ガンゲイル・オンライン ザ・ドミネイターズ   作:半濁悟朗

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#09 秒速850メートルの殺意

 総督府のワープポータルを抜けるとそこは砂漠であった。

 

「……駄目だな、全然風情ねーわ。やっぱ文豪ってスゲーなぁ」

「何また訳わからんこと言ってるんスか。はよ準備してください」

 

 ファイヴは自身で考えた導入文を即座に捨てながら、腕を組んで白い息を吐いた。

 そんな彼にシカゴは習慣的作業のようにつっこみを入れ、目も合わさずにストレージから自身の装備を取り出してゆく。

 

 そう、砂漠である。

 とはいえ『砂漠』と聞いて多くの人が思い浮かべるような、殺意100パーセントの日差しが照りつけ遺跡が点在する広大な砂地――とは随分と異なる。

 

 現実世界(リアル)でも大多数を占めるのは、ファイヴ達の目の前に広がる岩場だらけの砂漠である。

 リアルと異なるのは、荒れ地に点々と転がった大小の岩の中に、ぼんやりと光る謎の水晶らしきモノが混ざっていること。宇宙開発時代の廃棄エネルギーがどうこうといった設定を持つ代物だが、ゲーム的には遮蔽物と照明の役割を持つ。

 

 空は謎の汚染物質で曇り、しかし周囲はそれほど暗くはない。

 空を明るくするのは、地の先に見える大都市《SBCグロッケン》の光だ。どうやら総督府の頂点から照射されるレーザー光に似た灯明が、空気中の塵によって拡散しているらしい。

 

「最近のゲームはスゲーよな、ホント……っと」

 

 ファイヴは彼方に小さく見えるグロッケンを眺めつつ、ストレージから装備アイテムを取り出しながら呟いた。

 

 ストレージはネットゲーム特有の、何でも入る四次元収納である。だが、GGOに於いてはアバターの装備可能重量を超える容量を持ち歩くことは基本的にできない。

 そのためファイヴのように銃火器五挺を携行するアバターはそうそう居ないだろう。少なくとも彼自身は、他人のそういうプレイングを見た事はない。

 

「うっひゃー。いつ見ても壮観ッスね、ファイヴさんの戦闘準備は」

 

 ガシャガシャと音を立ててファイヴの前に積み上がる小火器や弾倉などを眺め、シカゴは感嘆の声を上げつつ自身の顎を撫でた。

 

 

 すでに準備を終えたシカゴは、一言で表すならまさしく《軍人》という出で立ちだ。

 アバターの私服兼用で着ていたマルチカムのコンバットシャツの上から、同色のプレートキャリアを着用している。更にその上から、予備のマガジンやグレネードを携帯するためのチェストリグを身につけていた。

 

 服装だけでなく、銃火器も非常に堅実で保守的だ。現実の軍人と異なるのは、結構な重武装である点だろうか。

 まず、腕に抱えた銃はDDM4アサルトライフル。米軍や各国特殊部隊が使用する自動小銃の改良版だ。

 背面にはイサカM37散弾銃がスリングとウェポンキャッチにより保持され、右腿の強化プラスチック製ホルスターにはベレッタM9A3拳銃。

 

 人間一体の装備としては、少々過剰ではある。何せ、銃火器だけでも総重量は6kgを超えるのだ。

 

「さっきも言ったけど、お前だって人の事言えねーだろ」

「俺の場合、それぞれ役割が違うから良いんスよ。先輩は同じ銃持ってたりするじゃないスか」

「一挺と二挺で使い分けできるだろ。大して変わんねーって」

「ハハ、そうかもしんねーッス」

 

 もっとも、これは現実ではない。ゲームなのだ。

「重装備は男の浪漫」で片付くし、浪漫の枠に収まらない立ち回りだって可能だ。

 そのような点でも、GGOというゲームは男二人の心を掴んで離さないのだった。

 

「お取り込み中済みません。準備、できました」

 

 ファイヴが装備を身に付けながらシカゴと談笑している最中、ちょこちょこと小走りで小さな影が近寄ってきた。アイリスだ。

 

 手にした得物は、その小柄なアバターに不釣り合いに大きいライフル――M1ガーランド。クラシックな見た目のバトルライフルは、固定マガジンに弾薬をクリップごと装填するという少々珍しい機構を持つ。

 

 そのライフルを一目見たファイヴは、左方にオフセットされた現代的なスコープとチークパッドから、M1Dを近代化改修したものだろうと判断する。

 M1ライフルの.30-06弾は優れた弾道性能と威力を持つため、セミオートの速射性も相まって狙撃銃としての運用は中々に合理的だ。

 

 軍服ワンピースはそのままだが、紺色を基調とした生地は以外にも夜間の隠匿効果は高そうだ。肩から羽織ったマルチカムのケープと暗色のベレー帽により、思っていたより目立ちそうにはない。

 

「せっかくだからこのケープ、シカゴさんと同じのにしてみたんです。どうですか? 似合ってますか?」

 

 そんな台詞と共にアイリスはくるりと一回転。

 ケープとスカートが遠心力によって舞い上がる。

 

「ぐはぁっ!!」

 

 シカゴはハートに致命的な一撃(キリングショット)をもらい、非常に幸せそうな面を晒しつつノックアウトされた。

 

(……パーフェクトだ、ヴィクトル)

 

 ファイヴは回転の僅かな隙に見えた、コルセットに似たチェストリグに押し上げられる決してちっこくない絶景を目に焼き付けた。

 

「あの……?」

「ん、ああ。似合ってんじゃないか? シカゴが萌え死にかけてるし」

「はぁ……?」

 

 あくまで「俺は何も見てないヨ」というスタンスを取るという小賢しさを発揮しながら、ファイヴはベルトに通したホルスター類に銃を入れていく。

 腿にMPX-K短機関銃を、左右で二挺。コルトとスプリングフィールドの1911拳銃を腰の後ろに二挺。シカゴとはまた違った重装備だ。

 

 ファイヴの場合、STR要求的にはシカゴのような重量級アーマーを装備に織り込むことは十分可能だ。

 だが彼は動きの制限されるトラウマプレートを嫌い、防具と言えばジャケットの上に着込んだ防弾繊維のアーマーしか着用しない。

 

 ならばその分の余った筋力はどこに割かれるのかと言うと――

 

「その、随分と……多いですね?」

「普通だろ? 多分」

 

 ファイヴは積み上げられた弾倉の量に驚くアイリスに軽く答えながら、ライダースジャケットのジッパーを一番上まで引き上げた。

 

 ファイヴの持ち物で銃の次にウェイトを食っているのは弾薬だ。

 腿のホルスターに沿わせるように装着されたレッグリグにはそれぞれ2本の9mm弾倉。1911のホルスターに備え付けのマグホルダーには1本ずつのピストルマガジン。

 そして、ジャケットの上から着込んだタクティカルベストには、MPXのマガジンと、.45ACP弾8発入りの弾倉が6本ずつ。

 

 銃に装填済みの物も含めると、9mm弾が362発に45口径弾が82発。

 弾薬のみの総重量、締めて6キログラム超。弾倉の重さも計算に入れれば更に増加する事は火を見るよりも明らかだ。

 

「……いや、冷静に考えたらちょっと多いかもな」

 

 全身にゴテゴテと装備された弾倉は、端から見れば鱗か何かに見えなくもない。

 だが、この数のマガジンを全て撃ち切った事も一度や二度ではない。つまり必要なのだ、とファイヴは考える。

 

 そんないかつい装備に引っかけないよう、ストックを畳んだSU-16C小銃をスリングを使って背負う。

 これでやっと、ファイヴの準備は完了だ。

 

「……その、ホルスター」

「ん?」

 

 シカゴ達と同様、すでに準備を終えていたらしいのべ助がふらふらと近寄ってきてファイヴの腿を指す。

 のべ助の場合、見た目に移る変化は他の三者ほど急激ではない。精々が肩にスリングを介して担がれた何の変哲もないボルトアクション式のライフルと、デジタル迷彩のマントがデザートカラーに変わっていることくらいだ。

 

 そんなのべ助は、相変わらず平坦な――しかし僅かに音程の上がった声でファイヴのMPXホルスターをじっと見つめた。

 

「TEN-Xの、SARRP……?」

「お、よくそんなん知ってるな。設計段階で参考にはした」

「……もしかして、ファイヴが考えた?」

「まぁな。デザインとか材質とか取り付け角度とか、ヴィクトルと一緒にめちゃくちゃ時間掛けて話し合った。試作品作る金もバカになんねぇし、苦労したよ」

「……すごい、と思う」

「悪いけど売らねーぞ」

「誰も、買わないと思う……」

「ハッ、違ぇねーや」

 

 ファイヴはのべ助の問いに応じながらケラケラと笑う。純粋に、自分と同等の知識を持つ人間と歓談できることを嬉しく感じたのだ。

「それに、拳銃も、よくカスタムされてる」「やっぱ分かるか。MEU(コイツ)はサイトとトリガーくらいしか弄ってないけど、コルト(こっち)に至ってはもう別物ってくらい手を加えてもらってる」「……やっぱり、ヴィクトル?」「そうそう。最近アイツ、また腕を上げたみたいでなぁ」 彼の狭い人脈の中で、銃砲の知識で語り合える人間はそう居なかった。これから撃ち合いをするにしても、のべ助との会話は彼に喜びをもたらした。

 

「お楽しみのところ悪いッスけど、そろそろ始めますよファイヴさん」

「おおシカゴ、お前生きてたのか」

「かろうじて」

 

 ダウンしていたシカゴが起きあがり、三人に合図を掛ける。

 

「とりあえず、みんなには俺抜きで戦ってもらうッス。HP(ヒットポイント)はこっちでモニターしとくから、好きにやっちゃってください」

 

 シカゴは説明する口を止めず、滑らかな動作でDDM4とM37を持ち替える。笑顔はそのままにポンプをスライドさせると、散弾銃特有の威圧感満載な装填音を立てた。

 

「スタートは今から5分後。開始と終了の合図で信号弾を撃ちます。デスペナのドロップはちゃんとこっちで回収しとくから、安心して殺し合ってください」

 

 言われるが早いか、アイリスとのべ助は風のような速さで散った。両者ともかなりAGIを振っているらしい。

 対戦相手が音もなく走り去っていくのを尻目に、ファイヴはのんびりと近くの岩陰に身を預けた。

 

「……良いんスか? もっと遠くに行かなくって」

 

 審判役のシカゴが岩を挟んで話しかけてくる。ファイヴは煙草に火を点けながら、いつもの雑談と変わらぬトーンで応じた。

 

「あいつらの銃、俺よりも射程が長い。手前(テメェ)で距離空けんのは自殺行為だ」

「じゃあ追っかけりゃいいのに……律儀ッスねファイヴさん」

「良いだろ別に。一度、援護射撃がない状態でスナイパーと()ってみたかったんだ」

 

 言い訳ともとれる言葉と一緒に、ファイヴはゆったりと紫煙を吐く。こうしてじっと待ってみると、五分という時間は以外に長い。

 

「ていうかなんでオメーは参加してないんだよ。卑怯だぞ」

「良いじゃないスか、のべ助は先輩とアイリスの実力を見たい訳ですし。それにファイヴさんだけじゃドロップした武器、持ち帰れないっしょ」

「……まるで、俺が勝つって言ってるみたいだな?」

「さぁ? それはどうだか」

 

 会話がとぎれればそのままに黙る。そうしている内に、ファイヴの銜えた《パラベラム》が半分ほど燃えた。

 

「ま、撃たなきゃ話にならないんで。荒療治ッスけど覚悟してくださいよ」

「…………ふー」

 

 未だ銃に手を掛けず煙を吹くファイヴの心情を見透かしたかのような言葉を投げかけ、シカゴはショットガンの銃口を空高く掲げた。

 

 

 ボッ! と散弾にしては軽めの射撃音。白く眩い光を伴った発煙弾が上空へ昇るのを、ファイヴは()()()

 

「やりますか……」

 

 最後の一口を吸い切ったファイヴは、煙草をブーツの踵で踏みにじって跳躍。ポリゴンとなって霧散する吸い殻を背に、一跳びで自分より一回り大きな岩に飛び乗る。

 

 巨岩の上にふらりと棒立ちになり、辺りを見回す。薄暗く広大な砂漠の中から目視だけで人間を探すというのは、単純に難易度が高い。

 ――ならば、自身の肉体を囮に探し出す。あまり賢い手とは言えないが、その作戦は功を奏した。

 ファイヴは視界の端で、何かが一瞬キラリと光ったのを見逃さなかった。

 

「――Fuck you(見えてんぞ), Sniper(ド素人).」

 

 ファイヴがその光源を睨みつけると、今度は更に強烈な光が迸った。発砲による銃口炎(マズルファイア)だ。

 

 ファイヴは即座に後方へフリップジャンプ。直径7.62mmの鉛玉を紙一重でかわし、立て続けに予測線をかき消しながら飛来する超音速の弾丸を空中で身を捻って回避する。

 映画のワンシーンのような挙動を披露しつつ、狙撃手から隠れるように岩から飛び降りた。

 

「イテテ……ちょっとカスっちまった。あの射撃間隔はセミオートだろうから――アイリスか」

 

 狙撃手の第一射――不可視の一撃を潰した幸運を喜ぶ前に、ファイヴは銃声が届くまでの時間で距離を概算する。

 

(多分、発射を見てから銃声聞こえるまで1.5秒ちょいだった。500~600メートルってところかね。.30-06弾は大体マッハ2.5くらいだから……よく避けられたな、俺。頭をフッ飛ばされなくて良かった)

 

 大雑把すぎる計算を行いつつ、ファイヴは背のSU-16Cライフルをたぐり寄せる。ストックを展開してから搭載したスコープの保護キャップを開き、左腕にスリングを巻き付けてハンドガードを握る。

 

「さぁて……戦闘開始だ」

 

 獲物を探るかのように揺れる弾道予測線に、敢えて突っ込むようにファイヴは飛び出した。


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