「焼却!」
ジェノスの腕が変形し、圧倒的な破壊を創造する兵器となる。
周囲にいた災害レベル虎程度の怪人を丸ごと焼却砲で掃討し、周囲を焼け野原へと姿を変えさせた。
対するサイタマは、付近のいた怪人を蹂躙した後、石ころや瓦礫を拾っては、上空に飛び回る飛行型の怪人を撃ち落としていく。
2〜3kgの物が、第3宇宙速度で高速で飛来する恐怖に怯え、怪人達も徐々に数を減らしていった。
「ウオオオ!!」
地面から土偶型の巨大怪人が出現する。怪人はサイタマの背後をとり、不意打ち気味に手に持った直径10mの斧を振り下ろす。衝撃で大地が割れ、斧の刃がサイタマの頭蓋に直撃する。人どころかビルをも砕く勢いだった。
けれども。
土偶の怪人を襲ったのは、とてつもない硬い金属を叩いたような、手の痺れであった。
バリバリと斧の刃が欠け落ちる。地下で精錬された上質の鋼でも、外傷を与えることは叶わない。
「普通のパンチ」
サイタマが飛び上がって、怪人の腹を殴る。軽く数十tはありそうな巨大な質量を持った土偶の怪人が、音速を超えたスピードで、マンションや商店街をなぎ倒しながら吹き飛んだ。
岩でできた体だが、サイタマにとっては発泡スチロールのようなもの。最悪殴らなくても、拳を振った拳圧だけで倒す自身すらある。
「つまんねぇな」
サイタマがポツリと愚痴をこぼす。
これだけの怪人がいるのだ。ガロウやボロスクラス、あわよくば、自身の渇ききった感情を潤す敵に、僅かに期待をしていた。
しかし。
実際は有象無象ばかりで、いつもとやっていることは大して変わらない。ベルトコンベアに流れてくる、ネジを止め続ける作業をずっとやっている気分だ。
「見つけたわ」
ズシリと豪快な足音をたてながら近づいてくるのは、見覚えのある怪人だった。
「……深海王」
サイタマは目を丸くし、若干驚いていた。あの時間違いなく殺したはずの怪人が、こうして目の前に現れたからだ。
目をこすって見るが、間違いなく二つの足が地面についている。幽霊ではない。
「久しぶり、よくも私を殺してくれたわね。この体は仮染の偽物だけど、貴方にされたことは記憶に残っているわ……リベンジよ」
深海王の体の筋肉が増幅し、体の大きさが1、5倍程度になる。
なぜ生きているのか、というのには驚ろかせられたが、残念ながらサイタマは敵とすら認識していない。
過去に1発の拳を受け、寧ろガッカリさせられたくらいだ。
拳を握りしめ、深海王はサイタマへ殴りかかろうとする。サイタマは以前のように一撃で胸元を貫く構えをとったが、直後、火の波が深海王を飲み込んだ。
「チィ!」
深海王が振り返ると同時に、ジェノスの回し蹴りが顔にグリーンヒットする。顔面に蹴られた跡がくっきりとでき、建物の壁に背中を打ち付けた。
「なぜあいつが、蹴った感覚は本物と同じ強度か……。先生、あいつは俺に譲ってくれませんか?」
「別にいいけど、なんでだ?」
「奴がなぜ復活したかは分かりませんが、俺は油断して1度敗北してしまいました。先生との修行の成果、いまここで証明したいのです」
バコン!と建物のコンクリートが飛散する。
「また私の邪魔をするのね? いいわ、また壊してあげる」
口が三日月に裂け、殺意と憎悪を解き放つ深海王。
ジェノスの足からジェット機のような炎が吹き出し、超高速で移動する為の推進力を生み出していた。
遠目で、深海王とジェノスが殴り合っているのを他所に、珍しくサイタマは考え事をしていた。
「俺もさっきから見覚えのある怪人何体かいるんだが、やっぱり気のせいじゃないよな?」
首を傾げながらも、理解出来ないことを理解しようとしていた。
『クカカカ! 気のせいではない。探したぞ、私の探し求めた素質を持つ男よ』
後ろから声がかかると、サイタマは振り返り、上空を見上げる。そこには幻影の王が、風にローブをたなびかせながら、宙に浮いていた。金属バットに受けた傷は、既に完治させている。
「お前は誰だ?」
『私は幻影の王、君の戦いぶりを見ていたよ。清々しい強さだ、全ての敵をワンパンで倒し、私の手駒達を蹂躙する姿は』
「手駒? この怪人の群れはお前の仕業なのか?」
『ああそうだ。私は相手の記憶を読み取ることができるのだよ。こんな風にね、メモリーズアイ!』
幻影の王の瞳が赤く、怪しく光を放つ。
『クカカカ!予想以上だ!』
幻影の王は感激の感情を抱いていた。
理不尽なまでの強さ、そして強さが故に持つ悲しみ。
この男は自身が強すぎて、日常にすら満足できていないのだ。もはや全宇宙を探し回ってもこれを超える素質は見つからないだろう。そもそもこの青年……サイタマは宇宙の覇者すら破っているのだから。
記憶を覗き見て、預言者ジジババが残した、『地球がヤバイ!』は、間違いなく自分を指すものだと確信していた。
金属バットにもあった記憶で、少々気にはなっていたが、地球がヤバイ!という状況、それは……。
サイタマを超える怪人が現れた時、即ち、この幻影の王が持つ、能力を使った時ではないかと。
『サイタマ、どうやらお前は戦いで満足したことがないらしいな』
「なんで俺の名前を……それがお前に関係あるのか?」
『私ならお前を満足させることが……、いや私だからこそ、お前を超えることができる』
幻影の王がブツブツと呪文を口にしながら、数十秒後、杖を地面に突き刺す。
今までは杖を振るうだけで、怪人を創り出すことができたが、今回は力が強すぎる為、錬成に時間がかかってしまう。
黒い、闇より深い2つの漆黒の球体から現れたのは、サイタマが存在していなければ、人類を駆逐していたであろう、最凶の怪人。
トゲトゲしい黒の色の髪に、デザインのいい、真ん中にルビーのような宝石を埋め込んだ白色の鎧。下は動きやすそうな武道着で、顔の半分はあるであろう特徴的な一つ目。
圧倒的な生命力と、破壊を得意とする、全宇宙の覇者、ボロス。
鬼のような逞しい角に、忍者を彷彿とさせる、身軽そうな一色のシルエット姿。
凄まじい成長スピードに、全ての武術を会得し、S級ヒーローが束になっても勝てなかった、人間怪人ガロウ。
ガロウは存命はしているが、『幻影の王』の能力は生死の有無を関係なく、記憶の中の怪人を呼び寄せる。
ガロウはサイタマにボコられ、第2形態へと変貌する前の、1番闘志に満ちた状態のものを採用している。感情も操作されており、以前のように¨手加減¨もしない。
二つの幻は、色彩がない白黒だが、放つ威圧は正に本物。幻影の王は生気も付与し、他の有象無象とは違って闘志も十分以上に伺える。
『クカカカ!我が下僕よ、勝てとは言わない。3分間、あの男を引きつけろ!』
本物なら反逆し、幻影の王に歯向かっただろうが、幻は創造主の命令に基本的には忠実だ。
ボロスに至っては寧ろ、再びこの地に降り立ったことに喜びと感謝を抱いていた。
「2度目の再会だな、サイタマ」
ニヤリと闘志に満ちた笑みを浮かべ、生への刺激を与えてくれた強敵に挨拶をする。
「なぜ復活したかは分からないが、不思議とやる事は分かる。正直言って俺様1人では無理だ。テメェをぶちのめす為には……ボロス、力を貸せ」
「言われなくても分かってる。不思議と今はお前の思想、戦闘経験が流れてくる」
「俺様を創り出した幻影の王って奴に利用されるのは癪に触るが、あの男を倒すためには仕方ねぇか」
ボロスとガロウはまるで心通じ合う親友のように会話をする。
(クカカカ! サイタマの記憶を見て、別々に動くようなら勝ち目はないと分かってる!)
だからこそ、幻影の王は、過去最凶と最狂の怪人同士の意識と記憶を統合したのだ。
以心伝心、というのを文字通りに発現させたのである。
「お、なんだ、2人がかりで来るのか? 俺は全然構わないぞ」
新しい玩具を手に入れた子供のような、無邪気な笑みを浮かべながらサイタマは軽く挑発を入れる。
「そうか」
声ともにガロウの姿が消え、刹那に満たない間の後に、バシーン!と殴られた音が響いて、サイタマが吹き飛ぶ。
余裕で止められた一撃だが、あえてサイタマはそれを見逃した。
本当に本物と同程度の力かを見極め為に。
サイタマはクルッと宙で一回転し、再び地面に足を突き立てながらブレーキをかける。
「本気でかかってこいよ」
サイタマの声ともに、周りを巻き込んだ最強と最凶と最狂の試合のゴングがなった。