F≠S 《インフィニット・ストラトス》   作:バンビーノ

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08.代表対抗戦と襲来と。

 クラス代表対抗戦の前日。一夏に唯一白星を拾ったあの日から相変わらずの訓練を過ごしていた。具体的には一夏と一緒にセシリアさんに撃ち抜かれたり箒さんに斬り刻まれたり。自主練として加速して一零停止、からの三次元踊動旋回(クロス・グリッド・ターン)を繰り返してたりもした。へっへっへ、この二週間でアリーナに誰よりも穴を開けたのは誰を隠そうこのでっちーだぜ。

 

「まだまだ課題点は多くありますが成長しましたわね。鈴さん相手にどこまでやれるかは保証できませんが、取り合えずの及第点ですわ」

「おう、色々助かった。箒もありがとな」

「気にするな。私は好きだからやっている」

「へへっ、それでもだよ」

「む……そうか。礼は今日の日替りデザートで構わんぞ?」

「構わんぞ? って……いや、まあそれくらいなら気持ちとして奢ってやるけど。セシリアもどうだ?」

「いえ、わたくしはお構い無く……それよりもそこの隅っこで項垂れてる桐也さんらしき彼、どうしましたの?」

 

 ふっふっふー、聞いてくれたか聞いてしまったかセッシー! 箒さんは興味なさげに一夏に早くデザートを買ってくれと裾引っ張ってるけど、それはそれで悲しい。

 

「まだ一零停止からの三次元踊動旋回が成功しません!」

「一週間以上かかってますわよ!?」

「知ってらぁ! でも上手くいかねぇ!」

 

 まだ、まだ(ドウ)から動へと繋げるならわかる。出来るかは置いておいてわかるんだ。けど一零停止っていう完全な停止から動へと繋げるってなに? 一旦止まってんじゃん、止まってるのにどうやって一連の動きにするの? 完全に一拍止まるに決まってんじゃん、連続して動けるかバーカ!

 

「ってな具合っすわ」

「……考えすぎてドツボに嵌まるタイプですわね」

「正直、頭よくないのに考えすぎてる感はあんだよなぁ。バカはバカらしく考えずにすればええのにって……アンにゃろう……!」

「誰に怒り馳せてるのか知らないけど取り合えず食券買いに行こうぜ? 箒の引っ張る力がそろそろ制服を千切りそうだ」

「失礼な、ギリギリで破れないよう加減はキチンとしているぞ」

「え、箒さん怒るとこそこでいいの?」

 

 破れるわけないだろとかそうじゃねぇの? 乙女としての怒りじゃなかったのかよ。

 しかし、本当に一夏の裾が悲鳴をあげそうなので話を一旦中断しそれぞれの夕食を持ってテーブルへと着く。いやはや、いつもながら本当にここの飯は旨い。

 

「箒、夜に食い過ぎると太るぞ?」

「一夏さん、女性にそういう話題を振るのは失礼でしてよ?」

「そうか、すまん箒」

「ほうだぞいひか、わたひはほうほうふとはん」

「食べながら喋るのもマナー違反でしてよ……?」

「んっ、その通りだな。話しかけられたのでついな、謝れ一夏」

「そうか、すまんセシリ……えっ、これも俺が悪いのか?」

「知らね、こっち見んな」

 

 ぶっちゃけIS学園の体育とか結構ハードだしそれに加えて部活やって、ISの自主練もしれりゃ晩飯多いくらいじゃ太らんだろ。普段の箒さんの食欲と摂取量には目を瞑る、きっと過剰分はおっぱいにでも行ってんでしょ。キャー、このセクハラ思考おっさん臭ぇー。

 もっさもっさと食ってると揺れるツインテールが、いやいやツインテールを揺らして鈴がやって来た。

 

「やっほー、一夏! 明日よ明日、ワクワクで胸がドキドキで今晩寝れるか心配なくらいよ!」

「ははっ、遠足前の小学生みたいだな」

「アハッ! まさにそれよ、もう今からやりたくて仕方ないわ……じゃないわ、そうじゃなくて一夏。宣戦布告に来たんだった」

 背中にゾクッと来た。無邪気に笑みを浮かべる鈴から発せられたのは敵意でも悪意でもない、こう、飯食うのを箒さんが中断して鈴さんの方に反応するレベルのなにか。あっれ、なんか表現が適してない気がすんぞこれ。凄いのが鈴さんの気迫なのか箒さんの食への執着なのかわからんくなってきた。

 

「改めてなんだよ」

「ふふんっ、改めて宣言するからこそ意味があんのよ。あんたを倒してあたしが勝たさせてもらうわ!」

「俺だって負けないぜ」

 しかし一夏は物怖じすることなくニヤリと応じた。勝敗ねぇ……あ、優勝したときの景品って。

 

「そうだ負けるな、私の半年デザートフリーパスは一夏にかかってるのだぞ」

「やったれ一夏、フリーパスは俺たちのものだー」

「あんたたち人がせっかくキメてるってのに……ま、いっか伝えたかったのはそれだけよ」

「そうか、じゃあ今晩はよく寝ろよ」

「甘いわね、あたしが一晩寝なかったぐらいで不調になるとでも?」

「いや寝ろよ」

「イシシッ」

 その晩、鈴が眠れたか否かは同室者のみぞ知るのであった。

 

 

▽▽▽▽

 

 

 翌日、アリーナは聞いた通りに人で溢れかえっていた。男子一名、残り女子……桐也は凄く肩身が狭い思いをしていた。周りに知り合いがいないどころか上級生が多い状況、もう不貞腐れるしかねぇと頬杖をついている。箒やセシリアはピットのリアルタイムモニターで見ているのだが、観戦チケットがあったせいでアリーナへと来てしまった桐也……後に本当にピットに居ればよかったと思うのだがそれはもう少しあとの話だ。

 もう、なんていうか360°女子に囲まれたこの何をするにも気を使うこの空間が苦痛となり始めた頃。

 

 一夏と鈴がピットより出てきた。一年生の専用機持ち同士の、それも片方は世界に二人しかいない男性IS操縦者とだけありアリーナの盛り上がりは最高潮へと向かう。

 そんななか二人は一言二言交えると互いに獲物を構える。

 試合開始のブザーが鳴り渡った。

 

「うぉぉぉぉぉぉ!」

 始めに動こうとしたのは一夏。馬鹿の一つ覚えと言われようとも、武装が近接用のビームも斬撃も翔ばせない刀しかないのだ。つまり一夏と白式の選択肢には近づいて斬るしかない。様子見という考えは一片も持ち合わせておらず、相手の術中に嵌まる前に斬り伏せる勢いだ。

 

 そして一撃必殺となりうる単一仕様能力《零落白夜》があるからこそ白式と戦う際、銃器を使う相手であれば必ず距離をとろうとしてきた。少なくとも今まではそうであったのだ。

 だが、甲龍(凰鈴音)は自ら肉薄してきた、自分より一撃必殺の間合いへと踏み込んできた。二振りの翼状の青竜刀を振りかぶった状態で。

 

「やんっ、お互いに迫り合うなんて以心伝心ねッ!」

「ぐお!」

 

 乙女らしく少々の恥じらいが感じられる言葉と、それに見合ぬ凶悪さで振るわれた双天牙月は雪片弐型で受けた白式を勢いのままに押し飛ばす。

 白式が近接戦闘専用型ならば甲龍は近接格闘特化型。機動力では劣るものの瞬間的な出力(パワー)であれば白式を越える機体だ。

 

「自分が必殺の武器を持ってるからってあたしが、この私が怖じ気づくとでも思ったら大間違いよ一夏! 当たらないと必殺でないならそれだけじゃ、あたしにとっては脅威足り得ない!」

「言うじゃないか鈴」

「言ったでしょ、私は頑張ってきたって。そしてそれはこれからも続けるって。それをいくら一夏だからって簡単に越えさせてやるもんか、ううん──大好きなあんた(一夏)だからこそね!」

「そうか……でも俺にだって越えるべき目標(千冬姉)はいるんだ。だから──まずはお前を越えさせてもらうぜ!」

 

 再び互いに迫り合い、己が武器を越えるべき相手へ叩きつけあう。だが今度は一夏が力負けすることはない。機動力の源たるスラスターを噴き上げ、甲龍の出力に拮抗する。

 たった一度、ただ一合ぶつけあっただけなのに、すぐにきっと無意識に対応してくる一夏に鈴は堪らず口角が引き攣る。ただしそれは悲壮や焦燥からではなく、嬉しさ故に楽しくてたまらないとばかりに無邪気に獰猛な笑みを浮かべる。

 

 中国に帰ってからの一年間は厳しく辛くしんどかった。でもそれだけじゃなかった。実力をつけていく過程で戦った強者たち、それを打ち倒し喰い千切ってのし上がってきたのだ。

 強者を倒したとき、努力が実ったと実感できるあの瞬間が鈴は堪らなく好きだ。勝てないと思っていた相手を倒したときに得る実感が好きだ。それは再び日本に帰るためという一番の目標に劣らずとも並ぶほどに。

 凰鈴音が中国でたった一年間で代表候補生に上り詰めた理由は努力と才能──そしてその獰猛なほどの貪欲さであった。

 

「だからァ! 会ったばかりのあのとき、あたしを守ってくれたあんたを!」

 

 鍔迫り合いが散らす火花を映す一夏の視界の隅で空間が歪に捻れた。

 

「今度はあたしが守る側になってやるん、だからァッ!」

 ──鈴が小学五年生とき、日本に引っ越してきてすぐのあの頃。日本語は覚えていたが訛りが酷く、周りも幼いからこそからかわれて、いや鈴にとっては苛められていた。そんなときに助けて守ってくれたのが一夏だった。それは独りぼっちと思っていた鈴にとっては鮮明で鮮烈な記憶。

 

 空気が弾けた、それが現在進行形で吹き飛ばされている一夏に認識できた事実はそれだけであった。即座に体勢を立て直し追撃に備えるが、何も来ない。鈴はというと二振りあった青竜刀を連結させ構え直しているだけだ。

 一体なにで攻撃されたのかわからないもどかしさを隠しながら一夏は言葉を返す。

 

「守ってた、ってつもりはないんだけどな」

「んー、ま、そね。中学とか行き始めてからはむしろ引きずり回ってたかも」

「おい」

「いやいや、でもあたしにとってはあんたは強者で、でもだからこそ越える壁なの、よっ!」

 

 言い切ると同時、双天牙月をまるでブーメランのように投げつけた鈴。だが、ただ投げられただけの獲物など軽く当然のように躱した一夏の目前に迫っていたのは赤い脚だった。投擲直後に同じく距離を詰めてきた鈴の、甲龍の脚だ。

「ラッアァァァァァァァァ!」

「舐めっ、るなぁぁぁ!」

 

 雪片弐型で渾身の蹴りを弾かれた鈴は僅かに体勢を崩す。そこで鈴の瞳に映ったのは青白い、当たれば致命的な刃。一夏が展開した零落白夜。崩れた体勢のまま振り上げられたそれを見上げる。触れた全てのエネルギーを消し去るギロチンの刃が甲龍の首を刈るよりも先──甲龍が見えざる牙を剥く。

 

「ブチ抜け龍咆(りゅうほう)ォ!」

「ッ!?」

 

 不可視の弾丸が一発二発三発と連続して白式を穿った。反射的に、零落白夜を発動した雪片弐型で受けようとするが、消えない。四発目の不可視に撃たれ、ようやく一夏は零落白夜を切ると同時に回避行動に移る。二発の不可視が白式の装甲を掠めながら辛くも回避に成功。

 追撃は、またもない。鈴が一夏を甘く見ているのではなく、その逆である。初手の一合、あれだけで次の一合で拮抗まで持っていった一夏の対応力を警戒し手札を見せない。それが切ったところで見えない手札であっても、だ。

 

「ハッ、ハッ! 実弾じゃないのに零落白夜で消えなかった……!?」

「さすが一夏いい気づきどころ! けどなんも教えないわ!」

「言われなくても半分当たりはついてるから問題ねえよ」

「……本ッ当に油断できないわー。鈍チンなくせして(ケン)が尋常じゃないっていうか……」

 

 初めに不可視に吹き飛ばされる直前に一夏は確かに空間が捻れたのを目撃していた。恐らく空気砲的なものだろうと予想する一夏だが当たらずも遠からずであった。

 ──第三世代型 空間圧作用兵器・衝撃砲《龍咆》。

 甲龍の両肩に存在する非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)。キュートな棘付き装甲(スパイク・アーマー)を持つそれは空間自体に圧力をかけて砲身を生成、余剰で生じる衝撃自体を砲弾と化して撃ち出す。砲身も砲弾も視認できず、砲身斜角がほぼ制限なしで撃つことができる。今頃ピットで同じような説明がされているだろう。

 一夏が視認できたのはハイパーセンサーによる僅かな大気の歪みのみ、そして鈴が体勢を崩しながらも撃ち込めたのは射角制限がないから。なによりも零落白夜で打ち消せないのはエネルギー体ではない、純粋な衝撃だからであった。

 

「ま、バレたらバレたでいいか! 逆に考えれば出し惜しみしなくてよくなるだけだし」

「言わなきゃよかったか……」

 

 両拳を叩き合わせ構え直す鈴。双天牙月を拾い直すつもりもないらしい。

 相対する一夏も甲龍の両肩に注意を向けながらも雪片弐型を構え直す。シールドエネルギー残量は既に半分近い。零落白夜の使用、ついで龍咆の連撃を浴びたのが痛かった。それに衝撃砲に対する攻略の糸口は未だに見えず、大まかなカラクリがわかっただけにすぎない。

 

 だが、まだ手札は残っていた。瞬時加速(イグニッション・ブースト)、この試合までの間に姉に習い、友と幾度となく壁に当たりながらも練習したその技術。

 ──ただ近づき斬る。それを行う一夏には最適であろうそれは、今の一夏の実力では燃費のよいものではない。零落白夜と併用すれば、底の抜けたバケツから水が抜けるよりも容易くエネルギーは尽きるだろう。

 だからチャンスは一度、よくても二度。ならば一度で決めればいい。

 

「鈴、行くぞ」

「いつでもかかってきなさい」

 一夏は前傾姿勢となりスラスターが点火、鈴が左半身を前へ向けた腰だめとなり拳を熊手を構えたそのとき。ナニかが砕ける音が響いた、ハイパーセンサーで捉えた頭上に光源。直後二人の間に灼熱の光の柱が割り込んだ。それが地面へと突き刺さり炸裂、アリーナに響く大きな衝撃、噴煙がアリーナを満たす。

 

 白式と甲龍より伝えられる緊急事態。撃ち込まれたレーザーの軌道をなぞるように降り立った全身装甲(フルスキン)の敵性IS。両腕、肘より先が砲身となっており、頭部には剥き出しのセンサーが無数に配置された極めて異形の姿。コアナンバー及び所属は──不明。ただわかるのはアリーナの遮断シールドを貫通するだけのビームを撃ち込んだのがそのISということと、試合を完膚なきまでに邪魔されたことだ。

「あー、もう、テステース。そこの気持ち悪いISのあんた、所属と目的と殴られて捕まるか大人しく捕まって殴られるか選びなさい」

 一気にやる気のなくなっている鈴の選択肢のない言葉に返答はない。代わりに割り込んできたのは山田先生からの通信であった。

 

『凰さん! 織斑くん! 急いで避難してください!』

「でもそもそも一般生徒が避難できてなさそうなのよねぇ……出口がふたつしか開いてないのだけど?」

『えっ、あ……遮断シールドがレベル4になって……それに開いている出口の奥の扉も閉鎖されてるなんて!?』

「ってことは実質避難は無理ね」

「なら俺たちで押さえるしかないか」

『ダメですよ! 二人とも避難してくださ──』

「んっんー、変ねぇ。さっきのビームで通信機系統狂っちゃったかしら。なにも聞こえないわー。だから現場判断として全生徒の退避まではアレを殴り続けるけど一夏はどうする?」

 

 いつの間に収納、再展開したのか連結させた双天牙月を担いだ鈴が問いかけるが一夏の答えも決まっていた。

 

「アイツをブッ飛ばして皆を守る!」

「上等よ!」

 

 ──守る側にたった二人の全力に攻撃力のみが特化した()()()が勝つ術は、ない。

 

 

▽▽▽▽

 

 

 見たこともないISが侵入してきてからアリーナは出口へと向かう混乱した生徒の渦中にいた。

 なーんか現実味がなかったが、そうか、アリーナを守るバリアが破られりゃそら焦るわな。ならば俺も早急に避難しようと流れに逆らわず、人の波に流されるようにアリーナ出口をくぐった。しかし、不意にピタリと動きが止まった。周りの視線は全て前方へと注がれており、人だかりを掻き分け先頭へと出る。奥の扉が閉じているが問題はそこではない。

 

 そこでは空間が揺らいでいた。

 

 それは陽炎のようで、しかし視認できなかったのは視界へと入れた直後まで。揺らめく空間は徐々に収まっていき、そこに現れた──いや、既にそこに有ったものが姿を見せる。

 

 アイツは、ISなのか?

 全体的に黒に染められ、赤いラインが走る全身装甲のボディ。フルフェイスの頭部には紅く輝くモノアイ。腕は二本だが、脚が四本ある異形であり、足の先は球体がホイールとして兼ね備えられている。

 緊急時ということでセンサー部分展開──打鉄からは所属不明機(unknown)と情報が入ってくる。ほーん……わからないことだけわかった。通信は、通じない。

 

「そうだよな、学園にはこんな変なやつ置いてねぇよなぁ……はぁ、ピットで見学しときゃよかった」

 

 なにより問題なのはソイツの腰、両サイドに二門ずつ備えられたガトリング砲が、こっちを向いていることだ。

 おいおい、そんなもん人様に向けてんじゃねぇぞ。母ちゃんに他人に銃口向けちゃイケませんって習わなかったのかよ。まぁ、習わねぇよな、うん……下手に動けず睨めっこ状態のまま膠着。

 

 互いに微動だにしないまま、きっと数秒──ヒィッ、と短い悲鳴。そう漏らしてしまったのは誰か、誰であっても攻められないしこの状態では仕方ないことだろう。ただ、それが引き金になっただけで。

 向けられた四門のガトリング砲に束ねられた六本の銃身がゆっくりと、しかし確実に速度を上げ回り始めヤベぇッ!?

 

「出ろ、打鉄ぇぇぇぇぇ!!」

 

 間一髪といえるのか、反射的に打鉄を展開。考える暇もなく、後方の生徒を庇うように二枚の非固定浮遊盾と自身の機体を配置。

 次の瞬間、盾を展開し壁のように構えられた三枚のシールドに迫るのは同じく壁──本来は点であるはずの銃弾で構成されたソレが回避不可能となり、面制圧すべく凶弾として差し迫る。着弾までは一瞬、音速を越えたソレらはコンマ1秒以下の間に距離を零とした。

 

「重てぇ……!」

 壁なんてものじゃなかった、これは波だ。シールドを拡張領域より前方に展開したが、銃撃乱射の勢いは収まることなく弾丸の波はシールドごと俺を飲み込む。盾なんてお構い無く、削り潰そうと弾丸が盾を抉る。鉄を削る甲高い音は連続などというものではなく、絶え間ない不快音を響かせる。

 

「全員アリーナに戻れぇ! 他の出口から逃げろ!」

 硬直していた生徒たちが動き始める。混乱してモタつくかと思ったが、ごめん。上級生が上手くまとめて誘導してくれてるお陰で、銃弾に満たされた地獄直行便の用意されたこの通路から迅速に脱出してくれている。

 ……にしてもさぁ! 打鉄の非固定浮遊盾を酷使してばっかだなオイ!

 

 しかし、今回ばかりは負けていい戦いではない。試合に負けて(死んじゃったけど)勝負に勝つ(自己満足)じゃ笑い話にもならねぇ。

 それに引くことも出来ねぇ、ここで引くと後ろ全員仲良くハンバーグだかメンチカツだか(細切れの挽き肉)になっちまう。

 

 相手は見るからに人が入れない形をしたIS、あれはどう見ても中身空っぽ(無人)じゃねぇのか。現状作れんとか言われてっけど、女性しか乗れねぇって言われてたのに俺や一夏が乗れてんだぞ? 俺らみたいなイレギュラーがいる時点で、無人機程度どうしたって話だ。

 そもそも小難しいことはわからん、無人機? ラジコンと何が違うのかさっぱりだ。バカだからな!

 だから今はそのラジコン野郎が俺にお熱なことだけを問題とする。強烈な銃弾の波(ラブコール)は未だに止まず。

 

 なにより腰に装備されたガトリング砲より吐き出される火線は、すっぽりと俺と打鉄を覆いきっている。シールドから身を出せば蜂の巣になるのは火を見るより明らか。そして今はシールドを少しでも動かせば、後方へ流れ弾が行く。それは、致命的だろ。

 ならどうするか……ま、耐えるしかないわな。さっきからバカみたいに撃ち続けられているが、弾だって無限なわけはなく当然()()()があるはず。あってくれ頼む。

 

 そう考えてる間にも一般生徒たちの脱出は完了し──アリーナ出入り口の非常扉が閉まった。そりゃもう待ってましたと言わんばかりに、バッタンと閉ざされた。

 同時、ガトリング砲を唸らせていた無人機が突如に乱射を打ち止め、四脚のホイールを回転させ突っ込んできた。

「あぁ、クソッタレ!」

 

 重装甲なくせしてアホみたいに速ぇ! そんための多脚にホイールか知らねぇが、豪快に火花を撒き散らし切迫してくる。この狭い通路で突っ込まれるとそれだけで圧迫感がある。後退したくなるも逃げ道はないんだよなァ! 謀ったように非常扉を閉じたアホはどこのどいつだ!

 何よりマズいのは右腕、本来なら五本指のニギニギするお手手の代わりに、杭のようなものを付けてやがることだ。それをこちらに突き出して──頭で鳴り響く警鐘に従い避け、れねぇ!

 アンロックシールド二枚にシールドを三重に前方に構え身を落とす。

 

 直後、衝撃轟音、鉄が弾ける音なんぞ初めて聞いた……ただの杭ではなかった、言うなれば杭打ち機か。爆薬が炸裂し、杭を打ち出す。仕組みは単純、しかして威力は絶大。

 それはIS専用武装のシールドを三枚重ねたってのに、貫きやがった。三枚全てが上部よりひび割れ、やっこさんのモノアイセンサーが覗く。瓦割りじゃねぇんだぞクソがッ! 今度は大事に使うつもりだったアンロックシールドまでバッカリ逝っちまったじゃねぇか!

 しかしシールドは役目を果たしてくれた。ギリギリ打鉄()には届かず、流石にシールドを三枚ぶち抜いた代償か。杭打ち機は先端が潰れひしゃげ再使用は不可能だろう。次はどうする、割れた盾は捨てるか、いやまだ使用は可──

 

「ゴフッ!?」

 

 なんて、そんなことを一々確認している暇は無かった。

 ひび割れた隙間から強引に割り込んで来た左腕は俺の首根っこを掴む。シールドバリアが首を捻りきられる前に、操縦者を守るという役目のため発動する。

 

 呆けてる隙なんざ見せてる余裕はないってのに何やってんだマヌケ……!

 だが、既に無人機(推定)の片腕(杭打ち機)はひしゃげている。新しい武装も握れねぇ、ならあれで数発殴られることは諦め、なんとかこの状況を脱しよう。シールドエネルギーが尽きたら俺の首なんて枯れ木を、枯れ葉を踏み砕くより容易く折られちまう、その前に。

 

 そんな風に考え、信じられないものを目にした、目の当たりにした。今まで不気味に光っていたモノアイの輝きが徐々に、しかし確実に増幅していき──

「カハッ……おま、嘘だろ……!?」

 

 放たれたのは真っ赤に染まったビーム。首根っこを捕まれ、既にシールドを失った俺に防ぐ手立てはなく直撃。目前が光に飲まれ、目を背けたくなるほどの赤に占領される。

 セシリアさんのBT兵器とは比にならない威力で、打鉄のシールドエネルギーは目減りしていく。顔からビームとかふざけてるとしか思えない攻撃方法に見合わない、ふざけた威力してやがる!

 打鉄のバリアは悲鳴を上げるかのように紫電を撒き散らしながらも俺を守るがジリ貧。俺を消し飛ばさんとすビームの勢いは未だ衰えず、無人機(確定)の左腕が弛むこともなく。湯水のごとくシールドエネルギーは減っていく。

 このままでは、死ぬ。

 

「っんの……! 全く、笑えッ、ねぇぇぇぇ!」

 

 首根っこを掴んで離さない左腕を両腕両足で掴み返し、いや抱き抱えスラスターを一度噴かせ、再度取り込み圧縮し、爆発させるかのように放出──! 身体が捻りきれる可能性もなにもかも、後のことは考えず()()のように回転する。

 

 ────そのとき、後頭部にチクりと痛みが走ったような気がした。

 

 実行した加速法の名はお馴染み瞬時加速。クラス代表決定戦のとき、最後の最後に限界を越えた加速をもたらしたあれだ。本来は直線的加速を行うために使うべきそれを、回転に使う。全スラスターを真横に向け、ままよ!

 

「フンヌッぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」

 

 結果、機体の制御を失い壁壁床天井壁、ついで床壁天井床天井と、ピンボールだかスーパーボールだかのように通路に弾け跳ね返りバウンド。

 しかし、その成果は大きかった。無人機の左腕は肩より()()のように絞られ、辛うじて垂れ下がっているだけ。俺はビームより難を逃れた。シールドエネルギー残量30%、一気に50%を削られたのは痛いがまだ生きている。

 なら、セーフだし残り20%は何で減ったって瞬時加速だよ馬鹿野郎。まだ調節が上手く出来ねぇしアホみたいに跳ねた代償だよ。

 

「ぶった斬ってやらぁ!」

 ここからこいつを倒せば──最高にカッケェだろうが!

 近接用ブレードを展開し、深く腰を落とし突きの構え擬きをする。やることは単純、通路が狭くて避けれないのは相手も同じ。やっこさんと同じように突撃をかます……!

 そのために、踏み込む一歩目は床、ではなく壁、続いて二歩目を出し三歩目と同時に二度目の瞬時加速。ただし俺の見える景色は天地逆転、PICの恩恵をあやかり()()を、俺の最速で駆る。

 まずはその今にも落ちそうな左腕斬り落としてやろうと流れる景色のなか狙いを定め、外した。いや、正しくは斬れたのだが正確に言えば斬れなかった。

 

 無人機が左腕を庇い、入れ替わるように刃の通り道へやってきた──やっこさんの頭部を斬り裂くこととなったのだ。

 ガコンッガラガラ、と無人機の頭部が落ちて転がる音が通路に虚しく響く。

 

「バカなの? ド阿呆なのか?」

 

 しかし、頭部を失ったにも関わらず首はこちらを振り向きガトリング砲もそれに追従する。あの弾丸の波にシールド無しで飲み込まれれば、さすがに残りのシールドエネルギー的にも宜しくねぇ。

 次はその砲身ぶっ潰してやろうとスラスターを灯そうとした、そのとき。無人機のガトリング砲が四門すべてが唐突に上を向き──頭上へ乱射が開始された。

 

 人間、余りにも予想外の事態に見舞われると思考が停止するというのは事実だったらしい。薬莢と瓦礫がシャワーのように無人機に降りかかるも、当の本人(not人間)はお構いなしに撃ち続ける。なんのために、そう考える暇もなく、天井に綺麗な風穴が出来た。

 そして俺が固まってしまっている間に、無人機はお役目ご苦労と言わんばかりにガトリング砲をパージし──飛翔。端的に、わかりやすく、一言で言おう。

 逃げやがった。

 

「……んぁ? ハァ!?」

 

 あの四脚無人機(アメンボ野郎)、文字通りデスウェイトを切り捨てて逃亡しやがった……! おまけにひん曲がった左腕は落ちないように抱えて、無人機ならそれも千切り捨ててけよ! 頭は斬られたくせして色々半端な野郎だな!

 

「てか、そうか……天井破ればこんな狭いとこで戦わずに済んだのか」

 いやしかし、修繕費とか払えって言われても困るしそもそも空中戦も得意な訳じゃないし、正直狭い通路で助かったのは無人機だけでなく俺もだった。だからどっちが最善だったかと問われると答えれんのだがな。

 

 そんな風にまとまらない思考を回しつつ呆けていると声が聞こえた。今までジャミングされていたのか通じていなかった通信が生き返ったのか、織斑先生の呼び声が耳に反響する。なに言ってんのか中々聞き取れねぇや。

 

「あー、通信死んでたっけか……ははっ!」

 

 そこでようやく自分が生き残れたことを実感が沸いてきて、裏を返せば下手をすりゃ死んでたかもしれないってことにも実感が沸いてしまって。情けねぇことに立ってられずにへたりこんだ。それに、なんだかな笑いが止まんねぇ。

「イッヒッヒ、アッハッハッハッハッハ!」

『おい、出路! 無事か!? 出路!』

「ハッハ、ヒヒッ! アッ、あー無事です無事です。すみません所属不明のISを一機逃がしました、けど無事ッスー」

『そうか、無事ならば、いい』

「いいですか、ええっと一夏たちは?」

『無事だ』

「そですか、よかったよかった。あーあ、心臓がバクバクいってますよ」

『ああ、よくやった』

 

 ふんふん、初めて素直に褒められたような、そうでもないか? どうだっけな。まー、しかしあれだな。

 

 ──あー! 怖かった!

 




ここまで読んでくださった方に感謝を。

・甲龍:近接格闘特化型であり中距離射撃兵装も備えた万能型、というよりも複合型と呼べる機体。
・両腕砲身無人機くん:鈴ちゃんと一夏にズッパシやられた。コアはちっふーが以下略。

・多脚無人機きゅん:所属不明機、頭部を犠牲に左腕を死守。アメンボ野郎。
・笑い:自己防衛。
・あー! 怖かった!:本音。

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