「……対人戦なぁ」
ベッドの上で意識を取り戻した青年は、誰に伝えるでもない言葉をポツリと零した。
彼の名は
時刻は、深夜の1時を回っていた。
暁はSF映画のハイテクゴーグルのようなアミュスフィアを脱ぎ去ると、ベッドから起き上がって床に放置してある上着を羽織った。
真夜中で照明を灯さずに、よどみない動作で四畳程度の部屋を歩いていく。彼の自室には衣類の他にも様々な物やゴミが散乱しているのだが、暁は気にする風もなく僅かな面積の床に足を運ぶ。
途中で飲みかけの水の入ったボトルと錠剤が入ったプラスチックケース、それからオイルライターとタバコの紙箱を拾い、自室を出てすぐの玄関を注意深く静かに開き、外に出た。
「うー、寒……」
まだ春の初めとは言え、夜中はまだ肌寒い。暁はケースから出した二粒の錠剤を口に含み、水を飲んで胃に落とし込む。彼の決して多くない稼ぎを犠牲に処方された睡眠導入剤だ。
残りの水もすべて飲んでしまうと、今度は紙箱から煙草を一本取りだしオイルライターを擦る。僅かにくすぶるような音を聞き、暁はライターを閉じて紫煙を吐いた。
――アパートのベランダで喫煙を行う者を蛍族と呼ぶらしいが、じゃあ玄関先で喫煙する俺は何と呼ばれるのだろうか。コメツキ族なんかいいかもな――
そんな取り留めのない思考をゆったりと巡らせながら、暁は煙を肺に入れては吐き出す動作を緩慢に繰り返す。
真部暁は、ごく普通の大学生だ。――いや、世間一般でいうよりはそこそこ不真面目で、そして大変不器用な大学生だ。
幼少の頃は、人よりは出来る事が多い天才肌タイプの人間であった。能動的に勉学に励んだ試しは無くとも、義務教育のうちにテスト順位が二桁になった事は一回か二回程度。
それ故に努力と、努力を行う他者の気持ちを理解できない少年時代を過ごした。要は、コミュ症ボッチだ。
そうしてたまたま付いてた学力にモノを言わせ、地元のそこそこ名のある高校にたまたま入学し、たまたま卒業。
だがこの時点で暁は、自身のたまたまに過度の期待を押し付ける周囲に嫌気が差していた。
事実、一応は人としての良識を備えていた彼は授業に出席するという最低限の努力すら怠るようになった。
その結果、進学校とはいえ成績は歴代卒業生の内で最底辺をマークするというある意味での偉業を成し遂げたのだった。
その上で、『特にやりたい事はない。どこか適当に大学に行ったところで俺という人間が変わる訳がない』と親や教師に言い放ち高校卒業と共に無職になる。
受動的な人生を行ってきた暁の初めての意思表示は、まさかのニート宣言であった。
浪人生活が失敗であることは誰の目に見ても明らかだったが、彼の元々の学力もあってか一応抑えの抑えくらいの大学に引っかかり、そして順調に留年した。
今年の春は二回目の二年生を終え、心身共にくたびれながらの新生活となる。
「どうすっかなぁ……」
しかし、暁の頭の中に自身の生活に関する事象は無かった。彼は真部暁としてではなく、ゲームのアバター《ファイヴ》として頭を回転させていた。
三年ほど前、とある天才技術者によってゲーム業界に革命がもたらされた。
仮想の電子空間に完全没入して、まるで自身がゲームキャラクターになったかのようにプレイできる――そんな夢のようなゲームハード《ナーヴギア》は瞬時に既存のデジタルゲームを駆逐した。……かに見えた。
結果だけ述べれば、ナーヴギアは四千人もの死者を出した。この一連の騒動は当時のゲームタイトルの略称をとって《SAO事件》と呼ばる事となった。
この事件によりVRゲームは規制されるには至らなかったものの、解決から一年近くたった今でも世間では賛成派と反対派が争っている。
そんな世論の中で、暁はVRゲームに関しては中立であった。それはある意味で一切の興味を持たないという事であり、つまりVRMMOなど全くもってやる気がなかったのだ。
そんな暁を電脳の世界へと誘ったのは、彼の後輩の一言であった。
『暁さん、一緒に銃をブッ放して敵を殺しませんか?』
後輩が紹介したゲームは《ガンゲイルオンライン》
銃弾の飛び交う世紀末世界への招待状を、暁は断れなかった。
暁は、重度のガンマニアであった。