これからもよろしくお願いします。
柊季は球場から一番近くの水飲み場で傷口を洗い、口をゆすいでいた。
「うー、口の中切れてるな、血の味がする」
「あんな無茶なプレーするからでしょ」
「柊季?大丈夫?」
椿季は呆れたように言い、倉橋は心配そうに柊季を見ていた。
「大丈夫、大したことは無い」
「それにしても、柊季がそこまで勝ちにこだわるとはね」
椿季がニヤニヤしながら言う。
「それをお前が言うか、誰よりも負けず嫌いのくせに」
「いやいや、そんなことないよ」
「あははは、二人は本当に似てるよね」
倉橋は笑って言った。
「それで、この後どうするつもり?」
椿季は俺に作戦を聞いてくる。
「磯貝はちょっと厳しいかもな、杉野が打てるかどうかだけど…」
「あれだけ、狂気じみたものに満ちてると普通に打つのは至難の業だろうね…」
「まあ、そうだろうな…」
「うーん…」
椿季は何かを思いついたようだが、あまり気が進まないように言った。
「私が代わりに出ようか?」
「えっ?」
「元ソフトボール部の私が代わりに出ようかって言ってるの」
「でもそれって…」
倉橋が言おうとしたことは柊季が代わりに言った。
「ああ、一応この野球は男子野球だから女子の椿季が出るのはルール違反になっちまう、確かにあの前進守備もかなりやらしいやり方だけどルール違反ではないからな」
「まあ、そういうなんだよね」
椿季がそういうと、柊季は黙り込む。
柊季には残念ながらこれといった作戦があるわけではなかった。
もしかしたら自分が打たなかったらここまでやってE組は負けてしまうかもしれない。そんなプレッシャーが柊季を苛む。
「やっべ…どうしよう…」
柊季の様子は椿季や倉橋にも見て取れて焦っていた。
「はぁ…」
そして、あれこれどうしようか思い悩んでる柊季を見て、椿季は大きくため息を吐き、そして思いっきり柊季の背中をたたく。
バンッ!!
「痛って!!何すんだよ」
「いろいろ考えて行動するなんで、全然柊季らしくない!!」
「お前、それが言いたいだけでそんなに強く叩いたのかよ」
「ふふふっ」
柊季は背中をさすりながら非難の目を向ける。
すると、椿季は倉橋とアイコンタクトを取り、倉橋も背中を思いっきり叩く。
バンッ!!
「お前もか!陽菜乃!」
「ふふ、ごめんね。でも、つっちゃんの言うようにうじうじ考えるより体思いっきり動かす方が柊季らしいと私も思うよ」
「それとこれとは…話が……」
「それに勝ち負けはもちろん大事だけど、何より柊季がこの試合を楽しむことが大事なんじゃないかな」
倉橋の言葉に椿季もうんうんと頷く。
そんな二人を見て、柊季は小さくため息をつき言い放った。
「椿季もしホームラン打ったら、今日の夕飯は俺の当番だったけど変わりにおまえがビーフシチュー作れよな!」
「ふふっ、了解」
さっきとはうって変わってあまりにのんきなことを言う柊季に椿季と倉橋は思わず笑ったのだった。
柊季達三人は、急いで球場に戻ってきた。
「大丈夫か、柊季?」
「ああ」
杉野は申し訳なさそうな顔をして言う。
「悪い、磯貝も俺もアウトになって、今、ツーアウトランナーなしだ」
「なるほどね」
すると柊季はバットを持ち素振りを始めた。
「柊季頼んだぞ」
杉野のその言葉に柊季はニッと笑いいう。
「何言ってんだ杉野。せっかくこんなケガまでしたんだ、勝つにきまってんだろ」
柊季はそう言い残しバッターボックスに向かっていく。
「五番、ライト、嵯峨君」
アナウンスが聞こえ、バッターボックスに入った。
「うわーこうやってバッターボックスに入ってみると本当に近いな…」
全員での内野守備は本当に近く感じた。
進藤はまるで機械のように剛速球を投げた。まるでバッターを威圧するように大きく体を使って、投げる。
「ストライク」
主審が高らかに叫ぶ。
「さっきも見たけど、こうしてみると時速140㎞はやっぱり速いなぁ。てか理事長のせいでそれ以上出てるな…」
そう思いながらも打つしかない。ここで打たなければ、負けてしまうのだから、
次の進藤の球を振ってみるが、これは完全に振り遅れてストライク。ツーアウト、ツーストライク。
そして三球目。進藤は相変わらず狂気に満ちたようにボールを投げる。
「当たれ!」
そしてバットを振るとボールはバットをかすり審判がファールを告げる。
続く四球目もファール。五球目もファール。と粘り強く行く。その後もファール、ファール、ファールである。
「柊季のやつずいぶん粘るな」
「ああ、もう何球目だ?」
「でも、タイミングもだんだん合ってきてるから、うまくいけば前に飛ぶかも」
磯貝と前原と杉野がそんな話をしていた時、マウンドを見ていた彼らは目を疑っただろう。
それは、杉野達だけでなく、放送席、観客の誰もがもその奇怪な動きに、動揺していた。
そう、右手を左肩に乗せ左腕を前に突き出し、バットを高々と立てている。
「こ、これは、ホームラン予告です。ここまでファールで粘り続けていた。E組の嵯峨がホームラン予告をしています」
「ファールはもう十分だ。この一球で決めてやる」
そう言ってバットを構え直す。進藤もその言葉を聞いて、カッとなっただろうが、先ほどと違い、それが明らかに出ることは無かった。
そして進藤は渾身の力でボールを投げる。
そしてこちらも本気でバットを振った。
「うりゃーーぁあ」
バットの芯をとらえた打球は、綺麗な放物線を描き、レフトスタンドへ伸びていく。
そして、
「うそ、だろ」
進藤は唖然とした顔をした。
そう、ボールはレフトスタンドへと入っていった。
「…………何と……何と!ここで本当にホームランが出てしまったぁ!!」
「うっしゃぁあ!!」
放送席の叫び声のような実況と柊季の雄たけびが球場内にこだまする。
柊季は四つのベースをしっかりと踏み、自分のベンチへと戻った。
「すげーーーー」
「よっしゃー、また一点リード」
「まさか本当に打つとは思わなかった!!」
「とりあえずこれでいいだろ」
「おう、みんなこの一点絶対守るぞ」
「「「「「おー!」」」」」
しかし、三回裏。ここでも中々にまずい展開。
向こうも流れを取り戻そうとバントの作戦に切り替えノーアウトランナー、一・二塁。
「ははっ、一難去ってまた一難かぁ」
そう思っていると殺せんせーが地面から出てきた。
「殺せんせー地面から出てくんなよ」
「ヌルフフフ、君はあの二人にけしかけられると強いですね」
「うっせー」
殺せんせーは何か言いたげだったが言う前に俺が聞いた。
「それでこんなところに出て来てなんか用?」
「この状態はカルマ君たちが何とかしてくれます。柊季君は一応カルマ君が抜け多分ややセンター寄りを守ってください」
カルマが抜けた分?と思って周りを見てみるとカルマと磯貝がゼロ距離の前進守備をしていた。
「うわ、すげえ前進守備」
「ヌルフフフ、彼ら二人の度胸と動体視力はE組でもトップクラスですからね。まあ君がやってもよかったんですが」
「まあ、さっきカルマがけしかけてたからカルマが出るのは当然だし、磯貝の代わりに俺が出ると外野いなくなっちゃうからな」
「そういうことです。では頼みましたよ」
そう言って殺せんせーは地面の中へと戻っていった。
一打席目進藤は普通より大きく振るが、ゼロ距離守備をしていた二人はそれを楽々かわす。
それを見た進藤は更に追い詰められた顔になり汗が止まらない様子だった。
「あれは集中できないね…」
結局、E組の暗殺者達の重圧に耐えられなくなった進藤は、腰の引けた打撃でトリプルプレーをとられ、5対4でE組の勝利で球技大会は幕を閉じたのだった。
帰り道、今日は椿季と陽菜乃と三人で帰っていた。
「それにしても、まさか本当にホームラン打っちゃうなんて」
「しかも、かっこよくホームラン予告まであそこで打てなかったらどうなってことやら…」
「いいだろ約束通りホームラン打ったんだから」
柊季は今になってちょっとやり過ぎたと、ホームラン予告までした自分が少し恥ずかしかった。
「それにスポーツはメンタルなんだぜって最初に言った柊季だしね」
「なっ、聞いてたのか」
「ちょうど柊季の第一打席が回ってきた時に野球場に着いたんだよ」
「あれは、挑発って言うかなんて言うか」
柊季は自分は自分がやっていたことにいろいろ矛盾を感じたが、あれこれ考えると恥ずかしくなる一方なので考えるのを止めた。
「ああ、もうそれより腹減った」
「はいはい、ビーフシチュー作ればいいんでしょ、もしよかったら陽菜ちゃんもどう?」
「え?いいの?」
「もちろん!みんなで食べた方が楽しいよ」
「じゃあ、お邪魔させてもらおうかな」
「よしじゃあ、買い物して帰ろう、柊季、荷物お願いね」
「はいはい」
「はいは一回!」
「はーい」
そうやって、柊季達三人は仲良く話しながら帰るのだった。