「ウオオオォ!!!」
金属バットは、激しい怒号を上げながら地面に思いっきりバットを振り下ろす。
ブン!と風を切る音と共に巨大な地響きがまきおこる。ガラス細工のように大地は避け、周囲にあるものが一瞬宙に浮いた。その音は、何かを叩いたという音より爆発音に近い。
足場が崩れて、幻影の王は体勢を僅かに崩す、それに対してメルザルガルドには無意味だった。
(思ったとおりだ。あの魔法使い自体の身体能力は余り高くないようだな)
傲慢さからきているのだろう。幻影の王は自身が死んだら怪人の幻は消えてなくなると、自分の弱点に迫るものをベラベラと喋っていた。
ならば、わざわざ厄介的な敵と再び戦う必要は無い。適当に流して、本体を叩く。
「殺す」
メルザルガルドの腕が変形し、無数の触手に変幻させる。文字通り、手数で凌駕するつもりだ。
無数に散らばった触手はゴムのように伸縮し、身体を突き刺す為、槍のように鋭利な形になる。
高速で飛来する触手を、金属バットはできるだけ最小限の動きで避け、かわせないものはバット打ち返し、攻撃を防いでいた。
避けた触手が地面に突き刺さる光景は、まるで豆腐に釘を打つように滑らかで、その殺傷力の高さが伺える。
『ファイヤーウォール』
幻影の王が杖を振るうと、それを追うように3mを超える炎の波が出現する。炎の波はメルザルガルドを飲み込み、金属バットの元へ迫っていった。
「舐めんなぁ!!!」
バットを扇風機のようにグルグルと振り回し、最後に大きく振って風圧で炎を払う。
視界が晴れた先では、メルザルガルドがニンマリと嫌悪感を誘う笑みを浮かべていた。
「甘いね」
「隙だらけ」
メルザルガルドはその隙を逃さず、腕をハンマーのように変幻させ、金属バットの腹を強打する。
「ごふぅ!」
炎の波で視野を悪くさせれた中、隙を突かれた一撃は直撃だった。
吹き飛ばされた金属バットは、先ほど自身が折った電波塔へと背中を打ち付ける。鉄筋でできた電波塔に、人の形をした食い込みができた。
「なるほど、そういうことか」
今の戦う方を実際に体感して、幻影の王のやり方を把握する。
金属バットは多少頭から血を流すも、大したダメージは余り効いていない様子だった。
『流石にしぶといな』
「ったりめぇだ。伊達にこっちはS級名乗ってねぇんだよ」
炎の波をまともに食らったメルザルガルドだが、気にすらしていないない。
それもそのはず、メルザルガルドはアトミック侍の技をうけて、パズルのピースのような形になっても、再生し続けてみせたのだから。
ただの炎程度は痛くも痒くもない。
「そろそろ本気」
「いいと思うよ」
メルザルガルドの体が5体に分裂し、金属バットを取り囲むように移動する。
それぞれがノコギリやハンマーのように腕を変幻させ、目の前の敵を殺すために、間合いを詰めていった。
『クカカカ!! さぁどうする! もし君がここで倒れれば、君の大切にしている妹もタダでは済まないぞ!』
「ーーーーーあぁ?」
幻影の王が笑いを上げていると、いつの間にか、目の前には吹き飛ばされたメルザルガルドがいた。
1体、2体ではない、何体かは上空に吹き飛ばされ、市民街へと墜落している。
『…バリアー!!』
咄嗟の出来事で、コンマ数秒遅れたが、魔法による障壁を作り出し、己の身を守る。
飛んできたメルザルガルドは幻影の王のバリアに体を打ち付けると、バウンドして、木々をなぎ倒しながら奥へと突き進んだ。
幻影の王の視野に入ったのは、正に修羅。
殺意と怒りの具現化。
音速を軽く凌駕する勢いで近づいた修羅は、バットを強く握り、自身の身内に手を出さそうとした敵を打ち砕く為に、渾身の一撃を振るう。
バキィ!
ミサイルをも耐えるバリアにヒビが入る。
しかも、それだけでは止まらない。修羅は地面に足をつき、一回転しながらバリアをボールのように上空へ吹き飛ばした。
『グハァ!』
衝撃だけで、骨が数本折れる。
幻影の王は空中で立ち止まり、息を荒くしながら、魔法で傷を修復していた。
「図に乗るなよ! 人間風情がぁぁぁあ!」
吹き飛ばされたメルザルガルドの1匹が、修羅の元へと近づく。
腕を刃物の形へ変形させ、全力で振り下ろす。けれども、手応えが感じられず、真っ二つになったのは虚像だった。気がつけば、背後に人の気配。
「怒羅厳(ドラゴン)シバキ!」
1発が、メルザルガルドの体を通して、地面に10m程のクレーターを作り出す。その圧倒的な破壊力を、嵐のように打ち続けた。
「グオオ!!」
苦しそうに悶えるメルザルガルド。
メルザルガルドの弱点は、ビー玉の形した核だ。それが砕ければ、本体は塵となって消えてしまう。
以前戦った金属バットは、当然その事を知っている。だから、バットを体の隅々まで殴りつけた。
金属バットは手元に核を潰した感覚がするのを感じると、攻撃を辞め、上空にいる幻影の王に目線を向ける。
下敷きになっていたメルザルガルドは体から生気が抜け出し、スライムのようにドロドロになって消えていった。
「カツアゲとヒーロー狩りは絶対に許さないんだが、殺しはしない。腐った根性叩き直して、病院送りくらいには留めてやるつもりだ。 だがよ、身内に手を出す奴はヒーローだろうが、怪人だろうが、関係ねぇ。誰であろうとぶち殺すッ!!」
その怒りに満ちた顔に、どっちが怪人か分からなくなりそうだった。
幻影の王は軽く挑発の意味を込め、冷静さを欠かそうとあの発言をしていた。思惑通りに事が運んだものの、作戦は失敗だった。
これでは敵に塩を送ったようなもの。殺る気を予想以上に上乗せしてしまった。
『クカカカ! 面白い! それでこそヒーロー! 壁が大きければ大きいほど、目的は達成感が大きいもの。貴様の実力を見誤ったことに謝罪を込めて、少し本気でいかせて貰おう!』
幻影の王が杖を振るうと、巨大な水色の羅針盤が3つ出現する。
ブツブツと呪文を唱え、針が1周すると、その魔法名を唱えた。
『いでよ! ブリザードドラゴン!』
それぞれの羅針盤から3体の氷の巨竜が出現する。
神々しく、怪人が創ったとは思えない体の創りをしている。直径10mを超える巨体、赤い宝石のような目、体から崩れ落ちる氷の破片が、太陽の光に反射してダイヤモンドのように光輝く。
3体の氷の巨竜が、雄叫びを上げて、金属バットに身を投じて押しつぶそうとする。
「打ち返してやる」
息をすぅと整え、バットを構える。
高速で飛来する質量の塊を、タイミングを間違えないようにする為に、神経を集中させていた。
ふと、足元に違和感が走る。
(……なんだ?)
下をチラッと見ると、そこからメルザルガルドの触手が飛び出してきて、金属バットの顔を捉えた。地面を堀り進め、ここまで来ていたのだ。咄嗟の不意打ちに、再び1発貰ってしまう。
「チッ!」
吹き飛ばながらも、転がって衝撃を逃がし、地面との摩擦で体制を持ち直す。だが、すぐそこに、氷の塊が目の前にあった。
ガシャン!!
巨大な質量の墜落に、大地が揺れる。氷の竜が身を投じてぶつけた一撃は、周囲を氷に変え、氷山を作り出していた。
そして更に、そこへ続くように2体目、3体目と突撃する。土煙が舞い上がり、数十秒ほど視界が遮られてしまう。
幻影の王は土煙の間から、出来上がった氷の山に金属バットの姿があるのを確認する。ピキピキと氷に徐々にヒビが入っていき、それを見て幻影の王は笑い声を上げた。
『クカカカ! まだ生きているのか、見上げた生命力だ! まぁいい。余興はこの辺りにして、例の禿頭の所へ向かうとするか』
あの力が手に入れば、S級ヒーローですら敵ではない。足止めができればいいのだ。
幻影の王は宙に浮いたまま、最高の素質の元へ移動を開始した。
「チッ、逃げられたか」
数十秒後、氷山をぶち破って出てきた金属バットは、空を見上げながら吐き出すように言った。
「俺との戦いがまだ残っているぞ」
金属バットが後ろを振り向くと、そこには吹き飛ばしたメルザルガルドが戻っていた。
「はぁ」とため息を交えながら、金属バットは再びバットを構え直した。