ガンゲイル・オンライン ザ・ドミネイターズ   作:半濁悟朗

25 / 32
#05 黄昏色の春愁

「お。うっす、先輩」

「おお、よう」

 

 大学で一日分の授業を消化した暁は、相変わらず息の詰まりそうな喫煙室へ足を運ぶ。

 そこには先んじて紙巻きを銜える裕士の姿があった。

 

 暁が胸ポケットから出した煙草を銜えると、裕士は何も言わずにその先端に火を点す。暁も何も言わず、寝不足気味な頭のまま火種から流れ込む煙を吸い込んだ。

 暁が先輩面を利かせてこれを強要しているわけではなく、気が回る裕士が繰り返している間に染み着いてしまった習慣だった。

 

「ふー……。お前、ここ最近いっつもここに居ねぇか? 流石に吸いすぎだろ」

「バイトの給料支払いが遅れたんで、ちょいとストレス溜まってたんスよ」

「ああ、道理でライター使えなかった訳だ」

 

 ライターオイルを買う金はない癖に、なぜそれだけ煙草を吸っていられたのか……とは問わない。暁も所詮、同じ穴の狢だ。

 

「はー……。どうスか最近、GGOの方は」

「それしか話題ねぇよな俺ら。知っての通り、どうしてもソロの効率は悪い。元々覚悟の上とは言え、やっぱり遠距離で撃ち負けるのはキツい」

 

 (ファイヴ)はここのところ対人戦を意識して、それとなるべく近い射撃を行ってくるエネミーを中心に狩っていた。

 もし一人で対応できるなら対人戦(PvP)にも挑戦するつもりであったが、生憎とその機会にはまだ恵まれていない。

 

 ――先日、安ホテルのプライベートルームで起こった一悶着を対人戦と称するのであれば、話はまた別だが。

 その一件に関して、暁はまだ裕士に打ち明けていない。別に彼を信頼していないわけではないが、わざわざ大会前に済んだ話をひけらかして和を乱す必要はないだろう。

 

「まぁ、それはしゃーないッスね。暁さん遠距離全然当たんないッスから」

「何でだろうなぁ……ふはー」

「単純に不器用なんじゃないスかね?」

「うっせ」

 

 GGOには着弾予測円(バレットサークル)というシステム的補助があり、これによって弾丸を命中させるのに必要な技量は実銃射撃と比べかなり低くなっている。

 

 しかしそれはそれで、標的を常に収縮を繰り返すサークル内に収めながら射撃を行うという、また別のテクニックを要求される。

 近距離であればその収縮範囲は気にならないが、距離が離れるにつれ敵の動きと同時にサークルの動きも予測しなければならない。

 

 暁は、その並列処理を行いながらの射撃はかなり苦手だ。故に、当たらない。

 

「すふー……ま、本番で戦う時は一人じゃないッスし。援護は任せてくださいよ」

「おーよ。大人しく銃座兼弾避けになってくれ」

「弾避けは先輩の仕事ッス。華麗にぴょんぴょんしといてくださいよ」

「なんだその華麗さが微塵も感じられねぇ擬音」

「ごちうさ観てないとか人間じゃない……」

「10年前のアニメ観てる方が少数派だろうがよ……」

 

 裕士がしつこく語っていた萌えアニメの話題を暁は軽く聞き流し、煙草を灰皿に落とす。裕士もそれに追随するように火を消して、二人して喫煙室を後にした。

 

「あれ、暁さん今日まだ授業ありましたっけ?」

「いや、もう終わり。あとはさっさと帰ってGGOするだけだ」

「暁さんもイイ感じに染まってきてますね。……けど、そろそろオフがあっても良いとは思いますよ」

 

 裕士の発言に、暁は口をあんぐりと開いて絶句した。

 感情表現が薄い彼には珍しい、尋常でない驚愕と恐慌を湛えた表情である。

 

「…………何スか」

「……そうだな。確かにお前は早く帰って寝た方がいい」

「人を一体なんだと思ってるんスか」

「手の付けようのないゲー廃」

「初手ド正論封殺はNG」

「遊びは本気の人生倒錯者」

「ブーメラン刺さってるッスよ」

「ヤラハタリア充」

「それもブーメラン……って言うか、いつの死語ッスかそれ」

「俺キモオタだからセーフ」

「むしろコールドゲームッスよ。タオル投げましょうか?」

 

 いつもの調子でジョークを投げ合い、いつものように笑い合う。

 男二人のコミュニケーションは、常にこんな調子のバカらしい会話で彩られていた。

 

「ま、今日はお前の言う通りにゆっくりしようかな」

「そしたら俺ら、結構時間空いちゃいますね。久々にゲーセンでダーツでもします?」

「とりあえず、軽く飯でも食ってこうや。腹減った」

「いいッスねぇ。何食いましょうか」

「学食は論外だし、とりあえず駅の方行ってから考えよう」

「ま、いつもの感じッスね」

 

 そんな具合で、男二人は大学の敷地を出て駅近辺の繁華街へと向かう。

 空が少々赤みを帯びてきて、道中ではちらほらとスーツの人達や制服姿の少年少女が見かけられる時間帯であった。

 

「…………はー。良いッスよねぇ……制服」

「それもういい加減聞き飽きたっつの」

 

 高校生とおぼしき男女の集団とすれ違ったとき、裕士はひどく哀愁の籠もった溜め息を漏らした。

 

「何度だって言いますけど、やっぱ制服ってスゲー良いッス」

「制服女子とか制服彼女とか制服デートとかそういうのだろ。知ってる知ってる」

「……なんで俺男子校なんかに入っちゃったんだろう」

「それも聞き飽きた。高校生の彼女でも作ればいいじゃねーか」

 

 そんな会話をしつつファストフード店の前を通り過ぎると、ガラス張りの店頭近くの席で実に仲睦まじそうに高校生のカップルがイチャついていた。

 

 ――あっ、これめんどくせぇヤツだ。

 暁は今からでも、そのカップルの存在を無かったことにしたくなった。

 

「――制服デートってのは、もうありえないんスよ」

「なるほど」

「制服ってのはただ着ていることが重要ではないんスよ……お互いに高校生、お互いに学校指定の制服――双方の未熟さ前提に成り立つ、それが制服萌え……!」

「すごいな」

「初々しくて甘酸っぱい青春……俺にはもう、そんなキラキラしたものは――――無いッ!!」

「悪いのは君じゃない」

 

 耳にイヤホンを突っ込みたい欲求に耐えながら、暁は裕士の演説をBGMにめぼしい飯屋を探し始める。とはいえここら一帯の飲食店はあらかた巡ってしまったため、結局何を食べるかは気分と財布次第だ。

 

「なぁ、そろそろ何食うか真剣に考えて……」

「そもそも俺なんかが、一体どうやって女子高生とお近づきになれるって言うんスか!?」

「知るか。人の話切んなや」

 

 うざったいという感情を露骨に表情に出しながら、暁は耳をかっぽじる。

 裕士は悪い人間ではないのだが、正直この手の話はもうウンザリである。

 

「はぁ……ま、いつもの中華屋でいんじゃないスかね。閉まってたら、カレー屋で」

「そうだな。――高校生にコネとかねぇの? 確か妹居ただろ」

 

 面倒だとは感じつつも、何だかんだ相談に乗ってしまう暁も暁であった。……ただ単に、話の種が欲しいという側面が強いが。

 

「今年度からもう大学生ッスよ、ウチのも。それにパイプに関しちゃ家庭教師やってる暁さんの方がありそうッス」

「俺は高校生教えてねーぞ。それに生徒に手ェ出したらクビ飛ぶ」

「現実はカイラクテンとは行かないんスねぇ……」

「どっちかってーと、年齢的にエルオーじゃね? クビ飛ぶついでに手が後ろに回るわ。……っと、今日は休みだったか」

 

 オタ臭い下ネタを交えながら、第一候補の中華料理店の前を二人は通り過ぎる。

 とはいえ、大学近郊の繁華街にはそこそこ安くてそこそこ美味い店が揃っている。第二候補に向かうついでに新しい店を開拓してみるのも悪くないかもな――と、暁が一人思案しているところだった。

 

「――――いた」

「は?」

「あの娘ッスよあの娘! ホラ、前にLINKした!」

「……?」

 

 暁は唸りながら首を捻り、スマートフォンを取り出してメッセージアプリのログを漁り始める。

 そんな時間すら惜しいと言わんばかりに、裕士は暁の肩を激しく叩いた。

 

「ああもう! 覚えてないならそれでいいッスから! ほらあそこ!」

「おう……?」

 

 あまりの勢いに気圧されながら、暁は裕士の指さす方を見やる。

 そこには、スポーツバッグを地面に降ろしてコンビニの前にたむろする、セーラー服姿の若者集団がいた。

 

「……ああ、思い出したわ。確か、陸上部の」

「そうそう、大学に来てた娘ッス」

「で、どれだよ。つか良く覚えてたな」

「結構その、顔とかタイプだったんで」

「そうか。コネどころか一気にJK彼女ゲットのチャンスじゃねーか行ってこい。俺飯食って帰る」

 

 ふらりとその場を離れようとした暁の双肩を、裕士の手がガッチリとホールドした。

 

「いででででで」

「そんな気軽に『よぉしいってきまーす』って言える訳無いじゃないスか! 相手は友達と居るってのに一体どう声掛ければ!」

「だったら、一人になったところを見計らって『こんにちは、以前お会いしましたよね』ってさ」

「完全にナンパじゃないッスか!!」

「彼女欲しいとか言ってる癖にナンパくらいでビビってんじゃねーよ、ヘタレ」

 

 かく言う暁もナンパ経験皆無のヘタレである。

 

「うわぁ今日一番のブーメラン」

「うっせ。とりあえずあそこ通らなきゃカレー屋行けないし、通りすがりに会釈ぐらいが妥当なセンだろ」

「まぁそうッスよねー。向こうが覚えててくれなきゃ、俺ら完全に不審者ですけど」

「勝手に一括りにすんなよ」

「一人で事案発生とか嫌ッス。ついでに人柱になってください」

 

 などとペチャクチャ言い合っているうちに、件の陸上部集団は徐々に散り始めていた。

 裕士の言う女の子が誰だかは暁に判別が付かないが、もたついているとこの場を去ってしまいそうだ。

 

「おら、さっさと行けよトミー。チャンスの女神には前髪しか無いらしいぞ」

「後頭部ツルッパゲの女神とか想像するとすげぇ嫌ッスわ。……くそ、当たって砕けてやる」

 

 華の女子高生の手前を通過するだけでこれだけ回りくどい会話を繰り広げていた男二人は、遂に歩き出す。

 

 裕士は、はやる鼓動に少々体をギクシャクさせながら。

 暁は、そう言えばとまた別の人物のことをおぼろげに思い出しながら。

 

 並んで歩く男達は、全く異なる時間の流れを感じつつ、しかしてコンビニの前に差し掛かる。

 

「ども……」

 

 裕士は珍しく、少々固い笑みで会釈をした。

 

「――あ」

 

 その時、数人に減った少女達の中の一人と、バッチリ目が会った。

 

(……なるほどな)

 

 暁は、後輩と少女の反応から、やっと彼女の存在を認知する。

 

 まだ陽の高い、夕暮れに差し掛かろうという数秒。

 それを通り過ぎるのにどれだけ労力を割いているのか――と、暁は少々おかしな気分になった。

 

「――――あの!」

 

 コンビニを通過して数秒。男二人の背後から、運動部らしいハリのある、しかし中々に可愛らしい声が上がった。

 

「この間は、どうもありがとうございました! 助かりました!」

 

「…………」

「……おう」

 

 後ろを振り向き固まってしまった裕士の代わりに、何故か無関係の暁が軽く手を振る。

 その手を下げるついでに「行くぞ」と促し、背を叩いて再び歩き出した。

 

「……緊張した」

 

 少々歩いてから、安堵の溜め息混じりに吐き出された裕士の一声であった。

 

「お前、見た目はウェイウェイしてんのにそこら辺めっちゃ弱いよな」

「しゃーないッスよ! あんな美少女の前で緊張しない男なんて居ないッス!」

「確かにお前が好きそうな感じだったな、あの子」

 

 暁は先ほどのボーイッシュな少女の、溌剌とした笑みを零しながら礼を述べる姿を思い返してそう評した。

 

「まぁでも良かったじゃんか。青春追いついて来てんぞ」

「だと良いッスけどねぇ……」

 

 しみじみとそう述べる裕士と、愉快そうに口端を引き上げる暁の背を、オレンジの光が照らしていた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。