モニターの中で、高速で飛び出したピンクの塊がほどけて人型を形づくる。そのシルエットは小さく、右手に構えたピンクの銃がやたらと大きく見えた。
ちっこいピンクのアバターは、飛び出た勢いをそのままに玩具のような銃を空中で発砲。
その得物がコンパクトさを売りにする
「まさか……」
ファイヴが絞り出すように呟いた頃には、視認できるギリギリの速度で突進したピンクアバターがライフルマンを接射で黙らせていた。
「二人目!」
呆けた表情でディスプレイを見つめるファイヴと無表情なのべ助の周囲では、熱狂的にカウントの声を観客の男達が上げている。
沸き立つ観衆はかなり騒がしいが、それでもファイヴの双眼は画面の中のピンクアバターに釘付けだ。
「三人目!」
「え?」
「うっ」
「げっ!」
かと思えば瞬間移動としか思えない速度でまた別のアバターへと肉薄し、スライディングですり抜けながらナイフで股間を斬りつける。
ギャラリー達も股間を抑え、やられたプレイヤーの苦痛を悶絶する。
そうして凍り付いた観客達の事など知らないであろうピンクアバターが止めを刺す頃には、
「よにん、め」
ファイヴも静かに、しかし夢中でカウントを行っていた。
呼吸も忘れたかのように画面に食い入るファイヴの様子を見て、のべ助は密かに安堵していた。
全身ピンク色という頭がおかしいとしか思えないカラーリングに、小口径の銃火器で獲物を瞬殺する戦法。昨日ファイヴから聞いた話から浮かび上がる人物は、まさに今大立ち振る舞いを繰り広げているアバターしか考えられなかった。
しかしファイヴの言うとおり思い違いという可能性もあったし、正直なところあまり割の良い博打ではなかった。
それでも、彼の死んだように暗い目に僅かだが光が見える。それだけで、のべ助は救われたような気がした。
――たとえそれが、ゲームに黒い感情を持ち込んでしまう自身の後ろめたさから来るものだとしても。
「すっげえ! やっぱり優勝候補だな! トトカルチョがあったら絶対に賭けてたぜ!」
「あの相棒女……、ナイスガッツだな! 痺れたぜ!」
「レンの無造作に首を刺すあの動き、こえーよ。見た目が女の子だからなおさらだ!」
「お前ら見たか! アレが俺のレンちゃんと、その相棒の力だっ!」
「ああ、すげーな。――でも、二人ともお前のじゃねえよな」
戦闘が終わって画面が切り替わる頃には、ファイヴはヒートアップしたギャラリー達のバカ会話に自然と混じっていた。その表情はさめやらぬ興奮によって子供のようにわくわくとしたものとなっている。
「……ふぅ。ありがとな、のべ助」
狂喜乱舞する男達の輪から一旦外れたファイヴが、クールダウンの意味も兼ねて煙草に火を点けながらのべ助に耳打つ。
低く抑えた声であったが、今日この場――第二回スクワッド・ジャム中継会場に誘ってくれた彼女に対しての感謝の意は十分に込められた、短い礼だった。
「……ん」
のべ助ものべ助で、自嘲的な考えを抱えていたのが何だか気恥ずかしくなってぶっきらぼうな返答をした。
「あのピンクの……レンって言うんだっけ? アイツは、全然
「……うん」
「GGOは、俺が思ってたより……その、なんだ。冷たい場所なんかじゃ、なかった」
「――――うん」
「……ああクソ、なんかクサいこと言っちまった。忘れてくれ」
ファイヴはそう言うなり、誤魔化すように紫煙を吐いた。
そんな彼の姿を見たのべ助は、弱々しく――しかしハッキリと、誰にも見えないフードの奥で微笑を浮かべたのだった。
「……どう? いけそう……?」
「ん? ――ああ、そっか。そうだったな」
ファイヴは、そもそもののべ助の意図を思い出す。彼女の口から直接聞いてはいないが、ここまでくれば既に自明に等しい。
「大丈夫だ。いくらでも……ってのは物理的に無理だけど、可能な範囲でブッ殺してやるさ」
どうにも締まらない物騒な決意表明をファイヴが口にすると、のべ助は少し頭を揺らすようにして頷いた。
「……じゃ、これからよろしく」
「ん、おう。こちらこそ」
ファイヴも応じ、軽く会釈するように頷き返す。
視線を少し低くした事でまっすぐに見えた金色の瞳は、やや眠たそうにとろんとしていた。
「……わたし、もう落ちるから……」
「なんだ、最後まで見ていかないのか?」
「…………ねむい」
半分は嘘だった。
確かに眠気はある。が、こんなビッグイベントを見逃してまで睡眠時間を確保しようと思うほどの強烈な睡魔ではない。
ただのべ助は、ファイヴに対して申し訳ないとかんじてしまったのだ。
――GGOは、冷たい場所じゃない――そう思ってくれたファイヴに、彼女自身が抱く殺意は欠片も見せたくはない。
もしピトフーイが
そしてそれ以上にのべ助は、例えスクリーン上でも――いや、手出しの出来ないスクリーン上だからこそ、単純に
「ばいばい、ファイヴ」
「おう、今度は
「…………うん」
珍しく険の取れた笑顔をしたファイヴだったが、のべ助はフードの裾をずり下げて目を合わせずに消えてしまった。
「……何か、怒らせたか?」
会話するのに必要な最低限の言葉すら削ぎ落としたように喋っていたのべ助の様子を思い返し、ファイヴはただただ首を捻るだけであった。
もはや語るまでもないが、彼は鈍感であった。
(一応、メッセージで詫び入れとくべきか……? いや、単に眠くて不機嫌って可能性もあるか。そしたらメッセージはむしろ逆効果だなぁ……)
メッセージチャット作成ウィンドウを展開してうんうんと唸り、文字通り右往左往しながら悩むファイヴ。困惑によってより深くなった眉間の皺が悪人面と相乗効果を生み、現実世界なら通報を通り越して現行犯逮捕クラスの奇行に見えた。
そうこうしている内に数分が過ぎ、逆にファイヴに新着チャットが届いた。送り主はシカゴである。
未だにメッセージ欄が真っ白の状態であった送信画面を閉じて、ファイヴは応じた。
〈 Chicago : のべ助が先輩のリミッターぶっ壊した件 〉
〈 Phive : あー、まぁ間違ってはないな 〉
〈 Chicago : マジすか 〉
〈 Chicago : やったぜ。 〉
〈 Phive : 情報早すぎだろ 〉
〈 Phive : ていうかお前、今日バイトとか言ってなかったか? 〉
〈 Chicago : 持病の仮病が…… 〉
〈 Phive : 残念ながら労災対象外です 〉
そんなふざけたやり取りを、ファイヴは中継モニターを見るついでの片手間で済ませた。シカゴをないがしろにするつもりは無いが、今はなにぶん活劇を観るのに忙しい。
〈 Chicago : とりあえず、家に着いたらソッコーでそっち見に行きますんで。席確保しといてくださいよ 〉
一応は正当な手段でバイトを抜けてきたらしい
――野郎二人で、殺し合いを観戦するのも悪くない。今のファイヴは自然に、そう思えた。
〈 Phive : おう、さっさと来いよ 〉
〈 Phive : 俺の一押しチームが優勝しちまう前にさ 〉
――――その後、第二回スクワッド・ジャムを語る上で外せない、二つの『十分間の鏖殺』が繰り広げられた事。
そして、その殺劇の主演たる『魔王』と『ピンクの悪魔』が凄絶な死闘を繰り広げた事は、また別の話である。
今回の話は、時雨沢恵一氏の《ガンゲイル・オンライン》の一節と丸ごと被ってしまう展開になってます。
なので、原作コピーを防ぐため描写がかなり曖昧になっています。
レンちゃんやピトさんの活躍をしっかりとした文章で読みたい! むしろそっちの方が気になって仕方ない!
そんな方は原作を買って読みましょう!
《ソードアート・オンラインオルタナティブ ガンゲイル・オンライン》既刊1〜4巻、好評発売中!!(ダイマ)