ゼルダの伝説 虚無《ゼロ》の少女と時の勇者 作:すもーくまんじゅう
騎士の託したもの① 学院への帰還
往路よりも大分時間をかけて、リンクたち一行は学院へと戻ってきた。太陽は中天を抜けてその高度を低くしていて、段々とその光に穏やかな淡い橙色を帯びつつあった。門を守る衛兵はリンクたちの姿を見ると本塔へと向かって慌てて駆け出していった。きっとオールド・オスマンに報告へ行ったのだろう。
中庭へと入って馬の足を止め、二頭立ての馬車を一頭だけで頑張って引いた馬のたてがみをリンクが撫でて労っていると、ほどなくしてオールド・オスマンを始めとして学院の教師らがこちらへ向かって走ってきた。オールド・オスマンの強張った硬い表情は、手を振るルイズたちの明るい笑顔と、そしてなによりもマチルダが掲げた古びた箱とを見て、一気に晴れ晴れとしたものになった。フーケから秘宝を取り戻すことが出来た。それを理解したのだ。後ろを走るコルベールらも興奮したように声を上げている。
そしてそれは教師たちだけに留まらなかった。それから一拍遅れて本塔や寮塔から、ギーシュやモンモランシーら学院の生徒、シエスタやマルトーらといった学院で働いている使用人たちもまた、ルイズたちが使命を果たして戻ってきたことを知り、興奮した歓声を上げて集まってきた。昨夜の襲撃に眠れぬ夜を過ごした後、ルイズたちが秘宝奪還に向かったことをオールド・オスマンの通達で知った彼らは、その帰還を今か今かと待ちわびていたのだ。
「お前たち、やったな!」
「すごいわ! あの土塊のフーケから秘宝を取り戻すなんて!」
「素敵よ! キュルケ!」
「もうゼロなんて呼べないな!」
慣れない感嘆と称賛の言葉を投げかけられて、ルイズは夢を見ているような、ふわふわと浮かびあがったような気持ちだった。それでいてやはり何だか気恥ずかしく、頬をほのかに紅く染めて俯いていた。熱を帯びた吐息が唇からふわりと漏れて、こぼれ落ちる。落ちこぼれの自分が、いつも馬鹿にされてばかりだった自分が、まさかこんな風に喝采を浴びる時が来るなんて。
キュルケはというと、歓声に対して優雅に手を振って応えていて、タバサは特に普段と変わらず、素知らぬ様子で佇んでいた。
リンクは観衆の中からギーシュとモンモランシー、そしてシエスタを見つけて軽く手を振った。何やら叫びながらぶんぶんと勢いよく手を振ってくるギーシュ、そしてそれに少しは落ち着きなさい、と呆れ顔でわき腹をつつくモンモランシーに、苦笑するシエスタの姿を見て、笑みをこぼしながら、リンクは乗っていた馬からフーケの死体──実際にはぬけがらだが──を抱えて降り立った。そしてオールド・オスマンの前まで進むとそれを地面へと仰向けに横たえた。ルイズたちも馬車から降りるとリンクの横へと並んで立つ。
「フーケの死体です。ルイズが爆発でフーケが乗っていたゴーレムの身体を打ち砕き、落下していく彼女をキュルケの火炎が焼き焦がし、タバサの放った氷柱がその身体を貫きました。生きたまま捕らえることは叶いませんでしたが、賊を仕留め、盗まれた秘宝は無事に取り戻してきました」
周囲の観衆にも届く、凛とした声でリンクはオールド・オスマンへ向かい簡潔に告げた。戻ってくる途中、ぬけがらにつけた傷に合わせて皆で作った筋書きだ。ぬけがらの無残な姿に、それを真っ正面から直視することが出来ている人は少ない。ほとんどはその様子を見て取ると、すぐに視線を逸らし、その悲惨と言ってもいい有様をなるべく意識から外すようにしていた。炎で焼き尽くされた頭部は辛うじて人であることが分かる程度で、両足は抉り貫かれた大穴が空いている。さらに身体のあちこちまで痛々しく焼け焦げているとあっては、目を背けたくなっても仕方ないだろう。
「うむ、皆、よくぞ成し遂げてくれた! 見事なものじゃ! ……ふむ……こりゃあ、息絶えるまで大層苦しんだことじゃろうな……」
オールド・オスマンは満面の笑みで一人一人に頷き、称賛の言葉を投げかけてから、真剣な面持ちになり、かがみこんで死体の検分を始めた。その様子をマチルダは内心を決して表に出さぬよう、表情を消していたが、どくんと心臓が脈打つのを感じた。あのぬけがらならば替え玉にしていることがバレるはずはない。あれに纏わせていたローブにも、自分と繋がってしまいそうな装飾は爆発と炎とで焼けて残っていないはずだ。それでも背筋につっと冷たい汗が一筋走った。
マチルダの緊張を他所に、オールド・オスマンは丁寧に死体の傷を調べていった。眉間に皺を寄せながらじっとそれを観察する。仰向けにされた死体の表側を見終わると、今度は杖を振ってわずかに浮かび上がらせ、うつ伏せに反転させた。
「しかし、フーケがまさか女だったとはのう……。ま、この有様ではどんな顔だったか想像することも出来んがの」
他に比べればまだ無事な部分の多い胴体の起伏を見て取ってオールド・オスマンはいった。後ろから死体の傷を観察していたコルベールが苦笑した。
「それは彼らに聞いて似顔絵でも作るしかありませんね。とはいっても、もう改めて手配を掛ける必要もないでしょうから、興味本位のものでしかありませんが」
「……美人じゃったか?」
「ちょっと! 気にするところはそこですか!? オールド・オスマン!?」
「……」
オールド・オスマンの問いかけに、コルベールはがくっと肩を落とし、呆れた顔で叫んだ。また彼のいつもの悪癖が顔を覗かせたと思ったからだ。ルイズたちも姿勢を正していたのに、思わずずっこけたようになってしまった。
だが、リンクはオールド・オスマンの言葉に笑みをこぼすことも、呆れてため息をつくこともなかった。こちらに投げかけてきたその視線が、ぎらりと光る鋭さを帯びていたからだ。
「……ええ、とても美しい人でしたよ。盗賊なんてやっているのは勿体ないと、心の底から思ってしまうくらいには」
リンクは涼しい顔のままに、表情を変えることなく答えた。それを聞いて大変だったのがマチルダだった。血が上って紅潮しそうになるのを必死で抑える。表情が緩んでにやけてしまわないようこらえるのに、マチルダは多大な精神力を必要とした。ルイズはじとっとした視線をリンクに送り、こっそりとその背中をきゅっとつねったが特に反応は返ってこなかった。
「うむ……それは惜しいことじゃったな」
リンクとオールド・オスマン、お互いの視線が空中で静かにぶつかり合った。微かに二人の間に走った緊張はコルベールの上げた大きな声で破られた。
「全く、リンク! そんなことは答えなくてもよろしい! それで、オールド・オスマン! ここで彼らをずっと留めて置くおつもりですか!?」
「おお、そんな気はもちろんないとも、コルベール君。皆、すまぬが学院長室までついて来てくれるかの? 大変疲れておるところじゃろうが、詳しい話を聞かせてもらいたい。それから、途中にしてしまっている王宮への手紙に
再び杖を振って元のように死体を仰向けに横たえ、オールド・オスマンはふっとリンクから視線を外した。
「死体は王宮の者が来るまで保管しておくこととしよう。コルベール君、悪いがそちらの手配は頼んでもいいかのう……うむ、ありがとう。手紙にその引き取り手も寄越すように書かねばならんな。よし、それでは移動することとしようかの」
オールド・オスマンの指示にコルベールが頷き、衛兵たちに指示を出した。すぐに担架を持ってきた衛兵たちが、死体を乗せていった。
「……フーケは美人じゃとわしも思うよ。毎日傍で眺めていたいものじゃ」
死体を運び出していくコルベールたちを見送っていたリンクの傍に、いつの間にかオールド・オスマンが立っていて、リンクにだけ聞こえるように耳元でそう囁いた。はっとなってリンクは振り向くが、オールド・オスマンはその反応を見ることもなく、踵を返して歩き去っていった。
「……食えない爺さんだな」
離れていくその姿を眺めてリンクは苦い表情で呟いた。ふっと小さくため息をついたところで、相も変わらずにつねられている背中を顧みた。横に立つ痛みを与えてくる桃色がかったブロンド髪の少女の表情を見ると、眉を吊り上げ、むすっと頬を膨らませていた。目が合ったが、ぷいっとそっぽを向かれてしまった。
「ルイズ……痛いよ?」
「……知らないっ!」
「……ということで、ミス・ヴァリエールによってゴーレムの身体が砕かれ、バランスを崩して落下していくフーケに最後は……」
「私の火球とタバサの氷柱が炸裂したって訳です。地面に落ちて横たわった時にはもうあの状態だったわ」
「それから、崩れた隠れ家から秘宝の箱を探し出して戻ってきたんです」
学院長室へ移動した一行は、相談した筋書き通りに説明を行った。とはいっても、実際に起こった出来事から何もかもを変えた訳ではない。マチルダは馬車の所で待っていたことにして実際にフーケと戦ったのは四人だとしたこと、隠れ家を空けていたフーケが馬を調達して戻ってきたということにしたのと、そして最後にフーケを仕留めたということにしたくらいか。学院長室の椅子に座るオールド・オスマンは口を挟まずにその説明をじっと聞いていた。
しばしの間、黙って目を瞑っていたオールド・オスマンだったが、大きく一つ息をつくとにっこりと笑った。
「……うむ、皆、本当によくやってくれた……学院の教師たちでも成しえなかったことを諸君は成し遂げたのじゃ。素晴らしいことじゃよ」
そうしてオールド・オスマンは杖を振って羽根ペンを操り、書きかけだった王宮への手紙へ続きを書き加えていった。最後まで書き終えるともう一度杖を振る。浮かび上がった手紙はひとりでに封がなされ、マチルダの手元へと納まった。
「ミス・ロングビルもご苦労じゃったな。早朝からずっと働かせておいて申し訳ないのじゃが、王宮にそれを大急ぎで届けてくれるように依頼してきてはもらえぬか? 今から急げば今日中にすっきりと全てが終わるじゃろうとも。それが済めば今日はもう自由にしてもらって構わん」
「お気遣いどうもありがとうございます、オールド・オスマン。お言葉に甘えさせていただきますわ」
オールド・オスマンの言葉に一礼してからマチルダは学院長室を後にした。扉を閉めた後で周りに誰もいないことを確認してから、彼女はようやく心からほっと息をつくことが出来た。
「……諸君ら三人には『
「ほ、本当ですか、オールド・オスマン!?」
「もちろんじゃよ。諸君らの功績はそれらに十分見合うものじゃ。わしが保証しようとも」
目を見開き、上擦った声で聴き返したルイズに、オールド・オスマンは微笑んで頷いた。だが、ルイズはそれに喜ぶ素振りを返さなかった。躊躇うように口ごもり、視線を床に落としていた。
「……どうかしたかね、ミス・ヴァリエール?」
オールド・オスマンに訊ねられたルイズは一歩前に出ると、おずおずと声を上げた。
「あの……それはリンクにはダメなのですか?」
「ほう?」
片眉を上げたオールド・オスマンに、ルイズはすうと息を小さく吸うと、意を決したように話し出した。
「もしリンクがいなかったら、私たちは皆、フーケが背後に作り出したゴーレムの不意打ちでやられていました。自分もゴーレムに囲まれていたのに瞬く間に打ち倒して、私たちのことを助けてくれて……フーケを倒すことが出来たのも、秘宝を取り戻せたのも、リンクがいてくれたからなんです。褒賞を授かるのに一番相応しいのはリンクなんです」
胸に手を当て、決然とした表情でルイズはそういった。オールド・オスマンはまっすぐに見つめてくるその視線を受け止め、ルイズの言葉をじっと聞いていたが、ふっと息をついた。そして、目を細め、小さく首を横に振り、重々しい声で返す。その眉間にはわずかに皺が入っていた。
「リンクには悪いが……それは出来ぬ相談じゃ」
「そんな!?」
ルイズは表情を曇らせて声を上げたが、オールド・オスマンは変わらない、厳粛な様子で続けた。
「彼は貴族ではないからの。爵位が授けられるのは貴族に対してのみじゃ。例外はない。ミス・ヴァリエールもそれはよくわかっておるじゃろう?」
「それは……そうかもしれませんけど、だからって……!」
「残念なことじゃがな……こればっかりはわしにもどうにもならん」
再び口を開こうとしたルイズを手で制し、これ以上の問答は無用とばかりにオールド・オスマンは首を横に振った。
ルイズはなおも声を上げようとしたが、ぐっと言葉を呑み込むと俯いた。その手はぎゅっとスカートの端を掴み、微かに震えていた。オールド・オスマンは心苦しそうに眉尻を下げた表情でその姿を見ていたが、何も言葉を発することはなかった。
ルイズの肩に、そっと優しく手が置かれた。振り向くとリンクが笑いかけていた。
「リンク……」
「いいんだよ。ありがとう、ルイズ」
微笑み、いつもの声でそういってリンクはオールド・オスマンに向き直った。ルイズは唇をぎゅっと噛んで俯き、肩を落とした。リンクは何も気にしてなどいないかのように笑っていた。事実、そうなのかもしれない。しかし、だからといってそれでルイズの心に広がる雲が晴れることはなかった。
「お聞きしたいことがあります。秘宝──あの剣と盾についてです」
「ああ……そうじゃろうな……」
真剣な表情でそう問うたリンクに、オールド・オスマンは頷いた。一度、天井を仰ぎ見るようにして深呼吸をしてから、再び真っ正面からリンクを見据えたオールド・オスマンは口を開いた。
「わしは、おぬしに話さなければならぬことがある。しかし、どうか二人きりで話をさせてはもらえぬか。聞いてからそれを彼女たちに伝えるかどうかはリンク、おぬし次第じゃ。じゃが、まずはおぬしとわしとでせねばならん」
オールド・オスマンは強い意志のこもった眼差しでそう告げた。その声には有無を言わさぬ気迫が込められていた。
リンクはちらりとルイズたちを振り返った。三人はその問いかける視線に首肯で返した。リンクの左手に光る印と同じ紋章が刻まれたその秘宝にどんな秘密があるのか。彼女たちにも気になる気持ちはもちろんある。しかし、オールド・オスマンの言葉の重みに興味本位で異議を唱えていいものではないと感じられた。
「すまんの」
ルイズたちの反応を見て、オールド・オスマンは申し訳なさそうに目を細めて、短く言葉を発した。ふっ、と小さくため息をついたが、それから気分を変えるように、にっと笑顔を作ってルイズたちを送り出そうと声をかけた。それはとても優しく、明るいものだった。
「本当に皆、今日はよくやってくれた。疲れているところに長々と説明させて悪かった。さ、部屋に戻って準備をするがよい。なんといっても今夜は舞踏会じゃ。諸君の祝勝会とも言えるかもしれんがの。存分にめかし込むがよいぞ。ほれほれ、早う行かねば、太陽がすっかり沈んでしまうぞ?」
にっこりと笑ってそう告げたオールド・オスマンに、キュルケが慌てて叫んだ。
「ああ、そうだわ! この騒ぎですっかり頭から抜けていたけれど、今日はフリッグの舞踏会じゃない! 大変! それじゃあ早く汗を流して準備をしなくちゃ! 急ぐわよ、タバサ! ルイズ! このまま土埃を付けたままなんかじゃあいられないわ! タバサ、あなたドレスは持っていたかしら? 見繕ってあげないと!」
「そこまで張り切らなくても……」
「何を言うの、タバサ! せっかくの舞踏会なのよ!? 精一杯おしゃれをしなくちゃ!」
「そう……?」
「そうよ! 任せておきなさいって! 皆の目が覚めるくらいにあなたのことを可愛くしてあげるんだから! さ、行きましょ! ルイズ、あなたもほら!」
むぅ、と小さく唸ったタバサの背中をキュルケは優しく押していく。呼びかけられたルイズは返事をするが、その声の調子はどこか迷っているようだった。
「ええ、今行くわ……」
ルイズは逡巡するように一度リンクへ振り向き、揺れる瞳で見つめていた。だが、すぐに思いを定めたように微笑んだ。
「リンク……ゆっくり話してきてね。また……後で、ね」
そういってもう一度柔らかく微笑むと、ルイズはキュルケたちと連れ立って学院長室を後にした。
ぱたん、と扉が閉じられた後、二人だけとなった学院長室に静寂が流れた。窓から差し込んでくる沈みかけた夕陽の橙色が影をつくり、燭台の蝋燭に灯された炎が柔らかな光でその影を照らしていた。
「……フーケの死体についてですか?」
流れていた静寂を破るように、リンクははっきりとした声で問いかけた。その言葉にオールド・オスマンはきょとんとした表情になるが、すぐに愉快そうな笑い声を上げて答える。
「はっはっは! おお、そうじゃな、言われてみればそのこともあったの! 本題ではないんじゃが、確かにそれもある」
「一体どこで気がついたんです? あれが本物のフーケじゃないって。バレない自信があったんですけどね」
右腰に手を当て、苦い表情に笑みを浮かべながらそう訊ねたリンクに、オールド・オスマンは破顔して返答する。その声は実に楽し気だった。
「ふはははっ、リンク! おぬしもまだ詰めが甘かったということじゃよ! 替え玉の出来については見事という他ない! どうやって用意したのかはわからぬが、よくもああまで精巧なものを用意したもんじゃ! あれで疑う者はおるまいよ! 顔を潰し、傷をつけさせたのも上手い手じゃ。戦闘の結果といえば納得もするし、わざわざ潰れた顔のその正体を確認しようだなんてとても思わんじゃろう。しかしじゃ、このオールド・オスマンを甘く見てもらっちゃあ、困る。あの死体、胴体にはそれほど傷はついておらんかったじゃろう?」
人差し指を上げてそう問いかけたオールド・オスマンに、リンクは頷いた。確かに、魔法を撃ちこんだのは顔と足が中心だ。胴の辺りは、マチルダにつながってしまいそうで念入りに焼いたローブの装飾部分を除けば、ルイズの爆発やキュルケの炎で部分的に焦がされたところがあったくらいか。オールド・オスマンはくっくっ、と愉快そうな声をあげて、にやりと笑った。
「あの胴はな、ミス・ロングビルの胴のラインそのものだったんじゃよ。見た瞬間にピンときたわい。これまでわしがどれほどあの胸と尻を眺めてきたと思っておる? なんじゃったら、わしゃあ何にも見なくともあのスタイルを再現したゴーレムを作れるほどじゃぞ!」
返ってきた答えにリンクはがっくりと力が抜けてしまった。どこかに見落としがあったかと考えていたが、そんなところに気付けるはずがない。人を完璧に欺くのは難しいものだと感じつつも、なんだかどうしても納得できないような気持ちになってリンクはため息をつき、オールド・オスマンへ辛辣な言葉を返した。少しくらいやり返さないと気が晴れないというものだ。
「……彼女が腐れ爺って罵っていたのもわかりますよ。どうせ眺めるだけじゃなくて触って確かめたりもしてたんでしょう?」
「おお、もちろんじゃとも! いやー、最初のうちは彼女も怒らんかったんじゃがのう……最近じゃ反応が激しくて激しくて、血を流す覚悟が必要じゃった……。ま、ローブの裾をまくり上げて下着を確かめられれば絶対の確信を持てたんじゃがな。我が親愛なるモートソグニルのこれまでの経験と活躍を活かせたというものじゃったが、衆目の集まっておったあの場では流石のわしにも出来ぬ相談じゃ」
オールド・オスマンは腕を組んでうんうんと一人頷いた。やけに誇らしげなその仕草に、またリンクは肩の力が抜けてしまった。
「はぁ、そうですか……」
言われた通り、自分の詰めが甘かったと思い苦笑しつつも、マチルダの普段の苦労が偲ばれてなんだかまたため息が出てしまった。
「……それからもう一つ、戻ってきてからのミス・ロングビルの態度が普段と変わっていたからのう。どうも不自然に視線を固定しているかと思えば、いつのまにか気が付けばおぬしの方へ注意が向いておった。フーケの話題が出た時も、表情を変えぬようにしていた分、身体の方に落ち着きが無くなっておったみたいじゃしのう。……それも、彼女が土塊のフーケで、それをおぬしに助けられたとしたなら納得というもの。まあ、かまをかけてみたところで流石におぬしは何にも引っかからんかったがな。なに、安心するがよい! あれで気付くものなどわし以外にはおりゃせんよ!」
「ホント……誇れるようなことじゃありませんよ……」
「ははは……なに、ミス・ロングビルのことは心配あるまい。王宮の連中があの死体を調べたところで何もわかりはせぬよ。あれを埋葬して全ては終わりじゃ。これ以上フーケの被害が出ないのならば、ではあるが。それに関しても心配はいらぬというのじゃろう?」
オールドオスマンの問いかけに、リンクははっきりと頷いた。
「ええ、土塊のフーケがもう現れることはありません。盗みに手を染めなければいけなかった理由もなくなりましたから」
「……それならばもう何も言うことはなかろう。わしとしても、殊更にフーケの正体を暴き、罰を与えたかったわけではない。奪われたものが戻ってきたならそれでよかったからの。盗賊に身をやつしていたその理由も、なくなったというならば問い詰める必要もどこにもない。それでは……本題に入るとするかの?」
オールド・オスマンの問いかけに、リンクは頷いた。執務机の上に置かれていた、刻印の入った古びた箱を開き、その中から秘宝の盾を取り出した。そしてそれをオールド・オスマンへと掲げる。傷が走り、表面に溶けた痕のあるハイリアの盾だ。なだらかになった表面をそっと左手でなぞりながらリンクは口を開いた。
「……この盾は、俺のいた世界のものです。ハイリアの盾といって、ハイラルではありふれたものだ。店でも売っていて、俺も持っている。だけど……ハイラルのことも、この三角の紋章のことも誰も知らないこのハルケギニアに、別の世界に、なぜハイリアの盾が……これを、一体どこで手に入れたんですか? ルイズに召喚された俺のように、この世界へハイラルからやってきた人が以前にいたのでは?」
「……おぬしのいた世界、か……やはりそうだったんじゃな……」
オールド・オスマンはそう呟き、しばらく目を閉じて黙っていたが、やがて悔恨の情が詰まったような深い息を吐くと重々しく口を開いた。
「……おぬしの言う通りじゃよ。ハイラルからやってきた剣士はおぬしが初めてではないのじゃ。その剣と盾は、勇気あるハイラルの騎士、レバンのもの。……彼は、わしの命の恩人でもあり……そして、わしのせいで命を落とした……」
そう告げるとオールド・オスマンは立ち上がり、窓の傍へと歩いて行った。黄昏の淡く儚い光を浴びるその横顔は、過去を懐かしむかのようで、それでいて深い哀愁の色が浮かんでいた。オールド・オスマンは振り向き、リンクをじっと見つめて言った。
「リンクよ。おぬしに伝えねばならぬことがある。わしが長い間果たすことのできなかった約束であり……そして彼が、レバンが死の間際に、いつの日かハイラルの者へ伝えてほしいとわしに託した遺言じゃ。どうか爺の昔話と一緒に聞いてはくれぬか?」
思ってもみなかったオールド・オスマンの言葉に、強くなった自身の胸の鼓動を感じつつも、リンクはこくりと頷いた。オールド・オスマンはそんなリンクを見て、自嘲するかのような物悲しい笑みを浮かべた。
「ありがとう……では、どうか聞いてくれ。この老いぼれの懺悔を……」