ガンゲイル・オンライン ザ・ドミネイターズ   作:半濁悟朗

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第3章 決戦準備と彼らの日常
#01 タクトレと変態機動


「おーし、次。シュートオンムーブで接近、トランジションして、接射でダブルタップ。後は下がりつつワンハンドで撃て。おk?」

 

 ファイヴが身振り手振りを交えながら、一般人には中々聞き慣れない単語を連続で発する。

 

 ここは、GGOに置けるプライベートルームの中でも少々特殊な、トレーニングスペースと称されるレンタル施設だ。

 言わば、射撃場(シューティングレンジ)の亜種。ただ純粋に射撃の腕前だけを磨くために存在する空間である。

 

「おk」

「お、オーケーです」

「……ん」

 

 そんな無機質で閉塞的な屋内で、反響するファイヴの声に反応する者が、3人。

 シカゴ、アイリス、そしてのべ助。彼らは思い思いの戦闘服姿で、服装同様統一感のない得物を携えている。

 

 そして、彼らの前には近未来的な、人の上半身を模した射撃の的が並んでいた。

 

「よし。……レディ、ファイア!」

 

 唯一銃に手を掛けていないファイヴが怒鳴ると、三人は一斉に銃を構えて発砲。断続的な破裂音と薬莢の落ちる金属音を響かせながら、彼等は上半身をブラさずに前進する。

 

 三人は的との距離が近くなると、今度はライフルを背中に回してハンドガンを抜く。腰だめに素早く二発発砲した後、後退しつつ片手での射撃を続けながら元の位置に戻った。

 

 のべ助が一番速く、そしてシカゴが最後に射撃を終えた。

 その様子をつぶさに観察していたファイヴは、腰の後ろに提げたM&P拳銃を抜きながら彼等に近寄った。

 

「……おし、まずシカゴ。他の二人よりだいぶ歩行スピードが遅かったぞ」

「マジすか。意外と気づかないもんスね」

 

 シカゴは、特には気にした風もなくファイヴの指摘を受けながらベレッタM9A3とDDM4をリロードする。

 それは、欠点を責められているわけではなく、改善点を出しているという意識が双方にあるからだ。

 

「射撃中は標的に意識持ってかれるからな。AGI低いから移動遅いのはしゃーないが、今の精度を維持しつつ意識して歩幅を増やしてみろ」

「りょーかいッス」

「あと、ワンハンドの時はこうやって、銃を斜めにするとサイティングが結構楽だ。近距離の時はこうすると良い」

「うっす、こうッスね?」

 

 ファイヴが片手で銃を突き出す型を真似て、シカゴもベレッタを構える。するとシカゴは「おおー」と軽く声を上げ、構えの練習を始めた。

 

「次、アイリス。着弾も結構まとまってるし、移動も速かった。重くて反動キツいガーランドでここまでやれる奴は早々居ないぞ」

「そうですか? えへへ、ありがとうございます」

 

 アイリスもシカゴと似たようなもので、M1Dライフルのチャージングハンドルを引いて、宙に飛んだ弾薬とクリップをキャッチしながら微笑んだ。

 

「けど、射撃終わった後に周囲確認したか? 忘れてただろ」

「あっ……」

「銃を撃った後は、結構集中が切れずに視野が狭まるんだ。周囲確認って言っても、その悪い集中を解くのが目的だ。習慣づけておくといいぞ」

「はい。気をつけます」

 

 アイリスはペコリと頭を下げ、今度はスカートの裾を軽く捲ってベレッタPx4拳銃を抜いた。どうやら、ハンドガンの抜き撃ちに不満があるらしい。

 その様子を見たファイヴは、後でシカゴに話を振ってやるかと一人ごちる。同じベレッタ社が製造しているだけあって、二人の拳銃の操作性には共通点が多いからだ。

 

「んで最後に、のべ助だけど」

「…………」

「特に、言うこと無いな。全弾致命部位(バイタルゾーン)にまとまってるし、移動も一番速かった。流石AGI極砂って感じだな」

「……ありがと」

 

 ファイヴの言葉を受け、のべ助は特に嬉しそうでもなく当然のようにそう短く述べる。

 

「ま、イチャモン付けるなら発射弾数自体が少ないことぐらいか。でもボルト操作も速い方だったし、眉間に7.62mm受けても立ってられるアバターが居たら見てみたいモンだな」

 

 ファイヴはそう笑いながら、綺麗に頭部と心臓に被弾エフェクトを煌めかせる半透明の人型をコツコツ叩いた。

 

「……それなんだけど」

「お?」

「もっと、近距離の火力……欲しい」

 

 のべ助は、静かに言いながら軽くライフルを掲げた。

 

 彼女の手にあるボルトアクションライフル――スターム・ルガー社製のガンサイトスカウトは、3kgを切る重量の超軽量小銃だ。

 オマケに前方に配置されたスコープや、非常用としては豪華なバックアップサイト――明らかに、近距離での銃撃戦も視野に入れたデザインである。

 

「……この子は、もっとやれるはず」

 

 のべ助もその事は承知しているのか、言外に「自分の腕が足りないのが悪い」と言わんばかりの口振りであった。

 

「……そうだな。じゃ、『奥義』をお前に授けてやろう」

「奥義……?」

「貸してみ」

 

 ニタリと犬歯を剥くファイヴに、のべ助は怪訝そうな口振りながらも素直に自身の愛銃を彼に渡した。

 

 ファイヴはまるで使い馴染んだ得物であるかのように手練れた様子で残弾確認を済ませ、ストックに肩付けして構えた。

 

「刮目せよ!!」

 

 ふざけた口調で叫んだファイヴは、近くのターゲットに向けてライフルを乱射する。

 そのおちゃらけた態度とは裏腹に、セミオートと錯覚するほどの速射であった。

 

 4発撃って、2発が致命部位。残り二発はその周辺に着弾。銃を降ろしたファイヴは、それを見て小さく溜め息を吐いた。

 

「ま、こんなもんだな。やっぱライフルは苦手だ」

「…………どうやったの?」

 

 ファイヴはのべ助にライフルを返し、右手で輪っかの潰れたOKサインを作った。

 

「原理は至極単純だ。親指と人差し指でボルトハンドルを握って、中指でトリガーを引く。発射からボルト操作までのタイムロスを最低限にできる」

「なるほど……」

 

 早速のべ助はマガジンを抜いて薬室からも抜弾し、ファイヴの教えた変則撃ちの練習を始める。

 十回ほどボルトの往復を終えた頃には、既にその操作スピードがファイヴのそれを上回っていた。激しい動作であるにも関わらず、銃口にもほとんどブレがない。

 

「流石だな。伊達に古参じゃない」

「……誉めても、何も出せない……」

「いいよ、別に」

 

 そう、のべ助は数多のGGOプレイヤーの中でも日本サーバー最古参の一角に属する希有なアバターである。

 

 彼らのチーム名は《VICN(ヴィコン)》。ファイヴ、アイリス、シカゴ――そしてのべ助と、新参者順に並んでいる。

 実を言うと発音した際の響き優先なのだが、かなりの古株であるはずのシカゴ(裕士は去年の夏休み直前にアミュスフィアを購入したはず、と暁は記憶している)よりも先達である。

 黎明期から切磋琢磨してきたなかなかの廃人であると言えよう。

 

「――お。先輩、そろそろ時間ッス。レンタル時間終わっちゃいますよ」

「マジか。集中してると時間経つのはえーな」

 

 そう、このレンタルルームは時間制なのだ。

 ついでに言うと、レンタル料もかなり割高なので常連はごく一握りのトッププレイヤーに限られる。

 

 勿論、使用時間内であれば様々なシナリオ想定訓練を組めたり、弾薬無料などのメリットもあるが――それでも元を取るのは難しい。

 

 そんな部屋をファイヴ達が使えたのは、シカゴの

 

「何かキャンペーンやってたんで課金したら、訓練施設のチケット当たったッス」

 

 という発言からであった。

 

 

 GGOは、ゲーム内通貨を現実の貨幣に換金できるといいうRMT制度により「VRMMO中、最もハード」と称されている。

 だが、その換金制度は一方通行ではない。逆に現実の金でゲーム内通貨をブーストする――過去の名残から「課金」と呼ばれる行為も可能だ。

 

 潤沢なリアル資金から()()()()()を楽しむ者、()()と称する上級者など、様々なプレイヤーが毎月接続料以上の金額をGGO運営・米国ザスカー社に納めている。

 

 シカゴはその中でも微課金勢と呼ばれるプレイヤーであった。

 ……微(少な)課金という意味ではなく、微(妙に実生活(リアル)に影響が出る)課金である。

 

 それを加味すれば、シカゴものべ助に引けを取らない廃人なのであった。

 

 

「そうだ。せっかくなんで、久々に対戦(デュエル)してもらえないッスか? ファイヴさん」

 

 シカゴは良い笑顔で、左腰のM37ショットガンを抜いた。

 

「構わんが、お前は良いのか? 今ここ結構狭いけど」

 

 それに応える形で、ファイヴも右腰に収めていたコルトM1911カスタムを抜く。

 

「はい。最近近距離でも対応できるように鍛えたつもりなんで、一旦試してみようかと」

「なるほどね。いいぞ、掛かって来い」

 

 ファイヴが空いてる左手で軽く手招きすると、デュエル申請を受けた旨のメッセージが届く。送り主は当然、シカゴだ。

 モードは半減決着――相手のHPを半分以下にするか、降参(リザイン)させれば勝利となる。

 

 ファイヴが決闘を承認すると、両者の間に「DUEL」の文字とカウントダウンが表示される。

 

 シカゴはショットガンをローレディに構えたまま、じりじりと距離を離す。

 一方のファイヴは身を屈め、肉食獣のような前傾姿勢のまま不動。

 

「二人ともがんばってくださーい!」

「…………」

 

 女性二人の声援(?)と視線を受けつつも、この時ばかりは緊張は崩さない。

 

 彼我の距離、おおよそ30メートル。カウントがゼロになる。

 

 

「ッ!!」

「フッ!」

 

 両者、瞬時に殺気みなぎる視線を瞬時に交わす。

 

 まずはシカゴが先手を打った。肩付けからほぼ同時に散弾を発砲。

 引き金に指を掛けてから着弾予測円(バレットサークル)が発生する瞬間を狙った、命中補正が掛かるギリギリのスナップショットであった。

 

 ファイヴは、それと同時にM37の銃口から投射される弾道予測線(バレットライン)を見て側転。

 鋭い円錐状に広がる――線というより面から逃れ、低い姿勢のまま走り出す。

 

「くそッ」

 

 悪態を吐きながらも、シカゴはトリガーを引いたままポンプを素早く前後にスライドさせる。

 

 初弾がファイヴに見切られることくらい、彼は予想していた。

 だからこそ、シカゴはスラムファイアが可能なイサカM37を選択していたのだ。

 

「甘いぞッ、シカゴォ!!」

 

 だが、ファイヴは立て続けの散弾の嵐すら避けてみせる。

 二発目はスライディング。

 起き上がりを狙った三発目を、飛び越す。

 既に予測線を見てからの反応が困難な距離で、大きく跳躍。

 空中に浮いたところを狙った対空射撃を、なんと天井を蹴って急降下でかわす。

 

「シャラァッ!!」

 

 着地の反動を利用して、ファイヴはソバットでシカゴの得物を蹴り飛ばす。

 ショットガンに装着されたスリングに身を引かれ、シカゴはファイヴの蹴りの勢いそのままに横へすっ飛ばされる。

 

「チィッ!」

 

 だがシカゴもただでは転ばず、横転しながらも射撃姿勢に入ったファイヴの手から拳銃を殴り飛ばした。

 

 地面に叩きつけられ猛烈な運動量に体を引きずられながらも、シカゴは獰猛に笑った。

 

(先輩は今、拳銃一挺以外に銃を装備していない……!!)

 

 落とした銃を拾うにしても、新しい武装を装備するにしても致命的な隙と判断したシカゴは、仰向け姿勢のままベレッタM9A3拳銃を抜いた。

 

(今回こそ、もらっ――――!?)

 

 だが、銃を向けた先に、悪人面の男は居なかった。

 

「フンッ!」

「ぐがっ!?」

 

 首に重い衝撃――膝を落とされ、シカゴは詰まった悲鳴を上げた。

 

 ファイヴは、シカゴが滑り込む地点に先回りしていたのだ。

 彼の取った行動は、銃を拾うでも新たに出すでもなく――素手での迎撃だった。

 

「……まだやるか?」

 

 ファイヴの膝は、完全に極まっている。このまま放置すれば窒息でじわじわとシカゴのHPは減少するだろうし、その気になればへし折って即死させる事もできる。

 対してシカゴは、両腕をファイヴの空いた足と手で抑えつけられている。お陰で拳銃をファイヴに向けることはかなわない。

 STR的にはシカゴに分があるため、必死に抵抗すれば拘束を抜けられるだろうが……その前に、やはり折られてしまうだろう。

 

 シカゴは首に不快な圧迫感を覚えながら、何とか指先だけで床をタップした。

 ファイヴが拘束を解除する。決着だ。

 

「ゲホッ……《リザイン》。くそー、また負けた。最近のファイヴさんに勝てる気がしねぇッス」

「ま、相性の問題だろ。ショットガンって案外散らない上に連射が利かないから、意外と避けられるぞ」

「それ踏まえてM37にしたんスけどね……」

 

 ファイヴが指し出した手に掴まって起きあがったシカゴが、悔しそうに言いながら散弾銃を腰のウェポンキャッチに戻す。

 

M37(ソイツ)の性能に頼りすぎたな。所詮暴発(スラムファイア)だから制御がムズいし、変な癖付くからやめた方がいいぞ。トリガー引きっぱだと、予測線がよく見えるから避けやすいし」

「マジすか。そろそろ買い換え時ッスかねぇ」

「これにはヴィクトルもニッコリだな」

「…………今月、生きていけるかな」

 

 シカゴのその一言で、さっきまで銃火を交えていた男二人はゲラゲラと笑い出す。

 

 

 そんな男二人の邪魔をしないようにと、少し離れたところに腰掛けたアイリスは小さく拍手をしていた。

 

「すごかったー……ファイヴさんの動き、人間なんですかね? シカゴさんもすごくエイムが速かったですし。ね、どう思いますか? のべ助さん」

 

 アイリスは小首を傾げて、隣に立っているのべ助に話を振る。

 が、のべ助は特に反応を返さなかった。

 

「? あの、のべ助さん?」

「…………ん、そうだね」

「……??」

 

 マントの裾を軽く引かれ、それでも噛み合わない返事を返したのべ助に、アイリスは更に首を傾げた。

 

(ぼーっとしてたんですかね? 結構夜遅いし、眠いのかも)

 

 そう思案しながら、のべ助の顔を下から見上げるアイリス。目深に被られたフードが影を作り、やはりその表情は読みとれない。

 

 だがしかし、その闇の奥では――――金の瞳が、鋭利で冷徹な色を帯びていた。


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