロスの絶対的な破壊力が同時に襲いかかる。
いくらサイタマといえど、2人がかりなら打ち倒す自信があった。
けれども。その自信さえも拳で打ち砕かれる。
「いいね。俺もちょっと本気出してやる」
サイタマは2人を相手できるように半身振り返り、1人を片手で相手するような形になった。
ーマジシリーズー
「マジ連続・普通のパンチ」
サイタマは威力は抑えつつ、スピードは本気を出していた。
普通の連続パンチの何倍の手数だろうか、10倍、100倍、1000倍、それすらも把握できない。
数えるだけ愚かな、数の暴力。
「ぐぁぁ!」
先に吹き飛ばされたのはボロスだった。圧倒的な手数の差に押され、長所でもある破壊力でも負ける。
サイタマの拳に触れると体の1部が吹き飛び、1発2発と続くように攻撃を受けて、体が四方八方に爆散する。口から血を吐き出し、激痛に耐えながらも、再生力にエネルギーを注ぎ込み、なんとか立て直す。
それを追うようにガロウも吹き飛ばされた。宙に浮いていた岩盤を幾つか貫通していき、なんとか宙で体勢を立て直しながら、吹き飛ばされたエネルギーを利用して跳躍を開始した。
ーーーーーーーーーーーー
「なんとか勝ったな」
ジェノスは右腕が無くなり、体のあらゆるところから電流が漏れ出す程の損失を代償に、なんとか深海王に勝つことが出来た。
遠目では、サイタマとガロウと、謎の光の怪人が戦っているのが分かる。
ーーーーーー恐らく、先生が戦っている怪人は、S級A級が束になっても勝てないだろう。
それを2体、しかも圧倒的な力で押し返していた。
自身の最大級の火力超えるレベルを、謎の光の怪人は、拳圧だけで生み出している。余りのエネルギーに物質が個体を保てないほどだ。
ガロウも引けを取らず、コンマ数秒すら知覚できる自身の目から、姿を消し、あろう事か、先生と殴りあっていたのだ。
激しい炸裂音が、何度も何度も響き渡る。その度に大地が砕け、空の雲が裂ける。
以前手合わせを願った時、手を抜かないで欲しいといったが、その言動を思わず恥じてしまう。
こう言ってはなんだが、蟻を殺すのに、本気になる人間いるのだろうか? いる訳がない。
自身が先生に手を抜くなと言ったのは、正しく蟻に対して全力を出せと言っているようなもの。考えるだけで、苦笑いしてしまう。
あの時は、自身の実力を履き違えて、手加減されるのはプライドが許さなかったのだ。
恐らく、先生と俺の戦いは、物凄くつまらないものだっただろう。だが、先生は嫌な顔をせず、最後には片鱗であったが本気を見せてくれた。
それと同時に、先生との出会いに感謝していた。
先生と不意に目が合う。気がつけば、Z市が崩壊していたが、不思議と俺の周りだけは無事だった。
どうやら俺のことを気にかけながら戦っていたらしい。珍しく先生の目に光が宿ったのだ。せめて邪魔しないようにと、俺は避難することにした。
ーーーーーー本当に、いい師に出会えたと思う。
ーーーーーーーーーーーー
ガロウとボロスは満身創痍な状態で立ち尽くしていた。
幻影の王が指示を出した3分は既に過ぎたが、この2人はサイタマの打倒を目標にしている。幻影の王も止める様子はなく、面白そうにジッと見ているだけ。
「クソッ……が! 」
ガロウは腹を抑えながら、呻くように愚痴をこぼす。
舞い上がった大地は地上に落ち、地盤はめちゃくちゃになっていた。
「まだ、まだ俺様には力が足りないのか!? テメェを超えることは、絶対悪を成し遂げることは不可能なのか!?」
ガロウは生まれて初めて弱音を吐いた。
偽物とはいえ、本物の記憶と意思を引き継いでいる。
力も、スピードも、耐久力も、全てが足りない。武術こそ勝っているもの、他の全てに差がつきすぎている。
戦いながらも自信の成長を感じるが、あと何歩歩めば奴を超えることができるのだれうか?
深い闇の中、ゴールすら見えないままずっと走っているような錯覚に陥る。
「だからこそーーー倒しがいある」
ボロスは地面に手をつき、更なる進化を遂げようとしていた。
それを見て、ガロウは驚愕の表情を浮かべる。
ーーーーーードクンドクン。
ボロスは自身と同じ、武術による呼吸法をしていたのだ。
生半可の付け焼き刃だが、これをヒントに、体のエネルギーの巡回スピードを倍以上に高める。
かつて、地球を消し去るほどのエネルギーをサイタマにぶつけたが、今度は違う。全てのエネルギーを身体能力に変えていたのだ。
ボロスの体から、5感を塗り潰すような金色の光が閃光する。
「ファイナルメテオリックバースト」
光の閃光がボロスの体内に再び戻り、前回の数倍以上のエネルギーを利用可能にしていた。
「そうか!」
ガロウは逆に、ボロスの生命力と、エネルギーの利用法を参考にして、自身の傷を治癒していく。
血流の動き、心臓の動き、ありとあらゆる動きを限界以上に引き出す。
それで体が耐えきれず、切り傷があちこちで発生し、そこから血が噴水のように吹き出す。それでも止まらず、傷を強制的に治癒していき、無理にでも体が耐えられるようにする。
エネルギーを体の外に放ち、推進力に利用する準備をする。そのエネルギーはボロスとは対極に黒く、滲んでいた。まるで闇のように。
ガロウも、以前の数倍以上の動き可能にしていた。
「!!」
サイタマが驚きの表情を浮かべる。
光と闇。
光の物体が近づいたかと思うと、拳を腹に打ち込んでいたのである。
背後にある地盤が光に飲まれると、今度は灼熱のように燃えるわけではなく、消滅した。
吹き飛ばされた先には闇が待ち構えており、回し蹴りもらう。再び吹き飛ばされた先には光が待ち受けており、顔面を殴られて、再び吹き飛ばされる。
光、闇、光、闇、光、闇、光、闇、光、闇、光、闇、光、闇、光、闇、光、闇。
卓球でボールを打ち合うように、ただひたすら、ガロウとボロスはサイタマに攻撃を仕掛け続けた。
遠目から見れば、流星が踊っているように鮮やかであった。光と闇が、花火のように閃光を散らす。
ボロスが大地を蹴り、ガロウが天から降り注ぐ。
2人は、中心にいたサイタマに全てを込めた一撃を叩き込む為に、タイミングを合わせて蹴りを放つ。
上下から、光と闇がぶつかり合う。視野できる余波が広がり、それだけでZ市が吹き飛び、その回りの市にも絶大な被害をもたらした。
ー崩星神殺拳ー
破壊と破壊のぶつかり合い。
万物を破壊する、圧倒的なエネルギー。
決まった……と思ったが、あろうことにもサイタマは、右手でボロスを、左手でガロウを受け止めていたのだ。
「「ウォォォォ!!!」」
これを逃せば勝機はない。
そう意気込み、なんとか押し込もうとする。
「……スゲェよ、お前ら」
サイタマは心のそこから歓喜の声をこぼす。
その後、ガロウとボロスは何がおきたか理解出来なかった。
だが、強烈な痛みを腹部に受けたのだけは分かる。
ーマジシリーズー
「両手・マジ殴り」
ガロウは空の彼方へ、ボロスは大地に叩きつけられる。
腹にボックりと穴が開けられ、もう立ち上がることは出来なかった。
大地にはサイタマの巨大な拳の跡がきっちりと残り、空では雲が裂け、幾つもの人工衛星を破壊していた。
ガロウが薄く目を開けると、そこには青い地球が写っていた。ボロスがサイタマを吹き飛ばしたように、サイタマがガロウを月まで吹き飛ばしたのである。
「クソが……。だが、案外悪くねぇな」
ふと自分の手をガロウは見る。古いスポンジのようにガサガサで、その隙間からも地球を覗くことができた。
全てを注ぎ込んだ完全なる敗北。
「それでこそ……俺の認めた男だ」
ボロスも同じように己の手を見ていた。その手もガロウと同じように、激戦だったことを言葉使わずして示している。
「「お前(テメー)は強すぎる」」
格の差。
2人は2度目の敗北を味わったが、そこに悔しさ憎しみなどの概念は無かった。
寧ろ。最強を相手に、ここまで攻めることができたのは、胸に誇っていいものだと考えていた。
『クカカカ!!良くやりました!!』
勝利の余韻に浸る暇を与えず、サイタマを覆うように、黒い手が無数に襲いかかる。
宙に浮いている為行動が制限されてしまう中、吹き飛ばそうと影を殴るが、手応えがなく、虚無を貫くだけだった。
黒い手がサイタマを飲み込むと、幻影の王の元へ、再び黒い手がまい戻る。
「あれ? なんともない?」
何事か、と思ったが、外傷も痛みもない。
『シャドウイーター。今、私は貴様の影を喰ったのだ』
サイタマが地面に目をやると、自信の影が無くなっていた。
「うわわ」と呑気な声を出し、自身の周りを必死に探すが、影は見つからない。
『光が強くなれば、影も同じだけ濃くなる。いま、私は貴様と同程度の力を得た』
幻影の王が激しい呻き声を上げながら、自信の無限に増えていく力に耐えようとしていた。
紫色の光を周囲に撒き散らす。
『ぐぉぉぉぉ!!!これほどまでに素晴らしいとは……。力が、力が溢れ出るぞぉぉぉ!!ククク、クカカカ! 最後の仕上げだ。全ての幻よ、我が体の一部となれ!!!』
幻影の王が声を上げると、あらゆる市に降り立った怪人たちが、黒い霧となって消えていく。サイタマが倒した怪人の死体や、ボロスやガロウも霧となった。
そして全ての霧が、幻影の王の体内に集中する。
一瞬、周りが闇に飲まれたかと思うと、そこにはローブを身にまとった怪人ではなく、全く異なる姿をした怪人がいた。
ボロスの一つ目に、ガロウの角。
ローブはマントような形になり、豪華な装飾が施された鎧を身にまとっていた。
『やはり、怪人の中でも特段強かったこの2人の影響を受けたのか』
サイタマは目を見開く。
目の前の怪人には、自分と互角か、それ以上の戦闘力を感じた。
『今の俺様には、貴様の力、ボロスの生命力、ガロウの武術、そして、俺様の魔法による力がある』
下品な口調もからも変貌し、どこか威圧的な、万人を従えさせるようなカリスマがあった。
『サイタマ、どうだ? この俺様に従うのなら、世界の半分をくれてやるぞ?』
サイタマは無言で押し黙り、暫くするとハッハッハ!と笑い声を上げた。
「ヒーローが逃げたら誰が戦うんだよ」
『だろうな。そう言うと思っていた。では、場所を変えようか』
幻影の王が右手を振り上げ、指をパチンと鳴らす。
それだけで、世界が一瞬光に包まれ、再び元いた場所に戻った。
「なにをしたんだ?」
『ここは幻影の世界、俺様はパラレルワールドと呼んでいる。俺とお前が戦かえば、地球はタダでは済まない。故に、世界を変えさせて貰った。ここには俺様とお前が以外に人はいないし、ここで建物を壊しても、元の世界には何も影響もない』
折角世界を支配しても、そこに何も無ければ意味がない。
幻影の王は手招きをしながら、挑発するように「来い」と告げた。
サイタマは、目の前に敵には全力をぶつけられるような気がしていた。
遠慮はいらない。
いつぶりのことだろうか。
サイタマの目には、失われた闘士が完全に戻っていた。
文才がほしい。
感想貰えると、めっちゃやる気出ますよね。
予定では後3〜5話くらいで終わります。