F≠S 《インフィニット・ストラトス》   作:バンビーノ

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03.下準備

「桐也すまん!」

 

 一限目が終わり、休み時間。一夏が俺の席にやって来て頭を下げている。大方今朝の遅刻のことだろうし、俺は気にしてないのだが。むしろ頭をあげろ、周りが何事かって感じで見てんだろ。

 

「謝んな謝んな、俺が待とうと思って待って遅刻しただけだ」

「けど俺が食い終わるのを待ってたから……」

「うるせーうるせー、自己責任だっての。ここは譲らねぇぞ、譲ってほしくば俺を倒すことだな。謝るために謝る相手を倒す――この矛盾、一夏は越えられるか!?」

「く、クソ! どうあっても謝らせないつもりか!」

 

 ウハハ! この男同士のバカやる感じ楽しいな! ジリジリと距離を測る俺と一夏を見る周りの目線が痛い気がするが男子なんてこんなもんだ。

 だいたい女は男より精神的な成長が早いんだっての。たぶん小学生男児がウンコウンコ言ってハシャいでる間に、その差が開いてんじゃねぇか? 何はともあれ男同士気兼ねなく騒げるのはかけがえないものって学園に入ってから気づいた。

 

 二限目、山田先生がなんかISが操縦者の全身を特殊なエネルギーバリアーで包んでいることを、ブラジャー着用に例えてた。以上。実演してもらえたらわかりやすいとか思っても口が裂けても言えなかった。織斑ティーチャーに身体裂かれるっての。

 

「織斑、出路、お前たちにはISが準備される。が、織斑の分は少々時間がかかる」

 三限目が始まってすぐ、織斑先生からそう言われた。ワッツ? 俺“たち”のIS?

 今現在この世には467個のISコアが存在する。そう、467個“しか”ないのだ。それを二つ俺たちに割り振るって……いや、そうかデータ収集が目的ならわかる。

 特に一夏と俺となると比較するにも前提条件が違うんだった。姉が世界最強の一夏に親族にIS乗りすらいない俺……まぁ、そう考えれば両方のデータが欲しいのも一応わかる。

 

「織斑のISは現在製作中、出路には国から打鉄が支給される」

 

 んでもって期待値はもちろん一夏が上。包み隠さず言えば羨ましくないってことはない。

 けどまぁ、ISが動かせること以外なにもない俺にも専用機を用意してもらえただけ上々か……いやでも羨ましいな、新しい専用機とか良い感じに目立てそうじゃん。かっこ良く目立てばもう会えない父さん母さんに元気だよーって伝えれんじゃん? 一方通行だけど。けど元気にやってることくらい伝えたい。

 

「なので出路は、次の昼休みに指導室に来い」

「了解です」

 

 内心でごちゃごちゃ考えてたがどうしようもないのでカット。切り替え切り替え。取り敢えず言われた通りに昼休み時間指導室に向かおうとは思うのだが――叱られないとわかっていても、職員室や指導室に行くことは気が重くなるのは何故だろうか? 基本的にいい用件で顔出すことが少ないからか。中学では提出物忘れ、上靴を飛ばして窓ガラスを割ったとき程度しか行かなかったからな。

 ――そうして三限目、四限目を終えた昼休み。セシリアさんが俺と一夏のところへやってきた。

 

「あなたたちにも専用機が用意されると聞いて安心しましたわ。ですが出路さん、あなたは第二世代の量産機。それでわたくしに敵うとお思いですか?」

「元から勝率なんて地べた這うどころか地中にめり込んでんだ。今さらじゃねぇか。それにじゃじゃ馬な機体よりは安定してる量産機の方が幾分マシに動ける、はずだ、動けるといいよね、動けたらいいよなぁ……動けると思うか?」

「知りませんわよ」

 

 後半は半分本音で半分見栄だ、俺だって男の子。カッチョいいピーキーな専用機に憧れたりもする。

 ま、別に勝てるなんて思ってない。ただ無惨に負けるのはちっぽけなプライドが嫌だというのでとにかく一撃くらわせてやる、それが目標なんだよ。ギャフンと言わせれなくとも目を見開かさせて動揺くらいはさせたい。そのためには安定性の高い量産機がいいというのも本音、なんだこのめんどい心情。

 

「織斑さんはまだ専用機がないようですが」

「やれるだけのことはやるから問題ない……はずだぞ?」

「どうしてあなた方は断言したかと思えばすぐに自信なさげに……」

 

 口に出す瞬間なにも考えてないから。

 セシリアさんはそれだけ聞くと席に戻ろうとする。なんで俺を男を嫌ってるのに構うのか興味がなくもないけど昨日のダメージが女々しくも尾を引いてるので聞く勇気が湧いてこない。けど好奇心が頭を引っ込める様子もないので困ったものだ。だから、

 

「なぁ、セシリアさん」

「……なんですの?」

「なんで気にかけてくれる?」

 

 男が嫌いなのに、という言葉は形にせず伏せて伝える。そんなことはクラスのど真ん中でわざわざ言うことでもない、発する言葉は聞きたいことを聞くためだけでいい。

 

「何故、ですか」

俺たちのことが嫌い(俺たちは敵)なのになんでかなーってな、好奇心が止まらなくて猫が死んじまうかもしれんがどうしても気になって仕方ない」

「完膚なきまでの勝利を掴むためですわ、言い訳の余地なく全力を奮わせそれを叩き伏せオルコット(わたくし)が勝者と胸を張るため――ですので全霊を賭して挑んできなさい」

 

 そう言い残すとセシリアさんは今度こそ席に戻っていった。かっくいいねぇ、俺が女なら惚れてたぞ。

 ……しかし、そういうことね。もし俺たちが一週間怠けて過ごしたとして、それに勝っても意味がないってか。なにもせずにいた素人に勝利しても、セシリア・オルコットには得るものも誇れるものもない。

 だからこそ全力で努力して、俺たちにとっての最大限の力を叩き潰して勝ってこそ、最低限の価値がある勝利となる、か。

 たぶんあれ織斑先生がハンデなしと言わなかったら、機体の条件まで揃えた上で戦うつもりだったぞ。けど、それが禁止されたからこそ、俺たちが最低限のレベルに達するよう気に掛けるわけだ。

 

「……オルコットってこえーな」

「それだけの誇りがあんだろ、取り敢えず俺は指導室に行ってくるわ」

 実はチビりそうなほど怖かったことを隠して、カッコつけて指導室に行った。美人ほど凄んだときの迫力ってあるよな。彼女とびっきりに美人だから相当怖かった。たれ目気味な瞳で睨まれたときには、たれ目イコールおっとりのイメージが死滅した。どうしてくれんだ。

 

 ――そして現在目の前にいる織斑先生の眼力は、この世で一番怖いと思う。

 現在、待機状態の打鉄を渡されたばかりです、形状は指輪、薬指につけて打鉄は俺の嫁とでも言えばよいのだろうか?

 

「出路、何を考えている?」

「専用機ヤったぜと」

「そうか、その専用機に関する制約は多いぞ。冗談抜きでよく読んでおけ、銃や刀を常に持つと考えろ」

「緊張するんすけど」

「しておけ、それだけのものだ」

 

 最も秀でた兵器を持つのだからな、と言われる。刀で斬るより容易く、銃で撃つより素早く人を殺めることが出来る。

 比喩でもなく歴然たるただの事実でだからこそ持つ俺に聞かせてるのだろうが、いざ専用機を持つとなると緊張がマッハで半分も内容が入ってこない。

 誰だよ、ピーキーな新しい専用機憧れるとか言ったの俺だった。手綱も握れない機体なんざイラねぇ、完全キャパオーバーだっての。あぁ、実際にそんなものを常に身につけるとか緊張してきた。なんか視界が狭い気するし父さん母さんごめんなさい、あなたたちの息子は蚤の心臓でした。

 

「打鉄って最高ッスね……いやいや、もう安定性ですよね重要なのは。カッコいい感じに目立つにもむしろ量産機のなかで秀でたほうが……えー、なんだっけつまり打鉄最高ッスわ」

「少し落ち着け、緊張しておけといったが……あー、難しいだろうがなんだ……心構えだけしっかりとしておけ」

 

 暴走し気味な俺を気難しそうに顔をしかめた織斑先生が宥める。はい下向いて深呼吸、それを数度繰り返し落ち着いてきた。

 そして顔を上げるとどこから取り出したのか、マニュアルや規則などを書かれた書類をどっさり渡された。あれよ、入学前必読も読みきってないし授業についていくのもほうほうの体というのに、IS学園が文字で俺を殺しに来る。

 

「そう嫌そうにするな」

「え、顔に出てました?」

「目に出てたな」

 

 なにそれ怖い。

 

「それとその打鉄は今日授業で言った通りお前に合わせて成長する、精々いいものに仕上げろよ」

「うっす」

 

 その後、学園内などでは原則的に展開は禁止されてるなど――誰が展開するというのか――基本的な注意事項のみ聞かされ時間も頃合い。教室へと帰された、中指に指輪をつけた状態で。薬指? 噂好きが人のような形した生徒で溢れてる学園でしてみろ、明日の朝イチ号外で俺の結婚が噂の中心だ。その目立ち方は嫌に決まってんだろ。

 

 

▽▽▽▽

 

 

 放課後。やってまいりました、めくるめく果てしなき二十五キロマラソンのお時間。タイムアップはなし、けどギブアップもない。

 春の陽射しが温かく見守るなか陸上部だろうか、なんとも引き締まったグッドな肢体を魅せてくる女子生徒たちに何度も追い越されながら走る走る俺。出来ればしまりの良い尻を追ってペースを保ちたいがあちらが大型バイクならこちらは原付き、追いつけねぇ。基礎体力で大きく引き離されてんなこれ。

 一夏も付き合うと言っていたがたぶん体力的にボロ負けだし、ヒーコラ言ってる隣で余裕綽々に走られても悲しいだけだ。大人しく山田先生の補習を受けてもらっている。

 

「一周五キロって長いのな……」

 

 ようやく二周目に差し掛かったところである。畜生、一夏を待たずに遅刻しないことを選べばよかったと正直思い始めてる。おいおい一夏に謝るな悪いのは俺だって言ったのは誰だって話だが、こんなん二十五キロも走ってるとそんな前言なんてクズ籠に投げ捨てて撤回したくなる。絶賛、後悔、中!

 もう歩きたいけどなんかチラチラ他の生徒が好奇の目線向けてきやがるのが、きっとただの好奇心とわかりつつも織斑先生から送られた監視なのかもしれない。そんな疑心暗鬼に陥って走る脚を緩めれないチキンはここだぜ。

 

「あっ、遅刻第一号君じゃない。頑張りたまえー」

 

 あぁんなんだ? 先輩らしき美人――といっても学園にいる生徒は基本美人だが――にヒラヒラと手を振り応援され胸が高鳴る。この胸の高鳴りはきっと酸欠にならないため、心臓がかつてなく稼働してるからだけどな。頑張れポンプ機能、俺の全身に酸素を循環させてくれ。

 てかクソ、俺が遅刻したことって既に他学年にまで知られてるのかよ! 胸と心が痛てぇ!

 宙に散る水滴は汗かはたまた涙か知るのは俺だけだ。

 

 そうして走り続けてると日が暮れた。普段通学以外の運動に使うことのなかった筋肉が悲鳴をあげている。過去に戻れるなら是非とも運動部に入って心肺機能を鍛えることをお勧めする。いや、そこまでしなくても一夏を待たずに教室に戻ればいいだけか。というかこのどうでもいい思考はなんなんだろう、いい加減限界だろうか?

 辺りは薄暗くなり始め足が地を踏みしめる感覚も覚束ねぇし、残り一周は頭のなかにサライだかサラミだかがループして流れていた。

 そして迎えたゴール、そのまま天使に導かれて天に召されたい気分だったが俺をお出迎えしたのは硬いグランドだった。いや俺がぶっ倒れただけだが。

 

「ひんやりして気持ちいいな……うぉぉ、脚が痙攣して動かねぇ」

 

 グランドに伏してビクンビクンなってる気持ち悪い男子生徒がいた。まごうことなき俺だった。残念ながら非常に体力がないことが自覚できた。二流高校に入るつもりがミスって一流大学に入った気分だ。

 

 ……さて体を動かすのも億劫だし、不細工な芋虫紛いのほふく前進して体操着を磨り減らすのもなんなんで回復を待つことにする。

 が、なんか背中がむずむずする。視線というか意識を向けられてるような気がするんだ、ISを動かせるようになってから感じ続けたソレ。だがしかし、如何せん動きたくないので無視だ無視。気のせいだった場合動いたぶんの体力が無駄だし、見られていたところで問題はねぇ。省エネで行かないと部屋に帰る前にここで寝そうだ。

 

 結論、寝た。21時頃にいつまでたっても帰ってこない馬鹿()を心配して、グランドまで見に来た一夏に起こしてもらわなきゃ風邪引くとこだったぜ。食堂は閉まっちまったので購買で適当に夕飯を購入したのち部屋へと戻る。IS学園は購買の品揃えも良くありがたいことだ、ここの生活に慣れるとそこらのコンビニ弁当が食えなくなりそうで怖い。

 

「くそ疲れた、足が痛てぇし筋肉痛になるぞこれ」

「生まれたての小鹿もかくやってくらいに震えてるもんな」

「チッ、気休めだが適当にほぐしとくか」

「お、なら俺がマッサージしてやろうか? よく千冬姉にしてたし得意だぞ?」

 

 ほーん、姉貴にマッサージってつまり世界最強にマッサージ。なんか世界最強が受けてたマッサージを受けれれるって聞くと凄みがある、あるだけだが。聞けば家事全般もしてたとか……何なのこの万能野郎。これで勉学まで完璧だったら高校生活に男友達はいなかったかもしれねぇ、やっぱり主に私怨でな。

 

「なら頼む」

「おう、じゃあ横になってくれ」

 

 ここからくんずほぐれつのマッサージの時間――カット、取り敢えず気持ちよかった。なんか芯から疲労が落ちていく感じでマジで巧かった。このまま大浴場にでも入れれば最高なんだが残念、そこは桃源郷だ女しか入れねぇ。その内どうにかやりくりすると山田先生が言っていたので今後に期待、一夏と胸踊らせている。踊る胸があるのは山田先生だけだったが。

 

「それで一夏は補習どうだったんだよ?」

「あぁ、それなんだけど今日は山田先生が忙しくてな。箒に剣道で稽古つけてもらってたんだ」

「はーん、剣道やってたのか?」

「昔だけどな、中学にあがったときに止めてたからすっかり鈍ってて……箒の竹刀に残像が見えたなぁ。こう、受け止めたと思ったらすり抜けてきたんだ」

 

 それはお前が鈍ってるとかの問題じゃねぇよ。なんで竹刀に残像が見えるんだよ。すり抜けてくるとか剣道でも剣術でもなくて妖術の類いじゃね?

 一夏曰く、箒さんは全国大会の優勝者らしいんだが全国は化け物揃いだってのか……今日は一本も取れなかったという一夏は肩を落としてるが、なんか人として違うステージにいる気がするので気を落とすなよ。

 

「桐也も一緒にどうだ?」

「冗談だろ、竹刀なんぞ体育でしか握ったことねぇよ」

 

 それにあれだ、馬に蹴られる趣味もない。

 

「そっか、同じ男子同士なら気兼ねなく出来ていいんだけどなぁ」

「ただし俺らどっちもドの付く素人だから、それだと成長しねぇぞ?」

「あ、そうか」

 

 俺も打鉄を受け取ったまではいいが練習場所がないしどうしようもない。出来ることは空の頭に知識を、体力をつけること程度じゃないかね。あとは付け焼き刃で一撃噛ませるように考えるくらいか……そこは織斑先生や山田先生に相談するか。

 

 が、今は目の前に何故か両手を差し出してる一夏の言葉を聞こうじゃないか。

 

「あ、桐也ノート見せてくれ」

「お前ふざけんな! 今日も寝やがったな!?」

「ね、寝てねぇよ! 追いつけなくなっただけだ!」

「大差ねぇよ!?」

 

 

▽▽▽▽

 

 

 ――教務室にて仕事を一段落させた織斑千冬は軽い伸びをし一息着く。

 今年は何かと面倒な年になりそうだと覚悟していたのだが予想を遥かに上回る厄介さであった。クラスにイギリスの代表候補生がいるからか? 否、代表候補生などは毎年いるので問題ではない。

 

「だがアイツの妹に一夏、そして続いて二人目の男子IS操縦者か」

「一組の負担が尋常じゃありませんよぉー……」

 

 明日の教材の整理に行っていたが山田真耶が教務室へと帰ってくるなり隣で机に突っ伏した。しかし彼女が言うことも最もだ。

 ただのガキの面倒程度ならいくらでも捌けるつもりだった千冬にとって、予想外に引っ掛かりとなったのは実の弟と出路桐也の両名だ。普通この学園に入ってくる者は一見一組の面々のようにバカに見えようが心構えや予備知識は着けてきていることが前提で入学している。腐っても世界屈指の才女、その金の卵たちなのだ。

 しかし今年の男子生徒二名はそれが全くない。当然と言えば当然なのだが、如何せんそこを仕方ないで済ませるわけにもいかない。

 

「山田君は代表候補生として初めてISを受け取ったときどうだった?」

「え、そうですね……緊張と喜びが半々でしたかね」

「まぁ、そうだろうな。そんなものだ」

 

 だから千冬にとって打鉄を出路に渡したとき、あの反応は正直に言えば困ったのだ。内心で舞い上がる者を嗜めることはあってもあそこまで緊張されるとは思わなかった。

 下地の、心構えのあるなしの差が出てきたということか、これから更に如実に出てくるかもしれんと考えると千冬の頭痛の種が増える。

 一組の雰囲気ならば、なんだかんだでどうにかなりそうな気もするが、手放しにそれ任せにするわけにもいかない。

 逆に一夏に渡すときには緊張感が欠けてそうなことも頭が痛い理由だが、どうにか上手く足して二で割れないだろうか? と考えるも叶わぬ願いなのは千冬自身がわかっている。

 

「あ、そういえば織斑先生」

「なんだ?」

「出路くんがまだ走ってたみたいですよ……さっき完走したみたいですけど」

 

 現在、時計の短針は20時に差し掛かっている。今日は16時半には終わりザッと3時間半が経っているが――そうか、基礎体力も出来ていないのだったな。千冬は眉間に指先を当てため息をつく。

 

「他の生徒が50kmを大抵5時間前後で走るので忘れていたな」

「はい、けどちゃんと最後まで走るのは偉いですね」

「というか山田君は誰から聞いた?」

「2年生の更識さんです、陰から覗いてたみたいで……一周ちょっとのところで声を掛けてみたら、既に余裕のない表情で睨まれたと笑ってました」

「はぁ、アイツは……」

 

 2年生の更識といえば学園の生徒会長であるが相変わらず仕事をほっぽって自由にしているようであった。

 まぁ出路に関しては3時間半掛けようが完走するだけの気力があるならば、それなりにどうにかなるだろう、いやどうにかなれ。そう思う千冬であった。

 

 

▽▽▽▽

 

 

 来週にクラス代表決定戦を控えた休日、具体的には土曜日。

 一夏は午前中から箒さんと例の残像が見えたりする剣道に勤しんでいる。ISの試合するのに剣道とはこれいかに、と他人事のように考えれる俺も実は未だにISに乗っていない。

 専用機持ちなんだから乗れよと言われそうだが、あいにく場所がないのだ。事務室に申請に行けどもキャンセル待ち状態、早くて一週間後にしか空きがなかった。なので俺の中指に嵌められた相棒は未だに日の目を拝むことはなく、ただのアクセサリー状態だったりする。甲斐性なしでごめんなぁ……どうあれ強制的に来週には出番だ。

 

「……さ、て」

 

 無意識に唾を飲み込んでしまうのは、やはりここには学生の本能が拒否感を示すからか。ただし今回に限っては、いや今後はそんなことも言ってられない。もともとド底辺スタートなんだ、恥は捨てて頼れるものは頼っていかないととてもじゃないがやっていけん。

 ――素人だから、を言い訳にしていては始まらねぇ。それはただの事実で怠慢の言い訳にはならない。セシリアさんのような優等生に追いつけずとも、後ろ姿は捉えれる程度にはなりたい。

 

 心の準備のために深呼吸を三度、ドアに手を掛け横へとスライドし入るのは――職員室だ。

 

「失礼しま」

「さっさと入れ出路、いつまでドアの前で止まっている」

「……織斑先生、なんでわかったんですかね?」

 

 ドアをスライドさせきる前に織斑先生に見つかった。おかしい、見られていないのに見つかるとはどういうことだ。

 

「気配でわかるだろう。ドアの前で止まって少し、そのあとに深呼吸を三度だ。なぁ、山田先生?」

「えぇ!? わ、わかりませんよ!?」

 

 織斑先生の超人的な気配察知及び聴覚に山田先生も驚愕してるし、他の先生方も首を横に振っている。織斑先生だけがニュータイプなんだな。良かった、これがIS学園教師の水準だったなら迂闊に愚痴も言えん。

 

「で、こんな休日になんのようだ? まさか何かしでかして自首しに来たというやけでもあるまい」

「ここで何かしでかすと自首というか絞首刑になりそうなんすけど……いや、そうじゃなくてですね」

 

 なんとかしてセシリアさんに喰らいつきてぇ、その旨を担任と副担任である二人へ伝える。

 

「とにかく今は機体に慣れろ、と言いたいがアリーナに空きはないんだったか。そうだな、まず現状では勝つことは不可能に近いと理解しろ」

「おっ、織斑先生!?」

「条件的に考えて星を掴むような確率が残されてるかどうか、と言ったところだ。出路に天性の才でもあれば話は変わるがな」

「まー、そこはわかってます。でもただの噛ませとして戦うんじゃ道化そのものですし? やっぱ男の子として意地は見せたいんすよ」

 

 入試のときに打鉄に乗ったが残念ながら天性の才がないことはわかった。乗り方を把握してるうちにシールドエネルギーを削られて落とされたからな。

 

「えっと、そうですね。一撃当てれば引っくり返せる可能性を求めるなら火力の高いものがいいんでしょうけど……」

「当然速度は落ちる、そうすればオルコットには簡単に避けられるだろうな」

「考えれば考えるほど絶望的なんですが……なんで織斑先生はこんな試合組んだんですか」

「公正だろう、勝者が代表になるというのは。公平ではないかもしれんがな、世の中そんなものだ。今のうちに慣れておけ。あと今のお前がオルコットに噛みつける可能性を考えると、奇襲くらいだろうな」

 

 幸か不幸か打鉄の拡張領域(バススロット)にはブレードしかないので、他の武装は詰め放題だ。

 なら、なら! 火力と奇襲を両立させる!

 

「追加で武装を量子変換って出来ますかね?」

「あぁ、それくらいなら問題ない」

「先生たちに任せてください!」

 

 戦法っていうほどのものでもないけど、可能性は出てきた。あとはこの出てきた可能性を上げるためにやれることをやるのみ。俺が欲しい武装はひとつなのでメモを書き渡す。

 

「ほう、他はいらんのか?」

「単純なものしか使える気がしないんでこれで。あとは賽を投げるだけです、天運に任せるといいますか」

「はいっ! 頑張ってくださいね!」

「フッ、その天に匙を投げられんようにしろよ」

 

 あ、はい。




ここまで読んでくださった方に感謝を。

・打鉄:純国産の第二世代の量産型IS。第三世代のような尖ったところはないものの、安定した性能を誇る防御型で、初心者にも扱いやすいことに定評あり。余談だが学園の訓練機としても採用されている。

・火力:ロマン、つまり正義。
・匙を投げる:投げるのは賽子だけにしてほしい。

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