ゼルダの伝説 虚無《ゼロ》の少女と時の勇者   作:すもーくまんじゅう

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今宵はどうかわたくしと……
今宵はどうかわたくしと……


 学院の大広間の階段を上った先、二階の広々としたフロアでは、フリッグの舞踏会が開かれ、盛大なパーティーが執り行われていた。美しいシャンデリアからはきらめく星のように光が投げかけられ、舞踏会の華やかな空間を彩っている。 

 参加している者たちはそれぞれが思う存分に着飾り、特別な時の気分を楽しんでいた。特に女子は皆がきらびやかなドレスに身を包み、それぞれが魅力を引き立てる化粧をして、普段とは違う髪型に結い、輝く微笑みを振りまいていた。それに惹きつけられた男子は気取った仕草で──中には普段よりも開く胸元に惹かれたのか、余裕の欠片も無さそうな者もいるが──手を差し伸べ、ダンスのパートナーを申し込む。それに女の子たちはすぐに応えない。わざと、どうしようかしら、と思わせぶりな態度を取ってどぎまぎさせて、気が向いたらその手を取ってフロアの中央へと二人で進み出て、気が乗らなければぷいと袖にし、大きな落胆を味わわせるのだ。

 舞踏会の楽しみはダンスだけではない。料理に舌鼓をうっての談笑もまたその一つだ。料理長のマルトーを始めとした、学院に務めるコックたちがその腕を存分に振るった豪奢な料理の数々があちこちのテーブルに並んでいて、口にした者の舌に至福の瞬間を味わわせるその時を待っていた。給仕によって芳醇な香りと濃厚な味わいとを持った上質な葡萄酒が空いているグラスには注がれる。喉を潤すと共に含まれるその酒精が飲んだものの頬を上気させ、ふわふわと舞い上がるような気持ちを抱かせ、会話を弾ませた。

 舞踏会におけるその使命を素晴らしい演奏で果たしている楽団は、今はそのうちの何人かだけでゆったりと落ち着いた曲を弦楽器で奏で、会話を楽しむ人たちの耳を心地良くくすぐるのに留めていた。また再び円舞曲(ワルツ)を奏で始めるのはもう少し先のことだろう。

 そんな中で、やはり話題として持ちきりになっていたのは盗賊フーケについてだった。これまでいくつもの貴族たちを手玉に取り、神出鬼没とうたわれてきたあのフーケだ。学院の宝物庫が狙われ、まんまと盗み出されてしまった秘宝。それを、なんと同じ学院の生徒が見事に取り戻して見せた上に、フーケをやっつけてしまったのだ! 

 志願した討伐隊の学院への帰還を皆が見ていて、その驚愕はすぐに称賛へと変わった。高名な貴族でさえも手を焼いて、その尻尾すら掴めなかった盗賊を倒して見せたのだから。瞬く間に噂が学院中へ駆け巡り、口々に囁き合うこととなった。もちろん、噂というものの例にもれず、あちこちに尾ひれが付け足されていくこととなったが。

 特に、魔法の才能ゼロというのが学院中の共通認識であったルイズが、それを成し遂げた者の一人として名を連ねていたとなれば、なおさらだった。あるグループの中では、ルイズは瞳に怪しい輝きを宿し、巨大なゴーレムを杖一振りで粉微塵に爆破する、恐怖の爆発魔としてまことしやかに囁かれることとなった。もちろん、そこまで飛躍した噂を頭から信じる者はそういなかったが……それでも、フーケの死体に残る爆発の痕跡を目撃した者は皆、ルイズの魔法を思い浮かべていた。

 そんな華やかな賑わいから離れ、リンクは双月が優しい光を投げかけるバルコニーへ出て佇んでいた。オールド・オスマンからも話が通っているとはいえ、正装をしているわけでもない、いつもの緑衣に剣と盾を背負った自分がフロアのただ中にいるのはどうにも気が引けた。そうかといって抜け出してしまうのも、楽しんでくれと言ってくれたオールド・オスマンにも、言伝で伝えてくれたルイズにも悪いように思えた。

 そうしてリンクは夜風に当たって星を眺めながら、交代前で自由な時間なのに世話を焼いて色々と持ってきてくれるシエスタと、いつにもまして饒舌に捲し立ててくるデルフリンガーをもっぱらの話し相手にしていたのだった。

 シエスタが伝えてきたルイズの言伝は、準備にまだまだ時間がかかりそうだから先に行っていてほしいというものだった。『淑女の準備にはお時間がかかるものです。それを笑って許して差し上げるのが紳士というものですよ』とは、その時の冗談めかしたシエスタの言葉だった。

 

「リンクさん、ワインのおかわりはどうですか? お腹はいっぱいかもしれないですけれど、お注ぎしましょうか?」

「あー、いや、まだまだ残ってるから大丈夫だよ。ありがとう」

 

 にこにこと笑顔で手に持った瓶を差し出してくるシエスタに、リンクは苦笑してまだ半分は葡萄酒が入っているグラスを揺らして見せた。そうですか、とシエスタはほんの少しだけ残念そうな表情になって瓶を下げる。

 

「おう、なんだ相棒! 嬢ちゃんの注いだ酒は飲めねぇってか!?」

「人聞きの悪いこと言うなっての! もう何杯も注いでくれてちゃんと飲んでるじゃないか」

「へっへっへっ! 冗談だ、冗談! そう怒るなって!」

「ったく、さっきから適当なことばっかり言いやがって……」

「良いじゃねぇか、せっかくのパーティーだ! たとえ浴びるほどに飲んだところで文句は言われねぇさ! なんだったら樽で持ってくりゃあいい!」

「飲めるか!」

「あはは……楽しい人、じゃなかった、剣ですね」

 

 苦い表情でため息をついたリンクと悪びれもしないデルフリンガーに、シエスタは笑った。デルフリンガーはリンクの背中で上機嫌に冗談ばかり言っていた。もっとも、それはパーティーの楽し気な雰囲気にあてられたからではなかった。舞踏会前となってようやく時間が取れ、その剣身を磨いてもらって長かったお預けから解放されたから、というのがその理由だった。ルイズの伝言を聞いて時間が出来たことから、思い立ったリンクが軽く手入れをしてやったのだ。さっと済ませるくらいではあったが、それですっかり機嫌が良くなったデルフリンガーはそれからうるさいくらいに金具をカチカチと打ち鳴らし続けていた。

 

「しかし、マルトーの親父はすごかったなぁ。次から次へとご馳走が出てきて、その度に思いっきりばしばし背中を叩いてくるもんだから、もう痛くなっちゃたよ」

 

 じんじんと疼くようだった背中の感触を思い返しながら、リンクはそういった。舞踏会が始まるよりも前に大広間へ向かったリンクは、そこで待ち構えていたメイドたちに半ば引きずり込まれるような格好で厨房へと引っ張りこまれた。マルトーの親父にひとしきり好き勝手にもみくちゃにされた後、それはもう大変な歓待を受けたのだ。もう料理の準備は追加で出す分も大方が済んで、後は始まってから給仕を交代で務めるくらいということで、ほとんどの人は手が空いて集まってきており、まるで別のパーティーが始まるのかと思うくらいだった。マルトーの歓迎ぶりは凄まじいもので、リンクはご馳走に溺れるんじゃないかという心持がした。

 

『さあ、食え! 我らの勇者! 今夜の御馳走の一番良い所は全部お前にやろうとも! おかわりならいくらでもあるぞ! そら、ワインも飲め! グイっとやれ! シエスタ! グラスに追加を注いでやれ! みんな! 我らの勇者を褒めたたえろ! さあ、それっ!』

 

 マルトーの声を思い出してリンクは苦笑をもらして頬をかいた。もちろん、自分のことをそうまでして歓迎してくれることはとても嬉しかったが。

 

「ははっ……嵐みたいだったなぁ……はちきれんばかりにご馳走は堪能させてもらったし、マルトーに勧められるままに飲んでたら、何本瓶を空にすることになるかわからないよ……。いや、もしかしたらあの人も一杯ひっかけてたんじゃないかな……」

「へへっ、あの親父、今にもワインセラー中の瓶を持ってきそうな勢いだったからなぁ!」

「あ、あはは……」

 

 シエスタはただ苦笑いを漏らすしかなかった。自分もリンクのお世話が出来ることが嬉しくて、ノリノリでワインを注ぎまくってた手前、何を言ってもあまり説得力は出せそうにない。

 

「でも……それだけ嬉しくて、誇らしかったんですよ。リンクさんがすごいことを成し遂げたことも、それを話してくれることも……それはもちろん私も、皆も一緒ですけど」

 

 シエスタは自分の頬に手をやると、いつもよりずっと熱く、上気しているのがよく分かった。どきどきする胸を抑えるようにふっと息を吸い込み、それから目を輝かせ、陶然としたような表情でリンクを見つめた。

 

「討伐した賊を乗せて戻ってきたリンクさんのあの姿……本当に勇者そのもので、とってもかっこよかったですから……」

「いや、俺はただ乗せてただけで……やっつけたのはルイズたちだから」

 

 リンクは苦笑して首を横に振った。オールド・オスマンにした説明と同じように話したから、フーケを仕留めたのはルイズたちだと話したのだが、シエスタたちにはその点はそれほど重要でないらしかった。

 シエスタはずいと身を乗り出して、力強い調子でいった。

 

「だとしてもです! 討伐隊として一緒に行っただけでもすごいことなのに! さらにあの賊のゴーレム相手に戦ったんでしょう!? もう感動ですっ!」

 

 勢い込んでシエスタは両手で、空いていたリンクの左手をぎゅっと握り締め、ぶんぶんと振った。しばらくして、苦笑するリンクの表情に、はっと我に返ったシエスタは慌てて手を解いて、縮こまったように身を竦めた。

 

「あっ……ご、ごめんなさい! 私ったら、恥ずかしい……」

「へへへっ! あのマルトー親父の興奮っぷりを見てるみたいだったぜ?」

 

 デルフリンガーが面白がって茶化すと、シエスタはかあっと頬を紅くして、熱くなったその頬を冷やすように手の甲を当てていた。

 

「リンクったら、こんなすみっこで飲んでいるのかしら? ……あら、シエスタ。あなたも一緒だったのね」

 

 かけられた声に、シエスタは居住まいを正し、慌てて一礼をしてリンクから一歩離れた。リンクは笑って肩を竦めて、その声の主──キュルケへ返事をした。キュルケの後ろからはタバサがひょっこり顔を覗かせている。

 

「こっちの方が、居心地が良いんだ」

「そう? せっかくのパーティーなんだから、何にも気にしないで、楽しみましょうよ! ちゃんと飲んでる?」

「もちろん」

 

 そう答えて、リンクはワイングラスを掲げて見せた。さっきからほとんど量は変わってないが、それまでに飲んだ量を考えれば十二分に飲んでいると言ってよかった。

 

「ふーん、ならいいんだけど……それで、何か言うことはないかしら?」

 

 キュルケは誘うような微笑みを浮かべ、腰に手を当ててポーズを取った。燃えるような赤髪をアップにまとめたキュルケは、タイトな紫のドレスに身を包んでいた。彼女の美しい曲線が浮かび上がり、その蠱惑的な魅力を存分に引き出している。シルクの光沢が優美さを演出していて、裾には短いフリルがついていた。ドレスと同じ素材の肘まである長い手袋が特別感を醸し出している。何より目を引くのはその胸元だった。装飾の施されたそれは大胆に開かれていて、キュルケの双丘が作りだす谷間が視線を惹きつけて離さなかった。

 

「ああ、いや、良く似合ってると思うよ? すごく魅力的だと思う」

 

 正直にいって目のやり場に困る胸元にあまり視線をやらないように注意をしながら、リンクはキュルケにそう答えた。キュルケの魅力を引き立て、とても良く似合っていると思った。

 キュルケはぱあっと表情を明るくし、頬に手を当てて、明るい声で小さく跳ねるようにはしゃいで見せた。

 

「やーん! ありがとう!  とっても嬉しいわ! このドレスね、胸元なんて特注で作らせたのよ?」

 

 そういってキュルケは胸元に手をやり、リンクに見せつけるように強調した。まじまじと見てしまわないように気を付けるリンクがどぎまぎしている様子を見て、キュルケは満足げに微笑んだ。

 

「もう、恥ずかしがっちゃって! もっとよく見てもいいのよ?」

「えーっと……」

「やっぱりそういうのが好み?」

「その……答えづらいこと聞くんだね、タバサ……」

「ちょっと気になっただけ。答えなくてもいい」

 

 頬をかいて困ったように苦笑いを浮かべたリンクに、キュルケは微笑んだ。デルフリンガーも面白がって金具のカチカチという音と一緒に笑い声を上げる。

 

「ふふ……それにしても、ルイズはまだ来てないのね。見当たらないから、てっきりあなたの所にいるのかと思ってたんだけど。……随分とめかし込んでるのかしら。大体のことは私もいってあげたのだけど」

「私が言伝を頼まれた時には、やっぱり色々と迷っているみたいでした。ミス・ツェルプストーの助言もお考えにはなっていましたけれど……」

「あら、そう……。いっそのこと、全部決めてあげた方が良かったかしら……。でも、そこまでやってたらタバサの方が中途半端になっちゃっただろうしね……」

「大変だった?」

 

 タバサの問いかけにキュルケは楽し気に笑って答えた。

 

「うん? まあ、多少はね。あなたに変な格好をさせるわけにはいかないもの」

「ありがとう」

 

 タバサはまっすぐにキュルケを見つめていった。声はいつもと変わらない調子だったが、表情は柔らかな雰囲気に感じられた。

 

「……んもう! 可愛いんだから! 気にしなくていいのよ、私も楽しかったし!」

 

 満面の笑みを浮かべて、キュルケはぎゅっとタバサを抱きしめた。せっかく着飾ったそれを崩してしまわないように気を使った、優しいものだった。笑みを浮かべたまま、キュルケはタバサの後ろへと周り、リンクへ示すように彼女の両肩へ手を置いた。

 

「ね、リンクも可愛いと思うでしょう? 褒めてあげてよ!」

「……うん、とっても可愛いと思うよ。雰囲気も違ってて、思わず見とれちゃうな」

 

 タバサは黒のパーティードレスを着ていた。ドレスに華美な装飾はなく、袖口などに小さなレースがあるくらいだったが、それが可愛らしさと同時に気品のある美しさを見せていた。生地もまたとても上質なもので、彼女の美しさを引き立てるのに一役買っていた。タバサの青髪には、きらりと光る宝石があしらわれた小さなティアラが乗っていて、華やかな輝きを放っていた。

 

「……ん、ありがと……」

 

 タバサは表情を変えずに、小声で呟くようにいった。それでも、キュルケは微笑みを深くし、タバサの肩をぎゅっと抱いた。キュルケがぱちっとウインクをこちらに送ってきてくれたので、無事期待に応えることが出来たようだ。

 

「ああ、キュルケ! ここにいたんだね! そんな暗がりにいないで、こっちで僕と一緒に踊ろうよ!」

「あっ、おいこら! 僕が先だ!」

「キュルケ、君は美しい……どんな暗闇だろうとそれを覆い隠すことなど出来はしない……」

 

 その時、バルコニーに騒々しい声が一斉に雪崩れ込んできた。キュルケがいるのを見つけた男子生徒たちが大勢やってきて、彼女の気を少しでも引こうと、褒めそやす言葉と共にダンスを申し込みにきたのだ。何人かは鼻息も荒く、彼女の胸元に視線が釘付けにされていたが。

 

「あら! 嬉しい……! それじゃあ、エスコートしてくださるかしら、ジェントルマン?」

 

 そういってキュルケは彼らへ向かって手を振ると、男子の中の一人が差し出したワイングラスを受け取って、フロアの方へと取り巻きとなった男たちと一緒に歩いて行った。去り際にもう一度ウインクを送ってきた彼女に、リンクは手を振って見送った。こうしたパーティーで持てはやされるのはやはり彼女にとって楽しみの一つなのだろう。歩いていく最中にも思わせぶりな微笑みを振りまいては、それにやられた男たちが取り巻きとなって緩んだ表情で周りに増えていく。それを見て送られてくる女子からの眼差しもまた、キュルケにとっては優越のスパイスのように感じられるようだった。

 

「私も、もう行く」

「あ、うん、行ってらっしゃい」

「……ハシバミ草のサラダ。あなたも食べると良い。おすすめ」

 

 リンクの顔を見据えてそう告げると、タバサは料理の並ぶテーブルへすたすたと歩いて行った。椅子につくと、周りに居並ぶ肉汁たっぷりのステーキたちよりもまっさきに、ただひたすらにサラダを口に運び始めた。用意されていたそのサラダをあっという間に食べつくしてから、他にサラダの用意がないのを見て、残念そうにため息をついた。それから、ようやくナイフを手に取り、肉を切り分け始める。皿は次々と空になっていって、近くにいた給仕の一人がタバサ専用給仕として転向するが、しばらくは忙殺されることになりそうだった。一番の仕事はサラダのおかわりを持ってくることだった。タバサは目を輝かせ、口元には小さな笑みを浮かべながら、もぐもぐとやっている。どうやらこれが彼女なりのパーティーの楽しみ方のようだった。

 

「ハシバミ草……?」

「野菜の一種ですよ。青臭くて、独特の苦みがあるから苦手な人も多いんですけど、逆にその苦みがクセになるっていう人も中にはいるんですよ。……かなり少数派ですけど。そういう人には雑草、とか間違っても言わないでくださいね。……テーブルで戦争が起きちゃいますから」

「……恐ろしい」

「……ふふっ」

 

 笑みをこぼしたシエスタだったが、時間を確認して小さくため息をついた。

 

「……私も、もう行かなくちゃ。そろそろ交代の時間なんです。どうもありがとうございました。リンクさん。とても嬉しかったです。その……、このまま、ずっとこうしていられたらと思っちゃうくらい……」

 

 そういってにこっと笑ったシエスタは、ぺこりと一礼して、ぱたぱたと走り去っていった。リンクは手を振って見送った。ふっと息をついて、頬をかいた。照れによるものか、酔いによるものか、判然とはしないが、その頬はほんのりと赤かった。シエスタに何杯飲まされたかなぁ……と、そんなことを考えながら、ワイングラスを傾けて残っていた赤い美酒を口に含んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雲ひとつなく澄み渡り、夜の帳が下りた空には双月が輝き、星が瞬いている。決してそう広くはないバルコニーだが、舞踏会の喧騒がなぜか遠く感じられて、どこか心を落ち着かせる、心地の良い静けさが漂っていた。柔らかな風がふわりとリンクの髪を揺らして抜けていく。撫ぜるような、気持ちのいい風だった。

 

「なあ、相棒……お前さんがただもんじゃねえとはわかっていたがよ。背負ってるもんていうのもまた相当なもんだよなぁ……」

 

 上機嫌に冗談を言っていたさっきまでとは打って変わって、神妙な調子でしみじみとそういったデルフリンガーに、リンクは笑って声をかけた。

 

「はは、どうした? 急にそんなこといって」

 

 デルフリンガーは少しの間、息をつくように黙っていたが、やがて真剣な声で話し出した。

 

「いや、なに、お前さんも本当に、大変な過去をもってるんだなぁって、何というか、実感をしたのよ。馬車に揺られてる最中にお前さんの親御さんの話は聞いちゃいたがよ? あの爺が語った話を聞いて……それから、名前すら知らなかったっていう両親の姿を、初めて目にすることが出来たお前さんのことを見て……俺は何だか、ぎゅうっと胸が締め付けられたみたいだったのよ……それこそ、狂おしいほどによ。……剣の癖に胸があるのか、なんていうんじゃねぇぞ? 今のは、あくまで例えって奴なんだからよ」

「……お前は優しいな」

 

 デルフリンガーの言い草にくすりと笑みをこぼしてから、自然と深い息が出た。リンクはバルコニーの手すりへ肘をつく。視線を落とし、何を見るでもなくぼんやりとただ眺めた。脳裏には、これまでの自分の過去が浮かんでいた。デルフリンガーの言葉に、つい想起されたのかもしれなかった。コキリの森での出来事も、森を出てからの時を越えた冒険の日々のことも、かけがえのない友を探して続けてきた旅路のことも……。

 

「……多かれ少なかれ、人なんて何かしら背負ってるものだろうさ」

 

 呟くようにそういって、じっと物思いに沈むリンクに、デルフリンガーは静かに声をかけた。

 

「……なあ、お前さんが背負ってきたもんは、きっと生まれや育ちのことだけじゃないんだろうってことはわかるぜ。それが何かってことは聞きやしねぇよ。そんなもん聞くのは野暮、ってもんだからな。……だけどよ、お前さんが話したい、聞いてほしい、って思ったんだったら、いくらでも聞いてやる。何も、背負ってるもんの重さを分け合っちゃいけねぇなんてこたぁ、これぽっちも無ぇんだ。俺はお前さんの相棒なんだからよ。だから、ま、その時はこのデルフリンガー様を頼りにしな。なんていったって伝説の剣だからな。昔のこたぁ、てんで覚えちゃいないけどよ」

 

 ぐっと言葉が詰まった。俯き、ふっと一呼吸、二呼吸置いて……それからようやくリンクは気持ちを声に出すことが出来た。

 

「……ありがとな」

「……へへっ!」

 

 デルフリンガーは弾むような笑い声を上げた。それから意識して雰囲気を変えるように、明るい調子でいった。

 

「それにしたってなあ……相棒、盗賊フーケを倒したのはこの俺様だ! っていわねぇのかよ? だってよぉ、実際にあいつをやっつけたのはお前さんだろ? それを、全部が全部、嬢ちゃんたちに手柄を譲ったりしなくてもよかったんじゃねぇのか? それこそ、このパーティーのホントの主役はあの嬢ちゃんたちじゃなくてお前になるかもしれないくらいだったっていうのによ」

 

 ガチャガチャと金属音を立ててデルフリンガーは聞く。それにリンクはおかしそうに噴き出した。

 

「……ぷっ、あはははっ! あんなにシエスタやマルトーの親父たちが褒めてくれたじゃないか。それじゃ足りないか?」

「そうとは言わねぇけどよ……」

 

 カチカチと金具を鳴らして歯切れの悪いデルフリンガーに、リンクは晴れやかな表情になって、こともなげに答えた。

 

「いいんだよ、別に称賛が欲しかった訳じゃないんだ。ただ、あの子たちの手助けがしたかっただけなんだから。それに、真っ先に討伐隊へ志願して勇気を示したのはあの子たちだ。俺はただのおまけだよ」

「ふーん……ま、お前がいいっつうならいいんだけどよ」

 

 しかし、名剣デルフリンガーここにありと称えられる機会を逃すのも惜しいしなぁ……とデルフリンガーはぶつぶつと悩ましげに呟いていた。

 リンクはそんな煮え切らないデルフリンガーの様子を見て、声を上げて面白そうに笑っていたが、ふとオールド・オスマンから受け取った、形見のペンダントを手に取った。その蓋をぱちりと開き、中に入っている写し絵──まだ赤ん坊の頃の自分と在りし日の父と母の姿──を、じっと見つめた。

 

「……そう、称賛なんていらないんだ……そんなものよりも、ずっと素晴らしいものがもらえたんだから」

 

 リンクがぽつりと漏らすように呟いたその言葉は、デルフリンガーにも聞こえず、宵闇に溶けていった。

 

「ヴァリエール公爵が息女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール嬢のおなーりー!」

 

 その時、舞踏会の喧騒を貫いて響き渡ったその大きな声がリンクの耳にも届いた。それと同時に、それまで騒がしかったフロアでは皆が息を呑み、一瞬静まり返ったようになった。

 リンクが振り返ると、その先には衛士が恭しく開いた扉からフロアへと入ってくる、一人の女の子がいた。はっとなって、目を奪われる。どきりと、心臓が高く跳ねた。頭の中から思考はもうどこかへ飛んでしまって、放心したようにただただ見とれるばかりだった。

 ルイズのその姿は輝くばかりに美しかった。桃色がかったブロンドのその長い髪を、髪飾りで房のように後ろで華やかにまとめ、身を包んだそのきらびやかな純白のドレスとオペラ・グローブが、彼女のその水晶のように透き通るような清楚さと気高い高貴さとを眩しいくらいに引き出していた。シャンデリアの蝋燭が投げかける柔らかな光を受けて、瞳は星のようにきらめいている。それでいて、瑞々しく愛らしい唇には紅をさしていて、その清楚さの中に目を奪うような麗しさを感じさせた。彼女が歩く度にきらきらと輝く髪の房が、腰にあしらわれた大きなリボンと共に、ふわりと揺れた。

 囁きが広がり、徐々にそれはざわめきとなって、元の舞踏会の雰囲気が戻ってきた。だが、人々の視線はルイズに向けられたままだ。目を見張るその美しさに、皆が釘付けにされ、それを称える言葉を口にした。

 ルイズはドレスの裾をたなびかせながら、おずおずとフロアを歩いていく。注目を浴びて落ち着かないのか、その頬は紅く染まっていた。ルイズは歩きながら、何かを探しているのか、きょろきょろと会場を見渡していたが、雷に打たれたような衝撃から復帰した、その美しさに魅かれて群がってきた男たちにすぐに囲まれてしまった。中にはそれまで踊っていた女の子をほったらかしにして来た者もいる。その女の子は眉を吊り上げて刺々しい視線でその背中を睨みつけていたが、浮かれた男はそれに全く気付いていないようだった。

 口々にルイズの美しさを誉めそやし、ダンスのパートナーを申し込む男たちだったが、その期待も空しく、ルイズに誘いは全てすげなく断られてしまった。誘いを袖にされて落胆する男たちを尻目に、ルイズは歩いていく。

 人の囲みからようやく抜け出してほっと一息ついたが、周りのあちこちに視線を走らせているのは相変わらずだった。不安げに眉が下がったところで、キュルケとぱちんと目が行きあった。しょうがないわね、とでも言いたげに、微笑みを浮かべて大げさなため息をついたキュルケは、ルイズの探し人の方へと、その視線を振って見せた。

 その視線を追った先にいた人物に気が付き、ルイズはぱあっと表情を輝かせた。そして、迷いなくフロアを一直線に、はしたなく見えないぎりぎりにまで急いで横切っていく。その行き先はバルコニーだった。

 リンクはその間、ずっと視線をルイズから離すことが出来ずに、呆けたようにただずっと彼女のことを見つめていた。着飾ったルイズを見て感心したように上げたデルフリンガーの声が、なぜか遠く聞こえた気がした。

 

「ここにいたんだ」

 

 フロアへと続く窓からバルコニーに降り立ったルイズは微笑みを浮かべてそういった。桜色に染まった頬がとても愛らしかった。ルイズはリンクの傍へと歩み寄り、鈴の鳴るような声で笑った。

 

「ふふっ、全然わからなくって、すごく探しちゃったわ! ……もしかしたら、どこかに行っちゃったのかも、って、ちょっと不安になっちゃった……」

 

 最後はちょっぴり声のトーンが落ちて、眉を下げたルイズは、後ろで手を組み、落ち着かない様子で視線を落として、そわそわとしていた。

 

「……ねえ、リンク? 今日の私の姿、その……どうかな?」

 

 後ろで手を組んだルイズは上目遣いになって、おずおずと訊ねた。恥ずかしそうに、それでも、どこか期待するように、その視線を送る。

 リンクは思わず言葉が見つからずに口ごもったが、率直な思いをそのままにして出した。頬が熱を帯びて火照ってくるのが自分でもよくわかった。

 

「……その、本当にきれいだよ。……まるで、お姫様みたいで……」

「……ほんとう? ……すごくうれしい……」

 

 リンクの言葉に、ルイズは両手を合わせ、頬を桜色に染めて、にこっと花が咲きこぼれるように笑った。柔らかで幻想的な月明かりと、窓から洩れてくる暖かな蝋燭の光がその笑顔を照らし、リンクはそれにまた心臓の鼓動が強くなるように思えた。

 何を話すわけでもなく、ただ二人は佇んでいた。とくん、とくんと胸が鼓動を打っているのをルイズは感じる。暖かな何かが、胸の奥から湧き上がっているようだった。だが、それは不思議と、とても心地が良かった。出来ることならずっと、叶うならもっと、強く感じていたい。そう思えた。

 ルイズは目を閉じ、ほのかな熱を帯びた息をほうと吐いた。それから、伝えなければと思っていた言葉を口に出した。

 

「……ありがとう、リンク」

「うん?」

 

 聞き返したリンクに、ルイズは閉じていた目を開き、その顔を見つめてまた声を出した。

 

「フーケのぬけがら。最後は私たちに魔法を打ち込ませたけど……あれは、私たちがフーケを討伐したって皆に信じさせるためにだったんでしょう?」

 

 ほんの少し目を見開いたリンクは、ルイズから視線を逸らして小さく首を振った。

 

「……そんなことないよ。もしあのままきれいなぬけがらを持っていったら、マチルダがフーケだってばれてしまう。だから、ぬけがらの正体を掴めないように傷つける必要があった。それには俺がやるよりも、皆が魔法でやったことにした方が説得力が出るかなって思っただけだよ」

 

 言い終えたリンクはちらりとルイズへ視線を戻す。しかし、ルイズは両手を腰の横に当てて、むっと眉を寄せていた。つん、と可愛らしく唇を尖らせ、じとっとした目つきでリンクを見つめる。

 

「下手な嘘はつかなくていいの。私はあなたのご主人様なのよ? あなたの嘘なんて、すぐにわかっちゃうんだから」

 

 リンクは思ってもみなかった返しにきょとんとしていたが、肩を竦め、頬を困ったようにかいて、笑い声を上げた。

 

「ははっ、ルイズには敵わないな」

「そうよ。私には敵わないんだから」

 

 リンクの言葉に、ルイズは愛らしい、いたずらっぽい微笑みを浮かべて、そう返した。それにリンクも困ったような笑みをこぼした。

 ひとしきり笑いあった後、ルイズはリンクに背を向けた。視線を落とし、小さくため息をつき、口を開いた。

 

「……学院に戻ってきたとき、皆が私のことをなんて言ってるか聞こえた? もう『ゼロ』なんて呼べない、って、そういってた……。杖一振りで城みたいなゴーレムすら木っ端微塵にするなんて、ってね。中には、妙な二つ名で呼んでくる人もいたわ。ほんと、笑っちゃうわよね! 勝手なことばっかり言ってくれちゃって! 今までずうっと、魔法の才能ゼロ、落ちこぼれの『ゼロ』のルイズ! って、そういってたくせに……」

 

 感情のこもったその言葉を、じっとリンクは黙って聞いていた。深い息をひとつしたルイズは、リンクへ振り返った。その顔には穏やかな微笑みが浮かんでいた。

 

「……でもね、あなたのおかげで、私のことをそうやって馬鹿にする人はいなくなった。そう、全部あなたのおかげ……」

 

 言葉を切ったルイズは、リンクにしなだれかかるように寄り添った。その胸に、そっと手をつく。伏せた顔は、思いつめたような表情になって、声は微かに震えていた。

 

「私……あなたと出会ってから、ずっと助けてもらってばっかり。それなのに、私……今はまだ、あなたになにも返せてない……私は、満足に魔法も使えないし、意地を張ってあなたを困らせることもある……時にはあなたのことを危険にすら晒して……」

 

 ぎゅっと拳を握り、ルイズは頭を振ってリンクを見上げた。潤むその瞳は、ふるふると震えていたが、揺るがない光があった。

 

「でも、きっと……、いつかきっと……! あなたに相応しい立派なメイジに、きっとなってみせる! リンクのパートナーとして相応しい主に、いつかきっとなってみせるから! ……だから、だから……その……っ……!」

 

 ルイズは言葉に詰まり、言いよどんだ。伝えたい、この胸の中の思いを、それ以上どう言葉にしていいのかわからずに、声にならない息だけがただ漏れた。

 

「……何も返せてないだなんて、そんなことはないよ、ルイズ」

 

 そんなルイズの肩へ優しく手を置いたリンクは微笑み、首を横に振った。かけていた銀の鎖へ手をやり、首から外すと、それをルイズの手にそっと握らせた。伝わってくる硬い感触に、ルイズが不思議そうな表情で手を開くと、そこにはきらきらと輝く銀のペンダントがあった。問いかけるようにルイズが視線を向けると、リンクは口元に笑みを湛えたまま、促すように頷いた。

 

「さっきオールド・オスマンにもらったペンダント。開けてみて」

 

 リンクの言葉に背中を押されるように、ルイズはペンダントをおずおずと開いた。その中の写し絵に、ルイズは目を奪われた。目を見開き、熱のこもった視線で見つめた。

 

「これは……肖像画、……なの……? すごく綺麗……どこかの貴族の人たちかしら……立派な身なりの男の人と、赤ちゃんを抱いた女の人……でも、この人たち、みんな耳が長いわ……もしかして、リンクと同じ……ハイリア人……? それに、この男の人、リンクにそっくり……」

「……このペンダントはその男の人、レバンという人の遺品なんだ。戦の最中にハイラルから、異世界のハルケギニアに迷い込んできたらしい」

 

 ルイズは顔を上げて、リンクのことをじっと見つめた。続く彼の言葉を、待った。リンクは微笑みを浮かべて、口を開く。

 

「オールド・オスマンは、この男の人に十七年前、魔物の群れに襲われて危ういところを助けられたそうなんだ。だけど、彼はいくつもの深い傷を既にその身に負っていて、瀕死の状態だった。オールド・オスマンが懸命に手当てをしたけれど、亡くなってしまって……その死の間際、彼にこのペンダントを託したんだ。自分の家族に、まだ赤ん坊だった息子の手に、いつか、このペンダントが渡ることを願って」

「もしかして、その家族って……」

 

 息が詰まったように、囁き声となったルイズに、リンクはゆっくりと頷いた。

 

「そう……この写し絵に写っているのは、俺の父さんと母さんなんだ」

 

 その答えに、ルイズは目を見開き、はっと息を呑んだ。思わず言葉を失い、口を手で覆った。じわりと、瞳に熱いものが滲んでくる。

 リンクは、ルイズの手の中のペンダントへ切なげな表情となって視線を落とし、再び口を開いた。

 

「今まで俺は、両親の顔も、名前すらも知らなかった。思い出だって何もなくて……どんな人たちだったんだろうって、ただ想像してみることしか出来なかった……。だけど、君のおかげで、こうして父さんと母さんのことを知ることができた」

 

 そういって、リンクはルイズへ微笑んだ。その微笑には、心からの嬉しさが溢れていた。

 

「父さんが誰かを守るために戦う立派な騎士だったことも……母さんが優しい表情で笑う人だったことも……そして何よりも、二人が俺を守るために、本当に命をかけてくれて……それほどまでに愛してくれていたことも……。それを知ることが出来たのは、君が俺をこの世界に呼んでくれたからなんだよ。ルイズ、全部君のおかげなんだ。……だから、ありがとう、ルイズ。俺は、君に召喚されてよかった。君に出会えてよかった」

 

 その言葉は、ルイズにとってどれほどのものだっただろうか。たくさんの素晴らしいものをくれたこの人に、優しく微笑んでくれるこの人に、自分も何かしてあげることが出来たのだろうか。彼女は言葉もなく、唇をきゅっと噛みしめた。肩をふるふると震わせ、ぎゅっと、拳を握る。微笑みかけるリンクの顔を、ただ見つめた。胸がきゅっと締め付けられてたまらなかった。瞳から溢れ出そうになる滴をこらえ、震える声で問いかけた。

 

 

「……私、少しはあなたにお返しできたのかな……?」

「うん、とってもね」

 

 その問いに、リンクは力強く頷いた。

 

「……そっか……そうなんだ……私……すごく……すごく、うれしい……」

 

 震えた声で、溢れ出る思いをそのまま口にし、微笑んだ。潤んだルイズの瞳は、幻想的な月の光と蝋燭の暖かな光とで輝き、どんな宝石よりも美しかった。

 

「……リンク、私の方こそ……召喚されたのが、あなたでよかった……! 私……あなたに出会えて、本当に……本当によかった……!」

 

 ルイズは万感の思いを込めてそういうと俯き、リンクの胸へ、その額を押し当てた。こらえていた熱い滴が、頬を伝って流れていった。そっと抱きとめてくれるリンクの手から伝わってくる温もりに、胸が熱くなる。いつまでもこうしていたいと思ってしまった。だが、ルイズは意を決して頬を拭い、ぱっとリンクから身体を離すと、いたずらっぽく笑った。

 

「あのね、今日は、リンクにお願いがあるの」

 

 上目遣いで、下からリンクの瞳をじっと覗き込むルイズは、清楚で、気品に溢れているのに、とても可憐だった。

 

「さっき、私のことをダンスに誘おうとした男たちがいっぱいいたでしょ? でもね、ぜーんぶ断っちゃった! なんでかわかる?」

 

 頭をひねってみるが、とても答えは浮かんでこない。困ったような笑顔で小さく首を振ったリンクに、ルイズは微笑みを深くした。そして、桜色に染まった頬で、愛らしい声にその想いを乗せた。

 

「それはね、今日はあなたと、わたしの騎士様と、踊りたかったから」

 

 ルイズはリンクから一歩離れると、可愛らしくくるんと回って見せた。ドレスが柔らかく広がり、ふわりと揺れる。そして、にこっと微笑むと、優美な所作で、そのきらびやかなドレスの端をちょこんとつまみ、一礼をした。

 

「騎士様、今宵はどうかわたくしと踊ってくださいませんか?」

 

 リンクは思わず放心したようにぽーっと見とれていたが、やがてふっと微笑むと、胸へその手を当てて、深く礼をした。

 

「私で良ければ喜んで、姫様(プリンセス)

「……へっへっへっ! おでれーた! 主にダンスを誘われる使い魔なんてはじめて見たぜ!」

 

 楽しくて仕方ないと言わんばかりに笑い声を上げるデルフリンガーに、ルイズはわざとらしく眉を寄せて、むっとした表情を作って見せた。本当に怒ってはいないのは、明るいその声の調子からよくわかった。

 

「いいのよ! だって、リンクはただの使い魔なんかじゃないもの。なんていったって、私の騎士様なんだから!」

 

 その言葉に、またデルフリンガーは高らかに笑い声を上げた。

 

「はっはっはっ! ちげぇねぇ! おい、相棒! 華やかな舞踏会にレディをエスコートするんだ! 無骨な剣と盾なんざ場違いだぜ! ここに置いていきな! そのとんがり帽子も今は外しとけ!」

 

 背中から届いてきた突然のありがたいお言葉に、リンクは思わず噴き出した。

 

「ぷっ、はははっ! これはまた、随分と口の悪い執事がいたもんだな」

「うるせぇやい! 俺様だって気を使うこともあるのよ! わかったらさっさと行きやがれ! せいぜいしっかりエスコートしてやるんだな!」

「はいはい、仰せのままに」

 

 くっくっ、と、楽し気な笑い声を漏らしながら、リンクは革帯からデルフリンガーとミラーシールドを外して、バルコニーの手すりへ立てかけた。それから、いつも着けているコキリの三角帽子を外し、ミラーシールドの縁へとかけた。いつもは帽子に隠れて見えない、幅の広い紐で束ねたその後ろ髪が、露わとなって揺れた。見慣れないその姿に、ルイズの胸の鼓動はまたひとつ強くなった。

 それからリンクは微笑みかけると、胸へ手を当ててもう一度礼をして、もう一方の手をルイズへ向かってそっと差し伸べた。ルイズはぱあっと顔を輝かせた。胸が高鳴り、刻む鼓動が心地よかった。

 

「それではお手を頂戴してもよろしいでしょうか、お姫様?」

「はい、騎士様!」

 

 手を取り合い、二人は連れ立ってフロアへと進み出ていった。二人を見る人たちの、小さなどよめきが聞こえた。輝くようなルイズの美しさにまた息を呑み、そして、ルイズの手を優しく取って引くリンクの、堂々としたその凛々しい姿が、正装もしていないのに何よりも様になっているように見えて、見とれてしまったのだ。

 楽団が再び円舞曲(ワルツ)を奏でだした。華やかな音楽が流れ、ダンスへと誘ってくる。

 リンクは視線を向けて問いかけた。それにルイズは微笑んで頷く。それから二人で手をきゅっと握り合い、曲に合わせて踊り始めた。リズムに乗って軽やかにステップを踏み、優美に舞う。その姿は一枚の絵画か何かのようで、惚れ惚れとなってしまうくらいだった。ルイズは何だか夢でも見ているような心地だった。ただ見つめ合い、言葉もなく、しばらくの間二人は流れてくる曲に合わせて踊り続けた。

 

「……リンクったら、ダンスまで上手なのね」

 

 しばらく踊った後で、ルイズはほんの少し残念そうな表情を浮かべて、呟くようにそう言った。リンクの所作はまさに流れるようで文句のつけようが無く、リードもほとんど完璧だった。普段から舞踏会で踊り慣れた、周りで踊っている貴族の男の子たちに比べても遜色がないほどだ。

 

「なんだか下手な方が良かった、って言ってるみたいだな」

 

 ルイズの物言いに、リンクはステップを踏みながら笑みをこぼした。ルイズはつん、と可愛らしく唇を尖らせ、思いがけなかった出来事にちょっぴりの不満を漏らした。

 

「だって、そうしたら私があなたをリードしながら教えてあげられたもの。ちょっぴり悔しいじゃない。……それに、こうやって踊るの、どうせ初めてじゃないんでしょ」

 

 ルイズのじとっとした視線に、リンクは苦笑し、いつかの出来事を思い出しながら返事をする。

 

「……まあ、ね。昔のことだけれど、魔物を退治して助けた子が貴族の令嬢で、そのお礼にこういう舞踏会に招待されたこともあったよ」

「ふふっ、ほーら、やっぱりね! ……ほんのちょっと、羨ましいかも……。その時、あなたと踊った(ひと)が……」

 

 からかうようにルイズは微笑みかけ、それから、ぽつりと漏れ出たように、自分にすら聞こえるかわからないような小声で呟いた。ふっと目を閉じ、小さく息をついた。それから、また星のように輝く瞳でリンクを見つめ、美しい微笑みを浮かべた。

 

「でも、いいの……今はただ、踊りましょう? ね、私の騎士様!」




ようやく第1章が、という感じですね! どんだけかかってんのよ、と自分を殴りつつ……ダンス前のリンクとルイズの会話は書き始めた頃からずっと書きたかったところなので、やっと形にすることが出来て良かったです!

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