ガンゲイル・オンライン ザ・ドミネイターズ   作:半濁悟朗

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#06 下り列車、戦場行き

〔 ゆーじ : 今日ウチの大学に陸上部の高校生が練習に来てたじゃないすか 〕

 

〔 暁 : 知らんけど 〕

 

〔 ゆーじ : まぁ来てたんすよ 〕

〔 ゆーじ : で、帰りにその娘が迷ってたんで駅まで送ったんすよ 〕

 

〔 暁 : 女かよ 〕

〔 暁 : 死ね(直球) 〕

 

〔 ゆーじ : ちょうかわいかった(小並感) 〕

 

〔 暁 : 爆発して、どうぞ。 〕

 

〔 ゆーじ : ないです。 〕

 

〔 暁 : クソァ! 〕

 

 

「やっぱ現実ってクソゲーだわ……」

 

 辛気くさい溜め息を吐きながら、暁はスマートフォンのトークアプリを終了させる。

 

(トミーが女の子とよろしくやってる最中、俺は坊主のお守りとかねーわ)

 

 線路の継ぎ目を跨ぐ車輪が、小気味の良い音を立てる。

 立っている乗客は車両の中に数人ほどの、都心の路線としては結構空いている電車の中。

 

「…………すー」

 

 暁は、穏やかな寝息を立てるエミルに肩を貸していた。

 不平をぼやきつつも、別に暁は嫌々枕の代わりをやっているわけではない。エミルに直接言った通り、暁はエミルを迷惑に思っては居なかった。

 

 ただ、後輩が可愛い(らしい)女の子と触れ合う機会を得たためにやるせない気分になってしまっただけだ。その辺りは、暁の様に()()()()()男でもそう変わらない。

 

 余程テンションが上がっているのか、裕士から連続でメッセージが送られてくる。暁はそれらを全て無視してGGO関連のネット掲示板を巡回して時間を潰した。

 

『神田、神田です。京浜東北線、山手線、銀座線はお乗り換えです』

 

「……」

「くー……」

 

 そもそも、この状況は双方合意の下でなり立っている。

 電車に乗り席に座り込むなり目を擦りだしたエミルに、暁が「駅に着いたら起こすから、少し寝たらどうだ」と提案したのだ。

 肩を貸すとは一言も言ってはいないが、礼儀正しい十代の若者に無意識に寄り掛かられた事に立腹するほど暁の懐は狭くない。

 

『快特東京行き、ドアが閉まります。ご注意ください』

 

 エミルは東京駅で降車するのに対し、普段の暁は神田駅で乗り換えて通学している。しかし東京駅でも乗り換えはできる上、時間も特にロスする事は無い。

 だから、暁はエミルを支えたまま神田駅を乗り過ごす。

 

(……しっかしコイツの髪、すげーいい匂いするなぁ。女物のシャンプーでも使ってんのかな)

 

 暁の肩に当たってずれたキャスケット帽の縁から、男としては長めの明るいくせ毛がはらはらと零れる。

 その様と穏やかに上下する薄い胸、密着していることで微かに漂ってくる芳香も合わさって暁は妙にうわついた気分になった。

 

(おいおい……女にトラウマ植え付けられすぎて男にときめくとか、ちょとsYレならんしょそれは……)

 

『まもなく、東京。東京。終点です』

 

 自分はノーマルのはず……いや女性経験(しょうこ)が無い以上は分からず、言うなればシュレディンガーのホモ――などという暁の支離滅裂な思考は、アナウンスによってかき消される。

 

「おいエミル、起きろ。降りるぞ」

「…………んぃ」

 

 暁はエミルの膝を軽く叩き、それでも起きなければ腕を回して双肩を掴み優しく揺すった。

 ……きちんと筋肉が付いているのか疑わしいほどに細く柔らかい腿と薄い肩に、自身の脈が乱されたことは口外しないと暁は固く誓った。

 

「頼む、起きてくれよエミル。おい、エミル」

 

 暁は肩を揺する力を少しずつ強めていく。声を掛けながら揺すり続け、結局エミルが瞳を開いたのは電車が駅に到着し、折り返す電車に乗客が乗り込んで来た時であった。

 

「…………ぁ、おはよう、ございます……」

「ん、おはよう。降りるぞ」

「うん……」

 

 眠たそうに目を擦り、暁に支えられながら立ち上がるエミル。加えて電車を降りてから欠伸をしながら上体を反らす様に、暁は十数分でよくもまぁそこまで深く眠れるものだとある意味感心した。

 

「なぁ、お前ここで降りんの?」

「ん……」

「改札口は?」

「……南口、丸の内です……」

「あいわかった。行くぞ、しっかり歩けよ」

「はい…………!?」

 

 まだ眠気でふらついているエミルに危うさを覚えた暁は、小さな手を握って先導するように歩き出した。

 自身の手が握られた事に気付くなり、エミルは目を見開いて頬を上気させる。鈍い頭痛のような眠気も、一瞬で彼方へと吹き飛んだ。

 

「わ……わわ……!」

「エスカレーター乗るぞ。ちゃんと手すりに掴っとけ」

 

 暁は下座になるようにエスカレーターに乗り、エミルの手を引いて手すりを握らせる。

 そうして二人は、やたらと高く長いエスカレーターに運ばれて、改札口へ下って行く。二人の間に、何とも言えない妙なむず痒い沈黙が横たわっていた。

 

 

「済みません、わざわざ改札前まで送って頂いて……」

 

 暁達が乗っていた列車の乗客数からは考えられない程に人の往来の激しい駅構内。瀟洒なドームへと繋がる改札前で、エミルは暁に深々とお辞儀した。

 

「俺なんかにそんなペコペコしなくていいって。気を付けて帰れよ」

「……はい。ありがとうございます」

「あのさぁ……くくっ」

 

 再び礼を言うエミルに、暁は呆れてから小さく吹き出した。勝手なイメージではあるが、この様な都心に住処があるくらいには育ちはいいのだろうなと暁は推測した。

 

「良いからさっさと帰んな。そろそろ中学生にはヤバい時間だろ」

「…………ぼく、高校生ですけど」

「は? ……あー、スマン。ごめんな。高校生でも夜出歩くのは良くないよな! 都会は何かと危ないしな、うん!」

 

 エミルが半眼でむくれると、暁はあわてて取り繕おうと自身の語彙力をフル活用して宥め賺す。

 エミルも本気で怒っているわけではなく、暁の動揺による急変があまりにも滑稽だったからかくすくすと笑い始めた。

 

「……大丈夫ですよ。慣れてます」

「ごめんなぁ」

「はい。それに、住んでるところ、すぐ近くですから平気です」

「へぇ、丸の内(こっち)側はオフィスばっかだと思ってたが。良いとこ住んでんだな」

「……えぇ、まぁ」

 

 エミルは暁から視線を外し、キャスケット帽を押さえて顔を隠した。

 ――何かしら都合が悪いときの癖だろうか、と暁は思ったが詮索はしない。互いに名を知ってはいても、所詮は行きずりの関係だ。

 

 出会った時と同じようにふさぎ込んでしまったエミルを見て、地雷を踏んだかと少々ばつが悪い気分になりながら、暁は何げなしに手首を傾けて時計を見た。

 

「――――やっべぇ」

 

 今から帰宅して、ギリギリ20時に間に合うかどうかと言ったところである。GGOにログインしてから移動するまでの時間を計算に入れると遅刻確定である。

 

「悪いエミル、俺もう行かねぇと!」

「えっ、あっ、はい」

「じゃあな! 次からはお巡りさんに道を聞くんだぞ!」

 

 エミルの返答を待たずに暁は踵を返し、後ろ手を振って小走りで連絡通路に向かって行く。

 

「あ……」

 

 エミルは、小さくなってゆく暁の背中に向けて思わず手を伸ばした。

 

 ――彼の名を呼んで引き留めたかった。

 でも、それは彼の迷惑になるのでは。

 

 ――一言、尋ねたかった。また会えますか、と。

 だが、返事を聞きたくはなかった。

 

 暁の姿が、エミルの手より小さくなる前に、連絡通路を行き交う人々に溶けるように描き消える。

 結局エミルは、別れの挨拶を掛けることもできなかった。

 

 ――そもそも、暁は自分のことを何とも思っておらず、やたらと肩入れしてくれたのも気まぐれだった――そう考えるのが当たり前であるが、エミルは胸が締め付けられるように錯覚した。

 

 自身の異常性を嫌悪と共に再確認しながら、エミルは伸ばした腕を胸元に引き戻した。

 目線を落とし、手のひらをじっと見つめる。

 

(……大きくて、ごつごつして……優しい手だったな……)

 

 想い起こすは、暁に手を引かれた時の感触。彼の声音。彼の表情。そして、彼の瞳。

 

 あの光のない瞳に、エミルは強い既視感があった。

 色は違えど、それは鏡の向こうから自身を見つめる瞳と良く似ていた。

 

 だからこそ、エミルは不思議だった。

 (かれ)は何故、あんな総てを諦めたような眼差しで他人(ひと)に優しくできるのだろう――と。

 

 

 

 時は少々、巻き戻る。

 エミルが暁の肩を借り、夢すら見えない深い眠りについていた頃。

 

(『クソァ!』って何だよ『クソァ!』って……アハハ)

 

 青年は続けて今日体験した出来事を仔細にスマートフォンへ打ち込み、送信する。メッセージに既読表示が付かないため、どうやらやりとりの相手は無視を決め込んでいるらしい事が伺えた。

 

(まぁいっか、会話ならGGOでもできるし。先輩多分遅れてくるだろうし、先にログインして待っておこう)

 

 青年はベッドに寝転がり、フルダイブ型VRMMOゲームハード《アミュスフィア》を被って自室のベッドに寝転がった。

 

「リンクスタート」

 

 

 暁がギリギリで電車に乗り遅れ、現実(リアル)でも約束の時間に間に合わないことが確定した時より、少し後の時間。

 

「はー……さっぱりした」

 

 少女はシャワーにより湿った髪をタオルで拭きながら、《アミュスフィア》の電源スイッチを押す。

 部活による汗を流したかったのもあるが、VRMMOをプレイする際は体調を万全にしておくことが望ましいためだ。最悪、プレイヤーの異常を察知した《アミュスフィア》の安全装置が働き、強制ログアウトという事態もあり得る。

 

『ねーちゃーん! 風呂空いたー?』

「あ、ごめーん! もう入っても良いよー!」

 

 居間から飛んできた大きな少年の声に、少女も大声で応じる。今のはあまり女の子らしくなかったかな? と内心苦笑しながらも、少女は立ち上がった《アミュスフィア》を被る。

 

(……あの時、駅に着けなかったら今日は遅刻していたかもなぁ。またあそこの大学に行く機会はあるだろうし、また会えると良いな)

 

「リンク、スタート」

 

 

 それと同時刻。都心の駅前にそびえ立つ、都内有数の高級ホテルのシングルルーム。

 証明が全て落とされ、窓から差し込む夜景のみが微かに視界を照らす室内。――そこに、小さな影が蠢いていた。

 

 大きなキャスケット帽を取り去ると、詰め込むように押さえられていたくせ毛が重力に従って放たれる。その長さは帽子を被っていた時の倍以上、肩の高さにまで及んだ。

 

「くるし……」

 

 小柄な少年は、ぶかぶかのパーカーをカーペットに脱ぎ捨て、ワイシャツもボタンを弾き飛ばしかねない勢いで脱いで床に放る。

 そして、細身な体に密着する程にきつい肌着を剥がすように脱ぐ。そうして露わになった上半身の胸部には、サラシに似たインナーが枷のように巻き付いていた。

 

 胸の圧迫感から逃れようと、少年は乱暴に前面のファスナーを下ろした。

 繊維の靱性によって押さえつけられていた二つの膨らみが、反動に揺らされながら解放される。

 

 少年はこの十畳強の空間でのみ、少女に戻ることを許されていた。

 

 少女はベルトを緩めてスラックスを落とし、先ほど脱ぎ捨てたワイシャツを拾い上げて着込む。

 シャツを寝間着代わりにベッドに仰向けに倒れ込み、枕の脇に置いてある《アミュスフィア》を装着する。

 

「……リンク、スタート」

 

 

 ――そして、午後8時を10分ほど過ぎた頃。

 

「体調OK、トイレOK、飯は後で。よし完璧だな」

 

 青年はベッドの上にあぐらをかき、《アミュスフィア》が立ち上がるのを待っていた。自分が遅れる旨は、既にスマートフォンのGGOチャットアプリで連絡済みだ。

 

 面倒くさがりの青年は、その性格通りに脱いだ服を適当に自室の床に放っている。

 しかも着替えをせずにジャケットとシャツを脱いだのみであり、ジーンズは着たままにベッドに寝転がった。

 

「すぅ――ふー……」

 

 ――コミュ症かつ対人(PvP)恐怖症の青年からすれば、これから未知のアバターと顔合わせに行くというのはなかなかにストレスだった。一つ、深呼吸をしてから《アミュスフィア》をしっかりと被る。

 

「――リンクスタート」

 

 

 その一言によって、彼らの意識は戦場へと飛び立った。


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