ゼルダの伝説 虚無《ゼロ》の少女と時の勇者   作:すもーくまんじゅう

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初心者・処女作で、作者がやりたい放題にやっている小説です。お見苦しい点も多々あるかと思いますが、どうぞよろしくお願いします。


召喚された緑衣の勇者
召喚された緑衣の勇者


 穏やかな春風が広場の草を揺らして通り過ぎてゆく。陽光は柔らかく、日向にいるもの達にそのぬくもりを惜しげもなく降り注がせていた。トリステイン魔法学院では、学院から少し離れた草原で春の使い魔召喚の儀式が行われていた。ほぼ全ての生徒は使い魔の召喚を既に終えており、自分が召喚した使い魔と親睦を深めていた。

 使い魔の姿は様々だ。巨大なモグラや可愛らしい動物の姿をしたものから、召喚した生徒の数倍の大きさはあろうかというほどの立派な体躯をもった竜までいた。そのどれもに共通しているのは、自分の主人となった生徒に忠誠と親愛を示していることだ。使い魔の契約は主人であるメイジまたは使い魔自身が死なない限り破棄されない、生涯にわたる契約である。そして使い魔の契約の証として、その体のどこかにルーンが刻まれる。

 今、最後の生徒が生涯のパートナーを召喚するための呪文を唱えている。学院の生徒に揃いのマントを、白いブラウスとグレーの膝丈ほどのスカートの上に羽織った、腰まで伸びた綺麗な桃色の髪を持った美少女だ。まだどことなく幼さが残るものの、美しく整った顔立ちには気品を漂わせている。おもわず抱きしめたくなるような華奢で可愛らしい美少女だった。

 しかしながら、その顔には普段の愛らしさはかけらも残っていなかった。いつもならば光をたたえてきらきらと輝いているその瞳は、血走った上に狂気さえ感じさせる、ぎらぎらした妖しい輝きを放ち、耳に心地よい、鈴のような声を紡ぎだすその可愛らしい唇が今放っている音は、聞いたものに恐怖を感じさせるほどに怨念の詰まった呟きであった。

 彼女の周囲の空気が黒く渦巻いて見える。そう錯覚させるほどに少女は必死だった。鬼気迫る表情とは今の彼女の顔のことを言うのだろう。

 指導役である、頭部に寂しさを感じさせる中年の男は、助言を掛けてやりたかったが、少女のあまりの気迫にただおろおろとするばかりであった。本当はすぐにでも言ってやりたい。そんな顔をしていては召喚に応じて使い魔がやってきてくれたとしても、目を合わせた瞬間に恐怖で死んでしまうのではないか、と。もし自分が彼女に呼ばれた使い魔だったとしたら、彼女と目が合った刹那に昇天できる自信があった。

 既に召喚を終えた生徒達は、自分の使い魔を撫でてやりながら、呆れ顔で彼女の様子を眺めていた。彼女は使い魔召喚の呪文をこれまでに合計で百三十七回唱えている。失敗した彼女を馬鹿にしていた生徒たちも、何度やっても成功しないのに飽きてしまったのか、いまはただつまらなさそうにその様子を眺めているだけだった。今彼らが考えているのは、さっさと帰って紅茶を飲むことだけだった。

 最初は彼女も意気込んでいた。由緒正しい高貴な血筋を持ちながらも魔法がなぜか使えず、馬鹿にされてばかりの自分。今日こそ立派な使い魔を見事に召喚し、見下してばかりいる皆を見返してやる! そのためには何がいいかしら? グリフォン? サラマンダー? それとも風竜なんてのもいいかもしれない。背中に乗って空を飛ぶのは気持ちいいでしょうね……。そんなことを密かに胸のうちで考えながら今日の儀式に臨み、呪文を唱えた。

 しかし、何も起こらなかった。呪文を唱えれば使い魔を連れてきてくれるはずの魔法のゲートは影も形も現れない。周りは失笑していた。ああ、やっぱりなと。

 気を取り直して呪文を唱えなおしてみてもやはり何も起こらない。頭の薄い、頭頂部がまぶしい指導役に呪文を確認してもらい、アドバイスももらったのに、何度やってみても結果は同じだった。三十回を超えてからは、彼女は徐々に表情が険しくなり、五十回を超えると声も暗くなり、詠唱が百回を超えると呪文は脅迫の言葉に変っていた。

 呪文を唱え終わり、しばらく待ってみる。しかし、いくら待ってみても何も現れることはなく、ただただ春風が髪を揺らして吹き抜けていくばかりだった。百三十八回目の失敗だ。彼女はへたり込んでしまった。

 これがチャンスだと思った教師は、慰めるような優しい口調で話しかける。再びあの呪詛が始まる前に助言をしなければ。

 

「ミス・ヴァリエール、そんなに怖い顔をして、脅しつけるような呪文の唱え方では、せっかく来てくれた使い魔も逃げてしまいますよ?」

 

 自分が真っ先に逃げたいとはいわない。彼にも教師としての矜持(きょうじ)があった。困っている生徒を見捨てて逃げることは出来ぬ。

 桃色の髪の少女はうなだれたまま、震えた声を発した。

 

「……ミスタ・コルベール……なぜ、使い魔は召喚に応えてくれないのでしょう……私が……『ゼロ』だからですか……?」

 

 涙は知らぬ間に溢れて頬を伝っていった。声の震えは抑えることが出来なかった。魔法の名門で王家の血も流れている、由緒正しきヴァリエール公爵家に生まれながら、何一つ魔法が使えない。素質さえあれば誰もが使えるコモンマジックさえ全て爆発してしまう。ついたあだ名が『ゼロのルイズ』だ。馬鹿にする周りを見返してやりたかった。何より自分自身がゼロなどではないと確かめたかった。だが、結果はこれだ。自分は生涯のパートナーすら得られないのか。惨めだった。

 

 トリステイン魔法学院では二年生となった春の使い魔召喚の儀式で、使い魔を呼び出せなかったものは進級できないという規則があった。今までにこの規則で留年したものはいなかったが、どうやら自分が長い歴史の中の最初の一人となりそうだ。留年だなんて不名誉なことになってしまったら、どうしよう? 後輩と一緒にもう一度一年生をやるだなんて、そんな未来はまっぴらごめんだ。

 父と母、それに二人の姉の顔が浮かんだ。成長の兆しすら見えない自分にため息をつきながらも魔法を教えてくれた両親。厳しい言葉で叱咤(しった)しながらも自分を励ましてくれた上の姉。悲しい時にはいつだって慰めてくれた下の姉。本当はすごい使い魔を従えて、家族を驚かせたかった。ぱっとしない使い魔だったとしても、出来が悪いなりには頑張ってやったのだと示したかった。それなのに何も起きはしない。普段は起きる爆発さえもだ。もう合わせる顔なんてない。ただ、涙が溢れるばかりだった。

 

「ルイズ! しっかりしなさい! 私より立派な使い魔を召喚するんでしょ!?」

 

 大声にびくりとしながら、ルイズは声のした方に涙の溢れる顔を向けた。

 声を上げたのは、(あで)やかな色気を振りまき、自己主張の激しい小山のような胸の前で腕を組む、炎のような真紅の髪と褐色の肌を持った美女だった。ルイズとは事あるごとに衝突していたキュルケ・ツェルプストーだ。

 (かたわ)らには先ほど召喚したサラマンダーと、彼女よりも小柄で、身の丈ほどもある大きな杖を抱えている、眼鏡を掛けた青髪のスレンダーな細身の美少女、キュルケと親しく、よく行動を共にしていたタバサだった。二人の後ろには、タバサが召喚した水色の体色をした、立派な翼をもつ大きな竜が喉をくるるっと鳴らしながら座っていた。キュルケは怒ったように目尻を険しくしていたが、タバサは興味がなさそうに手元の本に目を落としていた。

 

「あんた諦めるの!? 自分は『ゼロ』じゃないって証明するって言ってたじゃない! すごい使い魔を召喚するんじゃなかったの!?」

 

 キュルケはルイズの涙に濡れた瞳を見つめて言った。

 

「キュルケ……」

 

 励ましてくれてるんだ……。こんな自分を……。いつもはあんなに自分をからかってくるツェルプストーが、真剣に自分のことを思って言葉をかけてくれたことが、ルイズは嬉しかった。

 コルベールはにっこりと微笑み、懐からハンカチを取り出してルイズへと差し出した。

 

「さあさ、ミス・ヴァリエール! 涙をお拭きなさい。大丈夫です。次はきっと上手く行きますよ」

 

 ルイズはコルベールからハンカチを受け取り、しばらく顔をうずめた後、涙を拭いて立ち上がった。

 

「……ミスタ・コルベール。どうもありがとうございます。もう一度やってみます」

 

 ルイズはにこりと笑いながら言った。花のような笑顔だった。それを見たコルベールも再びにっこりと微笑む。

 

「大丈夫ですよ。ミス・ヴァリエール。イメージするのです。自分のパートナーを。そして心の底から呼びかけるのです。きっと上手く行きますよ」

「はい!」

 

 ルイズは杖を掲げた。コルベールはそれを見届けると安心したように息を吐いて、一歩下がった。キュルケも腰に手をやり、ほっと息をついた。

 

「……ツェルプストー」

 

 ルイズがキュルケに声を掛けた。

 

「なぁに?」

「……ありがと」

 

 ルイズはキュルケの方を向かないままにそう言った。普段口げんかする相手にお礼を言うのが気恥ずかしいのか、それとも素直になることに慣れてないのか、ルイズは耳まで色づくほど赤面していた。たぶん両方だろうな、とキュルケは思った。まったく世話が焼けるんだから、とキュルケはほうと息を吐いた。

 

「お礼なんていいから、さっさと終わらせて頂戴。私もそろそろ疲れたし、紅茶が飲みたいわ」

 

 キュルケは大げさに両手を上にあげ、やれやれと言いたげに首を振った。

 

「言われなくても、あんたの腰が抜けちゃうようなすっごいの召喚してやるんだから!」

 

 ルイズはそう言って呪文を唱え始めた。いつもの強気な物言いが戻った友人の姿を見て、キュルケは静かに微笑むのだった。

 

 ルイズは瞳を閉じ、静かに息を吐いた。キュルケにはあんなことを言ったが、別にすごいものなんて来なくてもいい。ただ、自分の傍にいてくれる存在がほしかった。魔法が使えない、落ちこぼれの自分に寄り添ってくれる存在。ぬくもりをくれるもの。ルイズは心に使い魔とじゃれあう未来の自分の姿を想像した。たとえどんな子だろうと、きっと大切にします。ルイズは誓った。大丈夫。きっとうまくいくわ。自分を信じるのよ、ルイズ。そう自らに言い聞かせた。目を開けてしっかりと前を見据え、サモン・サーヴァントの呪文を唱えた。

 

「我が名は『ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール』。五つの力を司るペンタゴン。我の運命(さだめ)に従いし、"使い魔"を召喚せよ!」

 

 ルイズの呪文が響いた。ルイズは祈るような気持ちで、じっとその瞬間を待った。キュルケとコルベールも固唾を呑んでその様子を見守る。他の生徒たちは、さっきまでと同じだろうとただ眺めていた。

 しばし静寂があたりを包む。またダメなの……? ルイズがそう思った瞬間、ルイズの目の前の中空に使い魔を召喚する、直径二メートルほどの魔法のゲートが音もなく現れた。ついに魔法が成功したのだ。普通は地面と垂直に現れるはずのゲートは、なぜか地面と水平になっていたが。

 

「やった! 成功よ!」

 

 ルイズは飛び上がって叫んだ。百三十九回目の挑戦にして、ルイズはついに使い魔召喚の呪文を成功させた。喜びを爆発させて飛び跳ねる。生まれて初めて魔法を成功させたのだ。あんまりな喜びようでも無理はなかった。コルベールはその幼子のように無邪気に喜ぶルイズの様子に優しげに微笑み、キュルケは成功したことに安心したのか息をついた。タバサは表情を変えなかったが、周囲の生徒たちはどよめいていた。

 ゲートの大きさは召喚される生き物の体に応じて変化する。この大きさだったら、なかなかのものが来るんじゃないかしら? ルイズはわくわくしながら、自分の使い魔を今か今かと待ちうけた。

 どすんっ、と音がした。ゲートからルイズの使い魔となるものが出てきた──否、落ちてきた。

 

「ぐうっ……」

 

 落下の衝撃に思わずうめき声をあげた、召喚されたものの姿を見て誰もが自分の目を疑った。ルイズが召喚したのは、人間の青年だった。その青年は落下の衝撃を受けてもまだ眠っているのか、目を閉じたままで静かにすーすーと寝息を立てていた。奇妙な格好をしていた。ハルケギニアでは見たことのない、スカートのようにも見える、上下が一体になった緑の服に、これまた緑色のとんがり帽子をかぶっていた。茶色の革のブーツを履いており、腕には指の第二関節部から先がない、黄金の板で装飾された篭手と一体化している指ぬきグローブをはめていた。緑の服の下からは、白色のシャツとタイツ状の脚衣が覗いている。服の上からでも容易に見て取れるほど、青年の体は鍛え上げられて男らしい体つきをしている。盛り上がっている筋肉はまるで鋼のようだ。結構な勢いで地面にたたきつけられたのにも構わず、一向に目覚めようとしない青年の腹の上に、今度は剣と盾が落ちてきた。鞘に入れられた、柄まで含めると一メートル半ばはあろうかという長さの長剣と、真紅に縁どられ、月と星の紋章が刻まれた美しい鏡の盾だった。

 

「うぐぅっ! ……なんだよ、もう……」

 

 さすがに痛かったのか、ぼつりと恨み言を言いながら青年は目を開けて起き上がり、頭をかいた。ふわぁー、とあくびをしながら座ったまま伸びをすると、ぐっと立ち上がり、周囲を見回した。身長は百八十センチ手前といったところだろうか。青年の顔を見て多くの少女達は思わずはっと息を飲んだ。風に揺れる、真ん中で分けられた金色の髪は日の光できらきらと輝き、意志の強さを表すような眉に、すっと通った高い鼻、どこまでも澄んだ青い瞳と、青年は惚れ惚れするほどに凛々しい顔立ちをしていた。

 

「いい男……」

 

 キュルケは青年に思わず見とれて、頬を染めながらうっとりと呟いた。口には出さずとも、キュルケと同じようなまなざしで、青年の事を眺めている女子生徒は多かった。大半の生徒は、思いもよらない事態に呆気にとられていたが。

 青年は、自分が昨夜眠ったボロボロの山小屋に残されていた壊れかけのベッドの上ではなくなぜか草原にいて、大勢のマントを羽織った学院の生徒たちが、皆自分に注目していることに気づくと、驚いたように目を見開いた。青年が困惑しながらも、腹の上に落ちてきた剣と盾をいつものように背中に背負うと、頭上のゲートからまた何かが現れた。

 ひょっこりと顔を出して様子を伺っていたのは、鼻から額にかけての部分が白くなっている、栗毛の馬だった。その馬は青年の背中を鼻先で優しく押しのけると、さらに鞍と青年の荷物を落としてから、ゲートから出てきて、その美しい体をさらした。並の馬よりも一回り以上は優に大きい立派な体格をしており、全身を覆う逞しくしなやかな筋肉には一切の無駄もなく、ある種の芸術品のような美しさを放っていた。一目見ただけでも素晴らしい駿馬だとわかる。たてがみと尾は光を浴びてきらきらと輝く白色で、脚にも同じように、膝から下を覆うように白い毛が生えていた。

 

「エポナ、お前が俺をここに連れてきたのか? ……違う? まあ、そりゃそうか。だったら、どうしてこんなところに?」

 

 青年はその馬をエポナと呼び、首を撫でながら話しかけた。青年の問いかけに、エポナはぶるるっと頭を横に振ると、青年は苦笑いしてぽんぽんとエポナの首に手をやり、周りにいる人たちをぐるりと見渡した。すると自分の一番近くにいた桃色の髪をした少女と目が合った。

 召喚が成功した嬉しさと、それから予想外のものが現れたショックとで硬直していたルイズだったが、青年と目が合うと、ようやく思考を取り戻し始めた。見たこともない格好をした人間が出てきた上に、これまた美しく、たくましい尾花栗毛の馬まで現れたのだから、思わず驚きで固まってしまうのも無理はなかった。おまけにその青年がものすごい男前ときたのだからなおさらだ。ルイズははっと気がつくと、人知れず頬を紅く染めながら一歩青年に近づくと話しかけた。先ほど、たとえどんな使い魔がきたとしても大切にすると誓ったのだ。驚いてばかりではいられない。

 

「はじめまして。私はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。あなたを召喚した者よ」

「俺はリンク。君が俺をここに呼んだのか?」

「それは……」

「下がりなさい! ミス・ヴァリエール!」

 

 リンクの問いかけにルイズが続けて説明しようと口を開いたところで、突然コルベールがルイズの肩を掴んで引き下がらせ、自分は杖を構えながら、立ちふさがるようにルイズの前に出た。

 

「ど、どうしたのですか!? ミスタ・コルベール!?」

「彼は我々の敵かもしれない! あの耳を見なさい!」

 

 そう叫ぶと、コルベールはリンクの耳を指し示した。ルイズや、周りで眺めていた生徒たちも、コルベールの言葉を聞いて、リンクの耳を注意深く見てみる。先ほどまでは思いもよらない事態の連続でそれには気づいていなかったのだ。いや、気づいていたものも中にはいたのかもしれないが、そうした生徒は声もあげられずにいただけだ。初めてリンクの耳に気づいたものたちは、それを理解するとがたがたと震えだした。リンクの耳は、長く、尖っていた。それは、このハルケギニアの人類にとって恐怖の象徴である種族の特徴そのものだった。

 

「あれは、エルフの耳だ!」

 

 


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