ガンゲイル・オンライン ザ・ドミネイターズ   作:半濁悟朗

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第1章 野郎ばかりのニューゲーム
#01 ファイヴ、仮想の大地に立つ


「何だこのオッサン!?」

 

 これが電脳世界に初めて降り立った暁の発した言葉――プレイヤーアバター《ファイヴ》の産声であった。

 その声は、建物のガラスの向こう側にいる悪人面の男へ――正確には、ガラスに反射した自身へと向けられた感想であった。

 

 ファイヴは、遠目に見ればそれといって特徴のない中肉中背の男性アバターだった。が、やたらとシャープな輪郭と鋭くも精気のない瞳を備えた顔面が致命的にカタギ離れしている。

 顔立ち的には二十代後半から三十代前半と言ったところだろうが、どう表情を変えようと試みてもヤクザのような表情は軟らかくなる気配を見せない。そして初期装備の手術衣のような服が絶望的に似合わない。

 

 これはプレイヤーの表情筋操作技能が足りないのか、それともアバターの仕様だろうか。はたまたゲームタイトル的にこれが標準なのだろうか。そんな風にガラスとにらめっこしてうんうん悩んでいると、背後から軽く肩を叩かれた。

 ファイヴが振り向くと、そこには180センチ越えの筋肉質な巨漢がいた。

 

「先輩……ですよね? 間違ってたらすんません」

 

 その男は顔の横一線にかなり目立つサンマ傷を負っていたが、若く整った顔と朗らかな表情がむしろ傷さえもアクセサリであるかのような雰囲気を醸していた。

 

 ――あ、これゲームが悪いんじゃなくて俺が悪いんだ。

 ファイヴはそう悟った。

 

「お前……トミーか?」

「合ってましたか。ようこそ先輩、《ガンゲイルオンライン》へ」

 

 VRMMOのメジャータイトルの一つ、ガンゲイルオンライン――通称《GGO》

 荒廃した世紀末世界でプレイヤーが実在の銃や架空兵器を操り戦う、シューティングRPGという分類のなされるゲームだ。

 特筆すべきは、細かなディティールに拘った実銃を『持ち、構え、撃つ』感覚だという。銃刀法国家日本に住むガンマニアにとってこれほど待ち望んだゲームはかつて存在しなかっただろう。

 

 そしてファイヴも、そんな典型的な一人の銃オタクの欲望によってこの荒れ果てた大地に降り立ったのだ。

 

「驚いたな……本当にゲームのキャラクターになったみたいだ」

「ああ、そういや先輩VRMMOは初めてでしたね。アバカ交換わかりますか?」

「いや全然」

「そうですね、そしたらまずメニューを出して……あ、メニューを出すにはまず左手でこうやって虚空を――」

 

 そんな具合で、暁は『ファイヴの機能』の使い方をリアルの後輩が操るアバターに教わり(道のど真ん中でやっていたにも関わらずおかしな目で見られなかったのは、ここが初心者の多いの街であるからだろう)、彼とアバターカード交換をすませるまでに至った。

 

「あ、そうだ。さっき言い忘れてたッスけど、リアルの情報は自他両方ともなるべく出さないでくださいね」

 

 先ほどリアルの渾名で呼ばれたことに釘を差した後輩に、ファイヴは素直に頷いた。

 

「じゃあ……GGO(ここ)ではシカゴって呼べば良い訳だな」

 シカゴから受け取ったアバターカードには、彼の名と性別が英字表記で記されていた。

 Chicagoというアバターネームと、彼のリアルのニックネームは容易に名付け元となったであろうトンプソン・サブマシンガンを連想させた。

 

「そうですね、そしたらここでの先輩は……ぷ、プヒヴェ……?」

Phive(ファイヴ)な。お前英語弱すぎだろ」

「あ、発音的には5と同じなんスね」

「写真って英語でなんて書くよ? pictureじゃなくてphotoの方な」

「…………なるほど!」

「おい絶対分かってないだろ」

「ド忘れしたんスよ……そういう事にしてください」

「よく大学生になれたな……」

「リアルの話はNGッス」

「そうだったな」

 

 現実で行われるいつもの雑談と同じ空気で会話しながら、ファイヴはシカゴの案内でショップへと連れられていく。

 

 NPCの経営するその店は、入ってみればそこそこ栄えていると言ったところか。客層は服装から判断するに、ファイヴのような駆け出しからある程度は装備を固めていそうな中級プレイヤーまでが中心らしい。

 銃器大国アメリカでも民間人が持つことは基本的に許されない、フルオート射撃が可能な火器や短銃身のライフルなどが所狭しと並べられている。

 

 ――但し、ディスプレイ表示のみで。

 

「ふざっけんなよ! ショップのシステムデザインしたヤツ誰だッ!!」

 

 GGOを初めて早十分。ファイヴは往来の最中でブチギレした。

 ガンショップという甘美な響き――そのイメージが先行して、期待しすぎていたファイヴが起こした行動は唐突な逆ギレであった。

 

「こんなのって……ガンショップがこんなのってねぇよ……!」

 

 暁の地元の小さなトイガンショップだって、客に勝手に商品をイジられるリスクを覚悟で商品を飾りたてて雰囲気を出すのだ。

 それが客を喜ばせ、結果として購買意欲を煽る為だとは彼もわかっている。

 

 エアガン等が娯楽商品なのに対し、GGOにおいて銃とはプレイするのに必要不可欠なツールだ。よって性能が見やすいようディスプレイで一括表示の方が効率的だし、RPGの武器屋システムが雰囲気を出してプレイヤーを喜ばせる必要は全くない。

 

「クソが……畜生……!」

 

 だが、そんな荒廃世界設定ガン無視の購買システムにファイヴは涙した。古くさいAK小銃が小綺麗な3Dグラフィックで画面に投影される様は、早くもファイヴにGGO引退を決意させる。

 

「……いや、まぁとりあえず起きてくださいよ。めっちゃ見られてますよ」

 

 両手を床について泣き崩れるファイヴをシカゴが恥ずかしそうにしながら抱き起こす。

 だがその行動に反して周囲のファイヴを見る目は案外優しいものがあった。大方が「わかるよ、その気持ち」等と考える銃オタプレイヤーによるものなのだろう。

 

 ……もちろん、「なんだあのオッサン。気持ち悪」という冷たい視線が大多数を占めるのだが。

 

「兎にも角にも、銃買わないことにはこのゲーム始められないんで――あ、もうやめるとかそういうの良いッスからね。所持金はどんなもんスか?」

 

 ファイヴは腕を持たれながら、畜生非情者めだとか、それでも俺が仕込んだ銃オタかテメェだとか、そこそこに口汚くシカゴに八つ当たりしながらもストレージを開く。

 

「1,000クレジットだな……」

「まぁバリバリ初期ッスよね」

 

 シカゴの談では、このゲームを始めたばかりのプレイヤーは最初にこのゲーム内通貨で一番安い光学銃と最低限の装備を購入するのが定石らしい。

 

 光学銃は威力も射程も実弾銃より優れ、ランニングコストも安価なため初期資金でもそこそこの物が揃う。欠点は、GGOにおいて広く流通する装備アイテム《防御フィールド》により、威力が極端に減衰してしまうこと。

 

 対する実弾銃は、威力は銃種や使用弾薬などの様々な要素に左右されやすく、反動もあり弾道もクセがある。他にも本体や弾薬が重く継戦・維持費用が高いなど多数のデメリットがある。

 が、実弾銃に対する防御装備は光学銃のそれと違い、様々な制約を持ち使い勝手に難もある。要は撃つ方も受ける方も苦労するのだ。

 

 つまりモンスター狩りでは光線銃、対人戦では実弾銃という運用が一番堅実かつ賢いプレイングである。

 

 事実、ファイヴの所持金でなら一番安いレーザーピストルとエネルギーパック数個を買って丁度と言ったところ。これでも十分に雑魚モンスターを乱獲できるため、大多数のGGOプレイヤーはこのセットを買って使いたい装備を買い揃えるのだ。

 だが、

 

「嫌だ。こんな銃の形したリモコンみてーなモン使えるか」

 

 試射してからというものファイヴはこの一点張りであった。

 おざなりなガンショップへの苛立ちもあり、シカゴの反対を押し切って米国・コルト社製の官給(GI)M1911A1拳銃を購入。予備弾倉と.45ACP弾を買った事で所持金を使い切ってしまった。

 

「……本物のヤーさんみたいな格好になっちゃいましたね。まるで脱獄した鉄砲玉みたいッスよ」

「初期装備の服が拘束衣みたいになってんのが悪い。逆に聞くがレーザーガンでも持ってりゃマシになったと思うか?」

「シュールすぎるッスねそれは……」

 

 そんなこんなあって、金を稼がねば弾代すらままならないゲームの現実にファイヴは早くも直面する羽目となる。

 

 金を稼ぐ為にゲーム内で商売――プレイヤーマーケットを営む者もいるGGOであるが、多くのプレイヤーはゲーム内通貨を戦闘によって賄う。

 戦闘は、前述の通り大きく分けて二種類。対モンスターと対人。

 

「モンスターに対してはレベル帯が設定されてますし、ある程度攻略法も確立されてんでよほど無謀か無茶しなきゃコンスタントに稼げますね。初心者にお勧めッス」

「でも、対人あるって事は狩られるんじゃねーの?」

「まぁそうッスね。Mob狩りの帰りを他プレイヤーに襲撃される可能性もありますし、基本的に実入りがかなり良いって事は無いッス」

「まぁローコストローリターンって事だよな」

「……普通であれば、ッスけどね」

 

 シカゴはファイヴに抜き身で握られた(ホルスターを買う金も残らなかったためだ)45口径拳銃を一瞥し、小さく溜め息を吐いた。

 

「後悔しても時間は戻んねーぞ」

「先輩はもう少し後悔することを覚えてください……」

「俺の人生に後悔は無い。昔の事は大体忘れるからな」

「……話戻しますね。で、対人戦の方ッスけど、こっちはプレイヤーとの交戦する以上一定のリスクは覚悟する必要があります」

「まぁ晒されたりコピペ化されたりリアル特定されたりとかするよな」

「なんで被害の想定がこうも陰湿かつ凶悪なんスか。一応このゲーム対人戦(PvP)推奨ですしフィールドでPK保護無いですから、普通にプレイヤー同士の不文律ってのはありますよ。大丈夫です」

「おお、シカゴお前不文律なんて難しい言葉よく知ってたな」

「……続けて良いスか」

「俺は一向に構わんぞ」

 

 ファイヴは上着のポケットをまさぐってから舌打ちした。VR空間では煙草が吸えない事に気づいたのだ。

 

「プレイヤーアバターに対しては光学銃はほぼ通用しないと考えてもらってOKッス。ですから対人用は実弾銃がセオリーなんスけど……」

「……」

 

 再び、男二人はパーカー処理の施された1911に目を落とす。交戦距離が50メートルを切る、そのハンドガンに。

 

「……無理ッス」

「だよな。知ってた」

 

 狩られる可能性がある以上、狩られる側も何らかの対策をしている。そんなプレイヤーを狩るのにファイヴの装備は力不足も甚だしい。

 

 そして、ファイヴは銃と弾薬に全ての資金を費やした。服も、防具も買えない程に。

 つまり、光学銃を完全防御する防護フィールドすら装備していないのだ。今のファイヴにはモンスター狩りを行う初心者プレイヤーすら脅威となるのだ。

 

「まぁショップに売ってて買えるって事は使えるって事だろ。一狩り行こうぜ!」

「……ま、駄目そうなら俺がフォローしますんで」

 

 これが、先行き不安な彼らの受難と、愉快な活劇の幕開けであった。


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